4話「湿地の戦い5」カット25
「あ、あの……こんな時にいうことではないのだけれど」
「なんだ」
「あなたが初めに見せた水の魔法、奇麗だった」
「何が言いたい」
「いや、もう見れなくなるのは残念だと思って」
「それを言われて変えると思うか? 何を企んでいるとも知れぬ相手に」
クレイルはだまって、私としばらくの間視線を交換したあとにやや早口で
「いいだろう見せてやる」
と言った。
ここまでの火の魔術、彼は己の潜在能力のみで使いこなして見せた。次は水を見せてやろうという驕りなのか、火よりも長く研鑽を積んできた水の魔術のほうがやはり強いと踏んだのか、どちらにせよ次は水が来る。
———我等走狗也、不信を摘む求道の者、功徳を積む腐心の者也、弟子は皆師のもとに捧ぐべし、師もまた師と認めるに足るべし。俺はそう生きてきた
水の帯が伸びてゆく、さっさと撃てばいいものをこちらの隙を伺っている。
私はさっと手を彼らの方に伸ばした瞬間、クレイルが魔法を解き放った。それと同時に私の手から風邪を操る魔法が嵐のような風を巻き起こす。魔力で粘り気を持たせた空気の塊が空間を移動する。不思議と確信があった、こういうことができるという確信が。
しかしその次のことに関しては賭けだった。彼の生み出す水の刃をはねのけられるかどうかは互いの魔術の強さ次第。
そして私は賭けに勝った。
水の刃をはねのけた風は一瞬で吹き抜け、彼らが乗ってきていた馬車のほろを吹き飛ばしてしまった。風弾の軌道上に空気が流れ込む。その空気に混ざりこむようにして、突如水の刃だったものが霧散し、霧として立ち込めて私の目の前を覆った。おそらく、クレイルが何かしようと……
———氷は"無い"と思ったか?
瞬間、霧が一気に凍り、地面の泥が凍結した。あまりにも瞬く間に起きたことなので、年老いたエルフはあっけにとられていた。
彼の流体の水を操る魔術の研鑽はその範囲にとどまらず、蒸気や氷にまでその造詣の深さは及んでいた。当然、冗長な呪文は彼の水の属性系においてはそのほとんどがブラフである。はっきり言って、彼の圧勝だった。この瞬間を見た誰もがそう確信するはずだ。そう、この瞬間までは。
クレイルが凍り付いた敵を確認しようと近づく。
———テンペストランス
完全に油断していた彼の肩を風の槍が貫く。凍結した霧を破って出てきた腕が彼の杖を弾き飛ばし、彼の胸倉を掴んで、腕の主が躍り出た。
「あはははは! 何故かって思ってるでしょ! 私魔力の欠片が見えるんだよ! 今までのパターンと違うかったもの、欠片の動きが! でも水魔法の時と動きが似てたからすぐにピンときた! だからすぐに耐冷防護魔法を展開できた! ははは……ふぅ、ごめんなさい、早口になった」
極度の緊張状態から解き放たれたのか、しかし場数を踏み圧倒的に堅実な立ち回りを見せたクレイルに対して私の方は何から何までビギナーズラックが過ぎた、出来過ぎだ。こんな状況が可笑し過ぎたのと神様が何でもいいから奴を殺せと言っているとしか思えないほど、幸運がことごとく味方に付いたことからくる妙な万能感があった。だから笑いが止まらなかった。ていうか魔力の欠片が見えるって何
「話はそれだけか?」
「そうだね。それじゃ殺すね」
老エルフが手を伸ばす。私が自らの手で殺す、精巧緻密、現実の人間と遜色ないほどの人格を持った人間の形をしたグラフィックスを、私が、手ずから。
大丈夫、殺せる。楽な死なせ方は知ってる。大丈夫……
私が決心したその時、どこからともなく風を切る音がして、細い線がまっすぐな軌跡を描いてクレイルの頭を貫いた。
「なに……!?」
クレイルの全身から力が抜けていく。
「……愚図愚図しやがって——おかげで……殺し損ねて……様ぁ……無いぜ……」
———
「ああ!?」
青髪のケット=シーは驚愕していた。敵が放った、完全に自分に向かってくるであろう一撃をかわしたはずだった、しかし悪手。その一撃はケット=シーの視力で以てしても目を凝らさなくてはならない小さな的を正確に撃ち抜いたのである。
敵は、サラスは杖を懐へしまい、ケット=シーに背を向けた。
「終わりましょう」
「何を……」
「あなたの依頼は老エルフ、オーロンとその弟子の護衛でしょう。こちらの使命にはオーロンの命までは含まれていません。続けるのは得策ではない、お互いに」
「……」
「それでは、さようならです。こちらもどうやら調べなくてはならないことができたようだ。これから忙しくなる」
しばらく歩いてケット=シーはクレイルの死体を見つけた、うなだれている私と一緒に。オーロンはどこかへ行ってしまったらしい。
私には目もくれず、また悟られぬように気配を消して立ち去った。
ああ、明日の準備、しなくちゃ……
———
◇chat:
NPC狩りの血盟「禍客」
023末喜
お疲れ様でした
024雅麗
柳の冠は共用のインベントリに置いてあります。
025末喜
はい、確認いたしました
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230悠榛
あーしくじった!
231末喜
お疲れさまでした、しばらくお休みください。