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1話「エルフの職人」カット2

 マグテリの街には時折浮浪者が流れ着く。それはこの町の事情を知っている者には当然のことなのだが、今回の来客は少し事情が違う。


 その日の夕暮れのことである。腰の折れたよぼよぼの薄汚いエルフの男が、杖をつき痛々しく足を引きずってとある場所を目指していた。


「アルマ様、留守をどうもありがとう」


 教会の扉を開けながら、牧師がアルマに語りかけた。アルマはちょうど、祭壇の掃除と燭台の手入れをしていたところだった。


「おかえりなさい牧師様。教区訪問はいかがでしたか」

「セリエラとサルートの結婚が決まりましたよ。近く式を挙げるそうです」

「それは素敵ですわ」

「ええ、喜んでください」


 そのとき、教会の扉が勢いよく開き、差し込む夕暮れの日差しとともに老いぼれたエルフが倒れ込んだ。


「助けてくれ!」


 息も絶え絶えで歩いてきたエルフが、アルマに縋り寄った。アルマは慌てた様子で駆け寄ると、「どうなさいました」と手を差し伸べる。


「道中、女の二人連れが(わし)らの荷車を襲いよったのです。髪の短いのと、頭に布を巻いたのが!」

「まあ……とにかくゆっくりお休みになってください。それからお話を」

「アルマ様、お水を持ってきてください」

「かしこまりました」

「お怪我をなさっています。治癒を」


 エルフの老人は、温かい光の中で足の傷がまるで煙のように消えて行くのを眺めながら水を一口飲み、呼吸を整え恐る恐る話し出した。


「おお……ありがとうございますじゃ。儂の名はオーロンといいよります。じつは昨日から山をひとつ越えた町に出張して仕事をする予定だったのです」

「お仕事とは」

「儂はお守りを作りますじゃ。エルフの作る装飾品は大層人気での、効果は魔物除けから簡単な傷を治す治癒など様々できるのですが、それを山ひとつ越えた隣町で弟子と一緒に依頼されていたお守りを作りに行く予定であったのです」

「なるほど」

「昨日から降り続いている雨ですじゃ、昼の頃に山の道のぬかるみで往生しとったときに(くだん)の二人が来よりまして。頭に布を巻いたのが手をかざした瞬間、荷車の(ほろ)が吹き飛ばされたのです。道具は持って行かれませんでしたが、装飾品と素材のいくつかを盗まれてしまったのですじゃ」

「まあ、大変」

「弟子は殺され、儂は足をナイフで貫かれました」

「もしや、一晩中その足でここまでお歩きなすったので?」

「ええ、まあ」

「まあ! なんてこと、それに加えてお弟子さんまで……お察しいたしますわ。さぞお辛かったことでしょう。よくこらえました」

「……悔しくてたまりません。一矢報いることもできぬ。ああ、やや、神聖な場で飛んだ御無礼を。せめて弟子の最も良い仕事である柳の冠を(しつら)えた首飾りを取り返せたならとは思うのです」

「そうなのですね。よろしければその場所と、二人の特徴をもう少し詳しくお教え願いえますか。この教会から依頼を出しておきます。異邦の方々がきっとお応えになりますわ」

「おお……どうもありがとう。ありがとう」

「オーロン様、その足でよくここまで来られた。一度休みましょう。はやるお気持ちの続きは巡礼者用の宿舎で私がお聞きしましょう」


 牧師とエルフを見送ったあと、アルマが扉を締めようとすると、また教会に向かって夕暮れの道を歩いてくる者がある。


「アルマさん!」と呼びかけたのは雅麗(みや)だった。


「どうされたのですか?」


 アルマはまた驚いて、雅麗に寄り添った。


「ダンジョンでエルフの盗賊団に襲われました。リュシャが、中に、私の友達が捕まって」

「とにかく落ち着いてください。ゆっくりで大丈夫ですから」


 アルマは燭台を持ってきて、一本のろうそくに火をつけ、長椅子の端に雅麗を座らせた。


 赤い炎が二人の顔をかすかに照らす。アルマは心配そうな声で慰めるように雅麗に言った。


「それでは、雅麗様のお友達のリュシャ様が、ダンジョンの最奥につかまっているのですね」

「はい」

「とにかく、今回はもうお休みください。雅麗様も酷いお怪我です。今手当を」


 アルマが話している間に、雅麗は独り言を漏らす。


「アオカンザシの茎とアカギリソウの種があれば回復薬ができるけど、買わなきゃ無いな……」



「充実されていますのね」


 そういうと、アルマは隅にあった棚の引き出しを開けた。


「え、いや……! 町で買ってきてください……」


 雅麗が慌てた様子で食い気味に言うと、アルマは笑顔で「かしこまりました」と言い、長椅子に座った雅麗を残して出て行った。雅麗は何か焦ったように頭を抱えていると、暫くして牧師が戻ってきて「どうなさいました」と聞いた。


「なるほど、ご友人が。それでアルマ様はあなたに頼まれたものを買い求めに行かれたのですね」

「……はい」

「それで、ダンジョンの奥に囚われているご友人を助け出したいということですね」

「そうです。でも私ひとりじゃ無理なんです。あの人数を相手にするのは」


雅麗が言いよどんでいる時にアルマが買い出しから帰ってきた。


「牧師様、あのお方のご様子はいかがでした」

「アルマ様、お帰りなさい。ゆっくりおやすみですよ」


「大変でしたね」と言った後、アルマは雅麗に「頼まれていたものです」とアオカンザシの茎とアカギリソウの種を渡した。


 クラフト機能を開いてすぐに3回分の回復薬を作る。


「それで、助けてほしいんですけど」

「ええ、本当に。ご友人の安否が心配なのはお察しいたしますわ。ただ、少し休まれては」

「はやるお気持ちの続きは巡礼者用の宿舎で私がお聞きしましょう」


 雅麗は提案を断り、2人に早く知恵を出してほしいと頼んだ。


「古い蒼の聖堂の裏手の洞窟で、その三階層です」

「牧師様……」

「ええ、陰礼拝の聖窟です。しばらく前からモンスターが棲みつき、狂暴化していると。そこへエルフの盗賊達が根城にしに来たのですね」

「どうすればいいですか」

「アルマ様、お願いできますか」

「はい」

「雅麗様、アルマ様がお供いたします。明日の朝までお待ちください」

「はい……」


 雅麗は返事をすると空中に「短冊ストリップ」を出した。プレイヤー本人にしか見えない横長の長方形にメニューが書かれている。ログアウトを選択すると、真っ白な空間に放り出され、その白い光の中を通り抜けるように再び暗闇に包まれた。


———◇◆仮想世界から現実世界へ◇◆———


 目を覚まして現実に帰ってくるとVRCを外してすぐさま端末でリュシャと連絡を取る。


『まじ。明日?』

「明日だって」

『えー。待ってたんだけどな』

『でも、いざとなれば抜けられるんじゃない?』

『いや、難しい』

『どうして?』

『モンスターのレベルがおかしいんだよここ』

「本当? こんな初期スポーンの街でそんなことある?」

『ちょっとおかしいよね』

「助け出せるかな……」

『やめてー、不安になること言わないで』

「でももう少しだけ待ってて、シスターの準備は明日にならないとね」

『わかったよぅ。すぐに姫が颯爽と助けに来てくれると思ってたのに。あぁ! 哀れなこの美少女をお救いください! 白馬の王女様! キャー素敵』

「わかったから、明日ね。美少女さん」

『はーい。じゃあログアウトしておこう』

「姫が助けに行きまーす」

『あははは、じゃあね』

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