3話「裏切り者グラット」カット19
「MPを一気に持って行かれちまったんだな、少しずつ流し込めるようにコントロールしな」
「属性も付与できるようにならにゃならんだろ。何? 風属性か! そりゃいいじゃないか。コントロールと飛距離が伸びるし、静粛性や純粋にスピードが増えてダメージ効率の向上も……」
「その前にMPを回復させろよ」
「ちょっと待ってください」という私の声は「そんなことより」という皆の声にかき消された。何度もMPを枯渇させられては回復させられるシャトルランが始まる。
「よし! こんなところだな」
ようやく解放されたところで声が聞こえてきた。
「案内人のシュニラです。コリスまでご案内!」
私が「もっと早く来てくれてもよかったのに」とつぶやくと、シュニラと名乗った案内人は「面白かったので黙って見ていました」とのことだ。このやろう
「君たちの仕事は裏切り者の始末だ。私たちはこの広場でキャンプをしているから、終わったら報告に来てくれ」
その話し合いの数時間後には私たちの依頼は達成されたが、彼らに出会って報告をしなくてはならなかった。
「どこにいるんだっけヘイロさんたち」
「私たちが最初に来た森の入口のところの広場」
私達は森から出るために案内人を雇わなくてはならなかった。来たときにも見たが、森は複雑な地形をしていてうねるような地面が感覚を狂わせるのだ。
「ここで待っててって」
リュシャさんは町の出入り口近くまで私を連れてきた。
「誰が来るんだろ」
小屋掃除のハンス少年が来た。
「あ、お姉さんたち」
「君、道わかるの? 案内なんて」
「お母さんがするよ」
少し遅れて赤ん坊を連れてきた母親が私たちに声をかけた。
「あなたたちだったのね。私たちもそろそろあなたたちを案内したらマグテリの街へ向かおうと思ってね」
森を進んでいくと、見覚えのある木に差し掛かった。
「あの木……」と少年が言う。私達が裏切り者グラットを見た木だった気がする。
私達が依頼を受ける少し前、そして彼が血盟を裏切った少しあとのこと。
彼は脚に酷い傷を負ってその木に背中を預けていた。彼を見つけたのは、不用心に森をほっつき歩いていたハンスだった。ハンスは木陰に隠れて話しかけずにじっと見つめていると、グラットが気づいた。
「おいクソガキ。目障りなんだよ、さっさと失せろ」
ハンスはもじもじしながら近寄って行った。
「おじさん怪我してるの?」
「見てわからねえか」
「……お腹減ってない?」
「帰れ」
その時である。突如として黒雲がたち現れて、あの巨大な二本の脚が地面を踏み荒らした。
「危ねえぞ!」
グラットはハンスに自分のそばまで来るように叫んだ。
「怪我はないか。とにかくやり過ごすほかない」
「あの脚は木は踏まないんだ。花や草も踏まれても潰されて死んでしまうことがないから、不思議なんだ」
「知っていたのか」
グラットは自分だけが知っているものと思っていた情報を少年も知っていたことを不可思議に思った。
「行ったか、おいガキ」
「ハンス」
「……ハンス、早く帰れ」
「パン貰ってよ。その辺の家からパチってきた」
「分かった。貰ってやるから早く帰れよ」
その次の日のこと、ゲリュオンが去ったあとにハンスはまたそのグラットのもとへ来た。
「来たのか」
「パン要る?」
「盗んできたのか、俺のためにそんなことをしているんじゃない。もうここには来るな」
「また来るよ」
そうしてしばらく同じことを繰り返していた。少年はコリスの町の家の端にある小太りで少しボケたヒルシュ爺さんのうちからパンを1つ盗みだしてはグラットのもとへと運んでいった。
ある日婆さんが空っぽのかごに気づいた。
「まあ爺さん、教会からもらったパンをもう全部食べちまったのか」
「明日からパンを1つ増やしてもらえねえかな」
爺さんはそうやって教会の祭仕女の元まで行って頼みこみに行った。初老ほどの祭仕女は察しが良く何も言わずに笑って了承した。
町の木こりは森で仕事をしているときにハンスを見かけて声をかけようとしたが、グラットを見かけて思わず茂みに潜んだ。少年は、血だらけの包帯でぐるぐる巻きになった脚を横たえて木にもたれかかっていた男にパンを渡してそばに座ったのを見た。彼らは少し話し込んだ後、少年が立ち上がって走り去っていった。
木こりは教会の牧師に伝えると、牧師は祭仕女に話をした。
「ああ、それでか知らないけどヒルシュさんからお話がありましたよ。彼、何も言わないけどパンを1つ増やしてほしいのだと」
「なるほど」
ハンスとグラットの話はそれとなくコリスの街に浸透していった。皆ハンスには何も言わなかった、その代わりにグラットを憎むということもしなかった。その後、一部の有志がグラットを見に行ったが黙って帰ってきた。
「やめておいた方がいい。ゲリュオンはあいつを狙っているんだ、町に招き入れることはできない。それに……」
そんな話を誰かがしていたらしい。コリスの町の人間は手出しのできないまま、何も知らないハンス少年がこっそりパンを運んでいくのを黙ってやっていたのだ。