3話「少年ハンス」カット17
「あ! 見て見て! でかい! エバだエバ!」
「違う、バじゃなくてヴァだよ」
「バ」
「ヴァ!」
「ヴァ!」
「そう! 違う! あれはエバじゃない! ゲリュオンてやつ!」
「エバンゲリュオン!」
「違う! ヱヴァ〇〇リヲ〇!!」
夜明けにオルフェを始末した後、ようやく体を動かせるようになった私はリュシャさんに頼んで次のクエストにそのまま進んでやってきた。
クエストの進行中、鬱蒼とした森の上空に高く昇った太陽を隠す黒雲が現れて巨大な脚が現れた。それは膝から下までしか見えなかった。私たちは森の中を逃げ惑い、必死の思いで地下へ伸びている縦穴に逃げ込む。
「あーもう、早く探し出さないとなのに全然ダメ。やり過ごすしかないか」
「でも全然どっか行かないんだけど」
縦穴の私たちをゲリュオンは見失ってしまったらしい、しばらくして足音が遠のいたのを確認すると、私たちは一息ついた。骸骨の顔を隠す黒い布がずれていたのをなおす。
「まあ休憩しよ、体の調子はどう?」
「ほつれてるところは無いよ。すっかりなじんでる」
肉と皮のついた腕を眺めながら話す。手足はリュシャさんが洞窟のオオナメクジの肉を加工して貼り付けてそれらしくしてくれている。
私の身体はあの洞窟から拾ってきた一人分の人骨をリュシャさんがゴールドカーバンクルの金糸でつないでくれたもので、全部の骨に繊細な模様のレリーフが施されていた。
「供養なのかな」
「そうじゃない?」
リュシャさんは懐からターゲットである「裏切り者」と呼ばれる男の写真を取り出した。黒い帽子をかぶっているガタイのいい男が映っている。
「あれ? この人さっきゲリュオンに踏み潰されてなかった?」
「まじ?」
「うん、何か地面にうつぶせに寝てて全然動かない人いるなーと思ってみてたら踏まれてた」
「あ! ほんとだ経験値入ってるね。言ってよー」
「ごめーん」
「ま、とにかく終わった終わった」
とにかくギルドからのクエストは終わったらしいので、縦穴から這い上がって森の中の集落、コリスの街の宿に戻ることにした。
「いる?」
「いない」
そそくさと宿を取っている森の中の集落にたどり着いた。長い布の民族衣装を体に巻き付けるように着ていた住民の女性が声をかけてくる。
「あら、大変じゃなかった? 森で何をしているか知らないけど、ゲリュオンがでていたのによく踏みつぶされなかったわね」
「あはは……」
「今朝はやけに早く消えたのにねえ。あの、ところで森の中で帽子をかぶった妙な男を見たかい?」
「ああ、見たよ。ゲリュオンに踏みつぶされてた」
「踏みつぶされたあ?!」
「え、あの……ごめんなさ」
「あのやろう、やっと死んだかね」
嫌悪感をあらわにする女性が言うには、裏切り者の男は森に紛れては集落の老いぼれた爺さんの家に忍び込んで食べ物を盗んでいた小悪党らしい。彼女はそういうと私たちに宿屋の場所を教えて去って行った。
「小悪党なのね、やっぱり」
「まあ、人助けと思えばさ」
「そだね、どうせゲームだし」
「どうする?」
「町を見て回ろう。歩いてたらクエストもあるって聞いたよ」
私たちは町の外れにある修道院にたどり着いた。牧師様から奉仕の手伝いを頼まれる。
「清掃だって」
そうして報酬目当てに律儀に仕事をしている私たちの仕事を遠くから眺めている少年に気付いた。
「手伝ってくれるのー?」
「……うん」
少年はテキパキと手伝ってくれた。どこか上機嫌な顔をしていて、どうしたのかと気になった私はその表情の真相を聞いてみた。
少年は顔を上げて、私に言って聞かせた。
「森の大きな木の下にいつもいるおじさん。僕の友達なんだ。お姉さんたち知ってる?」
彼の母親が呼びに来た。
「ハンス、洗濯を頼んでいたじゃないか」
「今お姉さんたちとお話ししていたんだ」
「ジョンのお締め、お願い」
「……うん、わかった」
ハンスと呼ばれた少年はそそくさと出て行った。
「あんたたち、あの男を知っているのか」
「ええ、彼に用があったんだけど」
「死んだって聞いたけど」
「ゲリュオンに踏みつぶされてね」
「見たの?」
「うん」
彼女は町の人が喜んでいた理由に合点がいったようだった。
「彼、嫌われていたから……」
「何ですか? なんか話でも聞いてほしいんですか?」
「ちょっと雅麗」
彼女はうつむいたままゆっくりと話し始めた。
彼女の話はこうだ。
親子でこの町に来て3年、巡礼者として旅をして暫く宿舎に住み込んで教会の方向を手伝って生活をしていた。ある時からハンスは森へ出かけて行くようになったのだ。
そこで、ひときわ大きな木の下で例の男と会った。お人好しでいたずら好きのハンスのことだから、町の人たちから少しずつ食べ物を取っていったんじゃないかと彼女は話した。
「多分、町の人たちにも何となく知られちまってるんだと思う。私たちはもう出て行こうと思って、あなたたちが教えてくれてよかった。あの子と一緒にさっさと次の町へ行くよ」
私たちは報酬として教会の地下の宝箱に入っていた装飾品と、牧師様からもらったパンを持って宿に帰った。