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2話「誘導」カット13

 洞窟を出て森を抜けると、近くに赤いレンガの街並みが見える。アルテミオという町には人望ある町長と、その2人の息子がいた。兄の方は勤勉な警吏で、町人から信頼される人物であったが、問題の弟の方は話に聞く通り町の人間から大層疎まれていた。


 弟の名前はオルフェという。


 街にとある噂がある、町のごく一区画で語られる小さな、しかし不穏な噂。小さな噂話だから、まだ多くの人間は知られていない。町長にも、その長男にも。


 夜にあの路地裏には立ち入ってはならない。娘が悪党にさらわれたんだ。町長の息子のオルフェがその強盗の正体だ。そしてその黒い噂話は全て真実である。


 その夜、とある娘が言いつけも守らずに路地裏へと入っていくことがあったが、町の噂話の議題になろうかと、とある夫婦が娘を憐れんでいた。


 娘は風邪で寝込んでいるマーガレット婆さんに薬を届けに行っていたらしい。医者に「薬を渡すなら今日中に」と言われたのがもうすっかり日が傾いた頃だった。


「あなた、あの子を行かせてしまったのかい? 私あ心配で心配で」

「私だって止めたさ。ああ……マーガレットさんのことを言うんじゃなかった」

「ばかだねえ、私あもうてっきりあなたが止めてくれるものだとばかり……明日あの子の親に教えてやらにゃならない。どこのおうちの子だい?」

「離れた町に暮らしているマーガレットさんの親戚だそうだよ。彼女を訪ねて来てから私のところへすっ飛んで来たんだ。それで容体なんかを色々聞き出されちまって。そこに大金を投げるように置いて私から薬をひったくって行っちまった。待てと言ったんだが」

「ああ、神よ」


 夜の路地裏は墨に塗りつぶされたような陰の道。知らぬ者はたちまち迷ってしまうし、そういうやつは決まって、何か良くない者どもの獲物になると決まっている。


「あれ……どっちに行くんだったっけ」


 野うさぎを見つけた狼のあの嫌らしい歪んだ笑みは一度見れば忘れようがない。脳味噌ではなく脊髄に刻みつけられるようなあの笑い方。


「お嬢さん、道をお探しかい」


 娘はつと振り向くと、背の高い男の影がぽつんと立っていた。


「……ええ、マーガレット婆さんの所へ薬を届けに」

「それなら近道があるよ。こちらへおいで」

「いえ結構、自分で行きますから」


 男がにじり寄ると、背後から声が聞こえてきた。


「何をしている」


 そういって立ち現れたのは、町長の息子の兄の方だ。医者の通報を受けて、優しく信頼される兄貴がやってきた。

 男は固まって、身をすくめて黙っていた。


「お嬢さん逃げなさい、さあ早く」


 娘はどうやら体が強張っているらしかった。恐怖に身がすくんで少しずつ足を引きずるようにしか動けないかのように見えた。


 当の悪漢の方はというと、少し脅して引き返してもらうつもりだったのだ。袖から手品のように器用にナイフを取り出すと、素早く勤勉な保安官に駆け寄った。


「動くな……!!」


 すると、娘が彼よりもさらに速い足で追いつき、その背中を小突いたのだ。男の握るナイフが兄の腹に深々と突き刺さる。


「お前……! オルフェか」


 兄は驚いてまじまじとその顔を見つめた。オルフェは自分のしでかしたことが信じられないと言った顔で、ひどく驚いて兄が崩れ落ちていくのを茫然と眺めていた。


「嘘だ、そんなつもりじゃなかったのに……!」


 オルフェは戦慄の表情で後ろを振り返った。血塗れの手にまだ温かい血が伝う。


「お前……」


 オルフェが何かを言うよりも早く、娘は彼の顔に白い息を吹きかけると、彼はそのまま眠らされてしまった。


 次にオルフェが目を覚ましたのは森の中、洞窟の入り口が遠目に見えている場所だった。


「あ、目が覚めたのか」

「お前!」

「黙れ。悪党が私に何を言うか。私はお前を迎えに来た。運ぶ手間が省けたよ、あとは自分で歩いてくれ」

「なんだって」

「兄殺しがケルベロスに迎えられる話を聞いたことがあるだろう。その予言が今やっと成就する。どうするかはお前次第さ」

「じゃあお前は骨か」

「私じゃない。奥で話すさ、早く来い」


 オルフェはしぶしぶ洞窟の中へ入ると、天井から金色の糸でさかさまに吊るされた人間の頭の骨がいた。オルフェは不安げな様子でその骨を見た。


「これは、お前さんがそうなのか」


 骨を見た途端、オルフェは驚いて少し試案した後、腹をくくった様子で会話をした。


「へえ、どうやらそのようで」

「話が早いようで助かるよ。長い事待った甲斐がある」

「長い事ってのは」

「ざっと20……」

「20年も、待たせてしまって申し訳ねえ」

「ああ……構わないよ。そこで3つばかりあんたを使いたいんだが」

「何なりと、だって王様になれるのだから」


 急にしおらしくなった弟を見て、骨は少し拍子抜けだった様子だが、そのまま続けた。


「金貨を三枚集めとくれ。私の目の前に置いてくれればいい」


 オルフェはポケットの中に入っていた革袋の財布から金貨を三枚並べて見せた。


「これで?」

「ああ、早いじゃないか」

「ああ、ところで本当にこれでいいのか」

「それじゃあ……」


 骨は少し試案した様子で、恐る恐る次の言葉を紡ぎ出した。


「……ゴールドカーバンクルを」

「ここに落ちてるぞ。原石でいいのか」

「……」


 骨は少し黙りこくってしまった。オルフェは目の前の骨に内心慄きながら質問をした。


「なあ、あんたらの話が本当ならここの主人がいるはずなんだが、出てこないのか」

「今は眠っているので出て来られないんだよ」

「そうか、最後の願いは銀の王冠か?」

「そうだ、それはこの洞窟の最奥にある。取ってきてください」


 いぶかるような目のオルフェは1つ聞いてきた。


「あの娘は何者だ」

「娘?」


 オルフェは娘がいるはずの後ろを振り向いた、しかしそこには誰もいない。わずかばかりの月明りが差し込む洞窟の入り口が見えているだけで、そこに光を切り取る誰の影も無かった。


「あんたしかいやしないよ」

「……わかった」


 彼はしぶしぶと、またそうして洞窟の奥へと歩みを進めていった。

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