2話「出会い」カット11
結局、有益な情報は得られないまま、私は次の休日に持ち帰った仕事を幸運なことに午前のうちに終わらせて、午後からはゲームに集中することができた。
———◆◇現実世界から仮想世界へ◆◇———
「うーん……」
相変わらず動けずにいる。どうしたらいいものかと思ったら、また暗闇の中から足音が聞こえてきた。獣の足音ともつかぬ、だが一歩一歩の間隔が長い。もしかして、人間?
その足音は私の方に近づいてきて、住んでのところで踏まれるのを覚悟した瞬間止まった。
「ねえ」
女の人の声だった。
「は、はい? 私?」
「あ、よかったー。プレイヤーだ、モンスターだったらどうしようかと」
私も胸をなでおろして力を抜いた。すると彼女は私の身体を持ち上げて石の上に乗せた。
「動けないんです。昨日初めて入って、少し調べてたんですけど。まだ役に立つ情報がなくて」
「え、もしかしてさ、昨日掲示板に書き込んでたりする? DWOの本スレのパート3だったかな」
「え、はい。多分そうですけど」
女の人の声色が急に明るくなった。
「あの、スライムで動けなくてって書き込んでた子だよね」
「そうです」
「大変だったでしょ、スライムってほんと動けないから」
私は現状頼れるのがこの人しかいないらしかったので、親切な人だと思うことにした。
「なんかね、私の知り合いでスライムを選んだら最初1時間くらいは動けなかったらしいよ」
とんでもない設定なんだが。ゲームとしてどうなんだ。
「その知り合いを探しているんだけど、あなたはまだ動けないスライムだから違うみたいだね」
彼女はスライムが何をできるのかに関心があると言っていて、私を試したがっている様子だった。
「動けるの?」
「いえ、持ち上げられるまで最初の場所から変わりませんでした」
「へぇ……」
結局私が動けるようになるまで練習するしかないという結論だった。
「まあ私も何をしたらいいかわからないからさ、付き合ってあげるよ」
「すいません」
「あ、そうそう自己紹介が遅くなってしまったね。私はリュシャっていいます」
「私は雅麗です」
私はいろいろ体を動かそうとして、唯一できる体をゆする行為をしてみた。すると、天井から一枚の光る胞子のようなものがひらひらと舞い降りてきた。
光る胞子は私の上に落ちると、ゲル状の体に触れた瞬間、光の粒は体の表面にめり込むと体内に胞子が滑り落ちていくように吸収されてしまった。
「なんかそう言うオブジェみたい」
私の身体の中で一粒の光が点滅しながら弱くなっていった。
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鑑定結果:ヒナゴケの胞子
・洞窟の中で怪しく光る地衣類の一種、その胞子である
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「わ」
「何?」
突如としてポップアップが開いた。どうやらアイテムを集める初心者クエストが進行したらしい。
「へー、何か変わった?」
「いや、あ」
ほんの少しだが、体を動かせるようになった。体の一部が短い尖って伸びていく。そのまま地面を掴んで自分の身体を引っ張ることができた。
「わあ!」
私はそのまま乗っていた滑らかな石の上から滑り落ちてしまった。思わずリュシャさんが私を受け止めようと手を伸ばす。リュシャさんのポーチが傾いて中からコインがこぼれてきた。
するとどうだ、私の身体はコインの中に染み込んでコインの中にすっぽりと入り込んでしまった。
「あれ? 雅麗さん?」
「ここです。リュシャさん」
私がコインになってくるくると転がってリュシャさんの手元に転がってゆくと、リュシャさんが私を手のひらにのせて話しかけた。
「入っちゃったの?」
「どうやらそうみたいです」
私の身体はコインの中に入り込み、このの円盤状の物体をころころと転がしながら移動することができた。
「へえ、スライムかと思ったら珍しいタイプなのかな」
リュシャさんが興味を惹かれたようで、いろいろ考察を始めた。
「もしかしたら、別のものにも移れるのかも」
「コインから出られる?」
やってみたら案外するりと抜けられるもので、私は元の身体に戻ると、入っていたコインを目の前にしていた。リュシャさんがコインを拾って眺めていた。
「ふーん、なんてことない普通のコインだけど、何かあるのかな」
これなら?とリュシャさんは大きめのナイフを差し出してきた。
「……入れないです」
「マジか」
どうやら入れるものと入れないものがあるようで、その違いが判らずに私たちは首を傾げた。
「何が違うんだろう」
そう言ってリュシャさんはしばらく考え込むと、思いついたようにポケットの中からルーペを出して見せた。
「これって持ち上げられる?」
私にルーペを手渡すと、私はルーペを彼女の前で持ち上げてみせた。
「それは中に入れる?」
「……ん」
私がルーペに覆いかぶさると、体がルーペの中に溶け込むように入り込んでいった。
「入れました!」
「なるほど」
リュシャさんが言うには、私が自分の力で持ち上げられるものに関しては中に入って操ることができるのだそうだ。
「いろいろ試してみよう」
リュシャさんが私にいろいろな道具を出して見せた。羽ペン、空のガラス容器などなど。
「うん、どうやら丸いものは転がしやすいからある程度重くても横への移動はできる判定みたいだね」
彼女の言う通り、ボール状のオーブやフラスコのようなガラス容器は丸くて転がるように移動することができた。
「あっ!」
私は調子に乗って転がっているうちに石にぶつかって割れてしまった。すると、私の身体はフラスコの中からはじき出されて衝撃が走る。
「痛っ……」
「大丈夫?」
どうやら私が入り込んでいるものが割れると私の身体はダメージを受けてはじき出されてしまうらしい。
「ふーん、だいたい分かったかな。あと何かやりたいことはある?」
特にないと答えた。
「そう、それじゃあこれはどうかな」
リュシャさんは私の背後を見ながらそう呟いた。私もリュシャさんの見ている方へ目を向ける。先ほどまで暗闇だったのが、オーブの光で照らされてよく見える。洞窟の壁がくりぬかれて、その穴には整然と人間の骨が並んでいた。私は怖気づいて、リュシャさんに身をよせた。
「大丈夫だよ。動いたりしないもの」
リュシャさんは笑いながら私に頭蓋骨を1つ取ってこちらへやった。
「この中に入れたら面白いと思わない?」
私は怖かったけど、その中へ入ってみることにした。いたずら好きでもあった私は、友達を驚かせてやりたいと思ったのだ。
「どう?」
「入れました!」
「動ける?」
一生懸命動いてみたが、どうにも動けない。
「おかしいな、動かせないものには入れるものと入れないものがあるのかな」
よくわからないままだった。
自分の力で移動させられるものの中に入ることはできる、でも骨は動かせなくても入り込むことはできた。ただし入った状態で動くことはできない。
しかし、どうもあごの骨が外れてしまって上手くバランスを保てない。
どうしたものかと思案していたが、リュシャさんがそのことに気付いて私の入っている骸骨にあることを施した。縫い針のようなものに金色の糸を通して私の頭蓋骨とあごの骨を繋いでいた。
「よし、まあこんな感じ?」
私の頭の関節が繋がれていた。
「これは?」
私が話すたびにカタカタと音が鳴る。若干話しづらくなった気もする。
「金糸だよ、本来は外傷とかの回復に使うものらしいけど、こんなことにも使えるだなんて思わなかった」
若干興奮気味に話すリュシャさんを見て、どうやら実験台になってしまったらしいことを悟った。でも気分は悪くない。
結局時間だけが経ってしまったが、ゲームをゆっくり理解するのもなかなか楽しかった。私はリュシャさんにお礼を言って、一度ゲームを出ることにした。