第1章−9
ーーーーーハワード殿下はお気に召さなかったのかな。
残念ではないと言えば嘘になる。でも今のエリシアには『まほがく(魔法学院を退学になった俺が魔女の3姉妹と出会った話)』の続きを描く方が大事だったし夢中だった。
批判的な意見があればそれは受け止めなければいけない。大切なことだ。でも同時に自分のマンガを読みたいと言ってくれた人はもっと大切にしないといけない。
それはそれこれはこれ、だ。
そして新しいマンガを生み出すのはどうしようもなく楽しくて途方もなく大変だ。それ以外のことは正直どうでもよくなる。
結果、ハワードの反応を気にして、ラウルからの報告を胃が痛くなる思いで待っているのはエリシアではなく、リリアナ達4人だった。
「リリアナ、まだラウル殿下からは何の連絡もないの?」
おそらく4人の中でも一番ハラハラしながら待っているであろうリズが聞いた。
「ないと思うわ。エリシアも特に何も言ってないし」
「きっと大丈夫よ、リズ。ハワード王太子は真面目な方ではあるけど、決して頭の固い方ではないわ。エリシアのマンガにも興味を持ってくださるに決まってるわ」
「カーラの言う通りだと思う。きっと気に入ってくださるわ。なんてったってエリシアのマンガはおもしろいし」
「もちろんよ、ターシャ。もちろんエリシアのマンガはおもしろいし楽しい。読むと気分が晴れるわ。それは絶対よ!でもやっぱり心配は心配だわ。万が一でもお気に召さなかったら…エリシアが罰せられたりしないかしら」
「まさか!ラウル殿下が言い出したんだもの。そんなことありえないわ!」
「そんなことになったら、私がラウル殿下に文句の1つでも言いに行くわ」
「さすがリリアナね。でもその通りよ、エリシアが責任をとる必要なんてないわ」
「協力しろって言われて協力しただけもの。大丈夫に決まってるわ。めったなこと言わないで、リズ」
カーラがリズを励ますようにそして窘めるように言う。
「それにしても、何度考えても、まさかのまさかよねぇ、ラウル殿下がエリシアに協力を求められるなんて」
どちらかというとラウルをよく思っていなかったターシャが言った。
「意外の1言ね」
リリアナも続く。
「しかもこの度献上したマンガも気に入って下さったんでしょ?」
「らしい。エリシアがそういってたわ。すごく喜んで下さったって」
「ラウル殿下は噂よりずっと心が広くてお優しい人なのよ」
ターシャとリリアナの会話にリズが割って入る。
「出たッ!ラウル殿下推し!」
「ターシャったら、すぐそうやってからかって!」
「でもたしかにラウル殿下に関してはリズの意見が正しかったわ。私達はラウル殿下を低く見すぎていたわ」
「さすがカーラ!そうよね?ほんとにそうなのよ」
「リズがそこまで言う根拠は?」
ターシャが尋ねた。
「あのね、実はだいぶ前になるんだけど…」
それはまだリズが14歳の時のことだった。
とある舞踏会に出席していた彼女は1人、ダンスを踊る相手もおらず壁際でぼんやり立っていた。
すると「一曲いかがですか?」と声をかけてくれたのがラウルだったという。
その時は恐れ多すぎて断ったが、なぜ自分なんかに?と問うリズに彼は
「なぜ?ん〜こんなに美しいドレスを着た可愛らしい女性が1人でいるなら踊りたいと思うのが普通だと思うが。今晩ここにいる男たちは不甲斐ないヤツばかりだな」
とウィンクして答えた。
その様子がおかしくて、それまでつまらないだけだった舞踏会が急に楽しくなった。何より「初めてラウル殿下と話した」という思いもよらぬ出来事で、彼女にとってその日の舞踏会は忘れられないものになった。
その後、舞踏会に行くたび、気に留めてラウルの様子を窺っていると、彼は舞踏会では常に、一人で所在なげにしている女性にこそ声をかけ、笑わせ、何人かとは実際ダンスを踊っていた。
彼は決して身体目的で誰彼となく声をかける遊び人などではなく、むしろ彼なりの気遣いであり優しさで、王族としての役割としてそのように立ち回っている。
それがリズの考えだった。
「だから噂はね、そうやって一人でいる女性に声をかけていることや、声をかけられた女性が勘違いしてしまったとか…そういう妬みや誤解から生まれたものなんじゃないかと思うの」
「なるほどね、私はあまり一人でいることがないから気にしたことがなかったけど」
「そりゃあリリアナには声をかける必要もないわね、ラウル殿下も」
「そういう意味じゃないわよ、カーラ」
「わかってるわリリアナ、ふふっ、ごめんなさい」
「まぁそう聞くと、リズが殿下を贔屓するのもわからないこともないけど。それより、その時、エリシアはどこにいたの?舞踏会とはいえ、あなたがあの子と別行動なんて珍しいわね」
ターシャが首をひねるのもムリはない。
同じ年齢のリズとエリシアは何をするにもどこへ行くにも常に2人一緒だ。
「マンガを描きたいって、早々に帰ってしまったの」
「ま、そんなことだろうと思ったけど」
姉のリリアナは納得顔だ。
「でも私達もいなかったの?」
カーラが優しい声で言う。
「あれは私達の学年と1歳上の学年だけの舞踏会だったから」
「なるほど」
「それからは私も学んだわ、エリシアが帰る時は一緒に帰ろうって」
「それもどうかと思うけど。あの子に合わせてたら舞踏会なんて5分で終了よ」
リリアナのあきれ口調に皆が笑った。
「エリシアももったいないわよね、あんなに可愛いのにそういうことに全く興味がないんだもの」
カーラが笑いながら言った
「そこがまたエリシアの可愛いところだけどね」
辛辣さが売りのターシャもエリシアの可愛さには文句のつけようがないらしい。
「今日も子息たちがエリシアに話しかけたそうにしていたの。なのにエリシアったら全く気づかなくて。なんだかかわいそうだったわ」
「リズ、わかるわ、それ。もうね子息たちがかわいそうを通り越して、申し訳ない気になるのよ友人として。「こんな子でごめんなさいね」て」
ターシャの言葉に皆が笑いながら頷く。
「姉としては安心なような心配なようなだわ。お兄様はエリシアが変な男につかまるくらいならずっと一人でいい、俺が面倒見るなんて言ってるけど」
「エドモンド様もエリシアが可愛くて仕方ない感じだものね」
「そうね(お兄様が可愛くて仕方ないと思ってるのはリズ、あなただけど)」
リリアナは口に出来ない思いを堪えた。
「もしかしたらラウル殿下もエリシアのことを気に入ってたりして」
「ターシャ、私もそれ考えたわ。あんなマンガを描かれたのに怒らないなんて。しかも怒るどころか自分の懐に入れたのよ。冷静に考えたらあり得ないわ」
「カーラ、懐に入れたって。それほどのことも…」
「いや、リリアナ、ある意味カーラは正しいわよ。普通あり得ない」
「えっ!じゃあラウル殿下はエリシアのことが好きってこと?うそ!どうしましょう!」
リズが目を輝かせている。
「ん?そうなったら殿下推しのリズは複雑なんじゃないの?」
「ターシャ!そんなわけないわ!嬉しいに決まってるじゃない!それを言うなら私の一番の推しはエリシアだから!エリシアとラウル殿下なんて。夢のようだわ」
「ふふっ、リズは可愛いわね。でもたしかに案外お似合いじゃない」
「まぁエリシアのあの可愛さならまんざらなくもない話よ」
「心配でしかないからやめて。もし殿下が噂通りの方ならエリシアは絶対に渡さない」
舞踏会の日、エリシアがラウルに押し倒されたことを知っているのはリリアナだけだ。姉として恋愛音痴な妹のことが心配でしかたない。
「たしかにそれは心配だけどね」
「たとえラウル殿下でもエリシアを弄ぼうものならメイザード家をあげて総攻撃よ」
「それは困るな」
「キャア!」
突然の男性の声に4人は飛び上がって驚いた。
誰もこんなところまでは来ないだろうと思って集まっていた校舎の端の秘密の場所。
男性の声というだけでもびっくりなのに、なんとそれがラウル本人であることがわかったとたん、彼女らはあたふたと立ち上がり、膝を曲げ挨拶をした。
「ハハハハ、すまない。驚かせたね」
「いえ、とんでもございません。私達こそ不作法なことで申し訳ございません」
こういう時でも落ち着いた口調で答えられるカーラはさすがだ。
「不敬なことを申し上げました。お詫び致します」
リリアナが謝罪の言葉を口にした。
「ハハハハ、気にするな。それよりもう1人のメイザード家のお姫様は今日は?」
4人はバツが悪そうに顔を見合わせた。
「今は、その、礼拝室にいるかと」
「礼拝室?何かあったのか?」
「あの……そこで…マンガを……描いているかと」
「は?礼拝室で?」
「学園内で誰にも見られず集中してマンガを描けるのは礼拝室だけだと。時々利用しておりまして」
「………………ウソだろ、それこそ神に不敬だろ…クククッハハハハッ!!」
笑い始めたラウルを4人が驚きの顔で見つめる。
「全く君の妹には驚かされてばかりだ。クククッ。では仕方ない、礼拝室に姫を迎えに行ってこよう、少し話があってね」
「では呼んでまいります」
「んーいや構わない、私が行こう」
「…は、はい」
「リリアナ、心配するな。ちゃんと大切にするよ、メイザード家に総攻撃されたら大変だからな。ハハハハ」
なぜか1人楽しそうに笑いながら去っていくラウルを4人は呆然と見送った。
「ねぇ、今、殿下、なんとおっしゃった?」
ターシャがつぶやく
「姫を迎えに行こう」
リズが答える
「メイザード家に総攻撃されたら大変だからな」
カーラが続く
「じゃなくて……」
「ちゃんと大切にするよ」
「ちゃんと…」
「大切に…」
「するよ」
「「「「キャァ〜〜〜!!!」」」」