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第1章−8

 ソファの背にもたれて読んでいたラウルの身体が前のめりになる。

 ページに目を落としたまま、手だけで読み終えたものをモルティに渡していく。

 欲目かもしれない。かもしれないが、2人とも食い入るようにエリシアのマンガを読んでいるのが伝わってくる。




「………で?」

 先に読み終わったラウルが顔を上げた。

「なんだこれは?」

 モルティが横からページを受け取る。そして読み終わると同じく顔を上げ言った。

「…………は?」



 ドクドクと身体中の血液が沸騰している。


「続きはどうした?なぜここで終わる?」

「いよいよここからのはずでは?」

「続きを早く出せ」

 ラウルが手を伸ばしてきて続きを渡せと乞う。


「や………………ったあああ!!!良かったぁ!!」

 思わず叫びたいところだが、一応殿下の御前。エリシアは歯を食いしばりながら小声で叫んだ。

「エリシア、早く読ませてくれ」

「殿下、続きに興味が?」

「当たり前だろ」「当たり前です」

 2人が同時に答えた。

「申し訳ありません。終わりです、今日のところは」

「…………」「…………」



 そう、エリシアはベルダ物語を続きモノにしたのだ。

 今日持ってきたのは、ベルダが1頭目の魔物と闘い始めた場面までだった。


「続きが読みたい」そう言わせたかった。そう思わせたかったのだ。

 興味を惹くための作戦だ。それくらいのテクニックは使わせてほしい。



「どういうことだ?」

 不思議を通り越して不審な目でラウルが尋ねてくる。


「はい。ベルダ物語は誰もが知っている物語です。結末もわかっています。それでも「続きが読みたい」「もっと読みたい」と思ってもらえるかどうかが勝負なんです」

「勝負…」

「はい。だってマンガを読まなくても結末はわかっているんです。それでもなお、このマンガの続きを読みたいと思って頂けたら、それは合格を貰えたということではないでしょうか」


 沈黙が流れた。


「合格だろ。モルティ、お前はどう思う?」

「ええ、合格ですね。とてもおもしろいです」

「ほんとですか?…………良かったぁ!嬉しい!ありがとうございます!良かったぁ〜泣きそう!本当に緊張したんです。ベルダ物語ですもの。ベルダ物語をよりによってラウル殿下やハワード殿下に……」

 嬉しさのあまり興奮して1人話していたが、ふっとラウルもモルティも彼女の話など聞いていないことに気づいた。

 2人は共にあらためて彼女の『ベルダ物語』を読み直していたのだ。


 そしてその2人の顔に浮かんでいるのは、それは彼女の思い上がりではなく、間違いなくマンガの世界に取り憑かれた者が見せる興奮の表情だった。


 食い入るようにページを見つめ、次に何が起こるか、わかっていてもわかっていなくても興奮し目が輝いている。これこそワクワクだ。2人の表情からそれが伝わってくる。



「はあーーーっ」

 前のめりだった身体をソファの背に戻しラウルが大きなため息をついた。

「エリシア、すごいな。思わず読み入ってしまう」

「ありがとうございます」

「そうですね、絵で見るというのはすごいですね。まるでその世界に自分がいるようだ」

 マンガに目を落としたままモルティが言う。

「ああ。一瞬、現実と非現実がわからなくなる」

「こんな闘いだったんでしょうか」

「あっいえいえモルティ様、それは私の創作ですから。あくまで私が作ったものです」

「ああ、そうですね、そうなんですが…つい夢中になってしまいますね」


「お2人にそう言ってもらえて光栄です。ありがとうございます。ハワード王太子がどのように思われても、まずはお2人に気に入ってもらえたなら私はそれで十分です」

「……そうだな、兄上だな」

「要はハワード殿下にも「続きは?」と言って頂けたら、その時こそ本当に合格ということでしょうか?」

「その通りだな、モルティ。もし兄上がそう言ったら…マンガは兄上の気晴らしになってくれるかもしれない」

「小さな小さな気晴らしですが」

「そんなことはないぞ、エリシア。現に俺は今、なかなか楽しい」

「私もです、エリシア様」

「ありがとうございます。では、次はこれなんですが…これは今回描き始めたものなので、だいたいの構想は決まっていますが…これから楽しみながら描いていこうと思っています」

 エリシアは最後のマンガの束をラウルに渡した。



「『魔法学院を退学になった俺が魔女の3姉妹と出会った話』?長い題名だな」

「変わった題名ですね」

「ふふっ、はい」


 転生前の世界ではよく見かけるタイプのタイトルだったが、こちらでは珍しい。


「これは?」

「皆大好きハーレムものです」

「皆大好き?」「ハーレムもの?」

 ラウルとモルティはよほど気が合うのだろう。よく言葉が重なる。


「ほら、書物でもありますよね、1人の男性が数名のの女性に言い寄られる物語。あれです。」

「あ〜なるほど」

「たしかに、男は皆大好きですね」

「私達女性も好きです。ちなみに1人の女性が数名の男性に言い寄られる物語は逆ハーレムといって、友人達にはいつも逆ハーレムものを描いています」

「そうなのか。おもしろいな。読ませてもらうぞ」

「はい」




『魔法学院を退学になった俺が魔女の3姉妹と出会った話』


 エリート魔法使いの家に生まれた主人公は当然のように全寮制の魔法使いの学院に入学した。

 勉強はもちろん、寝食を共にする友人達とも絆を深め学院での日々は概ね良好だ。ただ1つの問題を除いて。

 ただ1つの問題。それは入学してから数年、彼にはなかなか魔法使いとしての兆候が現れないことだ。つまり魔法が使えないのだ。

 そしてついに彼は落第者として退学になってしまう。

 魔法使いの中でもエリートとして知られている家族の元へ帰る気にもなれない彼は行く当てなく彷徨い、ついに見知らぬ森の中で倒れてしまう。


 目が覚めると彼はベッドの上にいた。

 彼を助けたのはなんとも美しい3姉妹だった。

 彼女らは自分達は魔女だと名乗った。


 ちょうどその頃、かつて主人公がいた魔法学院では新しい学院長の就任式が執り行われていた。しかし彼には何か不穏な雰囲気が……。


 ここまでが今日持ってきた第1話だ。

 こちらはほんわかハーレム系ラブコメに仕上げられたらと思っている。


「エリシア……お前は……」

 読み終えたラウルが顔を上げた。

「はい」

「性格が悪いのか」

「はい?」

「お前、これも今日はここで終わらすつもりか?なんだ?なぜここで終わる?何も始まってもいないじゃないか。これからどうなるんだ?」

「うふっ、それは今後のおたのしみです」

「お前は〜。おい、モルティ、貸せ。もう一度読む」

「どうぞ。ちなみに私的には長女が好みですね」

「うふふ、そうなんですね」

「お前の好みは聞いてない、モルティ。こんな3姉妹など絶対何かあるだろ。」

「どうでしょう。ふふふっ」

「あ〜〜っ!なにが「ふふふっ」だ」


 2回目を読み終えたラウルが大きくため息をついた。

「はああ〜っエリシア、おもしろい、おもしろいぞ、お前のマンガはおもしろい。ただしこれでは不完全燃焼だ。気になって仕方ない!」

「良かったです。そう言って頂けたら本望です」

「妙に腹が立つな」 

 もちろんそう言うラウルの顔は全く怒っておらず、むしろ楽しそうだ。

「まあ、しかし、うーん。あとは兄上がどう思われるかだな…」


「1つ、尋ねてもよろしいですか?」

 ラウルに続き、2回目を読んでいたモルティが口を開いた。

「はい、なんでしょうか」

「もし、万が一、ハワード殿下がお気に召さなかった場合、これらのマンガはもう描かないおつもりですか?」

「は?そうなのか?エリシア、描かないのか?」

「それでは私達は結末を知るどころか、本当に不完全燃焼で終わってしまいます」

「それはダメだ。絶対にダメだ。気になりすぎるぞ。エリシア、描いてくれないと困るぞ」


 2人のあまりにもストレートな感想に思わず胸が苦しくなるほど嬉しかった。

「ハワード殿下のお気に召さなくても、もし本当にラウル殿下とモルティ様が読みたいとおっしゃって下さるなら、もちろん描きます。描かせてください」

「良かった。ここで終わるなんてたまらんからな」

「そうですね、出来ましたら長女を多めに、色々描いて頂けると私的にはありがたいですね」

「色々……」

 もちろん、彼の言う「色々」の意味は聞かずともわかった。それを狙って、長女はお色気担当として男性が好みそうなスタイルに描いている。いわゆるボンッ!キュッ!ボンッ!だ。


「モルティ、お前はほんとに下品なヤツだな」

「いやいや、殿下と私の色々よりずっと上品ですよ」

「まぁたしかにその通りだな、あれはヒドかった」

「申し訳ございません」

 急に勢いがなくなったエリシアの声にラウルとモルティが笑い出した。


「申し訳ありません、エリシア様。冗談です」

「いえ、おっしゃる通りなので」

「でも本当にマンガはおもしろい。あなたのマンガはとても興味深く惹き込まれます」

「ありがとうございます、モルティ様」


 その後、ラウルとモルティは、『ベルダ物語』と『魔法学院を退学になった俺が魔女の3姉妹と出会った話』をさらに2〜3度交互に読み返し、意見を交わし合い、ようやく落ち着いたようだった。



「では、エリシア、これらは預からせてもらうぞ」

「はい」

「何度も言うが、俺はエリシアのマンガはどれもおもしろいと思う。しかし兄上がどう思われるかはわからない」

「はい。承知しております。ですが殿下、お願いです、たとえどんな結果であっても私に教えてくださいませ」

「……………」

「教えて下さらないなら、これらの続きは描きませんし見せません」

「ふっ、なんだそれは。わかった、どんな結果でも必ず伝えよう」

「ありがとうございます」


 そう約束して、その日は終わった。


 ラウルからは何の連絡も報告ももらえないまま数週間が過ぎた。

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