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第1章−6

「学園長、お忙しいところ申し訳ありませんでした」

「いえ、とんでもございません。では私はこれで」

 爽やかな笑顔のラウルに穏やかな笑顔を返した学園長は重い扉を閉め行ってしまった。


 ラウルとモルティが窓際に立って何やら小声で話している。

 キラキラと眩しく射し込む陽光の中で顔を寄せ合う2人はまさに…

 ーーーーーリアル『殿おし』!やっぱり理想的な攻めと受けだわ。

 妙な満足感を覚えながら王の間を見渡す。


 ーーーーー案外シンプルなのね。

 ごてついた華美な装飾もなく、一見しただけでは王族専用部屋とは思えないほどだ。

 しかしよく見ると、この部屋に置かれている調度品1つ1つに重厚さと精巧さ、どこまでも上品さを追及した美しさがある。


 そして、シンプルであってもなお、ここに立つエリシアを威圧するのは、それらから感じる年季という名の歴史と、そこかしこに刻まれている王家アッサムベルダ家の紋章のせいだろう。

 歴代の王族達がここに出入りしたのだという事実を肌に感じずにはいられない。

 身震いがした。

 ーーーーー今の私にこれをマンガで表現できる力があるかな。



「エリシア…エリシア!」

「はいっ!」

「どうした?」

「いえ、申し訳ございません」


 また心ここにあらず状態になっていたようだ。ラウルとモルティの不思議そうにこちらを見る表情で我に返った。


「エリシア、昼休みに悪いね」

「いえ」

「俺が直接声をかけても良かったんだが、どうも君は姿を隠すのが上手いようだしね」

「べ、べつにそのようなことは…」

「早速だが、例のことで君にやって欲しいことがある」

「やって欲しいこと…ですか」

「ああ。たしか、なんでも言うことを聞く約束だったよね」

 ラウルがニヤリと意地悪く笑う。

 エリシアは急に顔が熱くなるのを感じた。

「…………あ、それは、その、」


「まぁエリシア、どうぞ」

 ソファに座るよう促された。

「いえ、こちらで結構です」

 扉を一歩入った場所に立ったまま答えた。

 先日のようなハプニングはやはり避けるべきだ。たとえ相手が王子でもここは強気でいこう。


「そうか…」

 ラウルは驚いたような、それでいてふっと力が抜けたような顔をした。

「モルティ」

 同じくエリシアの言葉に少し驚きながらも部屋を出ようと歩き出していたモルティを引き留めた。

「お前もいてくれ」

「え?…でも」

 ラウルがモルティに頷く。

「わかりました」


 彼女の意図を理解し、2人きりにならないよう配慮してくれたのだろう。

 エリシアは、勝った、と内心思いながら、立ったまま自分と向き合う彼の表情を見て少し意外だった。

 彼の顔にはまるで友人のような、或いは兄のような、シュルバルト令嬢たちに見せるのとはまた違った優しい笑みが浮かんでいた。




「実は君にマンガを書いてほしいんだ」

「マンガ?」

「ああ」

「私に?」

「君しかいないだろ」

「あの、お尋ねしてもよろしければ…その…なぜ…でしょうか?急に…その…」

「ああ、構わない、なんでも聞いてくれればいい。答えられる範囲のことは答えよう。

 で、そのマンガだが、兄上のために書いてもらいたい」

「ハワード王太子」

「ああ、そうだ」

「ハワード殿下に…」


「ここからは君を信用して話をする。おそらく俺の見立てに間違いはないだろうから」

「………」

「知っているかとは思うが、兄上は先の流行り病に罹患され、病後の療養をされている。とはいえ王宮にいらっしゃるし寝込んでいるわけでもない。ただ…」

「………」

「なんというか、うん、弟としては…」

「元気を出してもらいたい?」

 エリシアの言葉にラウルがふわりと笑った。

「ああ、その通りだ」


「わかります。実は私もこの間のマンガ、あれは大切な友人を元気づけたくて描いたので」

「そうか。なるほどな。いや、それはわかるがあれはヒドいぞ。お前、よくあんな…というか、あんなものを兄上に描くなよ」

「わかってます!そんなこと、絶対にしませんし、できません!」

 思わず前のめりになって言い合ってしまい、2人は同時に吹き出した。


「兄上は俺とは違って真面目だから色々…余計なことを考えてしまうみたいで」

「………」

「なんとか気分が変わるようなことを、と考えてはいたんだがなかなかいい案も浮かばなくてな」

「…はい」

「で、エリシアのマンガを読んだ時に珍しいものだし、兄上も喜ぶんじゃないかと思ったんだ」

「…………わかりました。もちろんです。光栄です。お受け致します」

「本当か?助かる」


「でもどんなマンガが良いのでしょうか?ハワード殿下はどんなお話がお好きなのでしょう」

「どんな…と言われてもな。兄上は書物はお好きだがこれといって何が好きなどと話をしたことがないな。それにそもそもマンガというものがどんなものなのかわからないし」

「そうですね、では私の方で勝手に考えてもよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろんだ。任せる」

「ありがとうございます」


 ーーーーーこちらの世界でマンガの依頼を受けるなんて!めちゃくちゃ嬉しい!


「ただ1つだけ君に言っておきたいことがある」

「なんでしょう?」

「おそらく兄上は初めてマンガを読む。どんな反応をするか…俺もわからない。だからもしかしたら…」

「受け入れてもらえないかもってことですね」

「ああ、そうなると君にはすまな…」

「大丈夫です、構いません」

「そう…なのか?」

「はい、構いません。人の好みは様々です。マンガは私が好きなだけ。それを好きじゃない人もいるのは当たり前のことです。なので…残念には思いますがお気になさらないでください。

 それよりそうなった時にラウル殿下もあまりがっかりされませんように。殿下のお気持ちは伝わると思いますから」


 ラウルが一瞬目を丸くした。

「ハハッ、俺の心配はしなくていいぞ、エリシア」

「あっ、出すぎたことを言ってしまいました。申し訳ございません」

 エリシアは深く頭を下げた。調子に乗ってしまった。

「いや、そういう意味じゃない。エリシア、そうじゃなくて…その、ありがとう」

「え?」

 顔を上げるとラウルが真っ赤に顔を染めている。なんだか自分まで赤くなりそうで思わず顔を伏せた。


 話題を変えたかったのだろう。ラウルが咳払いをしながら問いかけた。

「で、どれくらいで出来そうだ?」

「……あ、はい、えーっとまずは2〜3週間と思って頂けましたら」

「わかった。では3週間後ってことでいいか。もし何かあれば声をかけてくれ」

「はい」


「ではすまないが頼んだぞ、エリシア」

「はい、たしかに承りました、殿下。ご期待に添えるようがんばります」

「ああ」

「あっ、それと…」

「なんだ」

「先ほどの、ハワード殿下がマンガをお好みにならないかも、というお話ですが」

「ん?あ、ああ」

「ラウル殿下は私のマンガを読んで役立つかもと思ってくださった。その殿下のお気持ちだけで私は十分嬉しいです。十分幸せです。心から感謝申し上げます、ありがとうございました」

「……あ、ああ」


 そう言ってエリシアは王の間を後にした。


 閉じられた扉を見つめながらラウルが呟いた。

「…………モルティ、俺は「ああ」しか言えなくなってしまったのか?どうしたというのだ?言葉が…出てこない」

 そしてなぜか笑いがこみあげてきた。

「フッ…ハハハハ…」



「やはり一風変わったご令嬢だな。それにしてもお前が女性に警戒されるのを初めて見たよ、ざまぁみろだ」

「たしかに。そうだな」

 壁際に立って一部始終を見ていたモルティにからかわれたにも関わらず、彼はなぜか楽しくて笑いが止まらなくなってしまった。





 リリアナ達にはこのことを話しておきたいというエリシアの願い出をラウルは快諾してくれた。なので彼女はすぐに4人に王の間での出来事を話した。


 彼女達は一様に驚きを隠さなかったが反対することなく、むしろ困ったことがあればなんでも言ってほしい、全力で助けると約束してくれた。

 こういうときに彼女達の大切さと心強さを身にしみて感じる。


 その日、午後からの授業は構想を練る時間となった。


 転生前の学校と違って、こちらの世界の学園はテストはあるが出席も授業も基本自由だ。

 多くの貴族にとって勉強は基本家庭教師に教わるもので、学園は社交と人脈作りのためといっても過言ではない。

 エリシアとリリアナも同じだった。

 なので作業が佳境に入ったら学園を休めばいい。恵まれた環境だ。

 ーーーーーこの世界って前世の私からしたら、ボーナスステージよね



 そして5人の令嬢の中でラウルの評価は急上昇した。

 女性関係は噂でありそれはそれとして、ハワード王太子を気遣う優しさは評価に値する。

 そして何より本来なら処罰を受けてもおかしくないようなマンガを描いたにも関わらずエリシアをきちんと評価して受け入れてくれたこと。

「なかなかいいヤツじゃん」

 ターシャの一言に彼女達全員の思いが重なっていた。




 描きたいテーマはすぐに決まった。あとはひたすら頭の中で描いたマンガを紙に落としていく(彼女はいつもそう表現していた)作業だった。もちろんそれが思い通り描けず苦しむのだが。



 そうして、3週間後、再び王の間でラウルと向かい合った彼女は3作のマンガを携えていた。

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