第1章−4
とにもかくにもドレスを脱ぎ寝支度を済ませた頃、リリアナが部屋にやって来た。
2人はエリシアのベッドに潜り込む。小さい頃から何か話したいことがあると2人はこうして1つのベッドに潜り込み語り合い共に眠った。
「押し倒された?はあああ?あの男めっ!!」
「リリー、あの男は言い過ぎよ」
「何言ってるの?大切な妹に手を出されたのよ!」
「いや、そんな手を出すなんて大袈裟だって」
「エリー、押し倒すのは手を出すのと同じ意味なの!」
リリアナの思った以上の反応に、キスをされたことは言わないでおこうと決めた。
「でもそんな襲われるとかじゃないのよ、からかわれたというか…そもそも殿下が私なんかをどうこうしたいなんて思わないだろうし、おもしろ半分にやってきたって感じかな」
「おもしろ半分って!」
「まぁでも今回は私に非があるし」
「それは…お咎めがないなら本当にありがたいけど」
「うん、本当に九死に一生をってやつだわ」
「でも殿下の言うことを聞くって、その交換条件もどうなの?」
「まぁそこはね、なんとかなるかな、と」
「あなたってほんと時々ものすごく能天気よね」
「だって殿下よ。王子よ。私とのちっぽけな約束なんてもう忘れてるわよ。一応釘を刺すために言った程度のことよ」
「ねぇでももし本当に無茶を言われたら断るのよ。お父様に言えばなんとかしてくださるわ。いざとなったらマルセロを連れて総攻撃よ」
「ハハハ、それはもう国への反逆じゃない!」
マルセロはリリアナの恋人であり、メイザード家自衛軍の若き軍隊長だ。
リリアナが学園を卒業次第、結婚することになるだろう。
ターシャが羨むのも無理はない。2人は思い合い愛し合い祝福されて結婚できるのだから。
マルセロの家系は代々メイザード軍隊長を務めてきた。もちろん軍隊長は世襲ではない。よって常にその位に相応しい人材を輩出してきた、いわばサラブレッドの家系なのだ。
男勝りな性格のリリアナにはそれを上回る強さを持つマルセロくらいの男でないと相手は出来ない、と彼女の父親は2人の結婚を大歓迎している。
見た目ばかりで実際のリリアナを知らないそこらの子息より、本来の彼女を知っているマルセロなら安心だし、なによりマルセロとリリアナがいれば鬼に金棒、我が領地も安泰というものだ。
親として領主として何一つ反対する理由がない結婚話だった。
そしてエリシアもマルセロをとても気に入っている。強面の屈強な男がリリアナにはメロメロな甘々で、時にいじらしいくらいだ。
そんな彼の一面を知っているのはおそらくエリシアだけだろう。
「国軍と戦争にならないよう気をつけるわ」
笑いながら答えた。
「それとね、エリー。この際だからきちんと言っておくけど、というかいつも言ってるけど、あなたは可愛い。めちゃくちゃ可愛いの。だから「殿下が私をどうこうしたいと思わない」ってのは大間違い。殿下でも誰でも男ならエリーをどうこうしたくなるわ。だからちゃんと気をつけるの、わかった?」
「リリーに言われたくないけど」
「私はちゃんと気をつけてるわ、こんなに美人なんだもの」
「ふふふふっ」
「そういえばエリー、あの『殿おし』。あれってリズの為に書いたのよね?」
「………わかった?」
「そりゃあね、あなたは殿下なんて全く興味なさそうだったし話題にもしたことがないのにいきなりあれだもん。何か意図があるんだろうなって」
「うん、リズはやっぱり結婚が決まってから元気がないし、あんまり笑わないし。何か気が紛れるもの書けないかと思って。私に出来ることはマンガを書くことだけだから」
「それだけで十分すごいわ。ほんとにね、うちの男たちってば鈍くさい。お兄様さえしっかりしてればリズもこんなことにならなかったのに」
「本当にお兄様と結婚してほしかった。まぁリズはお兄様のことなんとも思ってないだろうけど」
「それでもオジサマ侯爵よりはずっとマシなはずだわ。一応見た目もそれなりだし優しいし」
「でも良かったわね、リズがエリーのマンガで「気が晴れた」て言ってたじゃない」
「うん、本当にそうだったら嬉しい。殿下とモルティ様にもモデルになってもらって感謝してるわ」
「それにしてもさ、エリーの転生前の世界って本当にすごいわね、楽しそうだわ。あんなマンガが溢れてていつでも誰でも読めるんでしょ?考えられないわ、行ってみたい」
リリアナはエリシアが転生者であること知っているただ1人の人だ。
それを打ち明けたのはエリシアが10歳、リリアナが12歳の時だった。その時もこうしてベッドに潜り込み飽きるほど話し抱きしめ合って眠った。
正確にいえばエリシアが転生前を思い出したのは8歳の時。
自分でも何かわからない絵をただただ書きたい欲求に任せて書き続けていた。
そして転生前を思い出した後、それらの絵を見て笑ってしまった。
何かわからなかった絵はこの世界にはない車や電車、携帯電話であり、それは転生前の彼女がマンガ家として初めて任された連載作品『萌え死にです、ドS王子!』だった。
まだまだ駆け出しのマンガ家。ようやく認められ連載枠を貰えた。と同時に読み切りをいくつか依頼され嬉しさのあまり全て受けてしまった。
新人のマンガ家にアシスタントなんて雇えるはずもなく、連日寝る間もなく仕事をした。もちろん生きるために別の仕事もしていた。
ベッドで寝たのが何日前のことかもわからなくなっていたある夜、ブチンッッ!脳内で音が聞こえた気がした。
そして目が覚めたら、エリシア・メイザードだった。
おそらく私は死んだのだろう。
連載を途中で途切れさせてしまった。
「一緒にがんばりましょう」と言ってくれた担当編集者の加藤さんにも、何より『萌え死に』を読んでくれていた読者にも本当に申し訳ないことをしてしまった。
その思いからか、幼い彼女がずっと書いていたのは『萌え死に』の続きだった。
そんなエリシアは家族にも友人にも「ちょっと変わった子」と思われていた。
まだまともな教育も受けていない幼な子が、見たこともない服装をした男性を描き、『俺だけ見てろ』『いい子にはごほうびだろ』などと言わせ、女性にキスさせているのだ。
これが変わった子でなければなんだろう。
それでも家族は絵を描くことをやめさせることもなく、そのままのエリシアを心から愛してくれたし、友人は…残ったのがあの3人だった。彼女達だけはどんなときもそばにいてくれた。
「何歳だったんだっけ、転生前」
「22歳」
「お兄様と同じ年か。そういえば聞いたことなかったけど、つきあってた人は?結婚はしてたの?」
「まさか!男性とつきあったことすらなかったわ。マンガしか興味なかったし。マンガがあればそれで良かったわ。恋愛なんて時間の無駄ね」
「ふふっ、それじゃあ転生前も今もエリーはエリーのままね。なんだか嬉しいな」
「そうなの。私という人間の本質は全然変わってないの」
「でも、それでいて、あれだけの恋物語を書けるんだものね、不思議だわ」
「趣味は、観察、だから」
「エリーの観察は趣味の粋を越えてるけどね」
「ネタ集めの為ならなんでもするわ。そういう意味でいうなら殿下の言うことを聞くっていうのもね、ネタになるなら大歓迎なんだけど」
「それはまた別よ。殿下といえど油断大敵!」
「本当に心配なのよ、殿下との約束のこと。全く我が国の王子様は何を考えてるんだか。ほんとに気まぐれ程度に言ったならいいけど」
「大丈夫よ、そもそも殿下となんてこれまで話をしたこともないし、学園で顔を合わせたこともあったかなかったか」
「あるに決まってるでしょ、あんな目立つ人。エリーがマンガのことばかり考えてるから気づいてないだけよ」
「うっ…たしかに。でも、本当に、取るに足りない、いち令嬢でしかない私との約束なんて忘れているわよ、きっと」
「またそんなこと言って!この子はほんとに!」
「キャーッ、アハハハ!」
2人はしばしくすぐり合い笑い合い、いつしか眠についた。
翌日は学園が休みのためエリシアは心おきなく部屋にこもり朝から晩までマンガを描き有意義な時間を過ごした。
描き始めた作品は、前日に見たオス化したラウルをモデルに男女の恋愛物語にするつもりだ。
とりあえず王子という設定は避けよう。またラウルに見つかったら目も当てられない。
でもついつい髪型や雰囲気がラウルに似通ってしまう。
そして夢中でマンガを描いているつもりなのに、フッと我に返り彼とのことを思い出すと、なんだか胸のあたりがキュンと痛む。
ーーーーーここ数日のストレスね。早めに寝なきゃ。
そんなことをしているうちに、ラウルとの交換条件のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。