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第3章−8

「エリー!エリー!目が覚めた?!」

「………リリー?」

「良かった!あなた1日寝ていたのよ。椅子にもたれて気を失ってたの!あ〜もう心配させないで!」

「じゃあ……私はやっぱりエリシアなのね」

「なにを言ってるの?当たり前じゃない!」

 ーーーーーやっぱり転生前の世界に戻れるわけじゃなかったか。

 胸の上にはたしかにネックレスを感じる。

 ーーーーーラウル様のいない世界


「とはいえ、もう夜遅いわ。朝までゆっくり寝なさい。何か食べたいなら、ここにお菓子があるわ」

「大丈夫、ありがとう、リリー」

「おやすみ、エリー」

「おやすみ、リリー」

 エリシアは再び目を閉じた。




 翌朝、突然の来訪者にリリアナと母親は思わず後ずさるほどに驚いた。


「殿…下」

「リリアナ、エリシアを呼んできなさい」

 ラウルと一緒にやって来た父親に言われ、リリアナはエリシアの部屋に急いだ。

 状況は全くわからないが、父の顔を見る限り悪いことではなさそうだ。


「殿下、どうぞこちらの応接室へ」

「いや、ここで待とう。1秒でも早くエリシアに会いたい」


 しかし、しばらくして戻ってきたリリアナは1人で、まるで狐につままれたような表情をしていた。


「どうした?」

「エリーが…エリーがいないの…エリーがいない!」


 ラウルとモルティも加わり皆で邸内を探すが見つからない。

 エリシア達の護衛に付き添ってきていたマルセロを含むメイザード軍兵士も、本邸ほど多くはないが数人いる侍女達も、誰1人として今朝はエリシアを見ていないという。


 誰もがここ最近のエリシアの精神状態を知っている。泣き腫らした目も、食事をまともに食べていないことも。

 不安と苛立ちが皆の心に積もり始めた頃、リリアナが呟いた。


「湖だわ」

「湖?」

「そう、湖…お父様覚えていない?あの子が…エリーが8歳のときに溺れた湖よ!」


 一瞬の後、全員が駆け出した。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「綺麗…」

 屋敷の裏の木立を歩き、ほんの数分でその湖は現れる。

 朝霧が薄くなり始めると、透明な水面は周辺の木々を映し、眩しいほどに美しい緑色へと移り変わる。


 エリシアは水際に立ち、朝の光に碧く輝く薔薇をかざした。

 ーーーーーやっぱり返そう。これがある限り、私は前に進めない。


 エリー!!


 ラウルの声が聞こえた気がしてエリシアは振り向いた。もちろん誰もいない。


「怖い怖い、幻聴?…ふふ、末期だわ」

 ーーーーー私ってこんなに未練たらしい女だったのね。


 笑うしかなかった。


 ーーーーーでも、初めてだったんだもの…キスも、肌を重ねることも…愛されることも、愛することも…私ってこんなに誰かを愛することができたんだなぁ、知らなかった。




 エリシアは8歳の時、この目の前に広がる湖で溺れた。それが彼女が転生前を思い出した瞬間だった。


 水中で何かに足を取られ、底へ底へ引っ張られていく。見上げた水面が陽の光にキラキラ輝いていた。手を伸ばすがその光を掴むことが出来ない。恐怖にもがきながら、同時に輝く水面の美しさに見惚れていた。



 ーーーーーまた溺れたらどうなるんだろ……あっちの世界に戻れたり……ダメね、メンタルやられすぎ。さぁ帰ろう。



「エリーーーっっ!!」

「えっ?」

 振り向いたその時、エリシアはバランスを崩し、緩んだ水際の土に足をすくわれた。


「きゃぁ!」

「エリー!ダメだ!俺を置いて行くな!」

 よろめいたままの身体を抱きとめられ、そのまま2人してしゃがみこんだ。


「え?」

「……エリー」

 ラウルが抱きしめたエリシアの肩に顔を埋めたまま動かない。


「殿下?それに…みんな…どうしたの?」

「どうしたのじゃないわ!黙っていなくならないで!探したのよ!」

 リリアナが泣いている。


「もしかして…私が死のうとしてたと?」

「…湖に入ろうとしていた」

 ラウルも眉間に皺を寄せ、ツラそうな顔をしてエリシアを見つめた。


「ごめんなさい…よろけただけです」

「………はぁぁあ〜〜良かった!」


 ラウルが全身から力が抜けたとでも言いたげに、エリシアにもたれかかる。

 周りの者達はホッとした顔を見合わせ頷くと、2人に背を向け歩き出した。




「殿下、あの、どうされたんですか?なぜここに?」

「結婚を申し込みに来た」

「へ?」

「終わったんだ。全て、何もかもシュルバルトの嘘だ。それを白日の下に晒して、正々堂々、俺は君を迎えに来たんだ」

「…………」

「では、シュルバルト令嬢との結婚は?」

「論外」

「殿下の子どもを……んっ!」

 汚れた言葉を遮るように、ラウルがエリシアにキスをした。

「あり得ない」



「そんな……せっかく殿下を諦めようと…」

「うん、寂しい思いをさせてごめん」

 大粒の涙が次々とこぼれだす。

「殿下を忘れて…」

「それは許さない」

 涙に濡れた彼女の頬をラウルが優しく拭う。

「殿下よりずっと素敵な人を見つけて…」

「そんな奴、処刑してやる」

「殿下よりずっと…幸せになって」

「俺よりエリーを幸せにできる奴なんていない」

 嗚咽で言葉を紡ぐのも苦しいのに、言わずにはいられない。

「たくさん子どもを産んで、楽しい家庭を作るの!」

「全部俺が引き受ける。だから他の奴なんて言わないでくれ」

「んん……ん……んッ…」

 数週間の寂しさを埋めようとするような激しく貪るようなキスだった。

「愛してる。エリーのことしか考えられない。結婚しよう。これから先、何があっても絶対にエリーを離さない」

「……でもまた別の女性が身籠ったら…」

「また、てなんだ!だから身籠らないし、身籠らせたこともない!お前は全く」

 ラウルは敵わないとでも言いたげに笑って、エリシアを思い切り抱きしめた。

「薔薇、返さないでいてくれてありがとう」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「賑やかなお嬢さん方は?」

 皆より遅れて庭園に出て来たハワードとライナスがラウルとモルティに声をかけた。

「兄上」

「ハワード王太子」

「やぁエドモンド」



 春になった。

 ハワードとカタリナの婚礼は来月執り行われる。それに伴い何かと慌ただしい中、久しぶりに気の許せる者が集まった。



「キャァっ!」

「静かに!」

「アハハハ!」



 少し離れた花壇の向こうから、笑い声が聞こえる。

「相変わらずあの軍団は楽しそうだな」

「どうせまたエリーのマンガだろ」



 エリシア、リリアナ、リズ、ターシャそしてカーラの5人に、最近はカタリナも加わり、賑やかさは更にパワーアップした。


 カタリナはハワードとの結婚を控え数ヶ月前からこちらに移り住んでいる。

 カタリナとエリシアは出会ったとたん打ち解け、今では昔からの友人かと思うほどだ。何よりカタリナはエリシアのマンガを大変気に入り、熱烈なファンと化した。



「エリシアのお陰でカタリナが寂しい思いをせずにすんでいる。感謝してるよ」

「エリーもカタリナ様と仲良くなれて喜んでる」


「『まほがく』の続きはないのか?」

 ライナスがラウルに声をかけた。

「主人公は全く活躍せずに終わったぞ」

「姉妹とのあれやこれやも全くありませんでしたしね」

「モルティ、お前はほんとに一度豚にされろ」

 ラウルが呆れる。

「ミラのような女性に豚にされるならいくらでも」

「クククッ、バカだろ」


「本当にまた何か出来たら読ませてほしいものだ。最近はカタリナの方がマンガをよく読ませてもらっているようだ」

「エリーに伝えておくよ」

「彼女のマンガの影響か、カタリナが時々わけのわからない言葉を言うようになった。それはそれでおもしろいが」

 ハワードの左の耳で黄色い石が輝いている。


「わけのわからない言葉?」

「ああ。昨日も俺のことを見ながら「やっぱりメガネ受けだわ」とかなんとか」


「…………………メガネ」

「受け……………………」

 ラウルとモルティは顔を見合わせ息を呑んだ。

「まさか……」

「また『お仕置き』……」

「ダメだ、それは…兄上はダメだ…あいつッ!エリー!エリーっ!!」

 慌てて6人組の方へ大股で歩き出したラウルを見ながら、モルティが腹を抱えて笑っている。

「フフフ……ふはははは!!」



「「「キャア~ッッ!!」」」

 ラウルの突撃を受けた花壇の向こうから、令嬢達の可愛らしい悲鳴が上がった。



 完

最後までお読み下さりありがとうございました。

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