表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/34

第3章−6

『魔法学院を退学になった俺が魔女の3姉妹と出会った話』最終話は今まで以上に描くのにエネルギーと時間を要した。

 しかし今のエリシアにはむしろ良かったかもしれない。

 気を抜くと浮かぶラウルの面影をシャットアウトしながら彼女は『まほがく』に全力を注いだ。




 ある日、フィルとサラが川辺で倒れている人物を見つける。


『魔法で攻撃されたんだわ、魔法跡がある』

『ん?ドルク?ドルクじゃないか!どうしたんだ?ドルク!』

『知ってるの?』

『ああ、友人だ。ドルク!』

『フィル、下がって』

 サラは倒れているドルクに向けて呪文を唱え始めた。

『少しはラクになるはずなんだけど』

『うっっ…』

 気を失っていたドルクが目を覚ました。とはいえ身体へのダメージはそう軽くはないようだ。

『ドルク!何があったんだ?なぜここに?』

『フィル…?夢か?』

『夢じゃない。俺だよ。大丈夫か?ドルク何があったんだ?誰にこんなことを』


 ドルクは時折苦しそうに咳き込みながら、フィルが去ったあとの学院のことを話した。



『闘いが始まるんだ。悪魔の3姉妹とやらを捕獲することが学院長の命令だ』

『………』

『………』


 その時遠くから人々の猛り叫ぶ声が聞こえた。

『行かなきゃ!ミラとテラが!』

 走り始めたサラにフィルが叫んだ

『サラ!俺を見て!』

 サラがフィルのその目をしっかりと見据えた。そしてフィルとドルクを置いて走り去った。



『フィル!えっ…フィル!!!』

 目の前でフィルが豚になったのだ。ドルクは驚きに口をパクパクさせている。

『どうも』

『え?なんで?フィル?豚?あの女!』

『違う!違うんだ!ドルク!聞いてくれ』



『ドルク!!!』

 遠くから2人の少年、ジャンとコランが駆けつけた。

『ドルク、大丈夫か?』

『誰にやられた?ウェルズか?』

『ああ』

『やっぱり!アイツ許さないからな…って、なんだこの豚?』

『ジャン、コラン、久しぶりだな』

『しゃべった…』

『豚が…』

『ドルク、逃げろ!コイツはきっと悪魔…』

『やめろ!ジャン!』

 魔法をかけようと手を上げたジャンをドルクが止めた。


『ドルク!なぜだ!』

『コランも!やめろ!フィルだ!この豚はフィルなんだ!』

『フィル?』

『フィル?……フィル!すぐに戻してやる!』

『やめてくれ!』

 フィルが叫んだ。

『戻さないでくれ、このまま豚でいいんだ!』




『待ってくれ、つまりお前は豚の姿になった時だけ魔法を使えるってことか?』

『ああ。見とけよ』

 そう言うと、フィルは数メートル先に落ちている枯れ木をジャンの足元に飛ばした。

 3人はこの状況をどう考えたらいいのか頭の中の処理が間に合わないとでも言いたげな表情を浮かべた。



 その時、また叫び声が聞こえた。


『行かないと!』

『急ごう!』

『フィル、ドルクを頼む!』

 そう言ってジャンとコランが駆け出した。

『待てっ!やめてくれ!ジャン、コラン、聞いてくれ!彼女達が悪魔だなんて大嘘だ!』

 その言葉に2人が立ち止まり振り向いた。



『彼女達はどこにも行くあてのなかった俺を何も言わず何も聞かず家に置いてくれたんだ。それは俺が魔法を使えない落ちこぼれだと知っても変わらなかった。変わらず俺を友として受け入れてくれたんだ。信じてくれ、彼女達は悪魔なんかじゃない!』



 ジャンとコランは互いに顔を見合わせ頷くと、またフィルに背を向けて駆け出そうとした。

『ジャン!コラン!頼む!聞いて…』

『フィル!』

 ジャンが振り向いて言った。

『言っとくがな、俺達だってお前が魔法を使えようが使えなかろうが友達だと思ってんだよ!』

『その通りだ、見損なうな』

 コランも叫んだ。



『心配するな。俺達もそんなにバカじゃない。だがとりあえず向こうに行かないとな』

『豚フィルはゆっくりしか走れないだろうから、ドルクとあとで来い。それまで適当にやってるよ』

『て、適当って!』

 2人はフィルに笑いかけると、駆けて行った。



『フィルも行けよ。俺はなんとか大丈夫だ』

『俺の魔法を見せてやる!』

 そう言ってフィルはドルクの身体を浮かせた。

『これなら一緒に行けるだろ』

『フィル…お前、ほんとに使えるんだな』

『ふふんっ、豚の俺は最強なんだ』 

『超絶ダサいけどな』

『うるさいっ』



 その時だ。どこからともなく声が聞こえた。


『志を共にするフィラハ軍戦士たちよ、聞かれよ!』


『なんだ?』

 フィルが走るのをやめ、耳を澄ます。

『ジャンだ!これだよ、フィル』

 ドルクはネクタイを指差した

『フィラハ軍戦士たちよ!』

 タイピンから声が聞こえた。


『ジャン?フィラハ軍?』

『ああ。学院長に対抗して俺達が作ったんだ。そしてこのタイピンはフィラハ軍に属する者だけの通信網。コランが魔法をかけたんだ。アイツはこういうの得意だからな』


 再びジャンの声に耳を傾ける。

『聞かれよ!やはり学院長の話はウソだ!このまま予定通り行動してくれ!すぐに合流する!そしてビッグニュースだ!我らがフィルを見つけたぞ!』



 うおーーーーっっ!


 先程まで聞こえた声とは比べものにならないくらいの叫び声が森に響き渡った。


『なんのことだ?どういう…』

『まあ行けばわかるさ。で、その姉妹の家とやらは』

 その言葉にフィルの顔が引き締まった。

『もうすぐそこだ』

 そうだ…彼女達は無事だろうか。



 3姉妹の家に着くと……何事もなく、ただ彼女ら3人が家の外でなにをするでもなく立っていた。



『ミラ!サラ!テラ!大丈夫か?』

『フィル!おかえり!』

 先程血相を変えて先に帰ったサラがいつものようにフィルに声をかけた。

『えーっと…ん?闘いは?』

 フィルがドルクを見た。

『ジャン!コラン!』

 ドルクの呼びかけに木々の間から2人が顔を出した。



『あら、お友達だったの?』

 ミラが微笑むと2人は少し顔を赤らめた。

『皆!大丈夫だ!出てこい!』

 ジャンの呼びかけに、姉妹の家を取り囲む森の木々の間から、生い茂る草の陰から、次々と生徒達が現れた。皆、フィルにとっては懐かしい友だった。


『皆…』


『おい!ジャン!今、その豚がしゃべったぞ!こいつらは悪魔じゃないと言ったが、豚がしゃべるなんて!』

『あ、そうだな、すまない』

 フィルは自分に魔法をかけ、元の姿に戻した。


『うわぁぁぁ!!』

 豚がフィルに変わっていくのを見た数人の生徒が叫び声をあげ後ずさった。


『やぁ、久しぶりだな、イアン』

『……フィルだ…ほんとにフィルだ!!』

 歓声が上がった。

『で、闘いは?』

 皆の興奮が収まるとフィルはジャンに訊ねた。


『ああ。実は俺達フィラハ軍は学院長の悪魔論が信用できなくてね。だから闘うフリをして様子を伺うことにしたんだ』

『でも叫び声が…』

『演出だな』

『演出…』

『おかしいと思ったのよ』

 サラが腕組みをしながら目を合わさないように横を向いたまま言った。

『大勢が隠れているのはわかってるけど攻撃してくるわけでもなくさ』

『叫んだかと思えば自分達で防御の魔法をかけあったり』

『そうそう、私達の攻撃に備えてるみたいだけど、攻撃されてもないのに、こっちから攻撃なんてしないわ』

 ミラが眉を下げて困ったように笑った。



『あのさ、さっきから気になってるんだけど…』

 フィルはサラの足元にある木製のバケツを指差した。それは何かに蓋をするかのように上下逆に置かれている。

『あぁこれね』

 サラがバケツを持ち上げると、中には数匹のカエルがまさに肩を寄せ合うようにかたまっていた。

『カエル?!』

『ええ、この子達はちょろっと攻撃してきたから。ちょっと静かにしてもらったのよ』

『ウェルズ達だよ!』

 生徒の1人が言った。

『やっぱりな、ドルクに魔法をかけたのもコイツらだ』

『俺が闘いなんて馬鹿げているって言ったのを聞いたらしくて、攻撃してきたんだ』

『コイツらは学院長の腰巾着だ。学院でも他の生徒達に魔法をかけたりして、非道にやりたい放題だったんだ』

『ふーん……それなら、そうだな、お前達はもう少しお仕置きされてろ』

 フィルがそう言った瞬間

『あぶないっ!!』

 そう言ってミラがフィルの背後にある大きな木に向けて魔法を放った。

 そして糸を引くかのような動作をすると、その木の陰から身体が石化した学院長がゴロゴロと転がってきた。



『学院長?!』

『魔法をかけようとしていたわ』

『コイツが元凶だ』

 コランが唾でも吐くのじゃないかと思うほど嫌そうな声を出した。

 身体は動かせないが意識はある学院長は表情で助けてくれと訴えている。


『ねぇ、コイツが学院長?』

 テラが顔を覗きこんでいる。

『コイツ……ねぇ、ミラ、サラ…』

『あ!ヘルガじゃない!この男、ヘルガ・オーランドじゃない!!』

『知ってるの?』

『ええ、よぉく知ってるわ、フィル』

 いつも微笑んでいるミラが珍しく嫌悪を顔に滲ませている。

『コイツはね、ずーっとミラにつきまとって、ずーっと求婚して、ずーっと振られてる男よ!』


 全員の目が学院長に注がれる。


『もしかして…ミラに相手にしてもらえなくて…』

『彼女らを悪魔と?』

『それで俺達を闘わせようとしたのか?』

『そんなことで?』

『ふざけるなっ!』


 バァァァン!!

 一体誰の魔法が効いたのかもはやわからないくらい全員が彼に魔法をかけた。

 結果、学院長は顔はカエルだが、体はナメクジのようで、しかしムカデのように足が数本生えている得体の知れない姿へと変化した。


『うげーぇっ!気持ち悪っ!』

 ジャンの声が響いた。



 その後、フィルは再び穏やかで賑やかな学院生活を取り戻した。

 そして休みの日にはジャン、ドルク、コランと共に姉妹の家を訪れて時を過ごした。

 4人共、豚にされたり戻ったりまた豚にされたり忙しないことだったが、誰一人気にする者はいなかった。






「はあ~出来た…」

 まだ片手にペンを持ったまま、エリシアは思わず声を発した。

「ふふっ、またライナス様に「で、主人公はいつ活躍するんだ?!」て怒られそう」


 作品を描き上げた後に感じる達成感はなかった。それより大きな荷物を肩から下ろしたような安堵とどうしようもない寂しさが込み上げた。

 これをハワードに渡したら、本当にラウルとの繋がりは何もなくなる。


 ーーーーー私はハワード王太子にマンガを献上するためにこの世界に来たのかもしれない。それなら……描き終えたらどうなるんだろう。


 数日前に一瞬だけ頭をよぎった考えがふと息を吹き返した。


 ーーーーー転生前の世界に戻れたら…戻りたいな…そうしたらこの悲しみを忘れられる。もう涙も流さずに済む。でも……


 身体を背もたれに預け、窓の外に目を向けた。


「この世界の夜空、好きなんだけどなぁ」

 白い月と無数に輝く星を包み込む夜空はどこまでも碧く美しい。碧く深く…吸い込まれる。


「最後にベッドで眠ったのはいつかしら」

 エリシアはそのまま気を失った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ