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第1章−3

「それにしても殿下本人に見つかったのによく無事で戻れたわよね」

 エリシアのいとこにあたるターシャが開口一番そう言った。 


 今やすっかり自分の世界にこもってしまったエリシアの後について、舞踏会会場の王宮からエリシアの部屋に場所を移した4人の令嬢達…姉のリリアナ、イトコにあたるターシャ、幼なじみのカーラとリズ…はそれぞれドレスのまま長椅子に座りお茶を飲み菓子をつまみ、各々くつろいでいた。


 すぐそばの机では一心不乱にマンガを書いているエリシアがいるが、彼女達の会話はおそらく耳に入っていないだろう。


「案外、おもしろがってくれたとか?」

「リズ、殿下推しとしてそう思いたいのはわかるけど、あれを見逃してくださるとは思えないなぁ」



 エリシアはマンガを書く際、前世で使われている言葉をそのまま使用していた。その為、彼女のマンガを読むことが許されているこの4人は、他の子息令嬢達が本来使わないような場面で、本来使わない言葉を平然と使う。このメンバーでいる時限定ではあるが。



「推しとかじゃないわ、ターシャ。でもラウル殿下だって優しいところもあるのよ」

「あの遊び人に?あの女たらしに?」

 ターシャが大げさに反応する。

「女たらしじゃないわ!女が寄っていくだけよ」

「確かにそうも言えるわね。でも簡単に女性と身体の関係を持って簡単に捨てるって話よ」

 メンバーの中では一番穏やかでゆっくりとした口調のカーラが爆弾を落した。

「好ましくない場所へ出入りしているって聞いたこともあるわね」

 ターシャが追撃する。

「それは、私も聞いたことがあるけれど」

 リズが白旗を掲げる。



「お兄様のハワード王太子を見習うべきよね。ほんとに同じ兄弟なのに大違いだわ」

 何事にもズバズバとはっきり意見を言うターシャは容赦ない。


「たしかにハワード王太子は見た目はもちろんお人柄も尊敬に値するし王位継承者にふさわしいわね〜」

 甘菓子を口に放り込みながらリリアナが同意した。

 世間では美人だ美人だと持て囃されるリリアナだが、本来の彼女は飾り気がなく面倒みの良い姉御肌。おしとやかなご令嬢とは正反対で、むしろそこらへんの男性よりずっと男らしいのではないかと皆は思っている。



「穏やかでお優しくてそれでいて威厳も持ち合わせているものね、ハワード王太子は素晴らしい方だわ」

「あら、リズったらラウル担のくせに」

「ターシャったらほんと意地悪!それはそれ、これはこれよ。それなら私は兄弟担ってことにするわ」

「なによそれ!」

 2人は言い合いながら笑い転げた。


「でもハワード王太子はお身体が弱いことが少し心配よね」

「たしかにカーラの言う通り、それはうちの父や兄もよく心配しているわ」

 リリアナとエリシアには兄がいた。今や父親の家業を共に盛り立て、メイザード家は安泰と評判も良かった。



「でも女癖の悪いラウル殿下が代わりに王位にってのもねぇ。ラウル殿下派もいるみたいだけど」 

「なになになに?陰謀?何の話?」


 ターシャの不穏な話に突然エリシアが割って入ってきた。


「あら、エリシアのお目覚めだわ」

「ようやくこちらの世界に戻ってきたのね」  

「エリシアったら、ほんとこういうマンガのネタになりそうな話には敏感よねぇ」

「お茶を淹れなおすわ」

 4人は口々にエリシアに声をかけた。



「で、なんの話?というか皆どうしたの?なぜここに?」

「なぜここに、じゃないわ。皆あなたを心配して来てくれたのよ」

 淹れなおしたお茶を手渡しながらリリアナがエリシアを嗜めた。

 マンガの話をする時は5人以外…お茶の用意をする侍女すら部屋には入れないようにしている。


「心配?」

「ほら、ラウル殿下に連れて行かれたじゃない?大丈夫だった?処罰とか大丈夫なの?」

「ラウル殿下…」

 湯気が立つカップを持つエリシアの手が口元で止まった。


 ラウルとのキスが蘇る。


「エリシア?どうしたの?」

 カーラがエリシアの顔を覗き込んだ。

「やっぱりあの女たらしに何かされた?」

 ターシャが不謹慎な言葉を投げかける。

「え?まさか!ううん、ううん、何でもないわ。今書いてたマンガのことを考えただけよ」

「ほんと?大丈夫?」

「ええ、大丈夫。ラウル殿下には今回は見逃すって言われたわ」


 いくら心置きなく何でも話せる4人とはいえ、さすがに詳細を話すのは恥ずかしい。反射的にごまかしてしまった。


「あのラウル殿下が今回は見逃す?」

「あんなマンガ書かれたのに?」

「涙目で『あんっあんっ』言わされたのに?」

「ちょっとやめてよ、リリアナ!」

 リリアナの言葉に5人は涙を流しながら大笑いした。


 令嬢はお上品だ、というのは幻想に過ぎない。彼女らもまた親しい人の中にあってはただの10代の少女だ。よく笑いよく話しそしてまた笑う。



「ねぇ、で、さっきの何のこと?」

 エリシアがターシャに尋ねた。

「えーっと何の話してたっけ?」

「陰謀話よ」

「陰謀?あーまぁ、そこまでドロドロした話ではないわよ。エリシアには申し訳ないけど」

 ターシャがニヤリと笑う

「王室の中には、健康に不安のあるハワード殿下ではなく、ラウル殿下を王位継承者にするべきじゃないかって人達も少なからずいるって話よ。現にハワード殿下は最下、療養中だし」

「兄派弟派が出来るのは世の常ってことね」

 ターシャの話題にカーラも続いた。



「ラウル殿下は王位継承者になりたいのかしら?そんなことにはあまり興味がなさそうに見えるけれど」

「リズ、本人に興味があるかどうかじゃなくて周りの人間がどうかよ」

「たしかにターシャの言う通り、本人にその気がなくても周りが持ち上げればその気になったりするんじゃない?」

 カーラはターシャの辛口意見を更にたたみかける傾向があった。


 ーーーーーその気があるような方には感じなかったけどな。いや、実は秘めた野望があるとか?

 実際に目の前にしたラウルと皆の話から受ける彼の印象が違うことにエリシアは内心首をひねった。



「ラウル殿下が王位に興味があるとは思えないわね〜」

 リリアナがエリシアと同じ感想をもらした。

「むしろ王位より女?」

「リリアナまで!ラウル殿下はそこまで女好きじゃないって!」

「リズ、問題は女好きかどうかじゃなくて、人々がラウル殿下にはそういうイメージを持っているってことよ。たとえ王位に就いても人々の信頼に値する方かどうか」

「カーラの言う通りね」



「でも本当に王位に興味があるなら、もう少し自重されるんじゃない?ラウル殿下は賢い方だと思うし。周りも止めるだろうし」

 リズは優しいのか、やはりラウル推しなのか、まだ食い下がってくる。

「そうね、そうなると病的な女好きか単に愚かか」

「ターシャ、言い過ぎよ」


 ーーーーー女性慣れしてるのはたしかかもしれない。

 気をつけなきゃ!いや、心配しなくても私なんて相手にされないか。

 エリシアの心の中では様々な思いと記憶が忙しく交差していた。



「とはいえ、女好きと王として相応しいかどうかは全く関係ないんだけどね。それに女好きに眉を顰めるのは女だけで、男達は気にもしないだろうし。それでも好ましくない場所への出入りは問題だろうけど」

「たしかにリリアナの言う通り。側妃をたくさん持つことは多方面との繋がりが出来て地盤が固まる、なんてのも聞いたことがあるわ」

 カーラが心底嫌そうな声を出した。

「それに眉を顰めない女も多いしね」

「私にもチャンスが!」

「私こそがラウル殿下の一番よ!」

 鈴の鳴るような可愛らしい笑い声が部屋中に響く。

「まぁたしかにラウル殿下の色気。あれはただ者じゃないわね」

「リリアナ、もうやめて〜」

 一度笑いだしたら止まらないリズはもう泣き出している。


 ーーーーー色気…

 皆と一緒に笑っているフリをしながらエリシアはドキドキと胸が高鳴るのを感じていた。




「さぁそろそろ帰らなきゃ」

 カーラが口火を切った。

「そうね。で、こんな話がマンガのネタになった?」

 ターシャがエリシアに声をかけた。

 マンガのネタ、など普通の令嬢なら決して使わない言葉だ。

「バッチリよ」

 突然話を振られたエリシアは急いで平静を装う。



「あ〜あなたのマンガだけが今の私の楽しみなんだからね!いつもありがとう」

 リズがエリシアに抱きつく。


 リズは最近、20歳ほど年上の侯爵と結婚が決まった。

 傾きかけた家業の再建を賭けて、援助と見返りにリズとの結婚が決まったのだ。


「でもお優しい方なんでしょ?」

 リズの言葉の意図を察したカーラが尋ねる。彼女の声は人の心にすっと染み入るように優しい。

「それしか取り柄がないけど」

「十分よ。政略結婚で優しい方と出会えることほど幸せなことはないわ」

「それはそうね」

「私達もいつどうなるかわからないわよね。父上に頼まれて断ることなんて出来ないもの」

「リリアナが羨ましいわ」

 ターシャが心底羨ましそうに言った。

 好きな相手との結婚が決まっているリリアナは苦笑いするしかなかった。

 部屋の温度が少し下がったように感じた。


「でも私達にはエリシアのマンガがあるわ!マンガの世界は本当に最高!」

 さすがカーラだ。こういう空気を破ってくれるのはいつもカーラだった。

「たしかに!良い事言う!」

「ほんとよ!マンガがあれば頑張れる!」

「ありがとう」

 その5文字では言い表せないくらい、エリシアは嬉しかった。



「それにしても今回の『殿おし』は最高だったわ」

「ラウル殿下とモルティ様だもんね。エリシアは天才だわ」

「ほんと。あれを読んだら、私も気持ちの整理がついたわ」

「えっ!リズ!あなた本気で好きだったの?ラウル殿下を?」

「そうじゃないわ、違うってカーラ!ほんとにそういうのじゃないのよ。見た目は素敵だと思うけど」

「まぁねぇ、あの見た目はねぇ。神がかってる」

「至近距離で見つめられたら熱が出そうよね」

 カーラの言い回しに皆が笑ったが、エリシアはまたもや冷や汗が出る思いだった。

 ーーーーーたしかにあの距離は心臓に悪かったわ。


「でしょ?でも、そういうのじゃなくて、なんて言うのかしら。『殿おし』みたいな世界は初めてだったから。単純におもしろかったし楽しかった」

「それ大事よね」 

「ええ。気が晴れたっていうのかしら」

「しかもそれが殿下とモルティ様だったんだもの。2倍気が晴れたってもんよ」

 ターシャがいたずらっぽく笑った。

「お2人には申し訳ないけどね」

 カーラが笑った。



「でも本当に殿下は怒ったりはされていなかったと思うわ」

 エリシアが言うと、全員が驚いて彼女を見た。

「むしろ何というか…怒ったフリをして楽しんでらっしゃるような」

「もしそれがほんとなら…」

 ターシャが応える。

「殿下の見方を変えなくちゃ!」



 5人は部屋から出て玄関ホールへ行く間も話が止まらず賑やかに笑い合っていた。


「おや、こんばんは、リズ、カーラ、ターシャ。相変わらず楽しそうだ」

 廊下で兄のエドモンドとすれ違った。

 リリアナとエリシアがそっと目配せした。


 エドモンドがリズに好意を抱いていることはメイザード家では周知の事実だった。

 リズの結婚が決まった際には、なぜお相手の侯爵より先にうちが援助を申し出なかったのかと2人の娘(妹)が怒り狂った。


 もちろん残念だがリズはエドモンドに好意を抱いてはいない。それはエリシアもリリアナも十分承知だ。それでもエドモンドなら必ずリズを愛し誰よりも彼女を大切にするだろう。それだけは家族として保証出来る。

 2人は、エドモンドとリズが結婚することをもう何年も前から望んでいた。

 なのに、20歳も年上で、家柄もメイザード家より格下の男性にリズを奪われるなんてどうにもこうにも納得がいかなかった。


 そして実のところ、メイザード家当主である彼女らの父もリズを息子の嫁として迎えるつもりでいた。おそらくエドモンド自身も。

 しかしエドモンドが学園を卒業し仕事に慣れるまでと時期を待っているうちに、リズの結婚が決まってしまった。先を越されてしまったのだ。


 そんな事情を聞かされた上でリリアナが兄に放った言葉は強烈だった。

「役立たず!」



 そんな一悶着があったことをリズは知らない。もちろんターシャもカーラも。

 2人は3人に気づかれないよう、リズに笑いかける兄を軽く睨みつけた。



「ではまた学園で!」

 賑やかな3人が見えなくなったとたん、エリシアはリリアナに抱きしめられた…捕まえられたと言うべきか…


「わっ!な、なに?」

「さあ、白状しなさい」

「へ?」

「本当は何があったの?ラウル殿下と」


 さすがにリリアナは誤魔化せなかったようだ。

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