第3章−2
「さぁ次だ、豚主人公のを読ませてくれ」
「『まほがく』だよな、エリシア」
「はい」
「豚主人公で十分だ」
「ふふふ、ライナス様、ヒドいです」
『魔法学院を退学になった俺が魔女の3姉妹と出会った話』第4話は魔法学院生徒の話がメインだ。
寮生活という隔離された環境において、若さ故の正義感と魔法への好奇心をもて余している生徒たちを洗脳することは容易いことだ。時を経ず彼らは命ずるままに戦う兵士となる…はずだった学院長の計画では。
しかし若さは愚かさと同義語ではない。むしろ自らの未熟さを認識しているが故に、従順さで内面にある疑念を巧みに覆い隠す。若者が持つ本能的な賢さであり処世術だ。
彼らは学院長に従っているフリをして、この状況を正しく判断するべく機会をうかがっていた。
もちろん中には学院長に心酔し、我を失ってしまっているかのような生徒もいた。しかしあくまで少数派だった。
『あ〜こんな時フィルがいたらなぁ』
『ジャン、口にするな。皆そう思ってるよ』
今やフィルは彼らにとって、ある種伝説のような存在だった。
200人を超える生徒全員の名前をフルネームで覚えているのはフィルだけだった。
分け隔てなく誰にでも声をかけ笑い合えるのも彼だけだったし、親元を離れ不安になる生徒には何日でも朝まで一緒にいてくれたのもフィルだけだった。
誰もが悩み事も揉め事もフィルに相談した。
『魔法が使えるお前が魔法を使えない俺に頼るな』
そう言って笑いながら何時間でも話を聞いてくれた。
『礼はいらない。お前の魔法能力を俺にくれ』
最後にはそう言って落ち込む友を笑わせた。
生徒からも教師からも全幅の信頼を置かれているフィルに対し、腹黒い思惑を秘めた学院長が脅威を感じるのに時間はかからなかった。
彼が退学になった本当の理由を皆が知るのは全ての闘いが終わった後になるのだが。
ジャン、ドルク、コラン。3人はフィルとは入学以来、離れることなくどんなときも一緒に過ごした最も親しい友だ。
フィルが退学処分を受けた時には3人共怒り狂った。皆で抗議しようと決めた日の朝、フィルは誰にも言わずいなくなっていた。
『騒ぎを起こすなよ!またな!』
とだけ書いた手紙を残して。
3人は秘密裏に『フィラハ軍』を立ち上げた。フィラハはフィルの名前をもじってつけた。
彼らは学院長のやり方に疑問を持つ生徒達を仲間として募った。というより生徒達の間でその存在はひっそりと口伝いに広がり、フィルを慕う生徒達が続々とフィラハ軍への参加を希望してきた。
そうして、いつの間にか学院生徒の大多数がフィラハ軍の参加者となっていた。
学院長が気まぐれに生徒同士を戦わす時などは、互いに相手を傷つけないよう魔法を手加減したり、或いは側にいる者がそっと防御魔法をかけたりして互いを助け合った。
それでも彼らが表立って学院長に抗えないのは、3姉妹が学院長の言う通り本当に悪魔なのか。学院長と3姉妹のどちらに味方すべきなのか。そもそもそれは闘うに値するものなのか。何が正しくて何が間違っているのか。それらのことに明確な答えと確信を持てずにいたからだった。
そしてそんなある日、ついに学院長から闘いの命令が下されるのだった。
さて、主人公のフィルには新しい発見があった。
彼の魔法は豚の姿限定だということがあらためて判明したのだ。豚以外の動物、例えば狼、うさぎ、ネズミ、何に姿を変えても魔法は使えなかった。
「役立たずすぎるだろうが!!」
「ふふふ、ライナス様、嬉しい反応ありがとうございます」
「全くエリシア殿の頭の中はどうなっているんだ」
「おもしろいじゃないか」
「ダメだ。主人公ならそのままの姿で魔法が使えるだろうし、誰より強くないとおかしいだろ」
「ライナスは案外頭がかたいんだな」
「はあ?まぁとはいえ、今回は少し主人公が主人公たる理由が示されたな」
「はい」
「ああ、たしかに。しかしここからどうなるんだ?」
「ふふ、内緒です。次回が最終話になりますので」
「そうなのか?」
「はい。ちょうどベルダ物語も次で終わりです」
「そうか…それはそれで寂しいな」
「そんな…もったいないお言葉です」
「そうだ、エリシア、今度ぜひカタリナにも会ってくれ。彼女も君と会えるのを楽しみにしていたよ」
「カ、カタリナ王女が?!」
ーーーーー彼女こそ本物のお姫様!!
「ああ、カタリナも君のマンガをとても気に入ってね。君に許可を得なくてすまなかったが、先日訪問した時にマンガを持って行ったんだ」
「えええ!きょ、許可なんてとんでもないです。恐縮至極なことで」
「ハハハ、ありがとう。カタリナも初めてマンガを読んだらしい。驚いていたよ。続きはいつ読めますか?てね」
「本当ですか?嬉しいです」
素直に喜ぶエリシアに優しく微笑みながらハワードが言った。
「これから長い付き合いになる。仲良くしてやってくれ」
「そんなそんな、もちろんです。私の方こそ…」
「エリー!」
いきなり部屋の扉が開いたかと思うとラウルが走り込んできた。
「ラウル様!」
「良かった!間に合った」
「ノックもせずに、慌ただしいぞ」
「兄上、すまない。貴族達との会合がさっき終わったんだが、まだエリシアがいると聞いて。すまないがエリシアはもらっていくよ」
「え?え?ラウル様」
よくわからないうちにラウルに手を取られ引っ張られた。
「あ、あの、ではハワード殿下、また次回に」
ハワードに挨拶をしようとするも、ラウルがエリシアの腰に手を回し抱き寄せ扉へ向かう。
「ふはははっ、ああ、エリシア、また楽しみにしているよ」
「兄上、また!」
ラウルは振り向きもせず手を振る。
「騒がしい男だなぁ」
ライナスの呟きにハワードが笑みをこぼした。
大股で歩くラウルに腰を抱かれたまま連れられて廊下を歩き、角を曲がってすぐの部屋に連れ込まれた。と思ったら、閉めた扉を背に押さえつけられキツく口唇を奪われた。
「エリー、会いたかった。君に触れたくて触れたくて仕方なかった。もう何日会えてなかった?顔を見せてくれ」
そう言うと大きな両手でエリシアの両頬を挟んだ。
「やっと会えた。君は変わらず俺のエリーだよね?」
「え?どういう?」
「あの日から…会えてなかったから…あの日、君にムリをさせたんじゃないかと…」
「そんなこと!あっ、もしかしてそれでずっとお花をくださったりしたのですか?」
「……会えない間に君が冷静になって、本当はあんなことしたくなかったとか…思ってやしないかとか…」
「ふふっ、ラウル様、いつからそんな弱気な…」
「仕方ないだろ!俺だってあの時まさか君を抱くことになるとは思ってもなかったんだ。もちろんもっとずっと前から君を抱きたいと思ってはいたけれど…君を俺のものにしたいって。ずっと願っていた」
そう言うとラウルは口唇が触れ合うだけの優しいキスをした。
「あの日は欲しくて…どうしても君が欲しくて…愛おしくて…止まらなくなってしまって…でも君にも心の準備があっただろうに…」
「ラウル様、私は幸せでした。ラウル様に……その………かれて」
「え?」
「だから、その……かれて」
「何?」
「だから、ラウル様に抱かれて嬉しかったって…もう、いつもいつもそうやってわざと言わさないで下さい!」
「ククッ、いつもいつも引っかかるエリーが可愛くてついね。良かった、変わらない俺のエリーだ。好きだよ」
「私も」
エリシアの細い腰を引き寄せ、扉を背にしたまま互いを激しく求め合う。
腕の中で悦びに声を上げ震えるエリシアの耳元にラウルが囁いた。
「愛してるよ。絶対に離さない」
しかしその数日後、国民はもちろん王室を震撼させる出来事が起きるのだった。
それは一夜にして国中を駆け巡った。
「シュルバルト侯爵家令嬢グラシアが身籠った。相手はアッサムベルダ家ラウル第2王子」