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第3章−1

「俺はこの話が好きなんだ」

 ライナスがマンガに目を落としたまま言った。

「私もです」


 今回の『マンガで読む物語シリーズ』は馬のジョナサンが主役だ。


 貴族の家で飼われていたジョナサンはある日、主人に怪我をさせてしまった。

 ジョナサンが処分されることを知った仲間の馬達が彼を屋敷から逃してくれる。大好きな主人に怪我をさせてしまったこと、仲間達と離れなければいけないこと、ジョナサンは泣きながら逃げた。

 その後、森で出会った優しい青年と暮らしていたジョナサンは、彼と買い物に行った町で貴族の主人と再会する。

 主人はずっとジョナサンを探していたのだと泣きながら抱きしめてくれた。

 帰ろうという主人と、今日まで一緒に暮らしていた青年。どちらとも離れたくない。

 結局ジョナサンは貴族の元へ帰ることとなり、優秀ではあるが身寄りのない青年は貴族の家に侍従として迎えられ、ジョナサンと主人、青年、皆が離れることなく幸せに暮らせることになりました、めでたしめでたし。という内容だ。



「やはりエリシアは絵が上手いな。馬を描くのも上手だ」

「ありがとうございます。子ども向けなので馬も愛らしく見えるように描いています」

「ああ、でもだから余計に前半は心が痛むな」

「ふふ、ライナス様はお優しいんですね」

「今頃気づいたのか?」

「ふふふ」

「でも俺に惚れるなよ、ラウルに殺される」

「えっ!」

「アハハハ、たしかにな」

 いきなりラウルの名前が出たことでエリシアが真っ赤になった。

「エリシア、もうラウルと正式に婚約発表したんだ。まだ赤くなるなんて…エリシアはおもしろいし可愛いなぁ。おっと、こんなこと言うのもダメかな、ラウルに怒られるか」

「もう!殿下までからかわないで下さいッ!」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 リズの一件から2週間後、今日から遡ること2週間前、ラウル・アッサムベルダとエリシア・メイザードの婚約が発表された。

 それに伴い、エリシアには新しい発見があり、同時に新しい問題が生じた。

 まず新しい発見、それは学園の多くの生徒たちがエリシアとラウルの婚約を祝ってくれたことだった。

 話したこともない生徒たちが駆け寄ってきては笑顔で祝福してくれた。


「そりゃあそうよ!」

 同じく…こちらは控えめに…婚約が成立したリズが得意気に言った。

「エリシアなら誰も文句はないわ」

「そうそう、むしろ良かったって感じでしょ」

「良かった?」

 ターシャの言葉の意味がわからず聞き返す。

「皆さ、腹立たしいけど、結局のところ、殿下はシュルバルト令嬢と結婚するんじゃないかって思ってたわけよ」

「彼女もその気だっただろうしね」

 カーラも頷く。

「ところが、いざ発表されたら、エリシアが相手だったんだもの、皆大喜びよ」

 以前と変わらないかわいい笑顔を取り戻したリズがエリシアの肩を抱いた。

 ーーーーーそんなことより、リズの嬉しそうな顔をまた見れることの方が私は大喜びだわ!


「昨日なんて教室で、シュルバルトのことを「いい気味だわ」なんて言ってる子もいたわよ」

 カーラの話に頷きながらリリアナも加わる

「彼女は敵を作りすぎたね」


「でも、それより何より皆が私のことを知ってたことのほうが驚きだわ」

 ぼんやりと呟くエリシアに全員が顔を見合わせる。

「プッ、ほんとエリシアって……エリシアよね」

「カーラ、なにそれ」

「なんでもないわ、可愛いなぁ、てこと」



 そしてエリシアの新しい問題、それもまた生徒たちからの祝福だった。

 以前とは打って変わって皆がエリシアの動向に注目しているのだ。まるで一挙手一投足を見られているかのようで、どこにいても誰といても見られている。

 そうなるといつものようにマンガを描く為に薔薇城はおろか礼拝堂にすら行けないのだ。これでは作業妨害だ。ただでさえリズのことでマンガの完成が遅れているのに。



 一方、ラウルはラウルでナザル事件の後処理と、婚約に対しての貴族や大臣達からの祝い、外国大使からの祝い等、学園にも顔を出せないほど忙しいらしい。



 今回はきちんとラウルに理由を伝え、エリシアは学園を休むことにした。

 ラウルとはあの日…初めて肌を合わせた日から会えていないが、毎日のように彼から花や珍しい菓子などがメイザード家に届いている。

 それだけで今のエリシアは幸せだった。


 そして今日こそ久しぶりにラウルに会えると王宮にやって来たが、彼は急用が出来てしまい、結局エリシア1人、ハワード王太子の部屋に通されたのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「すまない、エリシア。でもラウルが君に夢中なのは本当だからね」

 更に念押しされ、エリシアはますます顔が熱くなる。

「ほんとだよな、あの女嫌いがこんなに骨抜きにされるなんて」

「へ?ライナス様…え?」

「ん?」

「誰が…え?ラウル様が女嫌い?」

「女嫌いというのは言い過ぎだろ、ライナス。そうだな、何というか、苦手というか、飽き飽きしているというか」

「苦手…飽き飽き…」

「アイツはモテすぎたんだろうな。ハワードもモテるんだが、コイツはこういう雰囲気だから令嬢達も近寄り難い。けどラウルは表向き人当たりがいいから寄ってきちまうんだな」

「ああ。褒めてもらえるのは有り難いが、結局見た目や立場でしか見られていないのはね、あまり気分のいいものではないから」


「なるほど!姉のリリアナがよく言ってます。見た目だけで寄ってくる子息のハエ達って。だから私達の間では子息バエって呼んでるんです、それと同じ……あっ…」

「…………」

「…………」

「忘れてください!口が滑りました」

「フハハハ!ヒドい言われようだな」

「ハハハハ!子息バエ!メイザードの薔薇は棘も一流だ」

「すみません、姉には内緒にして下さい。怒られます」


「まぁたしかに言えてなくもない。でも一応我々は立場上、たとえハエでも叩き落とすことができなくてね」

 ハワードが困り顔をしながら笑っている。


「それは…それはわかるのですが…でもラウル様は…その…色々女性のことで噂が…」

「ああ、それはね、たぶん私のせいだよ」

「………え?」



「大臣や貴族の中にはね、王位継承者を私ではなくラウルにすべきだという意見もあるんだ」

「………」

「ラウルはそれを知って、おそらく、彼に纏わりついている悪い噂を利用したんだと思う。そうすることで、やはりラウルではダメだ。ハワードがいいと人々に思わせようとしたんだと思う」

「だから悪い噂をそのままにしていた?」

「ああ、おそらくね」


 エリシア達の間では、ラウルがよろしくない場所に出入りしていたという噂、そしてその噂を野放しにすることの理由を「今は言えない」と言っていた彼の言葉の意味は娼婦への暴行事件を調べていたからだろう、という話になっていた。

 そしてそれはおそらく事実だろう。しかしラウルはそれを更に利用して、ハワードの為に悪者になっていたというのだろうか。


「ラウル様らしいですね」

「そうだな、ラウルらしい。だからエリシアはそんなバカな噂を信じないでやってくれ。ラウルは君のことを、おそらく君が思う以上に大切に思っているはずだよ、誰よりも」


 あの日、縋るように声を震わせたラウルが蘇る。

「はい」


「ネックレスは突き返さないでやってくれよ」

 ライナスがニヤリと笑っている。

「なっ、突き返すなんてとんでもありません!ちょっと…その…あの…いったんお返ししようかな、と」

 ハワードとライナスが顔を見合わせ笑い出した。

「アハハハ、「いったんお返ししようかな」って」

「ハハハハ!さすがエリシア嬢だな、今日も笑わせてくれる!」

「ハワード殿下!あの、ベルダ物語を!そう!ベルダ物語をどうぞ!」

 エリシアは冷や汗の出る思いで話題を変えた。




『ベルダ物語』第4話はついに最後の魔物との闘いだ。

 それは羽のついた龍のように自由自在に天を翔け地を這いながら、口から火を放った。

 死闘の末、ついに最後の一撃を食らわそうとベルダが魔物に立ち向かおうとしたその瞬間、アッサムの人々から譲り受けた石が消滅する。

 姿を隠せなくなったベルダは魔物の強烈な攻撃を受けてしまう。

 それでも立ち上がるベルダにカミユが言った。

『俺が盾になる。魔物の気を逸らす。その瞬間を狙え!』

 危ないと止める間もなくカミユは魔物の前に自らを差し出す。

 その姿にベルダが叫ぶ。

『もう二度と誰も殺させない!!!』

 彼の剣が激しく光った。魔物は倒れ、カミユの命は守られた。




「おおおおぉぉぉ」

「すごいな」

 ライナスが唸り、ハワードが呟く。

「ありがとう、エリシア。今回は…言葉が出ないよ」

 ハワードの表情は高揚を隠しきれず、ライナスにいたってはまるで話すことも忘れたように、夢中で読み返している。

「ありがとうございます。気に入って頂けたなら嬉しいです」




 今回、エリシアは初めてラウルより先にハワードにマンガを読ませた。

 いつもならラウルとモルティの合格を貰えて、ハワードへとマンガが渡される。

 けれど今回はいきなりハワードへ。しかもエリシア1人でその採決を受けなければならず、実のところエリシアはとても心細かった。


 しかし今、食い入るようにマンガを読み、少年のように興奮しているハワードとライナスを見て、ようやく肩の荷を降ろせた気がした。

 何より『ベルダ物語』で満足してもらえたのだ。

 ーーーーー良かった

 その一言だけが心を満たした。

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