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第2章−11

 王宮へ向かう馬車の中で、相変わらずラウルに肩を抱かれたまま、エリシアは彼の側の顛末を聞いた。


「元々ナザルは被疑者として名前が上がってはいたんだ。ただ侯爵という立場の者を証拠もなく調べるわけにもいかなくてね。こちらも手が出せずにいた頃だったんだ、君と出会ったのは」

「えっ、じゃあリズがナザル侯爵と婚約しているから私と?」

「は?なんでそうなる?エリー、君の思考は時々予想の範疇を軽々しく超えてくるよな」

「だって偶然にもほどがありますよね」

「ああ、驚いたのは事実だ。ナザルが婚約したのも知っていたし、それがメランザ家令嬢ということも知っていた。しかしまさかそれが君と繋がってくるとは。モルティから報告を受けた時は正直どうしたものかと思った」


「ただ君とリズは本当に仲が良かったし、君と話しているリズは、ナザルとは全く違う世界に生きていることが明らかだった。メランザ侯爵にも疑わしい部分は何もなかったしね。完全に金だけの繋がりだとわかった。でもだからこそ早くリズをナザルから離してやりたいと思ってはいた」

「だからリズに私達のことは侯爵に内緒にしろと?」

「ああ。王室に繋がりが出来るとそれを利用したいと考える者は必ずいる。ナザルは確実にそういう人間だろうし。リズが、もちろん君もだけど、ナザルに利用されるのは避けたかった」



「早く決着をつけたいと思いつつ何も出来ないままリズのことが起きた。もっと早くナザルを捕まえられていれば…リズのことは我々の不甲斐なさのせいでもあるんだ」

「そんなこと!」

「フッ…ありがとう。でもこういう言い方はなんだが、結婚前で良かったよ。結婚していたらもっとリズはツラいことになっていただろうから」

「はい。そしてナザルがケチで良かったです」

「ハハ、たしかにな。リズがナザルに怪我をさせられたと聞いて、急いでメランザ家のかかりつけ医師に問い合わせをした。あの医師ときたら、腕はいいのか知らないがなかなか返事を寄越さないんだ。今朝になってもまだ返事がなくてイライラしたよ。確証がない状態でリズに腕を見せろとは言いにくいからな」


「それにしても…リズがお兄様を好きだったなんて。ずっと2人が結婚したらいいのにって願っていたんです、もっと早く教えてくれたら良かったのに。いつでも大歓迎だったのに。しかもターシャとカーラは知ってたなんて」

「俺も数日前に聞いたんだ」

「………へ?聞いた?」

「ああ、2人から聞いたんだ」

「2人…ターシャと…カーラ?」

「ああ」

「あっ、さっきの…?」




 数日前、学園の回廊ですれ違いざまターシャに囁かれたのだという。

「礼拝堂でお話できますか?」


 礼拝堂で会ったモルティを含む4人はそのままいつも通り薔薇城の2階の部屋へ移った。


「エリシアとは?」

 開口一番カーラが言った。

「いや、もうずっと会ってもいないし話してもいない」


 やっぱり、とでも言いたげに顔を見合わせた2人は言いにくそうに、リズのこと、そしてこれからエリシアとリリアナ、メイザード家がしようとしていることをラウルに話したのだという。


 そしてもう一度2人で顔を見合わせるとターシャが言った。

「恐らくエリシアは殿下との結婚をなかったことにしてほしいと言い出すと思います」

「はあ?!なぜだ、何の関係がある?」

「王室が醜聞に巻き込まれるのを阻止するため、でしょうね」

 モルティが答えた。

「その通りです。うまくいってリズを取り返せたとしてもナザル侯爵がおとなしく引き下がるかどうかはわかりませんし」

「メイザード家と王家なんてこれほど目立ってこれほど注目される組み合わせもないですから。エリシアもリリアナもそれを十分わかった上でそれでもやろうとしているんです。覚悟の上です。でもそれは王家には関係のないことです、本来なら」

「だから俺との結婚をなかったことにして…王室を切り離すのか」

「ええ。それが唯一最善の方法かと。でも、殿下、エリシアは『私の全てを賭けてもリズを救い出す』と言いながら、たぶん無意識でしょうね」

 そう言うと、カーラは少し微笑んで

「殿下から頂いたネックレスに手を添えていたんです」

「ほんとエリシアは恋物語のマンガはたくさん描くくせに自分はとことん恋愛音痴というか幼いというか。でもいつの間にかエリシアはエリシアなりに殿下のことをちゃんと好きになっていたんですね」


 ラウルは何も答える言葉が見つからなかった。


「殿下にどうしてほしいなどとは私もターシャも思っておりません。殿下には殿下のお立場がありますでしょうし、エリシアとの結婚をお止めになっても恨むことなど決してございません。ただ…せめて知っておいてほしかったんです。エリシアの想いを。あの子が殿下に何を言っても、本当の気持ちは殿下にあると」





「2人とも…でも私は…だって…ラウル様に…」

「で、学園から帰ったら帰ったで」

 エリシアの言葉を遮るようにラウルが続けた。

「父上に呼び出されてメイザード侯爵が来られたという。そして今朝だ、君とエドモンドから手紙を受け取った」

「え?あ?え?お兄様から?」

「ああ。今日のことで何か問題が生じたらそれは全て自分の責任。しかし自分はメイザード家の名前を捨てでもリズを助けたいと。リズのことを愛しているのだ、とね。で、何が起きてもエリシアには関係がない。エリシアのことを責めないでやってくれ、とね」

「お兄様」

「それもこれもオルガ医師が報告をあげるのが遅いからこうなったんだ。もっと早くナザルを確定できたら君の父上やエドモンドに言ってやれたのに。何より俺が君にフラれることもなかったんだ」

「あの、私は別にラウル様をフッたわけでは」

「い〜や、俺はフラれた!」

「まぁその…フッたかフッてないかと言われればフッたんですが、でもそれもこれも…」

「ふんっ、まぁいい。ちょうど王宮に着く。話は中でゆっくりな」




「ラウル様っ!降ろして下さい。自分で歩きますから」

「ダメだね、ここは俺の部屋だ。俺の好きなようにする」

「だからって!」

 ラウルの部屋に入り2人きりになったとたん、エリシアはラウルに横向きで抱きかかえられた。

 ーーーーーヒ〜〜ッ!お姫様抱っことかマンガの世界だけなんじゃないの?!


 そしてラウルが優しく彼女を降ろしたのは、彼のベッドの上だった。

「ラウル様、あの椅子とか」

「ここでいい」

「いや、でもさすがに…ってキャッ!」

 予想通りベッドに押し倒され、ラウルが彼女に覆いかぶさった。

「ラ、ラウル様?!」

「はぁぁぁぁ〜。もう君に触れられないかもと思ったら……たまらなかった」

「ラウル様」


 しばらくそのままエリシアを抱きしめていたラウルが、うつ伏せのままエリシアの隣に移動し、身体を彼女の身体にピタリと沿わせ、鼻と鼻がくっつくくらいの距離で話しかけた。


「俺は君との結婚をなしになんてする気はなかった。そんなことは絶対にしない。する必要もないことだ。父上もそうおっしゃっていたしな。それでもだ、それでも君からの手紙を読んで、薔薇が…薔薇のネックレスを見た時の俺の気持ちは…」

「でも…」

「でもじゃない。頼む、頼むから薔薇を返すようなことは二度としないでくれ。何があってもだ。何があってもそれだけは。俺のそばから離れようとしないでくれ」

 目を瞑って彼女の肩に額をくっつける彼はひどく悲しそうに甘える幼い子どものようだった。


 そんなラウルを見たのは初めてだ。いつもは自信たっぷりでエリシアをからかっている彼が今はまるで懇願するかのように声が震えている。

 2人の間にもはや隙間などないのに、彼はエリシアの身体に回している腕に力を込め、更に彼女を自分に引き寄せようとする。まるで縋りつくかのように。


 リズを救えるのなら、自分さえ耐えればそれで済むと思っていた。でもそうじゃなかったのだ。耐えるのは自分だけじゃなかった。

 ーーーーー私はラウル様の気持ちを考えていなかった。ラウル様にこんなにツラい思いをさせていたなんて。



「ラウル様は本当に私のことが好きなんですね」

「は?今さら……」

 顔をあげたラウルにエリシアがキスをした。先程とは逆にエリシアが彼に覆いかぶさっている。恥ずかしさが一瞬彼女を襲うが、それすらどうでもよくなるくらい今は彼の口唇が欲しかった。エリシアはゆっくり舌を彼の口内へ挿し入れた。

 下になっている彼が少し顎を上げ彼女のキスを受け止める。

「エリー」




 初めて感じるラウルの肌のぬくもり、何度も自分の名を呼ぶラウルの優しい声にエリシアの頬を涙が幾筋もつたった。



 乱れたシーツに横たわりまだ荒い息のまま強く抱きしめ合う。

「エリー、愛してる」

「ラウル様、私も」

「もう二度と外さないでくれ」

 そう言うと彼はベッドのサイドテーブルに置かれていた箱から碧く輝く薔薇のネックレスを取り出し、彼女の首元へそっとかけた。



「エリー、エリーは赤いドレスがよく似合うな。綺麗だよ」

「………脱がせたくせに」

「ふっ…あまりに綺麗すぎて中を覗いて見たくなったんだ。ねぇ、エリー、もう一回見せて」

 2人はこれまで以上に優しく微笑み合うと、熱った肌を再び重ねた。

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