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第2章−9

「皆様、お騒がせいたしました。新しいお茶を用意いたしましたので、さぁさぁどうぞ」

 ターシャの母親が客人達に呼びかけ皆の気を逸らしながらターシャにウィンクした。それに頷きターシャが再びナザルに声をかける。

「さぁ中へ」

 ラウルの登場ですっかり気を抜かれてしまったナザルは左腕をリリアナに、右腕をモルティに掴まれ歩き始める。

 その後ろをリズの肩を抱いたカーラが歩き、そのまた後ろをラウルに右腕を掴まれたエリシアが続く。



 ラウルの作り笑いに寒気がしたのも一瞬、あらためて近くでリズを見たエリシアは胸が苦しくなった。目には生気がなく肌も荒れ顔色が悪い。

「リズ」

 その背中を見ながら思わず呟いた声に、ラウルの手が掴んでいた彼女の腕を離し肩に回った。その手は温かく力強かった。



 ターシャに案内された部屋に入ったとたん、中で待っていた者達が一斉に立ち上がった。そして入ってきた一行を見て呻いた。


「なっ…!お前たち、一体何を…!?それにモルティ様?ラウル殿下まで?」

 ずぶ濡れのナザルと予定にはない2人の登場にメイザード侯爵が驚き狼狽える。

「我々のことは気にしないでください。皆の目的を果たすのが先です」

 ラウルに言われ、全員が一瞬黙った。それぞれがそれぞれにわけがわからないという顔で互いを見合う。


「ゴホンッ」

 エリシア達の父であるメイザードが咳払いをした。

「まずはナザル侯爵、見たところ我が娘達がなにやらしでかした様子、それに関しては謝罪申し上げる。お前達は…ただこちらへ案内するだけだと言っておいたのに」

「手が滑ったのよ」

「事故ですわ、おじさま」

 リリアナとターシャが悪びれず答える。


「事故だと?ふざけるなっ!わざとだろう!」

 2人に向かって語気を強めたナザルの言葉にリリアナが即座に反応した。

「リズをわざと階段から落として事故だと言い張った人間に言われたくないわ!」

「なっ!」

「リズにこんな怪我をさせてただで済むと思ってるの?」

「ずぶ濡れ程度で済んだのを感謝してほしいくらいだわ」

 エリシアとターシャも負けていない。

「ふざけるな!リズは私のものだ!なにをしようと…」

「リズはお前のものではないっ!」

 エドモンドが叫んだ。


 兄でありながら、彼の怒っている姿など見たことがなかったエリシアは驚きを通り越し感動してしまった…こんな状況でなければ兄を褒め称えていただろう。


「リズはこれまでもこれからも決してお前のものではないし、この様な扱いを受けて良い人ではない!」

「ふんっ、何を言うんだ、リズは私のものだ。私が私のものになにをしようとお前らに文句を言われる筋合いはない」

 開き直ったナザルが嘲るような笑みを浮かべる。


「ちょっと離して下さい」

 エリシアがラウルに声をかけた。

「え?」

 思わずラウルがエリシアの肩を掴んだ手を緩めた。とたん彼女はナザルの目前に回り彼の頬をひっぱたいた。


 エリシアのあまりに突然の暴挙に全員が唖然となる。

「貴様、何をっ!」

 エリシアに突っかかろうとしたナザルを、我に返ったモルティが腕を掴み引き戻した。


「リズはね、私のものよ!私達のものよ!私達が心の底から大切にしている人なの!そんなリズをこんなに目に合わせるなんてあんたなんて死んでも許さないわ!」

 エリシアの怒りの言葉に、ついにリズが声をあげて泣き始めた。その身体をカーラとターシャが抱きしめる。そこへリリアナとエリシアも加わり5人は抱き合い身を寄せ合った、リズを真ん中に守るようにして。



「もういいだろう」

 令嬢達の泣き声が響く混沌とした部屋にメイザードの低く太い声が響いた。

「お前達は少し黙っていなさい。本題に入ろう」


 メイザードはその場にいるエドモンド、ターシャの父親であるハーベイ侯爵、そしてリズの両親…泣き崩れた妻を抱きかかえるメランザ侯爵の顔を見て頷き無言の承諾を得た。



「最初に断っておく。これは正式にメランザ侯爵にもそして公的機関にも問い合わせ確認をした上でナザル侯爵、あなたに問う。あなたはメランザ侯爵と取引をした。メランザ家に資金援助をする見返りにリズと結婚するという取引だ。にも関わらず今もってその取引は履行されていない」

「なんの話だ」

「取引が成立していないという話だ」

「は?取引が成立していないだと?なにをふざけた事を。茶番を続けるつもりなら帰らせてもらう」

「はぁ〜全く。せめて侯爵の顔を立てようと言葉を濁しているのがわからんのか…愚か者め」

 最後の一言を聞き取れたのは隣りにいるエドモンドだけだろう。

「では敢えて皆の前で言わせてもらおう。侯爵、あなたは取引で約束した援助資金を未だメランザ侯爵に支払っていない。間違いないですな?」


 そう、それこそがリズの侍女アンナが教えてくれた極秘情報であり、エリシアとリリアナが目を付けたリズを取り戻す為の突破口だった。


「バカな。既に支払っている」

「約束の3分の1しか払っていないだろう!そのようなせせこましい振る舞いをしておいて偉そうな口を叩くな!」

「なっ!若造が生意気だぞ!」

「エドモンド、落ち着きなさい。しかし息子の言う通りだ。仮にも侯爵と名乗っている身分で恥ずかしいとは思わないのか。その程度でリズを我が物とするなど愚かしいですぞ」

「そちらこそ無礼にも程がある。メイザード侯爵、あとで恥をかくのはそちらですよ。そもそも契約書は読まれましたか?まぁもちろん読んだ上で話をされているのでしょう。しかしあれを読めばわかるはずだ、支払い期限など最初から設けていない。よって履行していないなどと言われる筋合いはない」

「クズ!」

 エリシアのビンタに、息子の怒り、続くリリアナの罵倒。子どもらの気の強さにメイザードが呆れたように天を仰いだ。



「たしかに支払い期限は設けられていない。それはメランザ侯爵の気の弱さからくる失態だ。しかしそれを今我々は心から感謝していますよ」

「意味がわからん」

「わかりませんか?この取引が成立していない、ということです」

「は?」

「支払い期限も設けていない代わりに、支払い途中でも取引は成立する、とも書かれていない」

「なんだと?」

「つまり今日現在、2人が交わした取引は未だ取引途中、商談中と解釈することが可能だ。成立はしていない。よって取引を破棄し、なかったことにするのも何ら問題はない」

「はっ!何を言い出すかと思えばバカバカしい。そんなわけはないだろう。詭弁だ」

「たしかに詭弁だ。しかしあなたの言い分も詭弁でしかない。詭弁には詭弁で対抗する、取引の基本だ」



 コンッコンッ。部屋の扉が叩かれた。

 ターシャの父親であるハーベイが「失礼」と言い扉を開けた。

 ハーベイ家の侍従が持って来たのは手紙で、受け取ったハーベイはそれをラウルに渡した。彼はさっと手紙に目を通し

「どうぞ構わず続けてください」

 とメイザードに言うと同時に、モルティに目で何かしらの合図をした。



「あらためてナザル侯爵。そういうことで、この取引は私が貰い受ける」

「なっ何を?!」

 メイザードは胸元から手形を取り出し

「たしかこの額で間違いなかったですね」

 そう言うとその場で手形を切り、リズの父親であるメランザに渡した。


「待てっ!そんなもの認められるか!」

「ナザル侯爵、本当に逃したくない取引なら決して支払いを延ばすな、これもまた取引の基本中の基本ではないですかね」


 メランザは既に用意していた契約書にサインし、そこにメイザードもサインをした。その瞬間、メランザ家とメイザード家の取引は無事成立となった。


 メランザはもう1枚の契約書をナザルに向け差し出し、

「ナザル侯爵、あなたとの取引はなかったことに…」

 そう言いながらそれを破り始めた。

「ふざけるなっ!それなら今まで私が払った金はどうなる?」



 すると突然、メイザードが紙幣を足元にバラまいた。

「あなたの金など全て返しましょう。本来ならリズの治療費を請求したいくらいだが、メランザ侯爵もあなたのような人間の金など1枚たりとも貰いたくないでしょう。その代わり二度と我々に近づかないでもらいたい」

 どこまでも丁寧な言葉ではあるが、メイザードが醸し出す迫力はその場の空気を完全に支配してしまうものだった。



「離せっ」

 ナザルがモルティの腕を振り払い、足元にバラまかれた金を拾おうとしゃがみこんだ。

「ふんっ、こっちだって願い下げだ。だいたいその小娘にこれだけの金の価値などないわ」

「貴様っまだ言うのかっ!」

 ナザルに向かって行こうとするエドモンドをモルティが制止すべく立ち塞がると同時にラウルの声が空気を変えた。

「さて、そちらのお話にもいったんキリがついたようなので、次は私から話があるんだ、ナザル侯爵」


 しゃがみこんだまま手には金を握りしめたナザルが訝しげにラウルの方へ顔を向けた。


「ここ1年ほど前から町の娼婦達への暴行事件が頻発している。先月はついに暴行された後に死亡した者も出た。ナザル侯爵、何か心当たりはないか?」


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