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第2章−7

「見かけたか?モルティ」

「いや、今日は一度も」

「昨日も来ていないようだった」

「今日も来られていないのか」

「珍しいな」

「しかもエリシア様だけじゃなく、リリアナ様やカーラ様達まで見かけないのは妙だよな」


 陛下への挨拶を無事終わらせたことにより進められていたエリシアとラウルの婚約発表の準備も最終段階にはいった。来週あたりには公式に発表されるだろう。そのことを彼女に伝えたいと昼休みに薔薇城に行くのだが、昨日も今日もエリシアが来ていない。

 薔薇城に来ていないどころか、ここ数日、学園内でも彼女の姿を見かけない。



「使者を出そうか?」

「そうだな、明日も見かけないようならそうしよう。体調が悪いなどなければいいが」

「あ、あそこにいるのはカーラ様じゃないか。行ってこよう」


 西棟の入口あたりでカーラを呼び止めたモルティが彼女と話しているのをラウルは素知らぬ顔で見ていた。


「ラウル殿下!」

「あっああ、シュルバルト令嬢、ハーバイルン令嬢」

 何かとラウルに寄ってくる2人だ。内心、それどころではないと思いつつも彼女らの相手をする。

 相変わらずどこどこの宝石商が評判が良いやら、どこどこの甘菓子は美味しいやら、中身のない話をしてくる。


 エリシアと出会う前は彼女らの話もつまらないなりに相槌が打てたが、エリシアと出会ってからは相槌を打つことすら面倒に思えてきた。

 ーーーーー王族としては不味いんだがな。いや、こんな色目を使われなければ俺だって普通に対応するさ。ま、それもエリシアとの婚約を発表するまでだ。


「ラウル殿下」

 カーラと話をして戻ってきたモルティが助け舟を出してくれた。

「ああ。すまないね、シュルバルト令嬢、ハーバイルン令嬢。その話はまた今度」

 王族らしく微笑むとラウルはその場を離れた。



「どうだった?」

「リズ様が怪我をしたらしい」

「リズが?」

「ああ。それでお見舞いに行ってるとかなんとか」

「行ってるとかなんとかって、なんだそれは?」

「何か様子がヘンなんだ。なにか言いにくいことがありそうなんだよな」

「リズはたしかナザル侯爵の…」

「ああ」

「なにかありそうだな」

「念の為、調べてみるよ」

「ああ、頼む。取り越し苦労で終わればいいが」


 しかし彼らの心配は取り越し苦労とはいかなかった。エリシア達を怒り狂わすような事件が起きていたのだ。





 数日前のことだ。

 リズが学園を休んだ。その次の日も次の日も。

 カーラとターシャが様子を見にリズを訪ねることになった。

 そしてリズを訪ねた後、2人はそのままリリアナとエリシアに会うべくメイザード家へ向かった。



「リズが?」

「ナザル侯爵に?」

「うん、暴力を振るわれたって」

 カーラとターシャは泣き出してしまいまともに話せる状態ではなく、エリシアとリリアナは2人を慰めながらゆっくり話を聞き出すしかなかった。


「なぜ?リズが何をしたっていうの。なんであんな男にリズが怪我をさせられなきゃいけないの?」

 リリアナが怒りに声を震わす。

「リズは?リズの怪我は?」

 そう尋ねるエリシアも涙が次から次へと溢れ出て止まらない。



 カーラとターシャによると、彼女らがリズを訪ねた際、応対してくれたのはリズの母親だった。

 母親が言うにはリズは数日前から熱を出して臥せっているという。なので今日はこのまま帰ってほしいと言われた。

 リズは彼女の母親によく似ていた。目立つ美人ではないが愛らしい顔立ちと性格。皆、リズはもちろん、リズの母親のことも大好きだった。

 その彼女のやけに辛そうな、今にも泣き出しそうな顔が気になった。


 リズに会えないまま帰ろうとしていた時、リズ専属の侍女であるアンナがカーラとターシャに声をかけてきた。

 幼い頃から幾度となく互いの家に出入りしている5人は、それぞれの家の侍女達ももちろんよく知っている。



 カーラ、ターシャそしてアンナの3人はリズの両親に見つからないよう庭園の花壇に隠れ座り込んで話をした。アンナは話し始めたとたん泣き出した。



 遡ること数日前、ナザル侯爵邸に招かれ食事をし、帰ってきたリズを見て皆、心臓が止まるほど驚いた。

「可愛らしいお嬢様の頬は赤く腫れあがっていて。口唇は切れているようで血の跡が残っていました。髪なんて……とても可愛らしく編み上げてお出かけになられたのに…崩れたものをとりあえず手で直したのがまるわかりでした」


「あの男は悪魔です。ターシャ様、カーラ様、悪魔なんです。お嬢様が足を滑らせて階段から落ちた、お嬢様の不注意から起きた事故だなんて言うんですよ!しかも、うすら笑いを浮かべて!あれが悪魔でなくてなんなのですか?」

 興奮して泣きじゃくるアンナの背中を、2人も泣きながら擦ってやったという。


 もちろん侯爵の言い分など誰一人信じなかった。

 侯爵に肩を抱かれているリズは

「泣くことすらも忘れたように呆然とされて…あの小さな身体を強張らせて、ずっと震えていたんですから!」


 リズはその夜から熱を出した。左腕が骨折していたという。何を聞いても答えないし返事もしない。ベッドの中で泣くこともしない。彼女はただただ震えていたという。


 薬を飲ませ、ようやく落ち着いたリズが語ったことは耳を塞ぎたくなるような恐ろしい侯爵の正体だった。


「なぜ侯爵が急に私を叩いたのかわからないの。階段を降りようとしたところで、突然叩かれて、蹴られて、髪を掴まれて。そのまま階段の下へ落とされたの」

 帰って以来初めて泣くことのできた娘を涙を流しながら抱きしめる母親。その隣には拳を握りしめた父親が何も言わず立ち尽くしていたという。





「信じられない。信じられない。信じられない」

 エリシアは頭が真っ白になった。「信じられない」その一言だけが口から勝手に溢れ続けた。リズの可愛い笑顔が浮かぶ。心が抉られるというのはこういうことを言うのだろう。


「そんなヤツと結婚するなんてありえないわ!あの男、絶対に許さない!」

「リリアナ、わかるけど無理よ。リズの結婚は覆せないわ。お金の絡んだ結婚だもの」

「カーラの言う通りね。しかももっと腹が立つのが、アンナが教えてくれたんだけどさ、あの悪魔のヤツ……」

 次にターシャが言った言葉にリリアナとエリシアが視線を合わせた。同じことを考えているのだとわかった。


 リズを取り戻す突破口になるかもしれない。



 ターシャとカーラは夜遅く帰って行った。別れ際にはいつもより長く互いを抱きしめあった。


 エリシアとリリアナは朝まで一睡もせず、エリシアのベッドに潜り込み話し合った。そして翌朝、2人は仕事に出掛けようとする父親と兄を引き留めリズの身に起きたことを打ち明けた。



 その日から、打ち合わせたわけではないが、4人共に学園を休んだ。心が辛すぎてそれどころではなかった。


 カーラがモルティに声をかけられたのは、提出物のために仕方なく重い身体を起こし、2日ぶりに学園に来た日のことだった。





「ラウル、いいか?」

 手に書類を持ったモルティがラウルの私室を訪れた。

「ああ、なんだ」

「リズに関する報告が上がってきた」

 これだ、とでも言いたげに持っている書類をヒラヒラと振ってみせた。

「どうだった?」

「やはりナザルだ」

「なにかされたのか?」

「階段から落とされて怪我をしたらしい」

「は?なっ?!落とされた?」

 長椅子で横になって書物を読んでいたラウルが飛び起きた。

「リズは?」

「腕の骨折と数カ所の打撲、それと精神的にかなりショックを受けているようだ」

「あの男め。それにしても……気の毒に。それでエリシア達も学園に来ていないのか」

「カーラ様がいつもと様子が違ったのも頷けるな」



「例の件、少し急いだほうがいいな」

「ああ、そう言うだろうと思って指示は出しておいた」

「助かる」

「エリシア様はどうする?連絡するか?」


「………そうだな。きっと見舞いやらで彼女も参ってるだろうからな。調査書類を見た上で判断するよ」

「わかった」

「頼む」

「そういえば、週末はたしかハーベイ家で茶会が開かれるはずだ」

「ターシャのところか」

「ああ。招待状が来た時はまさかお前とエリシア様がこんなことになるとは思ってなかったからな。たぶん欠席の返事をしたはずだ」

「まぁ俺はいいが、ナザルはどうだ?リズの婚約者なら招待されているかもしれないな」

「あー早急に調べる」

「頼む」



 ラウルの予想通り、ナザル侯爵はハーベイ家のお茶会に招待されていた。

「行くしかない」

「だな」



 茶会当日の朝早く、予想した最悪のシナリオを超えるものが、メイザード家の使者によってラウルの元へもたらされた。

 使者は2人の主から、それぞれ手紙を預かってきていた。

 そのうちの1つの手紙には小さな箱が添えられていた。



「くそっ!!」

 ラウルが手紙を机に叩きつけた。

「モルティ、ハーベイ家へ行くぞ、用意しろっ!」

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