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第2章−6

「ベルダが強かったのは彼を支えてくれる人がいて、守ってくれる武器があったからです。決して彼1人の力じゃない。彼を信じ、彼に託そうと人々に思わせる力がベルダにはあった。

 あ、そっか、そういう意味では、それこそが彼の強さだったのかもしれないです。

 そしてそれはハワード殿下にも通じると思います。殿下にはこうして集うラウル殿下やライナス様、モルティ様もいらっしゃいます。多くの国民がハワード殿下をお慕い申し上げております。

 人々にそう思わせる力を殿下はお持ちだと思います」

「買いかぶりかもしれないぞ」

「私はそうは思いませんが……万が一、仰るとおりだとしても、です。だってきっとベルダだって魔物を前にして震えていたと思うから」

「ベルダが震えていた?」

 ライナスが繰り返した。

「あ、いえ、すみません、わかりませんが……でも魔物ですよ、震えますって、絶対!」


「ぶっ!!絶対って言われても!アハハハハ!たしかにな、震えるよ、絶対」

「震えますね」

「笑わないで下さい、ラウル殿下!モルティ様まで!」



「魔物の前で震えるか」

 ハワードがぼんやりと呟いた。

「はい。わかりませんが、普通の人間ならそうかな、て」

「普通の人間なら」

 エリシアの発言にハワードだけは笑わない。


「でもだからこそベルダは私達を魅了するんだと思うんです」

「魅了…震えたのに?普通の人間なのに?」

「震えたからこそです。普通の人間だからこそです」

「………」

「ベルダは歯を食いしばって魔物に向かって行ったんだと思うのです。震える自分に打ち勝ったんです。大事なのはそこです。震えもしない怖がりもしない人間なんて信用できないですよ。そういう人ほどポキっと折れたりするん……で…すよ……ハイ」

「どうした?なぜ急に声が小さくなるんだ?」

 ラウルが急に俯いたエリシアの顔を覗き込む。

「………もしかしたら私、ハワード殿下に対してものすごく生意気なことをまくし立てているのではないかと、今気づきました」

 最後はささやくようにラウルに話すエリシアに、また4人の笑いが止まらなくなってしまった。


「今さら「気づきました」はないだろ」

 ライナスが大声で笑う。

「エリシア、君は本当に変わった子だね」

 ハワードまで笑っている。

「まいったな。ベルダが怖くて震えたかもなんて…考えたこともなかったよ。たしかに震えるよ、たまらなく震える。魔物だもんな」

「はい」

 返事をしたのはエリシアだが、ハワードのいう「魔物」が何を意味するのか、それをわかっているのはエリシアを除く3人だけだった。



「私はそれこそ普通の人間だし、皆が期待してくれるほどたいした人物ではない。しかし…たしかに私は1人じゃない。そうだな、こうして皆がいてくれる」

「これからはカタリナ様もだな」

「ああ。ラウルにもこれからはエリシアがいるな。可愛いくて楽しいエリシアが」

「ああ」

「恐れ入ります」




 そしてようやくライナスを叫ばずにはいられなくさせた『まほがく』第3話の包みが開けられた。


 第3話は主人公フィルが退学処分となった魔法学院の場面から始まる。

 新しく就任した学院長の思惑、それは親元から離れ学院生活を送る生徒らを兵士として育て自らの軍を作ることだった。

 そして彼が《悪魔》として名指しし攻撃対象としたのは、誰であろう魔女の3姉妹ミラ、サラ、テラだった。


 さてフィルは1日数回豚にされながらも楽しい日々を送っていた。

 そんなある日のこと、フィルはテラの逆鱗に触れ豚にされてしまう。いつもならミラやサラが魔法を解除してくれるのだが生憎2人は留守で、テラも豚の彼を残したままどこかへ行ってしまった。

 豚の姿のまま放置された彼はひょんなことから魔法が使えることに気づく。

『覚醒キターーーーーーッ!』

 彼は自分の姿を元に戻すことにも成功する。

 帰宅したミラやサラにドヤ顔で魔法を披露するフィル……が、魔法が作動しない。葉っぱ1枚動かすことが出来ない。まさか……

『ミラ、俺を豚にしてくれないか』

『え?』

 豚になった彼は自由自在に魔法を操った。

『豚のとき限定って……』

 そこで第3話終了だ。




「なんで豚になった時しか魔法が使えないんだっっ!!」

「ふふっ、すみません」

「ラウル、お前の婚約者はどうなってるんだ?エリシア、なんでこうなるんだ?主人公だぞ」

「ライナス、声が大きいぞ。ハハハハ!いや、それにしてもたしかにフィルは主人公だ。こんな主人公は聞いたことがないぞ」

 ハワードの笑った顔はラウルとよく似ている。やはり兄弟だな、などとエリシアは呑気に考えていた。


「主人公というのは強くてかっこいいものなんじゃないのか?」

 納得がいかないライナスがエリシアに詰め寄る…とはいえ目は優しく笑っているのだが。

「それではおもしろくないかな、と思いまして」

「いや、おもしろいとかおもしろくないとかじゃなく、主人公は強いものだ」

「でも、実際にはそんな人間なんていません。皆、弱くてカッコ悪いんです。でもだからこそかっこいいんです」

「意味がわからん」

 エリシアとラウルが顔を見合わせ笑う。


「それはもしかしてさっきのベルダの話と同じか」

 ハワードが気づいたようだ。

「魔物を前に震えていたかもしれない、という話ですね」

「ああ、モルティ、それだ。エリシア、そうなのか?」

「はい。弱くてカッコ悪くて…まるで私達みたいな主人公にこそ、皆惹かれるのではないかと。強くてかっこいい主人公はもちろんかっこいいですが…そういう主人公なら他にたくさんいるので、たまにはこんな主人公もいいかなって。主人公にも色んな主人公がいていいと思うんです。というか、単純に私の好みなんですが、すみません」

「色んな主人公……」


 ハワードがその言葉に込めた本当の意味を知らないエリシアはまたスイッチが入ってしまった。

「はい、だってそんな強くてかっこいいだけの人なんて、それはそれで読んでいておもしろいですが…なんというか、私的にはそこに欠点とか影がある方がよりその人間の深みみたいなものが出て魅力的になると思うんですよ。とはいえ、そういうザ・主人公的な物も大好きですが。でもやっぱりめちゃくちゃかっこいい主人公が実はあっちが全くだめで使い物にならないとか」

「あっち?」

「はい、ハワード様、夜のアレです。昼間は強くてかっこいいのに夜がだめとか。或いは夜はデレデレになって恋人に甘えまくっちゃうとか。そういうのめちゃくちゃおもしろいし可愛いくないですか。主人公が急に身近に感じて愛情が湧くとい…う………か……………あっ」


 興奮して話し続けていたが、気づくと男性4人が必死で笑いを堪えている。

「違っ、違いますっ!違うんです!そういう意味じゃなく…いや、まぁそうなんですが、でも…違うくて!」

「ぶはははは!!エリ~!」

 ラウルの笑いをきっかけに皆が声をあげて笑い始めた。

「メイザード家の百合の花が「あっちが全くだめ」と!」

「「夜のアレ」って」

「ライナス様、モルティ様、違います!違います!ちょっと言葉がなんというか…その…忘れてください!」

「それはムリだな、エリシア。王位継承者の私の前で発した言葉を無しにしてくれとは無理な相談だな」

「そんなハワード殿下まで〜」


 ハワードがエリシアを笑いながらからかっている横で、ラウル達3人は視線を交わしあった。

 ハワードが自身のことを「王位継承者」と言ったのだ。

 もちろんカタリナとの結婚を発表した時に、彼の気持ちは固まったのだとわかった。わかってはいたが、それでも長らく彼を苦しめていたものがそんなに簡単に消えてくれるものなのかと、どこかで心配は続いていた。


 そしてその答えがたった今、彼の口からまるで当たり前のように飛び出したのだ。

 ハワードはもう大丈夫だ。彼は受け入れたのだ。そう思えた。



「そうか。エリシアはラウルが好きなんだよな。ラウルはかっこいい主人公タイプだろ。そんなラウルが好きってことつまり…」

「あっちが全くダメ」

 またもやライナスとモルティが息のあった会話でラウルを冷やかす。

「は?なんだと?」

「は、はい?」

「つまりエリシアは夜がダメなラウルが可愛くて愛情が湧いている」

「もしくは夜は甘えまくっているとか」

「はあああ?ライナス、モルティ、お前たち、ふざけんなよッ!」

「そんな!そういうのじゃないです!違います!それにまだラウル殿下がダメかどうか知らないですっ!」

「…………」

「…………」

「アハハハハ!やめてくれ、エリシア、腹が、腹が痛い」

 今度こそ彼らの笑いが爆発した。


 そしてそれに便乗して、ラウルはエリシアを腕の中に抱きしめた。言葉に出来ないたくさんの感謝を込めて。

 ーーーーーエリシア、君のおかげだ。






「ラウル殿下、今日は本当に申し訳ありませんでした」

「何がだ?」


 エリシアは「送っていく」と言い張って聞かないラウルと乗り込んだ馬車の中で彼に謝った。


「とんだ恥ずかしい婚約者で。ちゃんときちんとするつもりだったんですが。リリーに知れたら絶対怒られちゃう」


「エリー、こっち来て」

「えっ……叩くんですか?いくらなんでも暴力は良くないです」

「いいから、エリー、おいで。叩くってなんだよ。クククッ…なんでそんな発想なんだ、そんなことするわけないだろ」

 ラウルが笑いながら、横に座ったエリシアの肩に手を回し引き寄せる。

「そうだな、怒るとしたら、いい加減、殿下はやめてくれ。もう何回か言ってると思うけど?」

「はい、でも、なかなか…」

「はい、言って」

「…………ラウル………様?」

「はい、もう一回」

「ラウル…様」

「もう一回」

「ラウル様……んっ」

 口唇が重なる。ラウルの舌がいつもより強引にエリシアの口内に侵入し舐め回し絡みつく。

「んんッ…ふっ……はっ…んんん」


「エリー、ありがとう。君に出会えたことを神に感謝するよ。そして君が君であることに」

「どうされたんですか?」

 頬を赤らめ、キスの余韻を纏った目でエリシアがラウルを見上げる。

「いや、幸せだなぁ、と思って」

「私も幸せです。ハワード殿下もマンガを褒めて下さいましたし。嬉しかったです。次も楽しみにしているとおっしゃって下さいました」

「エリー、兄上とはいえ、他の男の話をするな」

「んんんっっ」

 先程より更に強く長いキスを、2人は何度も繰り返した。

 抱きしめたエリシアの胸元には『誓いの薔薇』が輝いている。

「そろそろ俺も限界なんだが」

「え?」

「いや。エリー、いつもの言って」

 一瞬目を伏せたエリシアが、ラウルを上目遣いに見つめなおし、小さく言った。


「……………もっと…」

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