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第1章−2

 エリシアが去った後、部屋を訪れたモルティを向かいに座らせ、彼女の置き土産を渡す。

「なに?」

「まぁ読んでみろよ」

 訝し気にラウルを一瞥し、彼は渡された紙の束に目を落した。



「………………は?…………へ?」

「マンガというものらしい」

「マンガ……」

「なかなかおもしろいだろ?」

「たしかに興味深い…が…はああああ???!!!」 

「クククッ、アハハハ!」

「おい!なんだこれ!え?これ、は?正気か?」


 知的美男子と名高いモルティの顔が見る見る間に歪んでいく。まるで喉に何かを詰まらせたかのように目を見開き口を半開きにしまともに言葉を発することもできない。

 そんなモルティを見ているとラウルは笑いが止まらなくなってしまった。



 王族ともなると真に心を開き全てを分かち合い厚い信頼を置ける友を見つけることはなかなか難しい。

 国王陛下であると同時にハワードとラウルという2人の息子を持つ父親はそれぞれの息子に、自身が最も信頼している人物の息子……ハワードにはライナスを、ラウルにはモルティを……友として側近として幼い頃から共に過ごせるよう配慮して育てた。


 そして2人の息子とそれぞれの側近は成長と共に父親の思いを遥かに越えるほどの深い絆で結ばれていった。


 幼い頃から実の家族より一緒に過ごし、今や互いに唯一無二の存在であるラウルとモルティの見た目は見事に正反対だった。


 短めに整えられた黒髪はラウルの端正な顔立ちを際立たせ凛々しく男らしい。反対に肩より少し下まで伸びた金髪を後ろで1つに束ねたモルティは中性的だ。


 高身長で鍛え上げられた身体、ラウルを言葉で表すとすればまさに『威風堂々』。

 17歳という若さの中に滲む王族としての誇りと威厳。ただそこに立っているだけで輝きを放つ存在感。

 常にたたえている柔らかな微笑みには、色気と共に若者らしい快活さと奔放さが垣間見える。

 少年っぽさと大人の色香、いち若者であると同時に第二王子。

 ラウル・アッサムベルダは17歳と一言で片付けるには余りにも他の青年とは違っていた。彼を構成する多くの要素は様々な形で彼に作用し、結果、他を圧倒する底知れぬ魅力となっていた…彼が望む望まないに関わらず。

 女性は容易に彼の虜になり遠くから近くから彼に熱い眼差しを送る。

 それが時には恰好の噂のネタになったり、やっかみの対象になってしまうが、それすらどこ吹く風に見える彼の余裕は生まれ持っての血筋なのだろう。



 反対に微笑んだことなど生まれてこの方ないのではないかというくらい、いつ見ても無表情なモルティ。彼はラウルの側近として常に彼の隣に寄り添い、近づく者たちを無言で威圧し己も他者も律することが趣味のように見える。

 そしてその冷酷なほどの無表情こそが彼の美しい容姿を引き立て、その色気たるや、これまた17歳とは思えない魅力で多くの令嬢を惑わせている。



 しかしながら、実際の2人はどこまでも普通の17歳の青年だった。興味も会話も、他の子息達とたいして変わらない。人々が抱く印象はあくまで2人の公の部分、ある意味、そう見えるよう演じている部分だ。



「お前…俺のことが好きだったのか?」

 公では側近として敬語を欠かさないモルティだが、2人でいるときはただの友人としてラウルに接する。


「は?そんなわけないだろ」

 ラウルが笑いながら答える。

「こんなものを描かせて俺に告白してるんじゃないのか?お前の願望がここに…」

「ふざけるな」


 ラウルがそう返したとたんモルティの顔に笑いが浮かんだ。

「ハハハハ!というか何だよこれは!なんで俺がラウルを押し倒さなきゃいけないんだよ」

「だろ?そうなったら、俺が押し倒すよ」

「いや、そこは俺が押し倒すけどな。おとなしく下になってろよ」

「はあああ???」

「…………」

「…………」

「クククッ」

「ハハハ!」

 2人の笑いが止まるまで数分を要した。



「それにしてもこれ、まずいだろ。不敬罪だろ、こんなの。まさか…」

「ああ。メイザード家のご令嬢だ」

「ここに連れて来いと言われて何かと思えば…間違いないのか?」

「ああ、妹のエリシアご本人だ」

「エリシア…これを?あの可憐なお姫様が?」

「知ってるのか?俺はエリシアに関してはあまり印象がなかったんだが」

「お前は相変わらずだな。あんな美しい銀髪の令嬢など、この国ではあの姉妹くらいじゃないか。

 少し気は強そうだが華やかな美しさを持つまさに薔薇の花のような姉のリリアナ。

 逆に妹のエリシアは幼い少女のように可愛らしい大きな瞳にふっくらと柔らかそうな頬と唇。可憐さでは右に出る者がいないなんて言われているが…これを見ると案外男の経験が…」

「いや、そういうわけでもなさそうだ」

「…………ふーん」

「それにしてもお前はほんとに色々見ているな」

「ふっ、有り難いことに俺は見た目でお堅いと思われているからな。多少令嬢を見ていても怪しまれない。それにそのうち誰かがお前の妃候補として挙がってくる。情報収集は無駄にはならない」

「………」



「いずれにしてもエリシアはどちらかというとリリアナの陰に隠れているような印象だな。あまり前に出てくるタイプではないはずだ。まぁ逆にそれが彼女の可憐なイメージを引き立てることになっているんだろうが。一風変わったところがあるとは聞いていたが」

「一風変わったところ…まさにこれのことか」



 2人は同時に彼女が描いたものに目を落とした。


「マンガというものらしい。お前、見たことがあるか?」

「いや、初めてだ。絵画や挿絵とも全く違うな」

「ああ」

「人物が話し、物語がある」

「おもしろいよな」

「エリシアがこんなものを描いてるなんて聞いたことがない」

「数人の親しい者たちの間だけで読んでいたらしい」

「そりゃあこの内容ではな」


「いや、これは例外で、普段は男女の恋愛物語を描いてるそうだ。あとは子ども向けにヒーロー物を、とかって言ってたかな」

「ヒーローもの?」

「ああ、よくわからん言い回しだが、要は正義が悪をこらしめる的な話らしい」

「ふーん、まぁそれなら書物でもよくある物語だな。ん?子ども向け?」


「ああ、領地内の孤児院に持って行って読ませているらしい」 

「孤児院。でもそれなら公的奉仕だ。俺の情報網には引っかかってきていないけどな」

「お前の情報網が穴だらけなんじゃないか」

 ラウルがニヤリと言う。

「は?なんだと?」

「ハハハ、冗談だ。彼女が言うには、念の為描いたものには違う名前でサインをして自分が描いたとはわからないようにしているらしい」

「なるほど」

「おもしろいよな。マンガも彼女も…」

「………………」

「なんだ?」

 何か言いたげに自分を見つめるモルティに問いかけた。

「いや、特に」

 目線を外しながらモルティはラウルが聞き取れないほどの小さな声で思わず呟いた。「これはもしかするともしかするな」




「で、どうするんだ?これ。まずいものであることに違いないだろ」

「うん」

「処罰の対象には…」  

「微妙なところだな。流布していたわけではないし、少数の友人間でのお楽しみにすぎないとなるとな。まぁ俺次第ってとこか」

「それで?」

「ああ。ちょっと思いついたことがあるんだ。彼女には処罰の代わりに協力してもらおうと思う」

「協力?」

「ああ」

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