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第2章−4

 学園でのエリシアとラウルは表向きには一緒に過ごすこともなく、親しく会話をすることもなく過ごしていた。


 今まで通り他人のように過ごす、そう提案したのはラウルだが、先に焦れたのもラウルだった。


「なんでエリシアは俺の顔も見ないんだ?!挨拶くらいしてもいいだろ」

「挨拶なんてしたことなかったですし」

「これからはしたっていいだろ」

「そもそも会わないですし」

「いーや、昨日会ったぞ!俺は気づいてた!噴水の前にいただろ。俺が近くを通ったの知ってただろ」

「…………」

「リズは気づいてたぞ。エリシアも気づいてた」

「どうだったかなぁ〜というか殿下、用事がないならマンガを描かせてもらえませんか?」


 今、エリシアは薔薇城2階の応接室でラウルの膝の上にいる。椅子に座ったラウルの上に座り、後ろから抱きしめられている。


「描いていいぞ。俺は気にしない」

「こんな体勢で描けるわけないじゃないですか!」

「両腕は自由にしてやってるぞ」

 確かにそれはその通りだ。ラウルの両腕はエリシアのお腹あたりに回されている。

「そういう問題じゃなくて。用がないなら1人にして下さい」

「用はある」

「なんですか?」

「恋人と時間を過ごすことだ」

 そう言うとラウルはエリシアの銀髪に顔を埋めた。

「ちょ、な、殿下ッ」

「いい匂いだ」

 そのままうなじに口唇を沿わす。

「っ…殿下、や…め……殿下っ!!ダメですっ!」

「なんだ?恋人なんだからこういうのもな」

「……………わかりました。では殿下、ゆっくり恋人らしくイチャイチャですね」 

「イチャイチャ?イチャイチャと言うのか、うん、そうだ、イチャイチャだ」

「そのかわりっ!ハワード殿下にお渡しするマンガは一生描きあがりませんからねっ!一生ですよ、一生!!」

「……………ハハハハっ!!一生って…ハハハハ…わかった、わかりましたよ」


「キャアッ!」

「俺が黙って離すと思ったら大間違いだ!」

 身体に回されたラウルの腕が緩んだのをいいことに立ち上がろうとしたエリシアは身体をぐいっとひっぱられたと思ったのも一瞬、ラウルの両足に挟まれ前向きに抱きしめられてしまった。


「エリシア」

 向き合って先ほどまでとは違った静かに優しい声で名前を呼ばれ、ゆっくりとキスをされる。反射的に身体を引こうとしたが、口唇が重なったとたん身体から力が抜けていく。


「さて、一生マンガを描かないと言われたら困るからな。そろそろ行くよ」

「はい」

「エリシア、週末の舞踏会に向けて明日からここは準備が始まるらしい」

「あ、そうでしたね」

「明日からは王の間で…」

「礼拝室で」

「王の間で」

「礼拝室で」

「クククッ、頑固だなぁ〜。舞踏会は出席だろ?」

「ん〜微妙ですね」

「は?なぜだ?」

「マンガの進み具合によると言いますか…」

「なぁエリシア、兄上のために描いてくれるのは有難いが無理はしないでくれ。特に急いでもらう必要はない。無理のない程度に描いてくれたらいいんだ。ちゃんと別のことを楽しむことも大事なんじゃないか?」

「ありがとうございます。でも私にはマンガを描くこと以上に楽しいことなんてなくて。それにハワード殿下も楽しみにしてくださっているのに、そういうわけにもいきません」

「本当に好きなんだな」

 ラウルは笑いながらエリシアの頭をクシャクシャと撫で、頬にキスをすると「じゃあ」と部屋をあとにした。



「おや、早いじゃないか」

 ホールの長椅子に座りラウルを待っていたモルティが顔を上げた。

「追い出された」

 予想もしなかった返事に一瞬驚き目をまん丸に見開く

「………ブッ!!アハハハハ!追い出されたって。最高だな。アハハハハ!」

「うるさい」




 週末、ラウルとモルティが舞踏会場である薔薇城に到着すると、色とりどりのドレスを着た令嬢達が色めき立つ。

「ラウル殿下よ」

「殿下がご到着だわ」

「今日も素敵ね」

「モルティ様も素敵だわ」

 そんな声などどこ吹く風でラウルはキョロキョロとあたりを見回す。

「モルティ、見えるか?」

「いや、見当たらないな」


「殿下!」

 シュルバルト令嬢が「今日の私キレイでしょ」とでも言いたげに得意顔で近づいてくる。

「ごきげんよう、シュルバルト令嬢」

 ラウルはいつもの笑顔で微笑みかける。

 ーーーーーいきなり面倒なのに見つかったな


 ターシャやリズは名指しで警戒していたが、ラウルは心底シュルバルト令嬢に興味がない。どちらかというと苦手だし可能なら話もしたくないし笑いかけたくもない。

 しかし立場上、そうもいかない。


 そもそも彼女の父親が苦手だ。というよりはっきり言うと嫌いだ。

 宮廷で働いているシュルバルト公爵はとにかく権力にしか興味がない。

 王族に下品なほど媚びたかと思えば、自分より下の者には残酷なまでに冷たい。

 我々がそれで喜ぶとでも思っているのかと正気を疑うほどだ。


 娘がラウルに近づくのも、きっと父親の入れ知恵だろう。もしハワードと同級なら、彼女はハワードに同じように擦り寄るに違いない。要は王族なら誰でもいいのだ。


 ーーーーーフンッ、まぁそれは彼女だけに限った話じゃない。

 ラウルは1人心の中で失笑した。

 ーーーーー俺が貧しい公爵子息だったら。或いはそこの庭園の庭師だったら、彼女らは俺のことなど目の端にも入れないだろう。何が「素敵」だ。

 ーーーーーそれに引き換えエリシアをみろ、俺が第二王子でも目の端に入れてないぞ。


「殿下?」

 シュルバルト令嬢が不思議そうに見上げている

「どうされました?なにか楽しいことでも?なんだかいつもとは違って楽しそうなお顔ですわ」

「いや、すまない。何もない」


 そう言って目線を外した時に城の入口あたりでリリアナ達を見つけた。


「すまない、シュルバルト令嬢、私は少し挨拶に回ってくるよ」

「わかりましたわ」

 彼女はまるで物分りの良い恋人のように微笑んだ。



 ラウルはしばし目に入る人々と次々に挨拶を交わし、さり気なくリリアナ達に近づいた。そしてそっと人の少ない壁際に彼女らを誘った。


「ごきげんよう、これはこれは美しい令嬢方」

「殿下」

 4人が膝を曲げ挨拶を返した…4人が。


「で、どう見てもお美しい姫が1人足りないようだが」

「今日は妹は体調が悪いようで」

「ウソつけ」

 リリアナとラウルの軽妙な会話にターシャ達3人がクスクスと笑う。


「全く本当に来ないとは…リリアナ」

 ラウルは先日から気になっていた事をリリアナに尋ねた。というより、口からこぼれた。

「俺はエリシアに無理をさせているのだろうか。これでは彼女に負担をかけすぎている気が…」


 リリアナ達4人は互いに顔を見合わせた。

「でもエリシアが舞踏会を欠席するのはよくあることで…」

 リズが皆を見回しながら同意を得るように言うとターシャが続けた。

「そうね。いつものこと、と言ったほうがいいかも」

「そうなのか?」

「あの子、舞踏会の最初から終わりまでいたことあるかしら?」

 カーラが首を傾げる。ターシャが1人頷くように答えた。

「長くて1時間ね」

「ウソだろ?」

「もし殿下にお願いされてなくても、別のマンガを描いてますわ。エリシアはずっとそうなんです」

「そう…なのか」


「ちなみに私達ももう少ししたら帰ります」

「まだ来たばかりじゃないか」

「エリシアの部屋に移動して、そこでゆっくり過ごします」

「……俺もそっちに参加したいよ」



「殿下、妹はマンガに夢中になると完全に自分の世界に入ってしまいます。全ての優先順位の中でマンガが一番なんです。

 ただの『令嬢』ならそれも笑っておわりです。でも……そうでなくなったら、立場が変わったら…本当にエリシアでよろしいんでしょうか?あの子で務まるのでしょうか?それだけが心配なんです」


 壁際に集まり、且つモルティが周りを気にしているとはいえはっきり言葉にするのは憚られると思ったのか、リリアナは微妙に言葉を濁しながら話す。

 しかしもちろんラウルは彼女の言いたいことの意味がわかった。


「羨ましいと思わないか?人生でそれほどまでに夢中になれるもの、好きになれるものを見つけられるなんて…俺にはそこまでのものはない。一度の人生でそういうものを見つけられたエリシアは幸せ者だよ。羨ましい。だから守りたいんだ。そういうものを持っている彼女を守りたい。

 大丈夫だ、絶対に誰にも邪魔させないよ。……俺はとことん邪魔してやるが」

「え?」

「俺もこの短期間で学んだんだ。彼女には多少邪魔をしてでもこっちを向かせないと、俺は一生マンガに勝てない。一生な」

 ラウルは1人楽しそうに嬉しそうにそう言うと、何事もなかったかのように彼女らに笑顔を残し、その場を去って行った。


「ねぇ、今、ものすごく素敵なことおっしゃってなかった?」

「ええ、ものすごく。でも、この国の第二王子ともあろう方のライバルがマンガって…」

 4人はまた顔を見合わせて声を殺して大笑いした。


「リリアナ様」

 ラウルと一緒にその場を離れたはずのモルティが戻ってきて声をかけた。

「はい」

「殿下より姫様によろしくと。覚えてろよ、とのことです。お伝え下さいませ」

「ふふふ…たしかに承りました」

 幸せな笑いが止まらないリリアナ達はそのまま舞踏会場から抜け出した。



 それから数日後、ハワード王太子とカタリナ王女の結婚の日取りが正式に発表され、国中がお祝いムードに包まれた。


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