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第2章−3

 ハワードとライナス、モルティそしてラウル。

 いったい、いつぶりだろうかというくらい久々に4人で大笑いしながらも、ラウルの心にはただ1人の人が思い浮かんでいた。 

 ーーーーーエリシア



「結婚したい相手が出来た」

「……え…」

「うん。もう父上にも…」

「ラウル、お前まさか…」

「兄上。俺は兄上の為なら何でもする。この命を捧げたって構わないと思ってる。でも申し訳ないがこの結婚と第二王子という立場だけは譲れない」


 それはつまり王位継承権を譲り受けるつもりはないというラウルの明確な意思表示だった。

 ラウルも…ライナスもモルティもそしてもちろん父である国王も、ハワードが何に苦しみ何に迷い何と闘っているかよくわかっていた。そしてそれに対して何もしてやれないことも……エリシアが現れるまでは。



「ラウル…しかし…」

「兄上、俺は俺が選んだ女性と結婚したいし、すると決めた。父上にもお許しを頂いた。絶対に彼女を諦めるつもりはない。だから悪いがカタリナ王女のことは兄上が幸せにしてさしあげてくれ」

 ラウルがイタズラっぽく笑いながら言った。

「好き合ってるんだろ、カタリナ様と」

「しかしお前は…俺とカタリナを結婚さすためにその相手と…つまり…王位を…」


「兄上、何度も言うが俺は兄上の為ならなんでもする。それは本当だ。でもいくら兄上の為とはいえ本当に好きでもない女性に『誓いの薔薇』は渡さない」

「『誓いの薔薇』だって?!」

 ライナスが突然大声を出し、ラウルの耳を覗き込んだ。

「気づかなかった」

「ラウル…本気なのか?」

「兄上、『誓いの薔薇』だぞ。そんなの愚問だろ」

 そう笑うラウルは本当に嬉しそうだ。



『誓いの薔薇』

 その本当の意味を知るのは王族と非常に親しい側近のみだ。


 この国の王族は一人一人自分のカラーを持っている。

 ラウルのカラーは碧。ハワードは黄色。父は赤。それは生涯、その者を表す色とされる。


 王家では出産の際、母親の側に生まれてくる子どもの色の石が置かれる。

 無事生まれてくると、石はその子を守る物として、その子に贈られる。石は薔薇の形をしている。



 そしてその子が成長し愛する人を見つけた時、その薔薇の中心をくり抜き、それを自身の耳に、中心をくり抜かれた薔薇は愛する人に贈られる。

 生まれた瞬間から側にあった世界にたった1つの薔薇の石は、彼が選んだたった1人に贈られる。それが『誓いの薔薇』だ。



 しかし、王家の長い歴史の中では『誓いの薔薇』が不幸や悲しみ、諍いの元になったこともある。

 故にそれを贈ることの意味は少数の者のみが知る秘密とされている。



 国民も耳に石を埋めることがある。ファッションでする者もいれば、王族のマネをして愛する者と揃いの石をつけている者もいるだろう。

 王族の振る舞い、ファッションは常に国民にとっては憧れであり最先端なのだ。


 国民は王族夫妻がおそろいの装飾品をしていることは知っている。

 ラウルがリリアナやリズの前でネックレスを贈ったように、それはどこまでもロマンチックな贈り物程度のこととして理解されている。


 彼らは知らないのだ。『誓いの薔薇』が王族として生まれた者にとってどれほどの意味を持つのか。その石がどれほど唯一の物なのか。そしてそれがどれほどの愛の証なのか。


 エリシアが受け取ったネックレスには、エリシアが思う以上の意味と愛が込められていたのだ。




「そうか…『誓いの薔薇』を」

「ああ。見つけたんだ、『誓いの薔薇』を渡したいと思える女性を」


「そうか…………で?」

「ん?」

「相手だ、誰なんだ?」

「ああ…メイザード侯爵家のエリシア嬢だ」

「エリシア?」

「あの薔薇のようだと言われる美人か?」

 ライナスが目を輝かせる。

「ハハ…いや、妹の方だ」

「百合の花か!」

「百合の花?」

「ああ、たしかに薔薇のリリアナ、百合のエリシアとも言われていますね」

 モルティがライナスの言葉に頷きながらも、どこか吹き出しそうな顔をしている。怒りたいところだが、ラウルも思わず顔が緩む。

「百合の花ね」


「メイザード家の令嬢は知っているが、話をした憶えはないな、特に妹の方とは…」

「兄上もそうか。だよな、俺なんて初めて会った時は全くわからなかった。それこそリリアナの方は思い浮かんだが」

「エリシア様はあまり表に出て来られない女性ですからね」

「おとなしい女性なんだな」

 ハワードが優しく微笑む。

「クククッ…いや、そういう意味で表に出ないわけじゃないんだが」

「じゃあどういう?」

「まぁそれも、そのうちわかるさ」


「そういえばエドモンドという子息がいるはずだ」

「あっ、俺達と同級のか。目立たないがなかなか見た目の良い子息だったよな」

「ああ、彼の妹か?」

「ええ、その通りです」

「兄上は彼を知ってるのか?俺はそれこそ名前を聞いたことがあった程度だった。先日、侯爵家に結婚の話をしに行ったときに初めて会話を交わしたんだ」

「俺は話したことはないな。ハワードは?」

「一度だけある」

「そうなのか?」

「ああ。申し分ない人柄だと思う」



 ハワードは一度だけ、偶然話したエドモンドとの会話を思い出していた。たった1〜2分の会話だったが、彼には決して忘れられないものだ。



 まだハワード達が学生だった頃。

 ある日、学園の書庫で1人書物を読んでいた。ライナスが何故その場にいなかったのかは記憶がない。ただその時ハワードは、目では書物を読みながらも頭では別のことを考えていた。


「失礼ですが、ハワード殿下、ご体調でもお悪いですか?」

 そう声をかけられた。少し離れた向かいに座る男子生徒だった。

「ん?」

「エドモンド・メイザードと申します。突然のご無礼申し訳ございません。ただ先程からため息をついていらっしゃるので。ご体調がお悪いのかと」

「あっ、いや、ハハ…すまない。なんでもない」

「そうですか。それは大変失礼いたしました」

 そう言って微笑み、目の前に広げた書物に視線を戻そうとするエドモンドにハワードは続けた。


 何故その時ほぼ初対面の彼にそんな話をしたのか。今だにわからない。立場もある自分がなぜあんなことを軽々しく口にしたのか。

 誰かに聞いて欲しかったのか…誰か…親しくないからこそ言えたのかもしれない。

 或いは、エドモンドが纏う穏やかで落ち着いた雰囲気に心が緩んだのかもしれない。


「私には立派な弟がいるんだ。時に自分が情けなくなるくらいに立派でよく出来た弟がね」

 もちろんこの国の国民であればハワードに弟がいることは知っているし、それがラウルだということも知っている。

 しかしエドモンドの反応は思いも寄らないものだった。

「…………弟君ですか。私は妹です。強く立派で賢く評判の良い妹。兄としてだけじゃなく、男として情けなくなりますよ」


 たしかに彼の話はハワードの抱えている問題とは重さが違う。それでもその端正な顔を歪めてひどく情けなさそうな表情をする彼がおかしくて、思わず顔が綻んだ。

「お互いツラいな」

「やってられません」

「ハハハハ…ほんとだよな」

 そこにライナスが現れて、エドモンドとの会話は終わった。ハワードの心に温かいものを残して。


「そうか…彼の…不思議な縁もあるもんだな」




「さぁそろそろお暇するよ、兄上」

「あ、ああ。わかった」 

 立ち上がり扉へ向かうラウルとモルティに声をかけた。


「そのうち紹介してくれよ、エリシア嬢」

「ああ、もちろん。それより兄上、そういうことだからあとが詰まってる。とっととカタリナ様との話、進めてくれよ」

 ラウルは笑って手を振り部屋を出て行った。


「ハワード、覚悟を決める時が来たな。あっ!次のマンガがいつ頃出来るのか聞くのを忘れた!聞いてこよう」

 ライナスがラウルを追って部屋を出て行った。



「ラウル!」

 モルティと歩くラウルを呼び止めた。

「ライナス?どうした?」

「ラウル、ありがとう。ハワードがあんなに笑うのを久しぶりに見たよ」

「ああ……本当に」

「いつぶりでしょうね」

「お前が持ってきてくれたマンガのおかげだな。それを描いた者にも礼を伝えてくれ。これからも楽しみにしていると」

「ああ。わかった、必ず伝えよう」






「『誓いの薔薇』か…」

 夜1人になりベッドに座ると、ハワードはあらためて昼間のラウル達との会話を思い出していた。


 ラウルがそこまでの決心を固めて尚、婚約を発表しないのは、恐らく自分とカタリナとの結婚話がズルズルと先延ばしになっているせいだろう。


 だがその先延ばしは必ずしもハワードのせいだけではなかった。


 まずカタリナがまだ学生だということ。もちろん王族である限り学生であるということと結婚は全く無関係だ。

 ただ彼女は彼女なりに親しい友人もいるだろうし、特に結婚を急ぐ理由もない。

 卒業を待ってアッサムベルダに来てくれればいいという事になっていた。


 そして去年、彼女の学園卒業まで1年を残すのみとなり、いよいよ結婚の日取り等具体的な取り決めをしようと話していた矢先、彼女の国、ダカッサ王国で内乱が起こった。

 内乱自体はすぐに政府軍によって制圧されたが、その際、カタリナの弟が大怪我を負ってしまった。命に別状はなかったものの結婚の話は棚上げとなってしまったのだ。


 結婚話が肝心なところでトントン拍子に進まないことがハワードの迷いに拍車をかけたことは否定できない。




 そんなことを考えながら、先に届いたカタリナからの手紙を手に取った。

 あの一文が心に刺さって以来、何度も手に取ったが読み返すことは出来ずにいた。


 ハワードは手紙を開いた。今日はなぜかそうすることに躊躇はなかった。


 読み進めていくうちに鼓動が早くなってきた。手紙を握る手に力が入る。ベッドに座りなおす。何度も何度も読み返す。

 ーーーーー私はなんて愚かなんだ!


 その手紙にはこう綴られていた。


『殿下と初めてお会いしてから長いものでもう4年になります』

『学園の卒業までもうすぐです』

『弟も身体を動かせるようになり、元気にしております』

『早く殿下にお会いしたいです』

『殿下に会える日を指折り数えております』


 それは全てが彼女からの愛の言葉だった。結婚の話を進めてほしい、早くハワードの側にいきたいという彼女の想いを込めたメッセージだ。

 なぜ気づかなかったのだろう。


 ーーーーー結局私は自分のことしか考えず、彼女の純粋な言葉すら悪く解釈し、心を閉ざすことで悦に入っていた。なんと愚かなことだろう。

 ーーーーー王位継承もカタリナのことも大切だと言いながら実際には私は何も見えていなかった。見ようともしていなかったのだ。


「くそっ!」

 およそ彼の口から出たことがない言葉が思わず口をついて飛び出した。


「ライナス!ライナス!」

 彼は先程自室へ帰ったばかりのライナスを、再び呼び戻した。

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