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第1章−15

「私の良くない噂のことだが。まず先に言っておきたいのは、私はヤリ逃げをするような男ではないし、ヤリ逃げなどしたこともない」

「殿下までヤリ逃げって」

 ターシャが苦笑いをした。


「フッ、わかりやすいからな。しかし良からぬ場所に通っているという噂は半分はウソで半分は本当だ。但しっ」

 本当、という言葉に敏感に反応した令嬢達に先回りするかのようにラウルは強調した。

「但しだ。但し、本当というのもまたウソで」

「本当というのもウソ」

 カーラが独り言のように呟いた。


「ああ。たしかに俺は良からぬ場所に行くことがある。それは本当だ。ただ好きで行っているというのはウソだ。なぜなら俺は女性を探しに行っているわけでもなければ、良からぬ遊びをしに行っているわけでもないからだ。

 じゃあ、なぜ行くのかというと…ん〜そこは済まないが全てを話すことはできない。ただ言えることは、そうだな、仕事というか役割というか。済まないがそれで今は過ごしてほしい。

 問題は、というか今日君たちに理解してもらいたいのは私がそれらのでたらめな噂を今後も放置するつもりだということだ」

「でたらめなのに対応はしない、ということですか?」

「その通りだ、ターシャ。そしてそれも仕事、役割の一部だと捉えてほしい。済まないが理由は今は言えない」

「……」


「だから君たちは今後も私の良くない噂や評判を耳にするだろう。しかしそれらを何も言わず聞き流してもらいたい。そして今日ここで話した私の言葉を信じてもらいたいのだ」


「それともう1つ。そのような良くない噂のある私とエリシアが一緒にいればエリシアまで噂の的にされてしまう。それはどうしても避けたい。だから私は公の場では今まで通り、エリシアとは特に関係はないとして振る舞うつもりだ。2人だけになったり、人前でエリシアを呼び止めたりと目立つことはしないつもりだ。舞踏会も、私個人としてはエリシア以外の女性とはダンスなどしたくもない。しかし当分はそういうわけにもいかない。エリシア以外の女性と踊ることもあると思う。もちろん可能な限り避けるつもりではいるが」

「じゃあ今まで通り、殿下はあの取り巻き達とお過ごしになるということですね」

「取り巻き?」

「シュルバルト侯爵令嬢とか」

「シュルバルト侯爵令嬢とか?」

「シュルバルト侯爵令嬢とか」

 ターシャ、カーラ、リズが続けて畳み掛ける。


「ハハハ、なるほどシュルバルト侯爵令嬢ね。ああ、そうだな、彼女に限らず、学園では他の者たちと話すことのほうが多いかもしれない。だが言っておくが私はシュルバルト侯爵令嬢のことは一切何も思っていない。彼女とどうこうなるなどこれまでもこれからも一切ない」

「一切」

「ああ、ターシャ、一切だ」



「つまり表向きは今までと何ひとつ変わらないということですね」

「その通りだ、リリアナ。学園においては我々以外の全ての者が何ひとつ疑う事のないくらい今まで通りだ。君たちもそのつもりでいてほしい」

「…………」


 令嬢達は全員黙ったままだ。

「無理を言っているのはわかっ…」

「すごいっ!秘密の関係だわ!素敵!」

 ラウルを遮ってリズが前のめりになる。

「じゃあこういうのはどうですか?お2人で会いたいとかお出かけになりたい時は私達も呼んでください。そうしたら2人の関係はバレないわ」

「殿下は私達皆と親しいって思わせるってことね」

「そう、その通りよカーラ」

「それじゃあ私達が殿下の取巻きになるってこと?」

 リリアナの言葉に一瞬黙ったかと思うと、令嬢達が一斉に笑い出した。

「私達が?」

「取巻き!」

「出世だわ!」

「楽しそう!」

「皆、ほんとやめて。からかわないで」

「からかってなんかないわ、エリシア」

「そうよ。いいじゃない、秘密の関係って!」

「燃え上がるね」

「エリシアのマンガでもそういうのあったわ」

「あった!あれは最高だったわ」 

「アロン王子のやつね」

「アロン王子!本当に素敵だったわ〜」



「クククッ…ハハハハ!参ったな!」

 エリシア達が好き勝手話し笑い転げていると、突然ラウルが笑い出した。

 5人は一斉にラウルを見た。


「いや、すまない。実を言うと今日は君たちに散々絞られるだろうと覚悟してきたんだ。理由を言わずにろくでもない噂を放置して、しかもエリシアとは他人のフリを続けるなんて。俺が決めたこととはいえ自分で言っててイヤになる」

 ラウルの言葉遣いが先ほどとは違うことに皆気づいた。

 ラウルが『殿下』という鎧を脱いで、1人の青年として彼女らに向き合ったのだ。


「君たちやエリシアにどれだけ責められても仕方ない。それでも今はそれを通すしかないんだからって。これでも色々考えてきたつもりなんだが。君たちときたら…ハハハハ、最高だな。エリシアも大概だとは思っていたが君たちも大概令嬢らしくないな。まさか「素敵」なんて言葉が出るとは思いもしなかったよ。素晴らしいよ。いや、本当に最高だ、ありがとう」



「そしてリズ、君に1つ言っておかないといけないことがあるんだ」

 突然名指しされたリズが驚いて座りなおす。

「は、はい」

「君はたしかナザル侯爵と婚約していたよね。すまないんだが我々のことはナザル侯爵にもまだ言わないでもらいたいんだ。公式に発表するまでは…」

「もちろんです、殿下。かしこまりました。言いません。というか、あの方は私の友達になんて興味もないですし、エリシアという名前すら知りません。問題ございません」

「そうか…いや、婚約者に内緒事をさせるのは心苦しいと思ったのだが。ターシャやカーラにも秘密を持たせてしまう責は自覚している。公式に発表されるまでと思って……」

「殿下」

 リリアナが姿勢を正した。

「殿下は、私達に敢えておっしゃる必要のないことをわざわざ時間を割いて話してくださったんです。理由など私達には必要ありませんし、責などおっしゃらないで下さいませ。それより殿下がエリシアを大切に思ってくださっていること。そしてそれを私達に伝えておこうと思って下さったこと。それだけでもう十分でございます。ありがとうございます」

「うん、リリアナ、ありがとう」

「エリシアもそれでいいのよね?」

 リリアナがエリシアに尋ねると彼女は何も言わず頷いた。




「モルティ」

 ラウルが後ろに立つモルティに声をかけると彼はずっと持っていたらしい箱をラウルに渡した。

「何度も言うが今日はもっと君たちに怒られると思っていたんだ。エリシアとのことを反対されたり、エリシアが俺に嫌気がさしたりするんじゃないかと思って。そうなった時のために用意してきたものがあってね」

「用意してきたもの?」

 隣のエリシアが繰り返した。

「ああ、エリシア。これを君に。俺の心をここに」

 そう言って黒光りする重厚な箱からネックレスを取り出した。テーブルにおいた箱の蓋には王家アッサムベルダの紋章が刻されている。


「わっ」

 リズが思わず声を発した。


 そのネックレスには夜の空のように、海の底のように深い碧がキラキラと繊細な輝きを放つ石がついていた。


 その石は国花である薔薇の形をしている……が、なにかが妙だ。よく見ると薔薇の中央が凹んでいる。


 ラウルは皆に見えるように薔薇を持ち

「この中央。わざとここの石を削ってあるんだ」

「?」

「そして削った石はここにある」

 右に座るエリシアに向かって、彼は左の耳を見せた。

「あっ」

 エリシアだけでなく他の4人も思い思い反応した。


 この国には指輪もネックレスもブレスレットもある。しかし転生前の世界のようなピアスはない。その代わり、おしゃれな人々は直接肌に宝石を埋め込む。

 埋め込む場所は耳たぶであったり、手の甲であったり、大切な人にしか見えない身体の部分だったり様々だ。

 一般的なのは耳たぶで、リリアナもターシャもそこに石を入れている。

 おしゃれに全く興味のないエリシアは入れていない。



 そして今、彼の左の耳たぶで石が碧く光っている。

「俺の耳にあるこの石をはめて、初めて君の花は薔薇になるんだ。これを俺の真心と思ってほしい」

 そう言うと、彼はエリシアの首にネックレスをつけた。


「まさかこんなに穏やかな状況で渡せると思っていなかったから妙だが…エリシア、俺達はもう2人で1人だからね」

「キャッ」

「リズ!今大事な場面なんだから!」

「ごめんなさい、ターシャ。だって素敵すぎて」



「ありがとうございます、殿下」

 エリシアが顔を真っ赤にして、でも大切そうに首からさがったネックレスの薔薇に手を添える。

「ああ。エリシア、たとえどんな話が耳に入ってもこの薔薇と同じように俺の気持ちは君にあると信じていてほしい」

「はい」





 4人の騒がしくも可愛らしい令嬢たちとエリシアが去った部屋は静かで温度が数度下がったのではないかと思うほどだった。

 エリシアには残って欲しかったのだが、「今日はもういっぱいいっぱいです」と言われ断られてしまった。

 俺の誘いを断るとはいい度胸だ。本当におもしろい。ラウルはもはやエリシアであれば何もかもが可愛かったしおもしろかった。エリシアの全てが愛おしかった。


「王子も形無しだな」

 思っていたことをそのままモルティに言われ、吹き出してしまった。

「ほんと、なんなんだ、エリシアも令嬢達も…ハハハ、俺の負けだ」

「これだけエリシア嬢に入れ込んでる時点で既にお前の負けだけどな」

「たしかに」

「まあ取り越し苦労ってことで良かったじゃないか」

「ああ。なぁモルティ」

「なんだ?」

「俺は今幸せだ」

「ふんっ、それは大変およろしいことで」

 言葉と裏腹にモルティの顔も嬉しそうに笑っていた。



「いよいよ兄上を残すのみだな」

「いよいよか」

「エリシアのマンガ頼みだ」

「豚だけどな」

「フッ、豚な。兄上がどんな顔をされるか楽しみだ」


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