第1章−13
「……………」
「……………」
退室しようとしたエリシアを、「君はまだいて」「ここに座って」と引き止めたというのに、2人の間には長い沈黙が流れている。
「あ…の…殿……下?」
「これは新手の告白と思っていいのかな?こんな風に気持ちを伝えられたのは初めてだ」
「はい?」
またもやイタズラっ子モードのスイッチが入ったような笑顔を彼女に向けてラウルが言った。
意味が分からないまま彼が持っている紙を見てエリシアは思わず叫んでしまった。
「ダメっ!それ、ダメ〜ッ!」
『まほがく』が描かれた用紙の裏側の隅には彼女の書き殴りの文字が。
『一緒にいると楽しい』
『触れたい、キスしたい』
ーーーーーしまったぁぁぁ!気づかなかった!!
「誤解です!それはちがうんですぅ〜〜!!」
「おっと、何がだ?何が違うんだ?」
楽しそうに挑発してくるラウルから用紙を取り戻そうと伸ばした手を掴まれる。バタバタと両腕を動かすも、気づけばラウルの腕の中にすっぽり包まれていた。
「素直じゃないね」
「素直とか素直じゃないとかそういうことではなく」
「一緒にいると楽しいよね」
「た、た、楽しいか楽しくないかと言われれば楽しいです…が誤解なん…」
「ほら、こうやって君に触れるとたまらなく嬉しくなる。もっと触れたいもっともっと、欲張りになるよね」
抱きしめる腕に力が入る。そのまま背中や肩を撫でられる。
ーーーーーあっ、なんだかホッとする、あったかいな……じゃなくてっ!
「いや、あの、だから殿下、ちょっと待って」
気づけばソファの背に身体を押しつけられ、ラウルが上から覆いかぶさるように迫ってきている。壁ドンならぬソファドンだ。
エリシアは両腕で彼の両肩を押し、距離を取ろうと抵抗する。
「落ち着いて下さい、殿下。聞いて、聞いて下さい」
「ん?なに?」
イタズラっ子モードにほんのり色気が加わった表情と、愛おしそうに自分を見つめる瞳に心臓が高鳴る。
「それはですね、その…リリアナがですね」
「うん、リリアナが?」
「リリアナが言ったんです、そう思えたら好きってことなんじゃないか、て」
「なるほど。『一緒にいると楽しい』『触れたい、キスしたい』か。確かに俺も同感だ。で、エリシアはどう?」
「どう、とは?」
「俺のこと、そんな風に思うかな、て」
「そ、そうです…ね…それは…その…マンガを描き終わったら考えよ……あの…殿下…それ……やめて」
ラウルがエリシアの右手を取り、ゆっくりと舐め回し始めた。手のひらを…指先を…
わざと見せつけるように舌を押しあて、指を口に含む。
「も……やめ……んッ」
手のひらを舐めていた舌が彼女の口唇を舐める。そしてゆっくりと彼女の口の隙間を押し開け、中へ侵入してきた。
「んっ…んむっ」
驚きに力んでいた舌が、優しく舐め回され緩む。
「エリシア、絡めてごらん」
言われるまま彼の舌に自分の舌をそっと絡める。
ーーーーーなにこれ………気持ち…いい
気づけば2人は貪り合うように舌を絡め、夢中になって互いの舌を求めあっていた。
「んんっ……はっ……んっ…ふぁっ」
「エリシア、かわいい」
真っ赤に顔を紅潮させ目を潤ませている彼女の額に、目元に、鼻に、頬にキスをすると、まだ吐息が漏れている半開きになったままの口唇を再び激しく奪った。
「んんんッ…殿下…もっ…と…………じゃなくて!」
エリシアは我に返りラウルを押し戻す。
「なに?」
「なにじゃなくて、です!だから、殿下はどうしてすぐにこういうことを…」
彼の胸を叩きながら文句を言ってくるエリシアに、ラウルは笑いと愛おしさが溢れて止まらない
「エリシアも気持ち良さそうだったけど?」
「ううぅぅ〜だって…」
「もっとしてほしいんじゃないの?」
「ううううぅぅぅぅ〜」
潤んだ目で見上げてくる顔がたまらなく可愛い。
「殿下は誰にでもこういうことができるのですか?」
「ん?なぜ?」
「だって…」
「いいよ、何でも言ってごらん」
「だって聞いたことがあります。殿下は色んな女の人と……そういうことをしているって」
「なるほど」
「それで、とっとと捨てるんだって」
「ぶっ、最悪な男じゃないか」
「違うんですか?」
最悪な男と言われているにも関わらず、彼女の問い詰めるような眼差しにゾクリと身体が震える。
「私のこともからかってるだけで、ヤリ逃げしようって思ってるに決まってます」
「ヤリ逃げって。じゃあ俺がヤリ逃げするかどうか試してみる?」
そう言ってエリシアの耳たぶを甘噛みし、舌で首すじをなぞる。
「はうっ」
エリシアの全身を震えが貫く。
「試さ…な…い……殿下っ!ダメですッ」
ーーーーーこのまま身を任せてしまいたくなる。どうしちゃったの私?!このまま殿下の腕に抱かれていたいなんて。でも、でも、ちゃんと聞かなきゃ、確かめなきゃ、ヤリ逃げなんてさせないっ!
なんとかラウルの身体を押し戻す。
「エリシア、からかってなんかない。こんなこと君以外になんてしない。だから君にも俺のことを好きになってほしい」
「殿下のことを…好きに…」
「うん。でもさ、俺には誰とでもって言いながら、君も大概だよね」
「へ?」
「だって好きでもない男とキスはするわ、「もっと」なんて煽ってくるわさ」
「煽ってなんて!」
「でも結構いっぱいキスしたけど。激しめのをね」
「うっ…それ…それは殿下がしてくるからで!」
「どうかな?エリシアは相手が俺じゃなくても、他のヤツとでも…」
「そんなことないです!他の人だったらちゃんと断ってます!それに私はちゃんと好きな人としかこんなことしませ………ん?え?」
「クククッ引っかかったね」
ドヤ顔で笑いながらエリシアを見るラウルは、けれど少し顔が赤い。
「へ?は?え?」
「素直じゃないよなエリシアは。まぁそういうところもたまんないけどね」
「あ…の…」
「エリシア、俺の気持ちを信じるか信じないかは君次第だ。でも俺は本気で君が好きだ。それに俺はヤリ逃げなんてするような男じゃない」
「でも…」
「噂があるのは知ってるよ。まぁそれはそれでなんというか、わざと流してるというか。たしかにエリシアの耳に入ることまでは計算してなかったけど…そうだよな、まさかこんなことになるなんて俺も計算外だし…そうなるとたしかに疑われるけど…まだ今はな…」
横を向いて独り言のように何かを呟いている。聞き取れないエリシアは思わず身を乗り出してしまう。
「あの…殿下、なんのことで?」
「いや、何もない。色々なことはこれからおいおい。とにかく俺は君のことが好きだし本気だよ。もう父にも君のことは話してあるしね」
「えっっ!?!」
乗り出してきたエリシアの身体をラウルが再び抱きしめた。
「もちろん父も大賛成だよ」
「へ?父…上……は国王…陛下?」
身体を離そうとするが、ラウルの腕は彼女を離さない。
「そうだね」
「えっ!私のことを?陛下に?」
「マンガの話はしてないけどね。メイザード家の令嬢なら心配ないだろうっておっしゃってたよ」
「きょ、恐縮で…す?いや…そういうことじゃなく…」
「ただ、ちょっとね、やはりこういうことは王太子である兄上が先じゃないとね。だから公式に発表するのは待ってくれと言われた」
「公式に?発表?」
「結婚のね」
「結婚?!結婚?!えっ、結婚?!」
「もちろん。言ったよね、本気だって。で、近々君のお父上にもご挨拶に行きたいんだけど」
「ちょっと殿下、待って下さい。落ち着いて下さい」
「うん、なに?」
「私は殿下に求婚されていません。なのにいきなり結婚って!」
「…………たしかに……していなかった……俺としたことが…君と結婚することしか頭になかった」
「はあああ?!」
「済まない、本当に済まない」
そう言うと彼は抱きしめていたエリシアの身体を優しく離し、ソファの足元に跪くと彼女の手を取り口づけをした。
「エリシア・メイザード嬢、私ラウル・アッサムベルダがあなたに結婚の申し出をすることをお許しください。私はあなたを生涯守り抜くことを誓います。私と結婚してください」
突然、正式な求婚を受けていることにエリシアは頭が真っ白になった。しかし彼の顔はひどく真剣で、決して冗談やからかい半分ではないことがわかる。
ーーーーーええええっっっ?今?!こ、これ、どうしたらいいの?
「エリシア?」
「は、はいぃ、謹んでお受け致しま……す?」
ーーーーーす?え、いいの私?!
若干、返事をさせられてしまった感が拭えないエリシアだが、
「良かった。ありがとう」
そう言いながら、顔を赤らめて嬉しそうに優しく笑いかけてくるラウルからは嘘は感じなかった。なんだか急に胸に熱いものがこみ上げてくる感覚を覚えた。
「エリシア。前にも言ったけど、ゆっくり俺を好きになってくれたらいい。君に好きになってもらえるよう努力するから」
「努力なんて…」
「それにしても求婚をすっ飛ばすなんてあり得ないな。済まなかった。実はそれくらい俺も君と出会って浮かれているし必死なんだ。絶対に君を守る。大切にするし幸せにすると誓うよ」
「………」
「君を泣かせて、メイザード家軍に総攻撃でもされたら大変だからな」
「え?」
「フッ、いや、なんでもない。エリシア、好きだよ」
彼は再び彼女にキスをした。それは彼女への思いをぶつけるような激しいキスだった。