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第1章−12

 前回と同じくラウルとモルティには『マンガで読む物語シリーズ』を最初に読んでもらった。


 今回選んだ物語は貧しい少年と子どもを失った夫婦の話で、悲しいながらも最後には皆が幸せになれる心あたたまる物語だ。


 これも孤児院の子ども達に人気のものだ。

 孤児院という場所で暮らす子ども達にこの物語を読ませるのは、ある意味残酷でもある。現実とは物語のようにいつもハッピーエンドとはいかないものだから。

 それでもこれを読むことによって少しでも夢を持ってほしい。希望を持ってほしい。そう思いながら描き、読み聞かす物語だ。



 そしてメイザード侯爵家領内の孤児院においては、そこで育った子ども達はほぼ全員きちんとした家に養子として迎えられるか、或いは働き手として迎えられていた。

 エリシアの父はそのことに人一倍の配慮を怠らなかった。



「子どもの頃はこれを読んでもなんとも思わなかった」

「境遇が違いすぎて…な」

 今日のモルティはいつもと違った。

 これまでの彼は、エリシアの前で、常にラウルの側近として振る舞っていた。

 しかし今日の彼は側近ではなく友人としてラウルの隣にいるようだった。顔つきも言葉遣いも柔らかく、いつものような堅苦しさがなかった。

 そしてそれは彼女の緊張をほぐす役割も果たしてくれた。


「でも最近は、自分はこの夫婦のようになれるかと考えたりするな」

「結婚をか」

「はああ?モルティ、お前…」

 ラウルがちらりとエルシアに目を向け真っ赤になった。

「そうじゃないだろ!ふざけるな。そうじゃなくて…」

 ラウルは咳払いをし、声を整えると続けた

「こうして貧しい子ども達を救えることができるか。そういう大人になれるか、そういう国を作っていけるかと考えさせられるって意味だ」

「ハハハ、わかってるって」

「お前はほんっとになぁ、俺は真面目な話をしようとしてるのに」


 思わずエリシアも2人のやりとりに笑ってしまう。が、ふっと頭をよぎったことにドキリとした。

「ハワード王太子にお見せするのに、あまり良くないテーマのものでしたでしょうか?」

「え?」

 2人がエリシアの顔を見る。

「そこまで深く考えてはいなくて。思いが至らず申し訳ありません。これは今回はやめておきましょうか」


 国を、民衆を統治する側の彼らには彼らなりの受け止め方がある。

 そもそもハワード王太子は何らかの理由で気落ちしているらしい。もしそれが王太子という立場からくる苦しみだとしたら、この作品は彼の気晴らしどころか、苦しみを深くしてしまうかもしれない。

 気晴らしになるように、と言われていたのに…。もっと明るいテーマのものを選べば良かったと後悔がよぎった。


「いやいや、大丈夫だエリシア。そんなつもりで言ったわけじゃない」

「そうですよ、それこそ何十回何百回読んでいる物語ですからハワード王太子も今さら…」

「すみません」


 ラウルとモルティは、目の前で小さな身体をさらに小さく縮めたようなエリシアの恐縮っぷりに、思わず顔を見合わせ笑った。


「気にするな、エリシア。もちろんこれも兄上のところに持って行かせてもらうよ」

「ありがとうございます」



「さぁ、エリシア、次はどれだ?」

「はい、ではベルダ物語を」

「待ってました、エリシア様」



『ベルダ物語』第2話は、1頭目の魔物との闘い場面から始まる。

 その魔物は巨大な熊のようだが背中には羽があった。

 アッサムの人々から託された石は彼の姿を見事に隠し魔物の攻撃を躱すのに役立った。

 そして彼が祖父から受け継いだという剣はまるでそれ自体が生きているかのように、魔物の息の根を止めるべくベルダを導いた。


 この闘いの最中、ベルダはある人物に出会う。生涯における最も大切な友となるカミユだった。カミユはそれ以降の闘いはもちろん、その後のアッサム国復興の際も常にベルダを助け尽力した。

 2人の絆もまた、ベルダ物語では欠かすことのできない大切な要素だ。


 そして1頭目の魔物を倒し、カミユと共に次の闘いへ向かう場面で第2話は終わる。



「おおおおぉぉぉ」

 読み終えたラウルが大きく息を吐きソファの背にもたれた。

「すごいな」

 嬉しそうにエリシアを見る目は、まさにバトル系ファンタジーに心躍らせる少年そのものだ。

 その目を見られただけでエリシアは胸が詰まるほど嬉しかった。


「これはすごい。そして…疲れた」

 続いて読み終えたモルティも笑いながら呟く。

「たしかに。なんだか自分も一緒に闘っているようだ」

「書物を読んで頭の中でなんとなくイメージするのとはまた全然違う迫力ですね」

「迫力…ありましたか?」

「ああ」

「もちろん」

 エリシアの問いかけに2人が声を揃えた。


「良かった!闘いの場面は描き写した経験ばかりで、自分の作品として描いたことがなかったのでどれだけ描けているか、ちゃんと迫力が出せているか心配だったので…」

「うん、これはなかなかの迫力だぞ」

「ちょっと興奮しました」

「ふふっ、ありがとうございます。そう言って頂けると励みになります」



「エリシア様、エリシア様は先ほど『描き写した経験ばかり』とおっしゃいましたが、どういう意味ですか?」

 モルティの問いかけに青ざめる。

 ーーーーーまずい!

「え?そ……んなこと申しましたか?えーっと、練習したと言いたかったのです」

「なるほど、そういう意味でしたか」

「はい、ややこしい言い方をしてすみません」

 ーーーーーあぶなっ!ぎりセーフ?!


 でも問題はなかったようだ。2人はエリシアと話をしながらも、何度も『ベルダ物語』を読み返している。話半分というとこだろう。

 読み返してもらえるのは本当に嬉しい。



「では次のものを。よろしいでしょうか」

 エリシアは『魔法学院を退学になった俺が魔女の3姉妹と出会った話』の第2話をラウルに渡した。



「美人3姉妹ですね、私は正直こちらの方が楽しみでした」

 モルティの印象は今日だけで随分変わった。お堅いイメージのモルティがそんな風に言うなんて。逆にパリピ王子だと思っていたラウルがモルティの言葉に呆れ顔をしている。




『魔法学院を退学になった俺が魔女の3姉妹と出会った話』、略して『まほがく』。今回の話は主人公と魔女3姉妹の日常をメインにした。


 主人公フィルは魔女の3姉妹ミラ、サラ、テラの家で暮らし始めた。

 人が聞けば羨ましがられるような美人3姉妹との同居だが、実際は毎日がスリルに満ちていた。


 長女のミラは面倒見もよく美人な上にダイナマイトボディの持ち主で折りに触れ、お色気たっぷりに彼を誘惑してくる。

 しかしその実、フィルが指の先でも彼女に触れようものなら、それが例え偶然であっても、ミラは真っ赤になり、なんと彼を豚に変えてしまうのだ。


「豚?!豚?!なんで豚なんだ?!」 

「ふふふっ、おもしろいかなと思って」

「は?エリシア!」

「まぁ続きをどうぞ、殿下」

 ーーーーーうっ、驚いてくださってる…ごめんなさい、こういう時は豚にされるのが王道なんです、特に私のアイデアではないんです。


「豚?!」 

 続いて読み進んだモルティが同じ反応をしてくる。

「エリシア様、私は長女がお気に入りなんですが」

「ふふふっ、すみません」

 いつものように心苦しい気持ちも持ちつつ、やはり2人の反応が願っていた以上で嬉しい。

 ーーーーー殿下もモルティ様もいい人だなぁ。




 次女のサラはフィルに対してひどく態度が悪く一刻も早く出て行ってほしいと言わんばかりだ。食事の際に同じテーブルにつくだけでも嫌味を言われる。しかしサラにも重大な問題があった。

 フィルを冷たくあしらうくせに、一瞬でもフィルと目が合うと真っ赤になって恥じらい、彼女もまた、彼を豚に変えてしまうのだった。


「エリシア、ふざけるな」

「ふふふっ」

「エリシア様、なぜ豚…」

「さぁさぁ読んで読んで」




 末っ子のテラは可愛らしく優しく穏やかで、姉たちの強いキャラを中和する存在だ。彼女の欠点は強烈な嫉妬深さだった。フィルが自分より姉たちと仲良くしようものなら、一瞬で頭に血が上り、そう、彼を豚に変えてしまうのだった。


『無意識にね、やっちゃうの』

 彼女らは誰かを好ましいと思えば思うほど、その相手を豚にしてしまうのだという。

 もちろん通常の魔法も使えるのですぐに人間の姿に戻すことはできる。

 しかし一度でも豚にされた人間が、彼女らに近づくことは二度とない。

『あんたみたいに豚にされても私らと関わるバカは初めてだわ』

 サラが視線を合わせないように投げ捨てる。



 彼女達が森の奥深くに人目を避けるように暮らしている理由が、魔力が使えない彼には痛いほどよくわかった。

 彼女らも彼も、自分ではどうしようも出来ない生きづらさを抱えていたのだ。


 事情は違えど、同じ生きづらさを抱える者同士、彼らには奇妙な絆が生まれ、同居生活はそれなりに楽しく過ぎていった。フィルは彼女らと過ごすコツを掴み、豚に変えられる回数も徐々に減っていったのだった。

 第2話はそこで『つづく』だ。



「なるほど、生きづらさか…それはわかった。それはわかったが、しかし豚とは…主人公だぞ」

「魔法も使えず、すぐ豚にされる主人公なんて聞いたことがありませんね」

「そうですか?なら良かったです」

 ーーーーーごめんなさい、あっちの世界でならこの程度の発想なんて全然たいしたことないんです。でも、やっぱり嬉しいな。



「ブッ、ほんとになんなんだこの話は」

 読み返していたラウルが急に吹き出した。

「全くですよ。俺のミラが」

「お前も一度豚にされて来いよ」

「はあ?」


 その時ふっとエリシアの脳裏にいつかの2人の姿が蘇った。

 校舎の渡り廊下で誰にも見せないような笑顔で笑い合っていた。

 今、自分がいるにも関わらず、目の前で気兼ねなく軽口を言い合い笑い合ってもらえるのはなんだかとても嬉しかった。ラウルとモルティのそんな笑顔を見れただけでも頑張ってマンガを仕上げた甲斐があるように思えた。

 ーーーーーラウル殿下、こんな風に笑う時はほんとにいい顔をされるな。



『まほがく』に目をやりながらモルティと冗談を言い合っていたラウルの動きが不意に止まった。

 そしてモルティに何か合図をすると、モルティは「はいはい」とでも言いたげに呆れたような冷やかすようななんとも言えない表情でラウルを見たあと立ち上がり、エリシアに笑いかけた。


「エリシア様、私は用がございますので、これで失礼致します。今日もとても楽しく読ませて頂きました。次回も楽しみにしています」

「ありがとうございます。光栄です。それでは私もそろそろ」

「エリシア」

 立ち上がった彼女にラウルが声をかけた。

「君はまだいて」

「え?でも」

「エリシア」

 優しく笑っているにも関わらず彼の目から発せられる圧にエリシアは抗えないことを悟った。

「は………い」

 そして、ソファに座り直そうとしたとたん

「エリシア、ここに座ってくれないか」


 そう言って指し示されたのは、たった今までモルティが座っていた場所であり、ラウルの隣だった。

「い、いえ、ここで」

「こっち」

「でも」

「エリシア」

 中腰のまま2人のやりとりが続いた。

 しかしもちろん彼女に勝ち目はない。

 彼女はテーブルを回り込み、彼の隣に…それでも最大限距離を置いて…遠慮がちにちょこんと座った。


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