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第1章−10

 学園の礼拝堂は舞踏会用の城、薔薇城の内部にある。

 もちろん舞踏会の時以外は薔薇城への立ち入りは禁止されている。

 祈りを捧げたい者は城の南側にある礼拝堂専用の出入口を利用する事になっていた。


 礼拝堂はさほど大きくはないが、3つの礼拝室が併設されている。

 礼拝室は1人きりで祈りを捧げたい者がいつでも利用することができる。

 ほんの小さなスペースに祭壇と跪くための台座、扉の横には机と椅子もある。

 灯りは1つある窓からの自然光のみ。

 そんな中で彼女は本当にマンガを描いているのだろうか。

 ラウルは静かに礼拝堂の扉を開けた。


 長椅子が並ぶ内部は外気温より1〜2度低く感じる。

 国色である真紅と白のモザイクで彩られた天井と壁。黄金で象られた国花である薔薇の装飾はいつ見ても美しい。


 しかしどんな美しさも、高窓から射し込む陽光の狭間に浮かび上がる祭壇の美しさには敵わない。

 ここに立つだけで身体を静けさが支配する。

 跪かずにはいられない畏怖に圧倒される。




 昼間の学園で礼拝堂を利用する者はほぼいない。そうは思ったが場所が場所なだけに念の為気をつけるに越したことはない。

 見渡すがやはり誰もいないようだ。


 こんな神聖な場所を選ぶとは、なんとだいそれたことを。あらためて笑いがこみ上げる。神の御前とはいえ仕方ない、神も大目に見てくださるだろう。


 礼拝堂の中央の祭壇に向かい軽く祈り、礼拝室へ向かう。

「ほんとかよ」

 顔がニヤけるのを堪える。

 リリアナが言う通り、3つある礼拝室の1室だけ『使用中』の札がかかっている。

「ふっ…」

 笑いがこぼれるが、万が一、別の者の利用かもしれない為、顔を引き締め、鍵がかけられている扉をノックする。


 部屋の中で紙を片付けているのだろう。カサカサバサバサと小さくも慌ただしい紙の擦り合う音が聞こえる。

「クククッ、決まりだな」

 ラウルは笑いを噛み殺しながら中の者に声をかけた。


「邪魔をしてすまない。ラウル・アッサムベルダだ。人を探している」

「で、殿下?」

 素っ頓狂な声と共に扉が開いた。

「やぁ、エリシア」

「ラウル殿下」

 エリシアが膝を折って挨拶をする。


「どなたかお探し…」

「うん、君だね」

「私」

「少しいいか?いくらなんでもここで話すのはマズいからな」

「は、はい。もちろんです」



 礼拝堂の出入口とは反対側の、舞踏会場へ抜ける扉へ向かうラウルにエリシアが声をかける。

「殿下、そちらへは立ち入ってはいけないのでは…」

「ん~今日は特別だ」

「はあ…」


 礼拝堂の狭い通路を抜けると薔薇城の玄関ホールに出た。


 いつもなら色鮮やかなドレスで着飾り、顔を紅潮させた人々の熱気に溢れているホールが、今は冷たく静まり返っている。

 吹き抜けの天井には2人の足音だけが響いていた。



 少し先を歩いているラウルは、おそらく描きかけのマンガの束が入っているのであろうカバンを胸に抱いて叱られた子どものように俯いてついてくるエリシアに笑いがこみあげて仕方ない。

 ーーーーーなぜこんなに楽しいのだろう?



 ホール中央の階段を上がると2階にはいくつかの応接室がある。

 舞踏会の参加者が歓談したり休憩したりと思うように使えるようになっている。

 エリシアもリリアナやリズ達と何度か利用したことがある。



 一番手前の部屋に入り扉を閉めたとたん、唐突にラウルの大きな笑い声が弾けた。

 我慢の限界とでも言いたげなタイミングだった。


「クククッ…ハハハハ!エリシア!君は本当に礼拝室でマンガを描いてたのか?」

「えっ!なぜご存知で?」

「君を探していると言ったら、リリアナ達が教えてくれた」

「あーそう…ですね、誰にも邪魔されないので」

「お前、それは神に不敬すぎるだろ」

「えっ、でもちゃんとお祈りもします、お借りします、て」

「それはお祈りじゃないだろ!ハハハハ!」

「スミマセン…」

「今度からこの部屋を使え。学園長には話をしておく」

「えっ!そんな!」


「それよりエリシア、抱きしめてもいいか?」

「はい?」

 返事をする間もなくラウルに抱きしめられた。

「ちょ、ちょ、殿下、殿下ッ!なんで?」

 なんとか身体を離すがラウルは満面の笑みを浮かべている。


「エリシア」

 背の高いラウルが小柄な彼女に目線を合わせグッと顔を近づけた。

「兄上からのお言葉だ『で、続きは?読ませてもらえるんだろうな?』」


「……………」

「……………」

「やったぁ!」

 思わずエリシアの方からラウルに抱きついてしまった。

「!!……あ、あ、ああ」

 つい今しがた自分からエリシアを抱きしめたくせに、エリシアが抱きつくとラウルは一瞬身体を引いた。が、すぐに長い腕が彼女の身体をすっぽりと包んだ。

「ああ。ありがとうエリシア」

「良かった。ラウル殿下のお気持ちが通じたのですね。お祈りをした甲斐がありました」

「え?祈り?」

「ラウル殿下のお気持ちがハワード王太子に届きますようにって。そして王太子のお気持ちが少しでも晴れますように、ていつもお祈りしていたんです」

「礼拝室でか?」

「はい。せっかく神の御前にいるんですから、お祈りもさせて頂こうかな、て。あっ、決してついでとかそういうことでは…んっ」


 いきなり口を塞がれた。

 前回より少しだけキツく口唇が重なる。


「あ…の……」

「すまない。つい…」

 顔が熱い。真っ赤になっているに違いない。でも目の前のラウルの顔も同じように真っ赤だ。

 ーーーーー殿下が真っ赤になるなんて…


「殿下、こ、こういうことはちゃんと…好きな人と…するべきです」

「…なら、エリシアとしよう」

 また口唇が重なる。今度は先ほどより優しく。そして離れたと思うとまた重なる。何度も何度も…。


「あ…の…」

「エリシアはイヤか?俺とキスをするのはイヤか?」

「イヤとかでは…」

「じゃあ好きか?」

「…よ、よくわかりません、突然だし、初めてだし。あっ、初めてはこの間の殿下とのキスですが…初めてというのはつまり…その…好きとかキスとか…何がなんだか…」

「ふっ、そうか、初めてか」

 そう言って微笑むとラウルはエリシアの頭をクシャクシャと撫でた。


「じゃあこれから好きになってもらえるよう努力しなきゃな」

「私に、ですか?」

「ああ」

「なぜですか?なぜ私に?」

「クククッ、なぜかな。たぶん…君のことを好きになり始めているから…かな」

「ふえ?」

「ブッ、なんて声を出すんだ」

「だって…」


 また口唇が重なった。

「マンガではあんなに大胆なことが描けるのに、目の前のエリシアはまだまだ恋には遠いお姫様だな」

「マンガはマンガ、現実ではないので。だからこそ描けると言いますか」

「そんなもんか」 


「さて、このまま君と時を過ごしていたいがそうもいかない。エリシア、急かすつもりはないが、あの続きはいつ頃出来そうだ?」

 そう尋ねたとたん、エリシアの顔つきが変わった。

「あと3日ください」


 ーーーーーお姫様はまるで仕事人のようだな。

 そんなことすら好ましい。

 エリシアを知るたび、話すたび、会うたび心が躍る。もっと知りたい、もっと話したい、もっと会いたいと思う。ずっと側にいてくれたらと思う。

 こんな気持ちは初めてだ。

 触れていたくてたまらない。 

 早急すぎるとわかりながらもキスをしたくてたまらない。


「参ったな」

 思わず出た言葉にエリシアがびくりとなる。

「ダメですか?3日後では遅すぎますか?」

「え?いや、すまない。そうじゃない。そうじゃなくて…」

「はい?」 

「君が可愛すぎて参ったな、と思ってね」

「か、かわいいって…………あの、えっと、マンガの締め切りの話では?」

「あ、ああ、そうだった。わかった。じゃあ3日後は休日だからな、4日後、休み明けはどうだ?」

「はい。ありがとうございます」


 前回もそうだったが、ラウルは期日に関しては必ずエリシアが言うより長く設定してくれる。

 ちょっとしたことだが、守る側からすると、その細やかな気遣いは骨身にしみるほど有り難く、彼の人としての優しさを感じずにはいられない。


「じゃあ4日後の昼休みに、ここで」

「はい」


「では失礼いたします、殿下」

「エリシア」

「はい」

「大切にするよ」

「……は……い?」

 ーーーーーマンガを???



 扉を開けると、いつからいたのかモルティがそこに立っていた。

 彼にも挨拶をして、エリシアはまた逃げるようにその場から去っていった。



「どう思う?」

「どれのことだ?マンガのことなら楽しみだ」

「エリシアのことは?」

「王家アッサムベルダに引けを取らない侯爵家令嬢でお前が気に入る娘がいるなんて…奇跡に近い確率だろうな」

「家柄ではないが」

「現実としてはそれありきだ。仕方ない。だからこそ奇跡なんだろ」

「そうだな」

「惜しむらくは姉のリリアナに婚約者がいることだ。そうでなければ俺も便乗できたんだが。残念だ」 

「お前のことを『氷の美男子』なんて呼んでる女達に今の言葉を聞かせてやりたいよ」

「お前と違って俺は上品で通ってるからな」

「詐欺師だな」 


「そういえばメイザード家のご子息、エリシア嬢の兄上はハワード様と同級だったはずだ」

「そうなのか?」

「ああ。こちらもなかなかの美男子だが、たしかまだご婚約等はされてないはずだ」

「ふーん。良かったな、お前、便乗できるじゃないか」

「………殿下、おしおきが必要ですか?」

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