恋の遠近法
恋の遠近法の完全版です。
「明日、一緒にデートしない?」
果たして、世の男性の内、このように女性の方からデートのお誘いを受けるような経験がある人はどれほどいるのだろうか。自分は、今まで、そのような経験は、漫画やドラマのフィクションの産物だとばかり思っていた。
しかし、昼休み、赤神と屋上階段の人気のない踊り場で弁当を食べていると、クラスのリーダー格的な女子である水上沙羅が自分たちの下へやってきて、上記の言葉を発していた。目は、自分と合っていて、赤神は、その場にいないようにされているようだった。
「ひどいでござる。発地殿は、それがしを裏切り申した。万死に値するでござるよ~。」
そう言って、忍者属性を手に入れた赤神は、そそくさと弁当を片付けて、階段を下りて行った。せっかく、中二病キャラを潰したのに、また新しいキャラ設定が増えてしまった。
「ねえ、どうなの。あたしと一緒に明日デートするの。早く決めてくんない。」
なんと上から目線な。それが人にものを頼む態度か。まったく最近の若者は、礼儀を知らんのか。だいたい同じクラスだけど、話すのは、初めてであろう。そんな女子の色仕掛けにホイホイとしっぽを振ってついていく程、猿じゃない。理性を持った人間なのだ。
「よろしくお願いします。」
土下座していた。頭をコンクリートの踊り場に擦りつけて、人間の最も屈辱的な格好で、目の前の女子に溢れんばかりの感謝を表現していた。体は、信じられない程に正直だった。おそらく、もう少しで、女子の靴を舐めていたかもしれない。
「キモイんですけど、とりあえず、明日、昼の一時に学校の前に集合だから。」
罵倒いただきました。大切に脳内倉庫に保管させていただきます。その女子は、要件を言い終わるとすぐに階段を下りて行った。自分は、その階段を下りる音が聞こえなくなるまで、土下座のフォームを崩さなかった。
旅館の見送りと一緒である。相手のことが見えなくなるまで、感謝の気持ちを伝え続ける。これは、日本の心である。自分は、ゆっくりと頭を上げた。誰もいないことを確認すると、自分は、ニヤニヤしながら、残りの弁当を食べ進めた。
弁当を食べ終わって、教室に戻ると、彼女は、何もなかったような顔で、友達の女子と話していた。自分は、ちらちらとアイコンタクトを送ると、彼女は、目を逸らした。
おおっと、もう倦怠期かい。気の早いこった。照れなくてもいいんだぜ。子猫ちゃん。自分は、見られていないと分かっていながら、ウィンクを送った。自分はそのまま席に着くと、有象無象のゴミムシの声を久しぶりに聞いてやることにした。
「皆見、お前誕生日いつ?」
「僕は、11月4日だよ。」
「ふむふむ、愛情深くて、義理人情に厚い。ただ、嫉妬深いので注意だって。」
「なんだよそれ、誕生日裏にの本か?」
「そう、誕生日占いの本を昨日買ってみたんだ。だから、いろんな人の誕生日を見てみようと思ってね。ところで、桑田はいつなの。」
「俺は、7月26日だ。」
「えっと、桑田は、同じく人情に厚く、努力家だけど、人から冷たく感じられて、不器用なことが短所だってさ。めっちゃ当たってるじゃん。」
「まさか、短所の部分じゃないだろうな。」
「違う、違う、もちろん長所だけ、長所だけ。」
今までの自分ならつまらぬと断罪しただろうが、心の余裕のある今の自分は、まだまだ幼くて可愛いなと思っている。自信がないから占いなんて頼るのねー。まだ二本足で立てない赤ちゃんみたいでちゅね。可愛い~。
自分は、綻ぶ顔を大袈裟に口を動かして、誤魔化した。自分は、いつもより上機嫌で、次の授業の準備をした。
これって告白罰ゲームじゃねえか。
スキップで家に帰ってきた自分は、突然気が付いてしまった。ゴミ陽キャが暇つぶしですると噂されている。何かで負けた陽キャがクラスで一番キモイ異性に告白する人権無視の罰ゲーム。
赤神がクラスで一番キモイと思っていたから安心しきっていた。
まさか、この罰ゲームには様々なタイプがあり、告白した後に、後ろから仲間陽キャが出てくるタイプからデートに来なかったら、いつまで待つのかをを仲間と賭けるタイプ、期間付きで付き合わせ、知らないうちに好きになるラノベ風自己中心設定タイプ等がある。
今回は、よく考えてみると、デートの約束のみしか取り付けられていないから、待ち時間賭けタイプが濃厚か。誕生日占いしていたあいつらがにやつく自分を見て、本当は、競馬の前走を見るかのようにどう賭けるか見ていたに違いない。
いつになくしょうもない会話だと思っていたが、片手間で会話していたからなのか。しかし、どうするか。賭け事にされるのは、しゃくだし。よし、時間ギリギリについて、一秒でも相手が遅れたら、帰る。
そうしよう、ついでに近くに隠れている陽キャを見つけて、自分はお前たちの考えてることくらい分かっているんだぜみたいなアイコンタクトを送って、クールに立ち去る。これで行こう。みじめな人間にはなりたくないんだ。
朝の六時に学校前に着いて、もう昼の一時半になってないか。
七時間半従順に待ってるじゃん。やっぱり体は正直だわ。初めての女子とのデートに舞い上がってる。「待った」「いいや、今来たとこ。」がやりたすぎて、滅茶苦茶早く集合場所に来てしまった。
そして、早く来過ぎたので、「デートでやってはいけない七つのこと」みたいなサイトを片っ端から調べ上げてしまった。さらに、それを応用して、ありとあらゆるデートプランを幾億も妄想してしまった。自分がキモイ。そりゃ罰ゲームにされるに決まってる、赤神よりも数倍内面がキモイのだから。
約束の時間を過ぎてから三十分も経っている。ここら辺が一番賭けられているポイントだろう。陽キャの術中にはまり、近くで監視する陽キャの存在も見つけられずに、帰っていくなんて、あまりに哀れだが、ここは、人間の理性を働かせて、大人しく帰るとしよう。
「ごめ~ん。ちょっと遅れた。」
へらへらしながら、遠くから手を振る昨日の女子が近づいてきた。
「全然待ってないです。今来たところです。」
おい、赤神。心と行動の乖離は、抗えないものだな。
彼女は白の毛糸のニットに黒のズボンを着て、淡い青のジージャンを羽織っていた。学校のリーダー女子的な雰囲気とは、裏腹に大人しめの服装だった。
「じゃあ行きましょう。」
服装は控えめでも、性格は変わりませんね。彼女の言われるままに、後ろについていく自分は犬のようで、おそらく周りに見えるはずのない首輪と鎖を幻覚として見せてしまう程、冷たい態度の彼女と間抜けな顔の自分の主従関係がくっきりと滲み出していただろう。
自分は見えない尻尾を振りながら、彼女の後ろをにまにましながらついていくと、知らぬ間に学校近くのデパートに着いていた。
このデパートがあることは昔から知っていたが、何しろぼっちだったので、寄り道をさせる要因がないので、通学路以外の地理情報を知らなかった。通学路の風景はくっきりと覚えているのだが、一つ路地を逸れるとそこはもう異世界になってしまう。
さらに、こんなに大きなデパートは、地元に無い。よって、巨大な建物に大量な人間が蠢いている景色は、自分にとって異世界の最深部であり、亜人や馬車を引くドラゴンがいても、何の驚きもなく受け入れてしまうだろう。
彼女は、異世界への冒険に心躍らせている自分を横目に、蠢く人々をかき分けて、デパートに入っていった。自分は、異世界の案内人を見失わないように、急いで彼女についていった。
「服を買います。あなたは買った服を持ってください。」
学校を出て以来、半時間ぶりに掛けられた言葉は命令だった。自分はもうワン……じゃなくて、はいと言うしかなかった。
彼女は自分の読めないつづりのブランドを何軒も渡り歩き、そこのいくつかで、自分の着ている服の二、三倍の値段をする服を迷いもせずに、ポンポンと買っていった。
自分は指に上手く血が回らない程の荷物を両手に持っていた。もちろん彼女は、そんな自分を気遣うこともなく、どんどん服を買っていった。
「あそこのカフェで休憩しましょう。」
彼女がそう言ったのは、指の感覚がなくなってからしばらくしてからだった。自分はカフェに入っていく彼女についていき、席に案内されると、彼女より先に椅子に座り、荷物を下ろした。手の代に間接に荷物の袋のひもの模様が赤く刻まれており、その赤い線を境に、いつもの肌色と紫色を分けていた。
「男が先に座るのは、マナー違反だと思うのだけれど。」
「……すいません。善処します。」
悔しい。この痛みをそのまま彼女にぶつけたい。でも、レディファーストを守らなかったことは、こちらのミスだ。もどかしい。イライラする。休日なんだから、寝て過ごしたい~。
しかし、彼女は荷物持ちにするために、自分を選んだのか。それならもっと適任なクラスメイトがいただろうに。自分はクラスの中では、平均よりちょっとしたくらいの体格で、部活もやっていないので、体力のイメージなどないはずだ。体力のイメージなら皆見もそうだが、桑田が独占しているだろう。
桑田は野球部で、まさしくホームランバッターという出で立ちで、身長180cm後半の恵まれた体に、皮膚からはち切れんばかりの筋肉を搭載している。修学旅行の班決めの時、自分を殴ろうとしてきた奴で、もし、あの時、殴られていたら、自分の頬骨は粉砕されていたと確信できるほど、力のイメージが強かった。
桑田にしておけよ。少なくとも、自分ではなかろう。痺れる指を何度か折り曲げながら、理不尽な現状を頭の中で、他人に押し付けようとした。
「あんた、もしかして、荷物を持つの疲れたの?」
「……はい。」
「男なのに軟弱ね。私の家まで運んでもらうんだから、そのくらい頑張ってよね。」
彼女がちょっと荷物を持ってくれるんじゃないかと思った自分が馬鹿だった。
「ちなみに、家はどちらに?」
「ここから学校に戻って、少し行ったところにあるわ。」
学校に戻るの。指取れちゃうよ。怖い組織の人じゃないのに、けじめつけたくないよ~。
「ねえ、あんた。話変わるけど、なんで皆見殴ったの?」
彼女はスマホをいじりながら、片手間で自分に質問を投げかけた。自分はどう答えようか迷った。自分の心理状況を事細かに説明しながら、理由を述べるべきなのか?理由を事細かに説明することは、恥ずかしいし、彼女は会話の種をまきたいだけなので、長々と自分語りをすることは、悪手だろう。
かと言って、「ムカついたから、ぶん殴っちゃった。こんなこと君もあるんじゃない?」と会話しやすいように会話を振ることもなんとなく違う気がする。
「時間切れ。女子からの会話は、三秒以内に返すこと。それ以上黙っちゃったら、無視しているのと同じだから。」
「……すいません。善処します。」
その後、彼女から会話を振られることはなく、自分は出されたコーヒーを静かにすすっていた。
「じゃあ、帰ります。」
彼女はコーヒーを飲み終え、しばらくスマホをいじった後、突然立ち上がり、そう言った。自分は猫舌のためにゆっくりとコーヒーを飲んでいたが、そそくさと会計に移る彼女を見て、無理やり熱いコーヒーを流し込んだ。自分は舌も指も激しい痛みに襲われながら、彼女の荷物を持ち、駆け足で彼女についていった。
割り勘だった。
真っ先に会計に行くから、おごってくれるのかと思ったのに。でも、よく考えてみると、デートなのだから、割り勘なだけましか。
自分は彼女について、デパートを出て、来た道を戻ろうとしていた。デパートの建物の出口から駐車場の長い道を歩いていると、ほぐして感覚を取り戻した指がもう後戻りしている。絶望しながら、これから歩かなければならない道を見通した。
すると、見覚えのない異世界の景色に何か見覚えのあるものが見えた。自分はそれが何か確認しようと、もう一度見回した。周りの買い物客を見渡しても、少ない顔見知りのデータを重ね合わせるが、合致する人間はいなかった。
「やっぱり、バスを使いましょう。歩くの疲れたわ。」
「そうしましょう。そうしましょう。」
「バス停は反対の入り口の方にあるから引き返しましょう。」
自分はこれから三十分歩き続ける苦行をしたくなかったので、食い気味で、彼女の提案を受け入れた。
結局、見覚えの正体は分からなかった。気のせいだったのかな?
反対方向にあるバス停に着くと、ちょうどいいタイミングでバスが来た。バスはすいており、座席に余裕があった。なので、急いで座席に荷物を置いて、指を休めた。
「学びなさい。レ・デ・イ・ファ・ア・ス・ト。お分かり?」
「……すいません。」
「善処しなさい。」
なぜだろう。少し、興奮している自分がいる。
痛み攻め、言葉攻め、精神攻撃。
いい。沸き立つものがある。
ふぅ~。落ち着け。まだ、臭い飯は食いたくないだろう?
相手からの許可がないと、それは犯罪。シャバでは暮らせない。
よし、今からこの言葉が座右の銘だ。
相手からの許可がないと、それは犯罪。シャバでは暮らせない。
自分は心を落ち着かせて、彼女を席にエスコートした。
「よくできました。」
彼女は気だるそうに、視線を窓の外に向けて、数回拍手をした。
自分は指をわなわなさせながら、座右の銘を復唱した。デレがきた。ツンデレのデレが来た。これは許可ではない。ただのデレ。ここで手を出せば、犯罪。
すぅ~はぁ~……よし、シャバの空気を吸えている。この事実に感謝。
……よし、大丈夫。自分は痛みを痛みと感じて生きている正常な人間。
自分はバスに乗っている十分程、指を休めることができた。学校前のバス停から二つ過ぎたバス停で彼女は停車ボタンを押した。歩いていたら、四、五十分かかっていたかもしれない。なぜ、この道を歩くなんて選択肢しか出てこないんだ。
「鍵開けるからちょっと待って。このマンションの17階が私の家だから。」
お嬢様だ。玄関オートロックでマンションの高層階住み、親の年収は四桁万円は確実にいっているな~。あの服の買い方からなんとなく察していたが、えぐいな。
自分は同じことをしないように、彼女を先に玄関を通ることを待って、レディファーストを徹底した。
自分はエレベーターに乗って、彼女の住む階まで行った。どうやら、エレベーターのボタンを見る限り、人の住む階の最上階のようだった。
「私の家はあれ。」
彼女はエレベーターの近くのドアを指さした。彼女はそのドアの鍵を開けて、ドアを開いた。自分は彼女が中に入るのを待って、玄関に彼女の買った服を置いた。
「まだ帰らないで。……玄関のドアを閉めて。」
自分は大人しく玄関のドアを閉めた。
「……今日のお礼してあげよっか?」
彼女は少し照れながら、そう言った。
自分はもう一度座右の銘を復唱した。相手の許可がないと、それは犯罪。でも、許可があれば、それは合法。健全な男女交際の戯れ。私は法に守られた。
「目、閉じて。」
確定演出だぁ~。チュウ、キス、接吻、唾液交換だぁ~。
いや、もっと上か?玄関でそんなことできるの?
自分は即座に目を閉じた。
しかし、視覚を失って、冷静に考える。そもそも、自分は最初、罠を疑っていたじゃないか。ここで、目を開けたら、ビデオを撮られて、今後、脅されるんじゃないか。一生、荷物持ちの奴隷契約を交わされるんじゃないか。
自分は薄目を開けて、彼女を見た。
すると、目つぶって、唇を近づけてくる彼女が自分の眼前を覆っていた。
これはガチ恋距離。恋愛詐欺程度で、近づける距離じゃない。覚悟決まってないとこれは無理。
この子、惚れてんなぁ~。
自分って罪な男~。
ごめんな。赤神、皆見、桑田。自分は君たちのような低次元な人間じゃないんだ。昼休みに階段の踊り場で弁当食ったり、占いに一喜一憂したりしてるようじゃ追いつけないよ。ぷぷぷ。
だが、やはりうまく話が進み過ぎている。そして、何かが引っ掛かる。
このまま流れのままに、彼女を受け入れていいのか?
自分はもう一度考えた。
自分は後ろに歩き、彼女から距離を取って、近づいてくる彼女の肩を両手で押さえた。彼女は何が起きたか分からず、戸惑っている様子だった。
「やめた方がいい。まだ、桑田のことを好きなら。」
自分は記憶の奥底に眠っていたクラスのゴシップ情報を引きずり出した。
「確か、君は桑田と付き合っていたはずだ。一学期によく二人でいる所を下校の時に見かけたことがある。二学期から二人いる所を見ることが無くなったから、夏休み中に別れたものだと思っていた。
でも、まだ、続いているんじゃないか。
根拠はないけど、明らかに恋愛対象として見ていない自分に君がこんなことをする理由を探したら、それしか思いつかない。
君と桑田は、今、カップルとして、難しい時期にいるんじゃないか。なんとなく歯車が合わないというか、変な距離感が生まれているというか。相手からの愛を感じない状況にいるんじゃないか。
だから、君は寂しかった。
そんな時、自分が修学旅行の班決めで、事件を起こした。
すると、桑田が自分のことを殴ろうとした。その時、君は思ったんだ。桑田の激しい感情を受け取っている自分のことを妬ましくて、うらやましいと。
君は桑田から愛どころか、何の感情もぶつけられなくなったことを悩んでいたのにもかかわらず、簡単に怒りの感情を引き出せた自分がうらやましくて、妬ましかった。
だから、君は桑田からの感情を引き出しつつ、自分をおとしめる方法を考えた。
それがこれだった。自分とデートをしたという既成事実を作り、それを桑田にばらすことで、激しい桑田の感情を受け取れると思ったんだ。
デパートで買い物デートをした。そんな噂を流した時、自分はそれを否定することはできない。クラスメイトの誰かが見ていた可能性が高いからだ。
君が学校からデパートまで相当な距離があるのに、バスを使おうとせずに、わざわざ歩かせようとしたのは、少しでも他のクラスメイトに見られていた可能性を高めるためだろう。
君はデートだけでは、桑田から何も思われないんじゃないかと危惧した。なので、ダメ押しで、キスをすることで、確実に桑田が怒るように仕向けたんだ。
君はこれをきっかけにもう一度、桑田からの愛を感じられるんじゃないかと考えた。
でも、これは悪手だ。たった一度の大きな愛を感じられるだけで、その先は破滅だ。」
彼女は驚いた様子でずっと話を聞いていた。しかし、彼女は自分が話し終わると、自分が掴んだ手を振りほどくように、体を振った。
「じゃあ、どうすればよかったの?
私は桑田君が好きなの。今でもずっと。
付き合ってからずっと一緒だったのに、夏休みになって、桑田君は部活が忙しいとか、バイトが忙しいとか言って、突然私と合わなくなった。二学期が始まっても、しばらく会ってなかったから、こっちから声がかけにくくなって、あっちも声をかけてくれないから、どうしようもなくて。
これがよく言う自然消滅ってやつかと思うと、なんだか寂しくなっちゃって。
どうすればいいの?私は桑田君と別れたくない。」
彼女はそう言い切ると、その場に崩れ落ちた。
「簡単じゃないか。」
自分は彼女のポケットに手を入れ、彼女のスマホを取り出した。スマホの番号ロックにある数字を打ち込んで、スマホを開いた。
「今、桑田に電話をかけた。今言ったことをもう一度言ったらいい。」
「えっ、そんなこと、できない……。」
「できる。好きじゃない奴とキスしようとする奴が、好きな人に好きな気持ち伝えることをできないはずがない。」
そんな会話をしていると、電話がつながった。
「もしもし。どうした。急に電話なんかかけてきて?」
「……好き。好き。好き。桑田君のことが好き。」
「……。」
「でも、最近、桑田君。冷たい。私、本当に寂しい。前みたいに一緒に話したい。一緒にいて欲しい。……その大きな体で抱きしめてほしい。キスもしてほしい。桑田君に愛されたい。……ダメかな?」
「……。分かった。今、家か?」
「……うん。」
「すぐに行くから待ってろ。」
電話は切れていた。
彼女は、目の中に涙をためて、少しずつ涙をこぼしていた。
「……ねえ。桑田君が来るまで、ここにいて。」
自分は彼女に従って、桑田が来るまで、ずっと待っていることにした。
三十分ほど経った時、インターホンが鳴り、一階の玄関ホールの画面に警備服姿の桑田が立っていた。彼女はそれを確認して、玄関ホールのドアを開けた。
「そこの部屋に入って、私と桑田君の会話を見守ってくれない?私、一人だけじゃ怖いの。もしかしたら、別れ話を切り出されるかもしれない。」
「きっと大丈夫だと思うけど、いいよ。最後まで見守りましょう。」
自分は彼女の指定した部屋に入った。しばらくすると、玄関のドアが開く音がした。
「……桑田君。」
「ごめん。俺、君の気持ちに気づいてあげられなかった。俺は君が二学期から冷たくなって、なんだかいつものように声かけずらくなっちゃって。そのままずるずる今日まで、何も言えないままになっちゃった。俺、ずっと、嫌われたんじゃないかって思ってた。でも、さっきの電話を聞いて、そんなことはないってようやく分かった。
お互い、勘違いしていたんだ。好きじゃないんじゃないかって。
……原因は確実に俺だ。夏休みずっと、バイトしてたから。
……あの、少しだけ早いんだけどさ。」
そういうと、何かジャラジャラと金属音が聞こえてきた。
「これ、誕生日プレゼント。気に入ってくれるか分からないけど。一生懸命、バイトしてようやく買えたんだ。今日もこの格好で、デパートの駐車場で、交通整理してたんだぜ。」
「……ありがとう。絶対に大事にする。」
自分はここで聞くことを辞めた。なんとなく盗み聞きすることが申し訳なくなったからだ。
それから十分くらい経つと、彼女が自分のいる部屋の扉を開けた。彼女は首元に虹色のオパールの宝石のネックレスが掛けられていた。
「大丈夫だったろ。」
「大丈夫だった。それに、これからもきっと大丈夫。桑田君のことはずっと大好きでいる。」
「そうか。……ところで、ご褒美ってありますかね。」
「ないわよ。調子乗らないでくれる。……でも、特別に友達になってあげる。明日から気軽に話しかけていいわよ。」
ぼっちは話しかけることができないから、あまり関係性は変わらないと思うが、ありがたくご褒美を受け取っておこう。
自分は彼女の家を出た。
「ありがとう。またね。」
彼女は手を振って送り出してくれた。昼までの彼女とは、全く違う姿だった。
しかし、誕生日占いと言うものは意外と馬鹿にできないものだな。桑田の誕生日占いに書いてあった人に冷たくみられて、不器用ってそのまんまだな。
桑田は不器用な方法で、彼女に愛を伝えて、心の距離を縮めたかったんだ。しかし、その結果、逆に二人の心の距離は遠ざかっているように見せてしまった。さらに、二人ともその遠ざかった距離に焦って、過剰に距離が開いているように見えてしまった。実際は、何一つ変わっていないのに。
自分は玄関ホールを出て、外に出た。そして、周りを見渡す。
どうやって帰るんだ?
自分は通学路を外れた異世界にいることを今思い出した。
この後にある恋の遠近法(未完)はこの話の途中まで書いた不完全版ですが、とある事情で消せませんので、飛ばして読んでください。
それと、書くの忘れていたのですが、彼女のスマホの暗証番号は桑田の誕生日の「0726」でした。