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停学中

【発地 読み方・・・ほっち 全国人数・・・約470人】


 自宅のソファで寝転がりながら、なんとなく自分の苗字をスマホで調べると、衝撃の事実が発覚した。


 自分の名前は、今まで、ぼっちはじめだと思っていた。だがしかし、世間一般では、この苗字は、ほっちと言うらしい。


 これは、どういうことだ。


 他のサイトでも確認してみても、珍しい読み方でもはっちやほづち等で、ぼっちと言う読み方はないようだった。


 これは、由々しき事態だ。


 実は、今までコンプレックスを抱いてきた忌々しいこのぼっちと言う苗字。一人で生きることを強制されたかのような苗字が嫌いだった。


 しかし、もしかしたら、自分の苗字がぼっちではないのではないかと言う仮説が生まれた。それを確かめるために、台所で昼ご飯の準備をしている母に質問した。


「自分達って、本当にぼっちなのかなあ。」


「何を馬鹿なこと言っているの。それは、ぼっちに決まっているじゃない。先祖代々受け継いできたぼっちの称号なんだから大事になさい。」


「でも、今調べたんだけど、世間一般では、自分たちは、ぼっちって言わないらしいんだ。だからもしかして、間違ってるんじゃない。」


「いいや、私たちは、正真正銘のぼっちよ。確かに私もあの人と結婚した時、私もそう思って、確認したんだけど、戸籍に平仮名でちゃんとぼっちって登録されているの。だから、私たちは、国に認定されたぼっちなの。」


「でも、そんなことあるの。今ネットたくさん調べたけど、自分たちは、ぼっちって言わないらしいんだ。」


「私は、名前を研究する私の大学の教授からあなたは、ぼっちであるはずがないって言われたから、そのネットの情報は、正しいわ。でも、確か、お父さんの方のおじいちゃんが戸籍の登録の時、字が汚くて、本当は、ほっちなのに、ぼっちって読み間違られたみたいなの。だから、私たちは、ぼっちになったらしいの。」


「えっ、じゃあ、字が汚いからぼっちになったってことなの。」


「そうらしいわ。」

嘘だろ。そんなしょうもない理由で、自分は、ぼっちになったのか。あのジジイ、孫の人生変えやがって、今度会ったら、あの曲がった背筋反対に折り曲げて、さらに、少ない残った歯全部抜いて、総入れ歯にしてやる。


「そんなことよりも、停学中で学校ないんだから、昼ご飯作るの手伝ってくれない。」

「無理、無理、この手だよ。何にも出来ないよ。」

自分は、包帯でぐるぐる巻きにされた手を気だるそうに母に向かって見せた。


「骨折れてないんだから、フライパン動かすくらいできるでしょう。それに、今までずっとスマホいじって、右手使っているじゃない。」


「家事をすると痛くなるの。それに、医者も安静にしておけって言っていたでしょ。」


「それはそうだけど、一つだけ教えといてあげる。働かざる者食うべからずだから。高校生の仕事である学校にも行かず、ごろごろしている人間に食わせる飯はありませんから。」


「病気で寝たきりの人にもその言葉言えるの。仕事もせずに、昼間からごろごろしているけど、三食ちゃんと食べてるよ。」


「もういい。昼ご飯作ってあげないから。」

母はそう声を張り上げて、言うと、リビングにおいてあるカバンから財布を取り出し、千円を自分の方に放り投げた。


「それで、昼ごはん食べてきたら。私は、あなたのために料理なんか作ってあげないから。」


更年期障害か。めんどくさっ。


 やけに最近老けたと思ったんだが、更年期障害も出ていたとは。自分は、その態度に腹が立ち、千円札を拾って、家を出ていった。


 自分は、近くのコンビニに寄って、おにぎり三つとお茶と一つ一つ包み紙に包まれたチョコレートがたくさん入ったお菓子を買った。おつりは、三百円程だった。


 晩御飯のころには、母の怒りが収まっているだろうか。面倒くさいなあ。今は九月の終わりごろであるが、まだ少し夏の暑さが残っている。


 さらに、昨日まで雨が降っていたからか、湿度も高い。非常に不快な天気である。この天気が思春期特有の親へのいら立ちを加速させた。自分は、とりあえず時間を潰すために、いつも通っている公園へ向かった。


 いつも通っている公園とは、最寄り駅から自宅の間にある公園で、雨の日でも関係なく毎日通って、あることをしている。


 それは、バスケットのシュートだ。


 ただし、ただのバスケットのシュートではない。バスケットコートから40メートル離れたベンチの位置からシュートを打って入れるのである。この行為を最低でも一本、高校一年の夏から毎日打ち続けている。


 なぜこんなことを続けているかと言うと、遡れば、まだ友達のいた中学生の時である。


 自分は、バスケ部に所属していたが、三年間補欠だった。だが、中学二年生の時、部員でロングシュートを決めようとなったことがあった。部員全員が体育館の端から反対のゴールへ交代で一球ずつ投げ続けた。


 初めてから一時間ほど経って、ほとんどの人が脱落した。自分は、バスケは弱いが、肩は強く、部員の中で一番惜しいシュートを打っていた。


 すると、自分以外の部員が自分に一点賭けし始め、自分の打ったボールを回収し、自分の下に集め、延々と自分がシュートを打ち続ける仕組みが出来上がってしまった。


 それから、三十発ほどのシュートを打ち続けていた時だった。手は疲れて、もう限界だった。あと数発シュートを打ったら、終わろうとしていた時、なんとなく打ったシュートがバックボードにも当たらず、するりとバスケットゴールを捉え、ゴールネットを揺らした。


 それを見た部員全員が歓声をあげ、自分のことを胴上げした。


 この体験は、奇跡的でありながら、自分以外の誰かとつながれたと感じるものだった。


 なので、ぼっちがほとんど確定した一学期の終わり頃、あの時のような皆に囲まれるような成功体験を欲して、一人でシュートを打ち続けている。


 このシュートが入れば、友達ができる機会が訪れるのではないかと他力本願な願いを心の奥底にいつも持っていた。


 しかし、大体一年以上シュートを打ち続けているが、一回もシュートが入ったことはない。中学の時より距離が遠いという原因もあるだろうが、ここまで入らないとなると、何か別の問題な気もする。


 自分は、ベンチの下の小さなコンテナを取り出して、中に入っているバスケットボールを取り出した。いつものようにベンチの背もたれと平行な線を地面に足で付けた。そして、その線を超えないように足を合わせた。


 バスケのシュートと言うよりハンドボール投げのようなフォームで力の限りバスケットボールを投げつけた。


 ボールが手を離れた瞬間に入らないと確信した。ボールは、投げてからほんのちょっとで、バスケットゴールより大きく右に逸れていた。自分は、また駄目だったと肩を落とした。


 しかしだった、外れたと思って、ゴール方向を見ていなかったのだが、しばらくするとパシュというゴールネットを揺らす音が聞こえた。


 びっくりして、ゴール方向に目を向けると、ゴールネットから落ちたボールが数回地面にバウンドしていた。


 自分は、何が起こったのか分からなかった。


「よっ、はじ、久しぶり。」

声のする方を見てみると、なんだか見覚えのある奴が跳ねるボールを拾い上げていた。


 こいつは、加賀裕二。中学のバスケ部の同期で、中学時代、一番仲の良かった友達だ。裕二は、自分の方に近づいてきて、ボールを自分に渡した。


「裕二。本当に久しぶり。中学以来だから一年半位ぶりか?」


「そうだな。偶然、明後日の方向にシュートを飛ばすはじを見つけたからさ。俺が正しいシュートを見せてやったんだ。」


「うるさい。こっちは、ここからシュート打っているの。入らなくて当然なの。」


「それにしても、外れ過ぎじゃないか。まあ、尻の温かいお前だからな。」


「オブラートに包まなくても補欠だったよ。ベンチを温めてたよ。逆に傷つけてるよその言い方。」


「はははっ、やっぱ、はじは面白れぇわ。お前シュートなんか打って、高校もバスケ続けてるのか?」


「いいや、なんも部活入ってねえよ。趣味でやっているだけだよ。」


「なるほど、趣味な。ロングシュートは、お前の武器だったもんな。部内戦じゃ、最後の一分前とかに出てきて、やけくそのブザービーター専門選手みたいになってたもんな。まあ、ほとんど入ってなかったけど。」


「そうだな。あのシュート以来ずっとそんな感じになっていたな。」

しばらく、自分たちは、久しぶりの再会を楽しんでいた。自分は、こんなに楽しく友達と話していると、割り切ったはずの自分の心がまた痛み始めていた。やはり、昔の中学時代と今の高校時代のギャップを感じた。自分は、話が落ち着いたところで、裕二に尋ねてみることにした。


「なあ、お前って、自分のことどう思ってた。」


自分は、笑顔のままで、少しまじめに聞いた。


「そうだな、お前は、俺にとって、一番友達で良かったと思える奴だな。」

「それ、どういう意味?」


「うーん、なんと言いうか。お前って、同じ部活じゃなかったら、絶対友達になってなかったと思うんだよ。


 確かに、一緒にいると結構面白いけど、しつこいくらいまでこっちから話しかけないと心開いてくれなかったし、二人きりで話さないとすぐ黙るし、付き合いも悪いから部活で毎日一緒にいないと友達になってなかったと思う。


 それでも俺は、お前が友達として一番好きなのは、お前の人の心を動かす力だな。


 俺は、中二の時、練習を頑張っているのに、全然レギュラーを取れなくて、お前は知らなかっただろうが、それが原因でバスケ部を辞めようと思っていた。


 でも、そんな時、同じく補欠だったお前がロングシュートを決めた。


 その出来事は、俺の心を変えた。


 同じ補欠のあいつが部で一番目立ってるって思って、俺もそうなりたいって、強くなって、あいつと同じように目立ちたいって思ったんだ。


 それから、バスケを強くなるために必死で練習した。ずっとバスケのこと考えて、ずっとがむしゃらにバスケの練習していた。


 そしたら、三年生になる頃には、レギュラーメンバーどころか、主将になっていた。お前がいなかったら、今の俺はいなかった。そう思う。」


裕二は、真剣に自分の質問に答えてくれた。裕二が自分に対して、そんなことを思っていたとは知らなかった。自分は少し感動した。


「それに今も俺の前に現れてくれたしな。」

裕二は、小さな声で、付け加えるように言った。


 裕二は、きっと何かあったのだろう。平日の昼間に、学校にもいかず、停学中の自分と偶然出会ってしまうのだから。


「今なら、決まる気がする。」

自分は、ボールを再び持ち、先ほど引いた線に足を置いた。自分は、バスケットゴールを見ると、それに目掛けてボールを投げた。ボールは、さっきと違って、良い方向に飛び、ゴールに向かっていった。しばらく飛んだボールは、ゆっくりと落ちていった。


 ボールは、バックボードに当たり、跳ね返ったボールは、リングをするりと通って、ネットを揺らした。


 裕二は、それを見て、溢れんばかりの拍手をした。


「やっぱ、凄いな。俺は、お前が友達で良かった。……俺も頑張るよ。」

「そうか、自分もお前と今で会えてよかった。自分も頑張る。」


 そう言うと、裕二は、手を出してきた。自分は、その手を握り、握手をした。そのまま裕二は、帰っていった。自分もボールをいつものようにベンチの下にしまうと、公園を立ち去り、家に向かった。


 時刻は、ちょうど三時になろうとしていた。自分は、家の玄関の前で一度立ち止まったが、玄関のドアを開けて、家の中に入った。


「ただいま。」

「お帰りなさい、はじめ。」

母は、玄関前でなにか迷っている様子だったが、自分の姿を見るなり、食い気味に挨拶を返した。


 母は、しばらく何を口に出そうか迷っているようだった。


「ごめん。自分は、学校を停学になって、ろくな説明もしないまま、お母さんにどれだけの心配をさせたか分かっていなかった。


 なにがあっても、いつも通りのお母さんでいると思っていた。


 でも、自分は、自分が変わったからと、そのまま自己満足していた。自分に関わる人間の気持ちなんか考えず、独りよがりな考えをしていた。


 全然まだ変われてなんかいなかった。自分は、今日、自分に助けられたっていう人と出会った。


 自分は、その時,とても嬉しかった。


 だから、叶うことなら、自分は、自分の生き方で、他人を助けたい。」


 ただ、今の気持ちを正直に口に出した。まとまりがない主張を矢継ぎ早につないだ。


 すると。それを聞いた母は、優しく微笑み、頭を静かに下げた。


「こちらこそ、ごめんなさい。


 なんとなく高校生になったはじめは、元気がなさそうだった。


 私は、それに気が付いていたのに、あなたが傷つくまで、何もしてあげることができなかった。」


 母は、自分の包帯がまかれた右手を見て言った。自分は、しばらく何も言えなかった。いままで向き合って来なかった親の存在をゆっくりと考えていた。


「ねえ、晩御飯一緒に作ろうよ。上手くできるか分からないけど、……頑張る。」


自分は、そう母親に誘った。自分と母が少しずつ変わっていくことを互いに理解し合っていた。


「上手くできなくても、教えてあげる。何回でも。親は、子供に何かしてあげることが仕事なの。今日からは、その仕事ちゃんとしようと思う。」


自分達は、伝えたいことを伝え終わり、一緒に台所に向かった。


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