ひとりぼっちの心
「有明、ちょっと話を聞いてもらってもいいか?」
有明は読んでいた本を閉じて、こちらの方を見た。自分はそれがOKの合図だと考え、話をしてみることにした。
「有明は覚えているか分からないが、少し前に、自分は学校を休んだ。休んだ次の日も元気のないまま学校に出席していた。有明にも、赤神にも、学校の誰にもその理由は話してなかったんだが、今からその理由を話そうと思う。
有明は安食一花って作家を知っているか?」
有明は小さくうなずき、持っていた本のスリーブを剥がした。スリーブを剥がした本の表紙には、安食一花と書かれていた。
「そうか、じゃあ、その作家が自殺したことも知っているよな。あの自殺の原因には、自分が深くかかわっている。
実は、彼女が自殺する数日前に自分は彼女に会っていたんだ。そこで自分は彼女自身が隠し続けていた罪を暴いた。彼女は何年も一人で隠し続けてきた罪の重さに耐えかねて自殺したんだ。
自分はその時思ったんだ。一人ぼっちの心の末路に。
自分はこのまま高校生活を一人のままで過ごそうと考えていた。それどころか、一人でいることに居心地の良ささえ感じて、ずっと一人でいいと思っていた。
でもな、自分は彼女の死を知って、一人ぼっちの心では、生きていけないことが分かった。彼女は何年も自分の犯した罪を一人ぼっちの心の中で、育てていった。誰にも分け合うことなく、たった一人で背負い続けたんだ。
だから、彼女は死んでしまった。
自分は彼女にもっと早く出会っていたら、彼女の罪を分け合うことができたなら、彼女は死ぬことはなかったんじゃないかって思っている。
でも、心を人と分け合うって難しいんだよな。いつも一人ぼっちだった心を他人に晒すってことは、自分自身もその心に向き合わなくちゃいけないってことだから。ずっと目を逸らしてきた自分自身の心に向き合うってなんだか恥ずかしいし、かなり勇気がいることだと思う。
それでも、向き合って欲しい。自分は心を擦り潰していく人間をもう見たくないんだ。」
自分はかなり感情を乗せて、話をしていたと思う。これが自分から有明に送ることのできる精一杯の後押しだった。
自分は今のいつも通りの有明を見て、昨日のいつもとは様子が違う有明を不思議に思った。昨日の有明は、赤神の提案にやけに乗り気だった。いつもの有明なら赤神がどれだけ騒いでも、提案を受け入れなかっただろう。
自分でもまだしっくりと来ていない推測なのだが、おそらくこれが真相だろうと思う。
赤神が女子の部屋を覗こうと自分達に熱弁していた時、一星は自分たちのベランダで盗み聞きをしていたのではないかと思う。その証拠に、赤神の熱弁の後、一星は隣のベランダで大きな音を出して、こけていた。あれだけの大きな音は、こけたというより、落ちたという方が正しい音だったのではないか。
一星は赤神と同じように壁をよじ登り、自分たちのベランダに来た後、もう一度壁を登って、隣のベランダに戻った。しかし、一星たちのベランダに戻る時に、間違えて、壁の上からベランダに落ちてしまった。あの大きな音と二つの手形がその推測を裏付ける証拠だ。
有明はそのことに気が付いた。だから、有明は赤神の提案に乗ってみたのだ。そして、女子が帰ってきたことが分かった自分と有明は押し入れの中に隠れた。
一星はそのことに気が付いた。だから、盗み聞きしているであろう有明に、一星自身の気持ちを暗に伝えるために、恋バナに答えた。
しかし、この推測が成り立つには、有明が一星のことが好きであるという条件が必要になってくる。
なぜ、有明が一星のことを気になっているかは分からない。でも、有明は一星のことが気になっている。そうではあるが、有明は一人でいることに固執している。いや、どちらかと言うと、他人に自身の心を晒すことに怯えている。
有明が過去にどのようなことがあったかは分からないが、有明は心を閉ざしている。だから、自分は有明にその閉ざした心を開けて欲しいと思って、さっきの話をした。
有明は何も言わなかった。自分は荷造りの準備を再開した。有明はしばらく何かを考えているようだった。そして、有明は荷物を持って、部屋を出て行った。自分は、その姿を見て、ゆっくりと荷物を準備をした。
その後、自分と有明の班は、修学旅行を楽しんだ。有明はやはりまだ迷っている様子で、元気がないように見えた。
午前が終わり、午後からは自由行動の時間になった。そして、一星が自分たちの班にやってきた。
「あの、有明君。ちょっと時間あるかな?」
一星は目線を下にやり、もじもじしながら、話しかけてきた。自分は有明の方を見た。有明は困ったような顔をしている。自分は有明の目を見て、大丈夫だと目で訴えかけた。
有明はまだ少し迷いながら、一星の方へ歩き出していった。