二つの手形
自分は欠伸をしながら、寝ていた布団を畳もうとしていた。敷布団を三つ折りにして、その上に畳んだ掛布団と枕を乗せた。畳んだ布団を押し入れに入れようと、押し入れのふすまに手をかけた所で、なんとなく中に人がいるのだはないかと思ってしまった。
おそらくそんなことはないだろうが、自分が同じ事をしていたと考えると、変に意識してしまう。自分はゆっくりと押し入れを開け、中を確認する。もちろん、人は入っていなかった。人の代わりに押し入れの中には、有明が畳んだ布団が入っていた。
有明は既に起きていて、部屋の隅に座って本を読んでいた。もう着替えも終えて、出発する準備は万端と言ったような装いだった。赤神は昨日のことを忘れたかのように、腹を出し、布団を荒らして、いびきをかいていた。
朝の集合時間まではまだ時間があるので、安らかに眠らせておくことにした。寝ている時間は何も考えずに済むのだから。
自分はむさくるしい男の空気を換えるために、ベランダの窓を開けた。やはり、男三人が密閉された部屋の空気と比べると、外の空気は美味しい。旅行先の朝は、いつもよりそういうことを強く感じてしまう。
思わずベランダに出てみると、爽やかな感じがして、風が気持ちいい。よく考えてみれば、このベランダに出てゆっくりすることはなかった。昨日は隣のベランダに出たが、ゆっくり空気を楽しむ機会がなかった。
自分はベランダに置いてある椅子に腰かけた。しばらく朝の空気を楽しんでいると、隣のベランダを分ける壁が目に留まった。壁をよく見てみると、壁は三メートル近い高さがある。手を伸ばしても壁の上に手がかからず、少し助走をつけて、飛びつかないと登ることはできないだろう。
あの巨体を持ち上げて、この壁を登ったと考えると、赤神の執念深さが見て取れる。さらに、壁には、いくつもの手形が付いており、何度も壁を登ろうと手を壁に擦りつけたことが分かる。
しばらく壁に付いた手形を観察していると、違和感に気が付いた。赤神のぶくぶくと膨らんだ大きな手形とは別に、細くて小さい手形があるのだ。
どうゆうことだろうと考えるのだが、いまいち朝の頭では、理由が思いつかない。思い浮かぶ理由は筋が通らないものばかりで、しっくりと来ない。自分は結局、前にこの部屋を使っていた人物も覗きだったということにして、ベランダを出た。
朝食を終え、荷造りをして、旅館の出発の準備をしていた。赤神は先生に呼び出されていたので、有明と二人きりだった。有明はもうカバンをまとめて、部屋の端で本を読んでいる。
いつもの有明だ。
「有明、少しだけ話を聞いてもらってもいいか?」