娘の奇行についに妻が切れました
「お誕生日おめでとうございます。生まれてきて下さってありがとうございます。今年一年がアルベリック様にとって素晴らしい一年になりますように…」
両手を組んで厳かに祈りを捧げている娘はまるで宗教画のようだ。
娘が祈り終わるのを待って、私と妻も食事を始める。可愛い娘のやりたいことは何でも好きにさせてきたが、それにしても想定外におかしなこれも、もはや最近では毎年の恒例行事みたいになってきてしまった。
この家くらいだろうな、他人の誕生日を本人不在で祝っているのは。
「今年は本人に言えたの?」
「お母様、えと、それはまだちょっと心の準備が出来てなくて…あの、無理でした…」
ここ数年、家族を巻き込んで誕生日を祝っているくせに、本人にはおめでとうの一言も言えていないらしい。私は娘のせいですっかり彼の誕生日を覚えてしまっているので、すでに職場で祝いの言葉を伝え済みだ。
「毎年プレゼントまで用意してるのに勿体ないわね」
今年は万年筆を買っていたと思ったが、そうか今年も渡せていないのか。
アルベリックのことは好きではなく、推しだと言い張っているが、娘に説明されてもその違いが私にはよく分からなかった。要は大好きと言うことではないのだろうか。それならばと
「そんなに好きなら婚約の申し込みしてあげようか?」
「いいいいいえ、わわわたしなんかがそんな畏れ多いです推しは陰から見守るものです!ここここ婚約なんて妄想だけでお腹いっぱいです!」
妄想するくらいならば、好きということではないのか。妻もやっぱり好きなんじゃないの、という呆れた目を向けている。
「次のお休みにお招きしましょう。遠巻きに見て叫んで逃げられるんじゃ、彼だって不安でしょう?お誕生日も次は、必ず、本人を交えましょう。こんな珍妙なことしてるの世界で我が家くらいよ。婚約の話は忘れてもいいから、いい加減きちんと話せるようになさい。貴方も協力してあげてね」
「あの、あの、お母様、それは無理で無理だから、あの…無理で…」
「いいわね」
「ひぇ」
助けを求める娘に小さく首を振った。
諦めなさい、私は妻に弱いんだ。
休みの日にまで上司の顔を見せるのも申し訳ないが、愛する妻には逆らえない。予定がないことを確認し、上司命令で自宅に招いた。
室内よりは気が紛れるだろうと、庭にテーブルセットを用意させた。
「素敵な刺繍ですね、どちらの職人の作品ですか?」
ガーデンテーブルにかけられたのは瑞々しい白百合が四隅に施された白いクロス。葉や蕾のモチーフを波状に組んでデザインされているのも見応えがある。屋外で使用するのが勿体ないくらい立派な刺繍だが、我が家にはもう刺繍されていないクロスはないため、このクロスも普段使いになっている。
「刺繍を刺したのは娘だよ、白百合が好きだそうでね」
何故白百合が好きなのかは聞かないでくれ。イメージフラワーとやらの長い語りで、今日の時間がなくなってしまいそうだから。
「素晴らしいですね。そういえば、以前いただいたハンカチにも白百合が刺繍されていましたね。もしかしてあちらもお嬢様が刺繍されたのですか?」
「…ひゃい」
話を振られるとガチガチで真っ赤になって片言しか話せなくなるのに、私とアルベリックが話している時は、穴が開きそうなくらいに彼を見つめている。
自分では否定しているけれど、端からはどう見たって恋する少女の顔をしているように見える。
アルベリックは真面目で信用出来る男だ。家柄も伯爵家と安心で、一人娘だから出来るならば婿養子をと考えていたが、彼は長男ではないしそれもちょうどいい。
父としては見目が良くて女性慣れしている男より、生涯大事にしてくれそうなこういう男の方が良いものだ。
髪色も娘と足せばまぁ可愛い孫が生まれるだろうし、親として心配することは娘の奇行以外に何もない。寧ろそれが一番心配だ。本当に。心から。
「まだ婚約者はいないんだろう?うちの娘、可愛いだろ?貰ってやってくれないか?」
「は?」
「っあばばうぶっおととうさまいきなり何を!!??!?!」
「とりあえずまずは二人でデートでもしてみたら?」
「ででででででぇと!?!?でででぇと!?!?!?」
固まる娘とアルベリックを無視し、私と娘の侍女とでスケジュールを立てていく。生憎、部下の全てのスケジュールは把握しているし、変更も可能だ。職権乱用だろうが何とでも言うが良い。
これで妻に怒られずに済むと、胸を撫で下ろした。