職場の上司の娘さんが何だかおかしい
職場の上司が娘さんを可愛がっているのは有名な話だった。
上司であるサーグリット侯爵は群青色の髪を持つ美丈夫で、夫人も社交界の花と呼ばれた有名な美女だった筈。その血を引くお嬢様ならさぞ可愛らしいのだろうなと思っていた。
初めてお嬢様にお会いしたのはいつだったか。
確か、お茶会の控え室だった。娘が体調不良で帰宅することになったけど、まだ迎えに行けないから伝言を頼むと上司に言われ、東塔からお茶会の控え室に向かった。
ノックをして入室すると、夜空を溶かしたように見事な黒髪の美少女がいた。
驚いたように目をぱっちり開けているのが、とても可愛らしいなと思ったが、こんな不細工な男を見たことがなく驚いているのかも知れないと申し訳なくも思った。
幸いなことにその場にはメイドが数人いたし、王子殿下主宰のお茶会の控え室ということで安全対策は万全だろうと、上司からのメモを渡してから退室した。
その後お嬢様は王子妃候補に上がったらしく、何回か王城でお見かけするようになった。
「なぁ、あれなに」
同僚が示すのは、柱の陰から覗いている黒髪の美少女。ここ最近、テラスで同僚と食事をしていると、こちらを伺うようにじっと見ているような彼女に遭遇する。連日と言うことは何か自分に言いたいことがあるのだろうか。それとも同僚の方にだろうか。
「ティファーナ嬢どうされましたか?お父上をお探しですか?」
「ぴゃ!あ、あ、あ、あの!」
近付いて声をかけると、真っ赤になって目も合わせてくれないが、用事があるならばお父上を呼んだ方が良いだろうか。
「お嬢様、そろそろ休憩時間が終わります」
慌ててしまい涙目になってしまった彼女は侍女に引き摺られて帰って行く。結局何だったのか分からず、疑問だけが残った。
そんなことが何回か続いたからか、
「あの子、お前のこと好きなんじゃない?」
同僚がとんでもないことを言い出した。10歳くらいの子供に好かれるような覚えがないし、ましてや相手は王子妃候補に上がるくらいの美少女だ。天地がひっくり返っても、そんな子が自分なんかを好きになるわけがない。
あれから数年が経ったが彼女とのこの距離は変わらず、彼女の反応も変わらない。ただ、夜会でハンカチを貸してくれたり、自分で焼いたというクッキーを差し入れていただくようになったし、上司も何故か私のことをよく聞いてくるようになった。
自分のことはちゃんと不細工だと認識しているが、うっかり勘違いしてしまいそうになるくらいには彼女やその周辺からの好意を感じる。恋愛的な意味ではないにしろ、彼女が私の他に贈り物をしたということを聞いたことがないのも勘違いさせる要因かもしれない。
由緒ある侯爵家の一人娘で、夜の女神もかくやと思われる美しさ。年だって一回りも離れているし、こんな不細工で未だに婚約も決まらない残り物のおじさんを相手にするような娘ではないだろうに。
ハンカチやクッキーのお礼に月と星をモチーフにした髪留めをプレゼントしたことがある。自分なんかから貰っても気持ち悪いだけではないかと思ったが、自領の特産品の珍しい宝石を使っているので、売れば小遣いくらいにはなるだろうと思って。
「あ、あの、ありがとうございます、末代までの家宝にします!」
相変わらず真っ赤になって目線も合わないが、嫌われているわけではないのだと思う。
押しからの供給が肩、方?などと呟いているが、彼女の領の方言なのか、どういう意味なのだろうか。今度、上司に聞いてみようと思う。
(※推しからの供給が過多~)
「何それ、うちの方言ではないな(娘のいつもの病気かな)」
「そうですか、どのような意味だったのでしょう」
「(たぶん聞いてはいけないやつだよ)」