推しのイメージフラワーは白百合
推し様の魅力は依然として衰えることはなく、お見かけする度に煌めきや神々しさ、澄み渡った心を体現しているかのように透明度が更新していく。
推し様を陰から見守るだけだった10歳の私は、そのまんま推し様を陰から見守るだけの16歳になり、透明感溢れる美の男神の如くだった22歳の推し様は、透明感に加え色気も兼ね備えた最強の魅力しかない傾国どころか星を傾けかねない美貌の28歳になった。
勿論推し様の誕生日をお父様から入手して以来、毎年我が家ではケーキを用意して、家族で推し様の誕生日を祝うことにしている(無理矢理)。
前世が創造系のオタクなので、推し様の姿絵も描くし推し様をテーマにした宗教画も描くし推し様を概念化した抽象画も描くし、推し様への愛を詩にしたものが500を越え、先日絵を添えて詩集を出版した。自費で出版したその詩集はそこそこ売れて、その文章力を買われてたまに雑誌に詩を投稿もしている。(自分ではそこそこ絵も自信はあるのに、何故か絵の依頼は全くこない。解せぬ。)
ご婦人に受けているきらきらとした愛の詩は、全て推し様への愛の結晶です。
王子妃教育の一貫として行っていた詩の授業では、王子殿下を狙っていると思われたら困るので推し様への愛の詩はつくらず、『ふわふわまるいたんぽぽの綿毛は可愛いし、ふわふわまるい猫ちゃんのたまはもっと可愛い』みたいな詩をつくった。先生は共感して大絶賛してくれたが、同じ授業を受けていたご令嬢方は結構引いていた。先生だけだったが、『にゃんたまは可愛い』がこちらの世界でも通じて良かった。
絵も描くし詩も作るし色んな趣味があるが、今世では特に刺繍にはまった。教育の一貫ということもありカモフラージュすることなく、堂々と行えたということも大きいかもしれない。
推し様への気持ちが昂ると、刺繍セットを持ち家中を徘徊して刺繍を刺していくので、我が家にはもうただの無地の布はない。大体私がどこかしらに推しイメージフラワー(勝手に作った)である白百合を刺繍しているからだ。
デビュタントを過ぎ、夜会に招かれることが多くなった私のドレスは勿論推し様の色。推し様の美しい虹彩のような淡い水色の生地に、推し様の神々しい銀色の髪色に似た糸を使った刺繍に、推し様の透明感を表現した水色のオーガンジーのリボンやレース、誰しもが憧れる推しの概念ドレスを作ってやった。
リボンには推し様のイメージフラワーである白百合を刺繍して、アクセサリーはイメージフラワーと推しカラーの宝石を使って特別に注文。これがもうとても楽しかった。それこそあんなに嫌だった自分がドレスを着て他人に見られるということが気にならないくらい。
ぬいのコス衣装くらいは作れたので、ドレスと同じ生地を少し分けて貰い、自作の推しテディベア(通称推しくまちゃん)にお揃いでタキシードを作ったし、推しにエスコートをしてもらいたくて出かける時は馬車に必ず乗せて行った。
我ながら気持ち悪いことに気が付いてはいたが、前世から引き摺るこのオタクの習性は変えることは出来ず、家族の前では開き直って嬉々としてオタク活動を行うのであった。理解のある家族で良かった。