推しができました
そんな日本人のオタクの記憶を持ったおかしな幼女は成長し、おかしなままの少女になった。
今のところ前世の限界オタクだった頃のように奇声をあげたり、お小遣いを全額貢いだり、推しの概念ソングを熱唱したりはしていない。推しがいないからだ。テレビもラジオも絵入りの本もなく、外出にも制限がある子供の私の世界はとても狭い。
前世であれほど愛した推しはどうなったのよと、イマジナリーオタクフレンドのみっちゃんが問いかけてはくるものの、供給が枯れるどころか0では、いくら前世でプロのオタクだった私とて推し続けられないものなのである。自分の創作だけでは心が折れてしまうのだ。
10才になる年には我が家に第一王子殿下のお茶会への招待状が届いた。前世限界オタクな私はファンタジーでしか見たことのないお城と貴族たちのお茶会を見てみたいわくわくとした気持ちと、こんな地味な自分がきらきらしたドレスを着て、尚且つそれを沢山の貴族のいるお茶会で披露しなくてはならないという憂鬱な気持ちの間で揺れていた。行きたいけれど自分は見られたくない。オタクとは、結局は壁になりたい生き物なのだ。
お父様にはもし苛められたら父を訪ねて逃げ帰っても良いと言われ、お母様にはお城に上がるドレスを仕立てるのが夢だったときらきらとした顔で言われては断れなかった。
「ティファはどこに出しても恥ずかしくないとびきり可愛い素敵なレディだよ。胸を張って楽しんでおいで」
にこにこと自慢の娘を信じてやまないお父様の手前、ここまで来てやっぱり帰りますとは言えずに、職場に向かうお父様と別れて会場に入った。気持ちは出荷される子牛。
言い忘れていたけど、私の名前はティファーナ。湯沸し器一歩手前の可愛い名前だ。
給仕に案内されて会場に入ると、途端にざわっと騒がしくなり、テーブルについた後もチラチラと送られる視線がなんだか痛い。
お父様には自信を持って胸を張れと言われたけれど、元からない自信もぺたんこの胸も張れない。周りのきらきらとしたご令嬢やご子息と比べると真っ黒の髪の毛も、凹凸のない顔も地味だもんな、やっぱりこのふりふりのドレスも似合ってないのかな。
目立たないように、もっと私に似合う地味なドレスが良かったけれど、両親や使用人たちのきらきらとした期待に満ちた顔を見てしまったらどうしても断れなかった。似合わないのは分かっているからそっとしておいてほしい。
自由時間となったのでこれ幸いと、このきらびやかな場所を離れて一人でお庭を見に行こうとするものの、エスコートしたいというご子息たちに囲まれてしまった。
確かにあちらの可愛らしいご令嬢や将来美人になりそうなご令嬢に話しかけにくいのは分かる。緊張しちゃうよね、恥ずかしいよね。分かるけれど、話しかけやすそうなモブ顔に声をかけるよりも、気になった子がいたら勇気をかけて話しかけた方がいいと思うよ。これ、恋愛経験乏しいままに死んだオタクからのアドバイス。
勘違いはしていないけど、そんなこと万に一つもないと思うけど、もし仮に地味顔が好きなご子息がいて、この好意をストレートに受け取ったとしても、10才前後の男の子たちにモテても微妙なところだ。私はショタコンではないんだ。
それに誘われずにしょんぼりしているご令嬢たちに申し訳なさすぎて、体調不良を言い訳にお茶会を退席することにした。お父様も無理そうなら逃げ帰って良いって言ってたし。
案内された控え室ですら豪華で落ち着かないけれど、さっきよりはだいぶましだとお城のメイドさんにいれて貰ったお高いお茶を飲んでいると迎えがきたようだ。
お父様だと思って振り返ると、そこにはなんと絶世の美青年がいた。
「失礼します。ティファーナ様でしょうか」
現れたのは、綺麗なシルバーの髪をして、白くすべすべの肌に、切れ長で透き通った水色の虹彩が美しい印象的な目、すっと通った鼻筋、厚すぎない薄い唇、抜群にバランスの良い異常に顔の整った男性。体型もすらっとしていてモデルのようだ。
とてつもない衝撃に、頭にタライが落ちてきたかと思った。
今世での課金先が決まった瞬間だった。