表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

好きな子に嘘告された黒歴史を、10年越しに語ってみた。

2作目投稿です。よろしくお願いします。

「はい!俺の話はこれでおしまい!それでさあ、」


 その声で、一斉に視線が俺に集まる。


「お前も何か面白い恋バナないのかよ、なあ頼人?」


 聡志はそう茶化して、俺に話題を振ってきた。




 俺たち4人は、高校の修学旅行で同室だった友人同士で、今は28歳。

 今日は卒業10周年ということで、数年ぶりに集まって、聡志の家でプチ同窓会だ。

 当時は毎日のようにつるんでいた俺たちも、今日という日が来るまではすっかり疎遠になっていたし、久々に会ってみたら随分と年を取ったな、と思う。


 俺たちのリーダー格で、いつでも盛り上げ役を買ってくれた聡志。

 お調子者でノリに流されがちだが、いじり甲斐のある太一。

 黒縁メガネの見た目通り、一番真面目だった祐樹。

 そして、勉強、スポーツ、容姿、どれを取っても平均以上だが特筆すべき特徴はなく、『ちょっぴり優秀なモブ』と呼ばれていた俺、頼人。


「恋バナなあ…」


 ひとまずそう呟いて、どうしたものかと思考を巡らす。

 他の3人は俺と違って皆既婚者で、彼らののろけ話や愚痴などを散々聞かされた後だ。いったいどんな面白い話をしろというのだろう。


 俺は高校卒業後、隣の県の田舎に位置する某大手メーカーの工場で、運転員として勤務している。職場にいるのは、男性従業員ばかり。社内恋愛など、当然そこには存在しない。

 シフト制の交代勤務だから、同じ班のメンバーとは仲良くなるが、大卒、院卒の上司の言うことは絶対で、仲間同士の付き合いといえば大体は上司の悪口を言うだけの飲み会や、ストレス発散のギャンブルに無理やり付き合わされる程度である。


 同期と一緒に合コンに行ったときは、同じ班の1つ下の奴に彼女が出来たが、交代勤務の都合上、デートの予定が思うように立てられず、次第に疎遠になり別れてしまったという。

 既婚者の多くは大卒・院卒で、僅かながら存在する高卒の既婚者は、学生時代から付き合っていたカップルがそのままゴールインしたというケースだけだ。


「俺も学生時代にちゃんと恋愛してたらなあ…」


 そう思っても、後の祭りである。

 そもそも当時の俺は、失恋のショックを引きずって、次の恋に踏み出せないまま、卒業を迎えてしまったのだ。


「なんだよ。高校時代に何かあったのか?おい?それでもいいから聞かせろよおー!」


 しまった。今の声に出ていたのか。


 聡志が急かしてくる。残り2人も、俺に釘付けだ。仕方ない。俺も腹をくくるしかなさそうだ。俺は勇気を出して、打ち明けることにした。



 高3の春に散った、あの初恋を。



「かしいゆずる、っていただろ?」


 俺が話し出すと、「おっ」とか、「待ってましたー」とか、「いきなり呼び捨てかよー」といった声が湧き上がる。

 何ともやりづらい。だが、構わず話を続けた。









 香椎柚流。


 茶色のロングヘアーをハーフアップにした、おそらく誰が見てもクラスで一番の美少女だった。

 表情はさほど豊かではなく、容姿は華奢であったが、凛とした目には芯の強さが感じられ、落ち着いた雰囲気と清楚さを兼ね備えた、どこか風格のある女の子だった。


 しかし、そんな彼女は一人でいることが多かった。クラスの女子のリーダー的存在である、大川原元子と仲があまり良くなかったのだ。柚流はクラスの中で若干浮いた存在となっていた。大川原は自分の言うことは絶対、というタイプで、自分より容姿が優れていた柚流には事あるごとに難癖をつけていたように思う。しかし、どんなに仲間外れにされても決して屈することなく、かといって大川原に取り入ることもせずに一人淡々と過ごしていた柚流に、俺はいつしか惹かれるようになっていた。


 そんなある日の放課後。

 俺は、柚流に呼び出された。


 俺はいつも遠目に柚流のことを見ていたけれど、実際に面と向かって会話したことはほとんどなかった。だから、夕日の差し込む教室で、俺のことを真っ正面から見つめてくる美少女に、不覚にもたじろいでしまったことは、10年経った今でも鮮明に覚えているし、きっと一生忘れることがないだろう。


「…好きです。私と付き合ってください。」


 柚流は、真っ直ぐ俺を見て、はっきりとそう告げた。

 それを聞いた俺は、嬉しさと驚きが入り混じって、混乱し、恥ずかしながらその場で取り乱してしまった。

 まるで俺を逃がさないとばかりに見つめてくる彼女を、綺麗だな、と思った。

 このときの俺は、騙されているなんて一ミリも考えていなかった。


 ...今思えば、何て馬鹿だったのだろうと呆れてしまうが。



 やがて俺の様子に気づいた柚流は、恥ずかしがるような『演技』をした後、


「…返事は、後でもいいですからっ!必ず、聞かせてください…!」


 そう言って、教室から逃げるように走り去ってしまった。


 慌てて追いかけようとした俺だったが、柚流は物凄い勢いでその場から消えてしまい、靴箱には既に彼女の上履きが無造作に詰め込まれた後だった。


 彼女にすぐに返事を伝えられず残念だったが、今思えば伝えていなくて本当に良かったと思う。しかし、真実を知らなかったあのときは、俺は幸せいっぱいの気持ちとともに、浮かれて下校したのだった。




 家に着くと、大川原さんから一通のL○NEが届いていることに気がついた。


「今日、香椎に告白されたでしょ?あれ、『噓』だから。私が香椎に与えた、罰ゲームだから。もしかして本気にしちゃったかも、と思って、念のため連絡。巻き込んでごめんねー?今度、香椎にもちゃんと謝らせるからさ」


 ―――俺は、持っていたスマホを放り投げた。




 悔しかった。

 一瞬でも、柚流に告白されて嬉しいと思ってしまったことが、堪らなく恥ずかしかった。

 ずっと、柚流のことが好きだった。

 芯の強くて、周りに流されない彼女が綺麗だと思っていた。

 なのに…


 こうして俺の初恋は、幕を閉じた。




 翌日。

 俺は、学校を休んだ。いや、サボったのだ。

 体調不良、とだけ学校側には伝えていたから、クラスでは変なふうに話題に上がることはなかったようで、画面にひびの入った俺のスマホには、聡志たちからのお見舞いの連絡がちらほらと来ただけだった。

 昨晩は悔しさと悲しさのあまりに泣き続けた結果、一睡もできなかった俺は、それらに一通り返信した後、少しだけ平常心を取り戻すことができて、友人の優しさに有難みを感じつつ、眠りについた。


 夕方になって、ふとスマホを見ると、一件のL○NEが届いていた。

 それは、クラスのグループL○NEから俺の連絡先を拾ったのだろう、柚流からだった。


「昨日は突然でごめんなさい。体調はどうですか?」


 誰のせいで、体調が悪くなったと思っているのだろうか。

 俺は、彼女の連絡先をブロックして、再び布団に潜った。




 そのまま週末を迎え、翌週の月曜日から俺は普通に登校したのだが、正直、学校に行くことについては、かなり気乗りしなかった。


 この時点で、卒業まではあと1年近くも残っていた。その期間、嫌でも柚流と同じクラスで過ごしていかなければならない。だから、残りの1年間、俺は就職活動などを理由にして、クラスの面々となるべく関わるのを避けた。いつもの友人3人さえいれば、ぶっちゃけそれで良かった。


 結局、その後も何度か柚流の方から俺に話しかけてくることはあったが、その度に適当にあしらった結果、特に大きなトラブルもなく卒業を迎えることができたのだった。









「あんなことになってさ、頼人みたいな良い男を選んでおけば良かったのにな」


 俺の10年前の初恋の打ち明け話を聞いて、一瞬静まり返った3人だったが、すぐに太一がそう茶化す。

 正直、そう言って笑い飛ばしてくれる太一は心強く、俺たちはすぐに元の空気を取り戻した。

 ただ、あの件は、本当だとしたら俺としてはなかなかにショックな噂だった。


 高校卒業から3年ほど経ったころに出回った、柚流がガラの悪い連中に目をつけられて無理やり体を迫られ、心身ともに壊れてしまい、誰も知らない遠くの町へと引っ越したという噂のことである。


 そんな噂を太一から聞いた俺は、高3の当時の噓告された悔しさや恨みを決して忘れてはいなかったが、柚流という綺麗な女の子が誰かもわからぬ第三者に勝手に汚されて壊されてしまったことを残念に思い、やるせない気持ちになった。

 しかしそんな出来事も、太一に言わせれば男を見る目のなかった女、ということで片付けられる。それは、俺の胸の内をどこかスッキリさせてくれた。


「…あのさ、頼人」


 しかし、そんな空気の中、これまで俺の話を淡々と聞いていた祐樹が、衝撃的な事実を打ち明けた。


「俺、実は香椎さんに恋愛相談されてたんだよね…」


 途端、「なんだと!」とか「羨ましすぎるだろ!」とか、「いや俺はロリ巨乳派だから!」とか「祐樹は昔から変わんねえよな」とか、3人は口々に言っていたが、俺の頭の中では自分の知らない柚流の一面が急に想像され、混乱した。彼らのくだらないやりとりは、よく耳に入ってこなかった。


 そんな中、祐樹は話を続ける。


「いや、誰が好き、とは聞いていなかったんだ。だけど、そういえば香椎さんの話す好きな人の特徴が、どことなく頼人に似てたな、とは思って。そういうタイプの人ってどういう風にアピールしたら振り向いてくれるかな、とか、度々相談されててさ」


 他の人には、特に俺の友達には絶対に言わないで、って本人に言われててずっと黙っていたんだけど…


 そう言って口をつぐんだ祐樹だったが、


 まさか、と思った。


 おそらく、この場にいる4人全員が、同じことを考えていたと思う。


『柚流は本当に頼人のことが好きだったのではないか』


と。


 気まずい沈黙が流れる。




 やがて聡志が、「あ、そういえばさ…」と言って別の話題を切り出し、その日は寝る間も惜しんで夜通し語りつくしたが、そこから先は何を喋っていたか、俺は正直よく思い出せない。


 翌朝、彼らと別れてからも、一人隣の県へと向かう電車で揺られつつ、俺の頭の中はずっとモヤモヤしたままだった。



♢♢♢



 帰宅してベッドに突っ伏したまま、いったいどれくらいの時間が経っただろう。


「柚流…」


 ふと呟いてみる。


 ずっと好きで、告白されて、でもそれは嘘で、それからも時折話しかけられて冷たくあしらってはいたけど、なぜかどうしても嫌いになることのできなかった女の子。


 男子からは密かに人気があったけれど、女子の輪の仲には入ることをしなかった結果、近くに味方は誰もいなかった女の子。


 しっかりと自分を持っていて、時に正義感が強くて、自立していた綺麗な子。


 冷静になって当時の青春を思い返せば、柚流の醜いところや意地汚いところなんて、一度も見たことがなかった。


 それなのに、どうしてあの告白を「嘘」と信じ込んでいたのだろう。


 いつも偉そうに他人の悪口ばかりを語っていた大川原の言うことを、どうして鵜吞みにしてしまったのだろう。


 普通に考えたら、噓告を柚流に迫った大川原が悪いに決まっている。だけど、俺は柚流に自分の気持ちを踏みにじられたショックで、全ての負の感情が無意識のうちに柚流へと向けられていた。


「…うわああああ」


 枕に顔をうずめながら、俺はなんてことをしてしまったのだろうと嘆く。


 高嶺の花で、友達もいなかった彼女の心に唯一、触れることができたのは、俺だったじゃないか。

 だけど、そんな彼女の味方になり得たかもしれない俺は、彼女の手を振り払って、その結果…。


 ―――それは、遠い昔に過ぎてしまったこと。


 頭ではそう理解しているのに、一向に気持ちの整理がつけられない。


 その夜、俺は祐樹に電話をした。

 朝に別れたばかりの友人に、また連絡するなんて変だけれど、柚流について、ちゃんと聞いておきたいと思った。


 祐樹は変なところで律義さを発揮する奴で、「当時は香椎さんの口止めを守らなきゃって思っていて…」という前置きとともに、俺の質問攻めにも優しく全て答えてくれた。


 祐樹もよく記憶しているな、と思ったが、「放課後の18時頃に、クラスに置いていた花瓶に水をあげていた彼に声をかけたかったけどできなくて」というエピソードを聞いて、香椎さんの相談内容の相手が俺であったことを確信してしまった。


 当時の俺は家に帰りたくない気分の日は、よく図書室で時間を潰した後、教室に戻って誰も手入れすることのない花に、水をあげていたのだった。


 勿論、そんなときはいつも1人だったし、誰かに見られた覚えはない。

 だが、気になる彼女の靴箱を下校のタイミングでチェックすると、まだ残っていることが何度かあったのを思い出した。


 ずっと気になっている男の子に声をかける方法。


 祐樹によれば、一見クールでプライドの高そうな見た目の彼女が、まるで恋する乙女の如く、儚くも可愛らしい表情でそれを問いかけてきて、思わず見とれてしまったという。祐樹の好みのタイプとは違ったから、思いとどまることができたそうだが。


 そして、ある日を境に相談されなくなったが、それは気持ちが冷めてしまったからか。

 わからなかったが、そもそも香椎さんの好きだった相手が頼人だったかもはっきりしなかったし、第三者の自分が深入りする話ではないと思って、相談されなくなったことを特別重く受け止めてはいなかった、ということまで教えてくれた。


 祐樹の話を聞いている途中、俺は胸がいっぱいになって息が詰まりそうな思いだった。

 そして―――ふと自分が泣いていることに気づいた。


 俺は、柚流が高校卒業後にどんな目に遭ったのかを実際に見たわけではないし、詳しく聞いたわけでもない。

 だが、柚流には血縁のない兄がいて、その兄が地元の不良グループに目をつけられている、という話は聞いたことがあった。これはあまり知られていない話で、高3当時の俺が柚流のことが好きで、気になって色々調べていたから知っていたことだったのだが…


 もし俺が、あのときの告白にすぐ返事をしていたら。

 もし俺が、噓告の真偽をはっきりと確認していたら。

 もし俺が、就職と同時に彼女を連れて地元から離れていたら。


 何度もチャンスはあったのに、それらの全てをフイにして柚流を避け続けたことに、今となっては後悔しかない。




 頬を伝う涙の所以は、柚流の気持ちに気づけなかった自分が悔しいから?

 柚流がこんなことになってしまったことが悲しいから?

 はたまた柚流を手に入れられず惜しいと思ったから?


 そしてそう思ってしまうのは、今、俺自身が色のない生活を送っているから?



 柚流みたいな魅力的な女の子はそういないってことが、今ならよくわかる。

 だから、こんなにも悲しい?



 柚流が酷い目に遭った噂を太一から耳にしたときは、やるせない気持ちになったとはいえ、どこか他人事で、涙の一滴さえも零れなかったというのに。


 結局、どこまでも俺は自分のことしか考えていない。そんな事実に気がついてしまう。


 祐樹に感謝を述べて電話を切った後も、俺の気持ちはいつまで経っても、ぐちゃぐちゃなままだった。


 ふと、何年ぶりに見るかもわからないクラスのグループL○NEを開き、メンバーを確認してみたものの、当然のことながら柚流の名前は消えていた。







 翌朝からは、また仕事である。


 つい先日までの、何気ない日常に戻るだけ。


 なのに、そのことがこんなにも虚しく思ってしまうのは、きっとあり得たかもしれない未来を想像してしまうからだろう。







 人間、無欲に生きることが一番である。


 俺は、スマホの電源とともに、自分の心もそっと閉じて、眠りについた。

お読みいただきありがとうございました。


他人の発言を鵜吞みにするだけでなく、自分で確かめるって大事なことだと思います。


つ、次こそは、明るいお話を投稿したいと思います!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
めりのおうちさんの作品は読み応えバッチリ! なんだけど気分が沈むんだよなあ… 救いがない…
[気になる点] 主人公の愚鈍さに呆れるしかない、そもそも罰ゲームが発生するような賭けに加わるような間柄でもなければ押し付けられた罰ゲームに従うような性格でもないのは分かってた筈なのに自己保身で裏切って…
[一言] 先ずは下手にハッピーエンドとか考えず、自分の得意なもの・思い浮かぶものを形にしていけばいいのでは? そのうち嫌でも別系統の話が書きたくなるでしょうし… 賛否はあれども、受け手がこれだけのコ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ