本戦 開戦
通話を切る時、リアンは「愛してるよマリア」
情熱的に囁きながら、顔色は燃えがらみたいな灰だった。
俺もたいして変わらなかったと思う。
通話中に検索したニュースは、悲惨。
スキァナン氏殺害時以来5年ぶりに、スキァナン姓が容疑者にあがっているとのことで、SNSの話題も、スキャンダルチャンネルのホットトピックも、国際ニュース板の炎上スレッドも、大体スキァナン夫人糾弾ネタで盛り上がっている。
事件は、ざっとこう。
ホテルマン(男性)が変死体で客室から発見された。
検死の結果は、首が自力でひきちぎられたことによる頸動脈損傷失血性ショック。
ホテルマンが発見された部屋はスキァナン夫人、レディ・ティエラの長逗留部屋。
遺体が発見された日から、レディ・ティエラは行方不明。
以上。
厳密にはレディ・ティエラは重要参考人であり、容疑者ではない。
オンライン上も地上波も衛星波も、犯人はレディ・ティエラということで盛り上がっている。が、大前提、人間て自力で自分の首を引きちぎれるもんだっけ、ということで「レディ・ティエラはパニックを起こし安全な場所を求めて逃げた」と唱える派閥もある。最悪なのは、「娘全員行方不明じゃないっけ」「家族全部殺したってこと?」等々話がリアンに飛び火しかけてること。フランス国民の怒りの投稿。燃やされる英国国旗の画像。流出してる幼い頃のリアンの写真。
主だった議論は、ホテルマンが殺人が自死かで堂々巡りしている。
とにもかくにもレディ・ティエラが見つかっていない、というのが問題だ。パリ市警は全力で捜索している。おそらくイギリスからMIも派遣されている。
俺は大人としてもマリアの依頼先としても、リアンをネットの情報から守らねば、と思う。
理想的な母親ではなかったかも知れないが、自分の母親が殺人犯とかネットで叩かれてたら、俺なら、冷静ではいられない。
「……カナンだと思うか」
リアンから端末を取り上げながら、灰色の俺は灰色のリアンに訊いた。
「エクソシスト系映画て、悪魔憑きがふだんじゃ出せねぇ膂力で自傷すんよな。悪霊憑きも同じ。自力で首をちぎる? ハ、」
カナンだろうよ、とリアンは鼻で嗤った。
「ぬかった。そうか。ヨーロッパ。カナンが大陸に渡ったこたなかったが、そうだな。伯父上もフランス避難中だったのに、カナンにおびやかされてたくれぇだ。
100年前は、KGVは通ってなかったもんな。EUもなかった。
英国は意識のうえじゃもう、ヨーロッパだったんだ。ブレグジットの動揺で怨霊が目覚める程度には」
リアンはよろよろ歩き出す。
ファイアがぬるっと現れて、リアンの背中にべっとはりつく。ご主人を癒しているのだ。ファイアが癒しているということは、リアンはどこか、傷ついてるんだろう。見てくれは返り血しかないが。
「どこ行くんだよ」
リアンは手振りでついてこい、と示すだけだ。駐車場を横切って、クロイドン・エッジ・ハウスの建物をまわり、庭の方へ向かっている。
俺は仕方なくついていく。
「レヴィン。この100年で、世界は縮小した。移動時間て観点で。
伯父上は力づくで、私を止めることはできた。金使えば動く黒服がいる。でもそうしんかった。
女王陛下もそう。私の行動を許した」
「女王!? お前やっぱ王室と」
「ツテのツテのツテを伝って、やっと連絡とれるってだけ。王室はダヌバンディアを汚い手駒として飼ってるだけ。
とにかく私は伯父の黒服使い止めるのに、伯父より上の権力が必要だった。交渉してもらったんだ。アメリカの同族、星条会に協力してもらって。女王もしくは王室に近い方々から族長を牽制してほしいって。交渉は適った。我々は、王室の言うことならきかなきゃねーから。特に女王陛下の勅命は。勅命を、もぎとったんだ。カナンに関しては。
でも王室にそこまでしてもらえる理由を私は読み切れてなかった。てんでガキだ」
「ガキなのはそらそう」
「悪霊が国境を越える、て具体例があれば、悪霊使いみてーなダヌバンディアはより栄える、が、英国王室は困る。英国は世界各国で恨みばらまいてきたから。たとえば北アイルランド」
あ、と俺はとんまがケツを打ったみたいな声をだした。
靴の下の感触が、駐車場のコンクリから芝生に変わる。庭園には誰もいない。
「北アイルランドは、悪霊を兵器利用できるとなったら英国にどう出る? 真のIRAは黙ったままでいるか? 500年物の因縁だぜ。
悪霊を、どうやって輸出入できるか。ずっと、研究されてはいることだ。守護霊が国境をこえて対象を守るのに対し、悪霊が憑依物や土地に固着するのはなぜか。インドの妖怪がイギリスに来ないのはなぜか。呪物は国境を越えるが、悪霊を触媒なしに敵国に送り込むことはできんもんか? 触媒で物理介すと、税関でひっかかる可能性ゼロになんねぇだろ」
「で、今ここに、フランスに行ってもイギリスの怨霊から逃れられなかった例が出てきた、てことか」
リアンが頷く。
「カナンが恨んでんのはダヌバンディアだけじゃねんだ。私たちを殺しつくしたら、次に矛先が向くのは、国」
「英国は……じゃあ結構本気で、お前にカナン潰してもらった方が都合いいわけだ?」
「正確には私でなく師匠が期待されてたことだ。師匠がいたから交渉も成功したんだろ。多分な。
今回またカナンを封じたとこで、100年後、世界はさらに速く、小さくなってる。移動時間的な意味で。そう考えたら、そろそろ、後顧の憂いは根本的に絶っときてぇし、そのために英国民が何十人か犠牲になろうと悪いのは私。そういう構図が、都合良かったんだろう。今の族長の機嫌をとるよりな」
リアンは、作り込まれた園庭の隅、青い花が茂る花壇の前で足を止めた。すとんとしゃがむ。
「伯父上は……そこまでわかって、本当は救いの手を差し伸べてくれてたのかもな。あれで本当に一族のことを考えてくれる人ではあるんだ。さっきのが最後のチャンスだった、かもよ?」
リアンが振り向き、青い花を一輪、俺に差し出す。
顔色は悪いが、表情だけなら嗤っている。俺の知るリアンだ。
俺は花を受け取って、顔の前で観察する。リアンはぱっと立ち上がる。
「オオイヌゴマだな」
「正解。さっすがプロ。ここに植えてたんだ。効能はご存知?」
たくらむようにリアンの口角はあがるが、目にたたえた色が、俺には底知れない。
この状況でわらう神経って、どんなだ。
俺は挑むように見返し、香りを吸ってみせる。
「魔女術除けだろ」
「正確には男性と肝臓を疫病と魔女術から守るもの」
ニヤニヤしていたかと思うと、リアンは急に真顔になって、右手を胸に当てる。そのまま優雅に片足を引いて膝を曲げ、腰を折る。ボウ・アンド・スクレープ。しゃらくさい貴族男性の礼。
「リアン!?」
「これまでの非礼を謝罪する。申し訳ありませんでした」
「大丈夫か!? 気ぃ触れた?」
「なんとでも言え。悪かった」
「やめろよ! 非常時に非常なことすんな!」
「カスハラを認めて謝罪します。カスタマーになった覚えはなくとも、私とあなたに権力勾配があったのは確かだった」
「わかったわかったわかった。わかったから! 気持ち悪ぃ頭あげろ。ガキにそんな礼させるなんておめー」
俺は辺りを見回して、人目を確認する。誰もいない。
誰も。
子供の一人も。晴れた庭に。
虫もいなきゃ、鳥も飛んでない。
そして、臭う。
リアンは頭をあげて、射殺しそうな目で俺を見る。
「私からも。多分これが最後のチャンスになる。
レヴィン。あなたの射撃の腕には助けられた。異階に孔を開けてくれて、ありがとう。あんなこと、多分ほかの誰にもできない。
その翼と両腕があれば、この先助けられる人は多い。
……だから引き返して下さい。中は、多分もうだめだ」
「お断わる」
言うと思った、とリアンはヤケクソ気味に笑った。
臭いは、夏が進めば進むほど、消しゴムを強くこするみたいに空気にめり込んでく。
バスルームの汚物入れから臭った、経血の腐る臭い。
「カナン憑きのやるこた、夢にみんぞ」
「でもリアンは行くんだろ、リズの様子見に」
「二日も放置されたら、リズも傷つくだろうからなぁ。お袋はリズの居場所知ってっし。来てるだろう、カナンが絡んでんなら」
リアンは伸びをしながら建物の方に向かう。
背中は猫のようにリラックスして見える。
変声期前の少年の声がとんでくる。
「リアン? リアンか!? やめたんじゃなかったのか!?」
「ノア?」
ノア。俺にとっては会ったばかりの少年だ。
リアンにゴミをもらった、リアンの命を狙いながらリアンに恋慕する。二日後に心臓手術を受ける、と言っていた少年。
……二日前の時点で二日後に手術なら、今は麻酔で眠ってる頃なんじゃないのか。
「ノア! 嘘だろ生きてんのか!?」
よりにもよってリアンは駆け出した。
よせ、と俺は叫ぶ。
彼女にとっては、ここは職場で、ノアは面倒を見てきた小さな友達なんだろう。
かすかな希望にすがりたくなるのかも知れない。
それでもここは多分もう戦場で、あまねく戦場は、生きてる人間にやさしくしない。




