真相、そして緒戦が始まる
リアンの力押しの破壊を散々見てきただけに、俺はにわかには信じられない。
(回復系。回復系? 癒しのちから?)
ずっとファイアの仕業だと思っていた。
でもそうやって、ファイアの所業だと思わせることそのものが、リアンのやり方なら?
(戦場で手の内を、明かさないこと)
納得は静かにおりていった。
「アマゾンの奇跡! 呪術が生きる国のヒーラー!」みたいな、アワスカヤで見る幻覚有り難がってる原始性を上から目線で消費して視聴率まわすオリエンタル賛美番組つまり白人のための都合のいいエキゾチックTVプログラムにたまーーーに本物の能力者が出る時、画面に映る司会やコメンテーター、現地の常人の目にさえ見えない金の粉状のエーテル、それをリアンの周りで度々見たこと。
確かにあったはずの傷がリアンから消えていたこと。
何より、俺らはさっきまで割れる肉体の話をしていた。
思えば、割れるメカニズムはわかっても、そっから肉体が再構築されるのはどういうことか、多分いろんな権力者や医療関係者が知りたがるようなそのあたりの話を、俺は聞かずに終わるところだった。
リアンは俺を初めてチラ、と見て、すぐ視線を戻した。氷柱の先端を思わせる一瞥だった。
「回復な。そう呼びたがる奴もいる。おおっぜいいる。が、厳密に違う。
リカバリってあったもんあった状態に戻すこったろ。だったら死者に死を再生産すんのはおかしんだよ。私が回復系だった……親父は今ああなってない」
あっ。俺は直感した。多分今俺子供を傷つけた。あー。
回復系だったら良かったよな、と、最後の一言の声色が雄弁に語っていた。
リアンが回復系だったら、5年前あんな大量に死者は出なかったかも知れない。
リアンが回復系だったらクロイドン・エッジ・ハウスでデイジーが幽霊になる必要はそもそもなかったかも知れない、生き残れたかも知れない。
その代わり妹の命運は別の誰かに委ねるしかない。回復系だったら。回復系は、直接の戦闘には向かないから。
「私と組むなら、この話は、知っといてくれ。
神話の本質は言葉であって像じゃないから、言霊と相性がいい。そこが、言霊師そのものだった師匠と私で大きく外れて、……少しだけ重なるとこ。
そのほんの少しを最大限便利に使って、言霊師を再構築する……試みを、私は、やってるだけ」
「……言霊師のフリ、てことか?」
「言霊師のフリができるのは、言霊師だけだ。ただ、私と師匠ではロジックが違う。
師匠はまっすぐ言霊を使えた。私はそれを見て、言霊師の記憶をフックに、自分の中に言霊師を再現する」
「つまり言霊師ではあるんだな!?」
「厳密には違う。が、結果が同じ。だから言霊師って括りに入るだけ」
そういう弱小言霊師は業界に多いので、そこは納得する。
言霊師は、修行の末に言葉で事象に干渉できればおめでとうもうオメーは言霊師でいいじゃねぇかとバーでパーティ開いてもらえるくらいには、名乗るのが難しく、名乗る奴もピンからキリまで色々いる。
「そこでさらに、回復系もいけますってことじゃねぇの? え、わからん。お前、俺が腕もげたら治せる?」
「………………………………………………………………………………………………あんたが生きてたら、あんたの考える回復と似た結果になる、だろう」
「その持って回った言い方」
「私が回復系て兆候はあったんだと、思う。あったが、そこに需要はなかった。回復系は戦えない、それぁ翼人守るに相応しくない。戦士は戦えなきゃない。私の……多分回復系能力の、芽は、少し、変える必要があった。破壊の方に」
「そん、あぁ!? 今お前、持って生まれた在り方曲げられたつってんの、わかってる!?」
「私だって積極的に曲げたわ」
「いやいやいやいや、それは最初に曲げ奴ちょっと、はぁ?? 生来の能力曲げるなんて、女を男として育てるようなもんだぞ。
お前の質は、俺らの業界じゃ金の卵、回復系だ、伸ばせよそこは、回復系として!」
弊社に回復系がいたら、どんだけ儲かることか。
「どうだろな。その在り方とやらは、ダヌバンディアとレヴィンの業界じゃおそらく粒度違う。だから聞け。戦場で組むなら相方の能力ァ知っとけヘタに知らねぇと無駄に死んから」
俺はうっと黙った。リアンは戦士らしく、その隙を逃さなかった。
「ダヌバンディアでは、回復系てなもっと上位。金になるから」
「なるよな!?」
「人間の死て、細菌の生だったり雑菌の活性だったり繁殖だったりすんだよ。状態は一つの現象じゃなく幾つもの現象の総体。部位とタイミングによっちゃ、ヒト細胞の再生はいくつかの細菌生態系の駆逐。人間の回復はミクロな命のジェノサイド」
なんと、自然科学の話が入ってきて、俺は黙った。金とマイクロバイオームでは、なるほど確かに粒度が違う。
だから難しい、とリアンは何の感情も載せずに言った。
「動物と違って、人間は命への干渉を越権とした。微生物が発見されるよりずっと昔、多分善悪を知る頃に。
私が人間にとっての回復、細菌にとってのジェノサイドを完全にできないとは言わない。でも自在にできるとも言えない。目に見えなくてもいる、てな、超自然に限ったこっちゃないし光だけの特性でもない。
本物の回復系てなそういうの、ミクロな生死の生き方を、どこまでも思惑通りにできる。彼らの多くは神の権能代行や神権借用がエーテルの質だったりする。私のはそうじゃない。
私の回復は間違いを許容した。細胞のコピーミス。老化、劣化、癌細胞化」
「最後の重くね!?」
「重い。でも自然現象として、細胞は代謝の過程でコピーミスは、する。古くは眼球の発生が、細胞のコピーミスらしーよ。
我々は間違う、それが自然。私の能力では、間違いもな、再現されちまう。
人間の体内では日々癌細胞が作られるが、都度免疫系に駆逐もされてる。本物の回復者はそういう摂理すら曲げる。本物の回復は老化も劣化も許さない。
自然の摂理に干渉しきるには、要するに私じゃ、不足も不足。権限不足。回復者としては落第だ」
「……権限」
初めて聞く解釈だった。
「ダヌバンディア流の世界観。
ダヌバンディアでは、回復は菌類や単細胞生物から命を奪い、人間の都合を優先させること。
人間が人間以外を人間と呼ばないことで膨大な数の命が尽きて、それはむごいこったと人間が言い出してる。動物愛護、ヴィーガニズム、ジャイナ教。植物に対する虐待批判。環境保護。
レヴィンが言ったんしょ。人間の領分。それを決めたのが人間だ。人間の領分には、虐殺する権利がない。
それはそのまま、私のエーテルの壁」
自分の形をした檻。
「ダーナ神族は化物呼ばわりされて久しい、が、人間だからブランドでいられる。ダヌバンディアは人が定めた人の定義の内側で化物でいなければならず、神でない限り、意図的な虐殺は認められない。単に権利の問題。細菌に対してだって、虐殺、罷りならん。その権利を持たないことが、ひとたらしめる。
権、こそ、太陽と光の神ルーにはなく、豊穣の神ダグザにあったもの。ここに、ダーナ親族で、ダグザが司令官じゃねぇのに最高神とされる理由がある。
権利、権限、権力、何でもいい、つまり権能の問題だ。私には権能が足りない。ミクロの大衆を掃討して場所どかしてでも、一つの……サイズが大きいだけの人命って命を生かす権能が」
大変難しい話だ。戦場で戦況を見て死者の悲鳴を聞きながら息を潜めて考えるには、非常に難しい話だった。
確かに、ギリシャ神話でも、太陽の神はアポロンで、全能の神はゼウスだ。
そら単に、アポロンができるこたゼウスもできて、アポロンにはゼウスにできんことはできない、ていう、ベン図の重なりの話かと思っていた、もしくは。
全能、ということについて、深く考えていなかった。
権限問題に関して、俺に言えることは乏しい。
「豊饒つーのは、微生物の状態、虫の過多、水質、地質、バクテリア、およそあらゆるものの微妙なバランスで成り立って、実った後には人間の生死を左右する。豊饒、ていっちまや一言だが、含むものはわりとな、果てしがねーの。そこにきてダグザは再生の神でもある。ダヌもブリギットも豊穣の女神だったが、再生は埒外だった。
ダグザがしていることは、我々が思うよりもっとずっととんでもないことだよ。数多の命が関わってる。
ダグザとブリギットの、この違いは何か、を追求した我々ダヌバンディアが辿り着いた概念が、権能。
ものの在り方を指図していいし曲げてもいい、て権利のこと」
俺の口は長いため息を漏らした。
あらゆる神話に全知全能の神は存在するが、オカルト業界じゃ大前提、権利云々とは商圏の話に他ならない。
それもそのはず。ここはキリスト教圏で、全ての権限は唯一神の持ち物、王権すら神より授けられるものだったのだから。歴史的には、人権すら、神から貸与されているに過ぎない。全ての土地は神のもの、全ての家は神のもの、我々人間は命あるあいだの、ちっぽけな間借り人。
全ての権利は神が持っている。
その点、ダヌバンディアは異教徒。
権利関係で、俺らみたいな思考停止はしなかった民族だ。
逆にいやそれがダヌバンディアのブランディングに功を添えた。キリスト教圏にありながら、キリスト教圏にないものが必要だった時期、高い身分のものしか関われない秘境として。
「さてここで。では翼人とは何なん、何の権能をどこまで持ってるの、て話」
「何。翼人はなんだ、異階への扉を開けるからありがてんだろ。俺、したことないけど」
「即席相棒なんなら相手の視界の範囲は知っとけ湯入れて3分で死にたくねぇなら。
物理的に空飛ぶ時、ミクロの世界では何が死に、どの未来が変わって、微生物はどうなってるか。風圧で死ぬ羽虫の運命がどうか。
翼人はそういうの全部無視か矮小化できてる。……その権利があるって最初から世界に書き込まれてるみてぇに」
(そんな風に見えてんの!?!?!)
「リズは無邪気に扉を開けて、開けるやり方を私に教えてくれた。
私はそれを再構築してみせることは、できる。ほんの少しだけ。少ししかできないのは、やっぱ権能がないからだ。
異階には異階の生態系があって、目に見えない粒子が生きていて、我々のバクテリアを異階に大っぴらに持ち込むわけにはいかない。
私はヒリヒリした、抵抗を感じる。傷を治す時も、扉をこじ開ける時も。
……翼人には、それがない。それは翼人という在り方に、権能が付随しているからだ。ミクロの生死に責任を負わなくていい、何なら自在に干渉していい。そういう権利が」
俺はリアンが、度々俺を持つ者呼ばわりすることに、多分初めて深く納得がいった。
生きる次元が違うとは、時に、こういう事。
権能不足で回復落伍者のレッテル貼られる世界線では、俺は、つまり、まぁ、確かに、持ってる側の人間なんだろう。
(羽はゴーストを直にぶん殴れるかも知れないが、だからそもそもゴーストに現場で遭遇することは少ない)
17歳にとって、俺のいい分はどれほど意味があって、説得力がないだろう。
他人のことには全国な鈍感なのに、自分のことには可哀想なほど敏感な年頃だ。
俺は現実世界で羽を生やしてSNSにでもあげられた日には、オカルト業界及び宗教界隈及び政府系情報機関のどなたにどう解釈されてどうでられるかわからない。現場で羽を出す機会はほぼない。物理的に羽が生えるってそういうことだ。羽なんか出す方がリスクだ。
そういう次元でしか、俺はものを考えてこなかった。おそらくうちの社長だってそうだ。というか、多くの同業者も。
(凡と非凡を分けるラインはそこにあるものと思っていた)
思っていたが、思い返せば。
確かに俺は、空を飛ぶ時、せいぜい天気と人目くらいしか気にした事がない。
リアンは父親の悲惨を見ながら、歯噛みするように続けた。
「師匠もそう。言葉で何してもいいみたいな人だった。あれはあれで物凄い権能だ。
翼人の翼は。どんな時、どこだろうと再現性を持つ。異階だろうと、細かい配慮なんかいらない。……私とは違う」
「お前の言霊だって相当だろ」
「戦場で出し惜しみしたら死ぬからな。
再構築の本質は、強引な再現。
術に失敗があって、悪霊退散が確実にならないのは、常に我々が光の後の現象再現を追ってっからだ。
私が本当に、……本当に再構築したいものを再構築するとき、光の粒子はとっくに通り抜けて、砂漠の枯れ川の豪雨ビフォーアフターと同じくらい、ベースの状態が変わってる。
コンクリベースに柱ブッ刺しゃ乾燥とともに固定できるが、ベースが砂ではそうもいかない。とはいえそれ言ってたらミクロの条件は永遠に合わない。
本当は、再現できればいいだけなんだ。悪霊が発生していない状態を。でもそれをする頃には、悪霊がいなかった時間の光はとっくに世界を通過してる」
話がまた難しくなってきて、俺はまぜっ返した。
「寝不足だと肌理荒くなって化粧ノリ悪くなって奇跡の化粧ノリを再現できない、て話か」
ダヌバンディアは、本当に、その地位を確立するためだけに、独自の理論まで組み立てて、教育して人材を育てているのだ。
我々が超常現象と言うしかない現象に、対応できる人間を。
「残念だ。ガチ今、あんたのくだんない話がまとをいてる。
肌理が荒れてるから、我々は地ならしから始める。
言霊、薬草、符、弾丸。聖書、ロザリオ、カソック。神の言葉、手順、儀式、音楽は供物の意味合いのが強いが、触媒になることもある。何にせよ物理的に存在するもの、つまり触媒。
触媒通すとエーテルが安定するのは何でか、忘れられて久しい。供物と触媒の違いも曖昧な奴すらいる。
その点翼人は翼出す時、触媒がない。地ならしや基礎組みをしない。なんで触媒があれば安定するのか、触媒を通さないといけないか、天才は追求する必要に迫らんねぇ。考えなくていい。呼吸と同じように翼を出す」
それは事実そうだ。だがしかし。しかし。才能みたいに語られると。
俺の美貌はリアンの目に触れないところで渋面になる。
羽を抜いたら俺の能力なんて、弾丸に念を込めるとかオバケが見えるから攻撃避けられるとか呪いの有無がわかるとか、本当にそれくらいしかない。そこらの霊媒とあんまり変わらない。
行方不明者を霊視するひとより世の中の役に立ってるかどうか。
「このクリスタルに霊験あらたかなパゥワーを込めておきました、お守りにどうぞ」てぼったくる業界だったら、もしかしたら俺でも大成したのかも知れないが。実際は、俺なんか「質」云々以前、霊感がありますね、程度のお話となっている。
羽を出してもどうとでも情報操作できるダヌバンディア一族と、俺ら零細企業では、使える武器が違うことが、残酷なほど詳らかとなった。
ダヌバンディアで至高の価値ある翼人は、市井では無才だ。カナンが双子の姉を庇わなければならなかった400年前とあんまり変わってない。
悔しいからリアンの発言に言及も訂正もしないが。
「日本にはさ。真っ二つにされても再生するミミズがいんだって。ミミズ殺法はそっからきた。師匠が呼んだ、私のエーテルの、本質。にして、私の戦い方のどうにも変更きかねぇとこ。
私はダヌの眷属を呼ぶが、神位が高ければ高いほど、私自身は触媒として脆くなる」
「待て。それ神おろしてるってこと?」
「違う。言霊を触媒に、自身を神と仮定させるってこと。人間にとっちゃ、偽物の神も本物の神も変わらない。ただ圧倒的力。言霊は、これには圧倒的力がありますよ、て宣言すること。
問題は、私も人間だから、圧倒的力に晒されて無事では済まない、てとこ。偽物の神が外部に圧倒的力を出力するなら、私は内部に圧倒的力を入力され続ける。私が偽神でいられるのは、入力が出力を上回らない間だけ」
俺は思わず、ダメじゃねぇかと言ってしまった。
「で、割れながら、再生して、肉弾戦? そうリアンお前って、演出派手だから騙されっけど、基本白兵戦だよな、しかも近距離型」
「いかにも地を這うミミズだろう。接近して、心臓を刺すか頭を割るか首を落とす。翼人からしたら原始人もいいとこだ。でも我々翼なき者はそうするしかない。地を這って身を割ってでも、脅威は潰さねばならない。ミミズであればこそ」
俺はうっと黙った。エーテルは本人に紐づき、ちからであって、本人でもある。
リアンから見たら、俺は確かに、恵まれた能力者だ。
俺は気づまりになって、話題を逸らすことにした。
「……再生? つったか? 本質が? 言霊じゃなく」
「より正確には再構築。私のエーテルなんか喰ったら、死者は死を再構築される」
ごぅえぇええええええええええええええええ
すさまじい吐瀉音と腐った血肉が、スキァナン氏の口から溢れた。
「食餌って、栄養素取り込みながら、毒素取り込むことでもあんじゃん。食中毒が怖くて、英国は煮すぎ焼きすぎメシマズ大国となった。
嘔吐は毒物摂取後の肉体反応として、正しいな。吐き出した方がいいのさ、私のエーテルなんて」
歯肉炎みたいな悪臭が、スキァナン氏の裂けた口から溢れてくる。
俺は思わず口を覆ってから、娘さんの隣だったことを思い出す。
リアンはフクロウみたいなハスキー犬みたいな昼間の猫みたいな、何を考えているかわからない目で、戦場を凝視していた。それが毒をけし掛けた側の責任、とでもいうように。
決してリアンからスキァナン氏に毒を盛ったわけではないのだが……いや、この場合は、どうだ。
「生者は生を内包する。だから肉体は癒える。死者は逆だ。死を内包する奴は、私とは相容れない」
「だずげ……ぁずげ、ぁずげでぐ」
スキァナン氏のくり抜かれた眼球が、神経線維の限り暴れる。頭が上下左右揺れるから、びち、びちと音をたてて、脳がはね散る。脳漿のにおいは、濃い膿みたいだ。はんだで髪を焼いてしまった時の臭いもしてきた。悪臭博覧会だ。
くり抜かれた眼球の瞳が、救済者を探す溺れるものの回転率で目まぐるしく動く。今にもプチンと切れそうな視神経をつたって、眼球に直接、溶けた肉のような腐った血のような肝臓色のペースト状のもったり粘性のある何かが溶け流れてきて「あづい! ぁあ、あづぉ、ぁっぢ」死んでるのに、抉られてた眼球には溶けゆく肉体は熱いのか。熱さがわかるのか。
俺はかがみ込んで涙をと吐き気を押し殺した。
背中にファイアらしきもちもちがへばりつく。
リアンは立っていた。
俺は膝も肘もついてえづいた。
べち、にぢ、とコンクリートに溶けたスキァナン氏の内側が落ちる音がする。
(これは、俺が)
翼人が素直に命を差し出してれば起こらなかったことだろうか。
「だずげ、おぅぇ、ディエァ、ミリオ、エリー、ィザーグレズ!」
最後の名前に、応えるように、視界の隅にチカ、と反応があった。
リアンが息をのんだ。
俺ものんだ。胃酸の香りがした。
空気が張り詰める。
スキァナン氏は、もっと大きな何かをのみこんだ。ようだった。
俺はファイアの癒しを頼りに、よろよろ立ち上がる。
「……ィザー、グレズ?」
スキァナン氏の呼びかけに応えるように、リズが入院する病棟の最上階が、チカ、と光った。
氏の叫びが、喘鳴になる。合間に、「ィザーグレズ……」
リアンが明確に反応した。気が凍る。空気、雰囲気、怒気、殺気。
ヂャ、と日本刀がなった。
葉陰の合間から確認すれば、氏の外れた眼球は、反吐の合間から、クロイドン・エッジ・ハウスをとらえていた。
溺れるものが藁をつかむ前に水を飲んでしまうように、スキァナン氏はのみこんだわけだ。
自分がどこにいるのかを。




