前哨戦 正しさより激しく、nevernessを苛烈にちゃぶ台返して
「その声、符術師伯父様でいらせられますか」
俺は笑って見せた。
実際には、股間になにもちびってないか内股の感触で確認していた。
「わたしが何者であるかなど、貴殿が何様であるかに比べたら、砂礫より小さきこと。
これから、悲劇が起きる。何人もの無辜の民が、カナンによって死ぬ。5年前、愚姪はそれを止められませんでした。繰り返してはなりません」
カーステの電気を通さない声には、静かな森にこだまするような、深いバリトンの響きがあった。
まろみのある力強さで、どこか、宗教指導者を思わせる。
この声できみが悪いんじゃない社会がおかしんだ、とか言われたら、コロッと信じてしまうかも知れない。
「おっしゃってる事は正しんですが、別にプロってな、正しいことやるばっかが仕事じゃないんですよ」
「貴方だけが止められるんです。貴方には特別なことができる」
俺は気取られない程度に、息をつめた。
特別な事ができる。
テロリズムの勧誘でも、よく言われた言葉だ。
きみの特異な能力があれば、きっと我が組織で特別なことができる。
(誰も彼も、俺の付属物ばっかり見やがる)
入念なスキンケアで輝く皮膚、眉毛の一本一本まで切り調えた目元、ケラスターゼケアで束感と無造作の奇跡的マリアージュを成したヘアスタイリング、均整を作り込んだ、熟練職人が加工したダイヤモンドのような肉体の俺がいるのに。
持ちかけられるのは、いつも背中のさらに後ろの話。俺って人格こそ、羽の付属物みたいに。
「貴方さえ頷いてくれれば、誰もに、未来を、確実に渡すことができる。
それはリアンのしようとしている事とは、真逆の事です」
「リアンがしようとしてんのは、妹の救助ですよ。虐殺みたいに言わなくても」
「虐殺を止める手立てを知りながら、止めなかったならば、殺された側に虐殺か否かは関係ありますまい。
責任をとれもしないリスクに無関係な命を巻き込むことを、貴方は選ぶのですか」
俺はこの時、聞き飽きた議論だと鼻で嗤った。
まだひとごとだと思っていた。
俺が何を選んだのか、何を選ばなければ誰が助かっていたのか、この憎たらしい問いを何度も何度も何度も何度も反芻するようになる未来を、俺はまだ知らない。
「だから今度は、翼人の俺に死ね、と。カナンに憑りつかれて」
「今、この戦いを終わらせる事ができるんですよ。リアンも、リザークレスも、もう戦わなくていい」
「今、クライアントを殺そうとしてんのは、あんたなんですよ」
「無用な戦いを止めることが、今、貴方にだけは、できる。という話をしています。
リアンが父親の首と戦わなくて、済みますよ」
俺から舌打ちが出た。
大変、大人らしくない。
「この布陣を広げたのは誰です。あんたが、手を引けばいいだけの話だろ! 傷ついた子供を親と戦わせて、楽しいか!」
「最初に楯突いたのは、リアンの方です。我々はずっと、翼人を礎にする事で国の安寧を保ってきた。百年以上前から決まっています。
愚姪は幼く、伝統の重みをわかっていない。彼女は行動のツケを払っているに過ぎない」
「あんたの言う伝統やらは、百年の思考停止、じゃないって言えます? 400年前悪霊に惨敗したあと、もう一度戦おうと思ったことはありますか」
「無辜の民を巻き込んで?
ミスター。戦う、と言うのは簡単です。大変勇ましい。ですが巻き込まれる側はどうなります。
最小人数の犠牲で、多くを巻き込まずに済む方法があるのなら、我々はそれを採択すべきです」
「今回、弊社から首突っ込んでる形なので見えにくくなってるかも知れませんが、俺、今、まさに巻き込まれてる側だと思うんだけど。巻き込まれて死ねって?
そんな方法を最適解みたいにかざされてもですね、具体的に俺が死ぬんでね」
大人ならば、交渉ごとは、見極めなければならない。
相手が交渉に応じる見込みがあるか。
今回は無理だろう。
符術師は交渉しなくても、力ずくでなんとかできますよということを、初手から見せている。
人間性に賭けるという方針を探って対話してみただけ、俺は偉かった。
「卿。『キャッチ=22』は読んだことあります? 個人には自分の幸福を守る責任があるんですよ。正しくても頷いてはいけないオファーはあります」
「我々が策の改善を怠ったというなら、その通りでしょう。
ですが、ヤンクスの大衆小説など読む暇があるならば、歴史を学ぶべきでしたな。
産業革命より以前。文明は500年発展しなかった。老朽化した城の柱は、500年前に植えられた木で補修すれば良かった。先祖をフォローするとしたら、そういう時代が続いていたのだ、ということでしょう。
この百年、二度の世界大戦の間に、翼人をくべる以外の方法を模索する機会があったと、本気でお思いですか」
「木だって動く足さえあれば、500年じっとしてないと思いますよ」
「過去のありようを語るならば、このやり方に実績があることも評価して頂かなくては」
俺は咳払いをして、大袈裟に同意した。
「勿論。子供を4、5人殺した」
シートの後ろから鞭状の羽をのばし、ボンネットから首級をはじき落とす。
ダヌバンディアの族長ということで、コネのひとつでも作っときたかったが。
(確かに。確かに、俺がカナンの入れ物になれば。まるく、終わりだ。
リアンが命張って戦う事も、リザークレスが死に怯える事も、それに、あの、スキァナン氏の頭と。
リアンが対峙することも)
その提案に良心が揺らがないかと言われたら。
とはいえ、提案に頷ける俺だったら、ハナからここでこうしちゃいない。
頭を抱える。
リアンの部屋に飾られた、5年前の犠牲者を表示し続けるデジタルフォトフレームが、眼裏に浮かぶ。
この戦いを終わらせる鍵みたいな心臓が、今俺の胸郭の内側にはある。
いのちが重くなって、背中を丸めた。
「なぁ10歳にもなってないリザークレスに、ガチこんなこと言ってたの?」
語り掛けても、ファイアは俺の羽を、屋台の食い物を見る子供の瞳で見つめるばかり。
俺は、即座に羽を消した。
そうだった。エーテルは、この悪食妖精のおやつだった。
(そら、リアンは怒るだろう。パパやママやリアンを助けるために死んでね、て言われてる妹を見たら)
俺は、妹に売春をもちかけたくそ実父と、殺し合い寸前に殴り合った夜を思い出した。妹も俺も、まだ十代、親父は出所したばかりで、家には俺らに加え、育ち盛りの兄貴が3人。働いてるのは、デリでバイトしてる長男だけ。
父(と母)の言い分は、家計のため。
まったくもって、俺を取り巻く世界は、胸くそ正しい。
べぁん! とボンネットがへこむ音がして、俺は身を起こした。
腕が多すぎて頭部も腕になってるゴリラと、ゴリラの両腕とがっぷり取っ組み合ってるリアンの後ろ姿があった。
ゴリラは腕の本数分有利そうに見えたが、取っ組み合う以外の全腕をチェーンに絡めとられている。
チェーンの先は、霧に飲まれて見えない。
そうだ、ここは戦場だ。
俺は胸元、ホルスターの銃に手をかけた。
「リアン! おめーの伯父様復活したぞ!」
「今頃ぁ? 重役出勤。ダヌバンディアの殿様らしくて結構なこった」
俺からは、リアンの表情こそわからないが、息切れもなければ、呼吸が荒い様子もない。たいそう胸筋の立派なゴリラ相手に、リアンが力負けしているふうでもない。服の端々は焦げていたり破れていたり擦り切れていたり外れていたり、尋常ではないが、目立った傷は見えない。
腰に、見覚えのない剣を下げている。
フルンティングだろう。若木の毒で鍛えたという逸話にそって、赤黒い刀身には血管が這うような若枝の彫り物、が、なぜだろう生き物のように脈打っている。柄には『ベーオウルフ』時代の編み物の飾りが施され、剣先には巨大な眼球がみっつ、はめ込まれていた。
俺の知ってるフルンティングと違う。
リアンが、左踵で2回、ボンネットを踏み鳴らす。
左踵から、左右と後方に三日月型のブレードが飛び出す。
リアンは右踵でゴリラの股間を蹴突き、相手が怯んだ瞬間組み合っていた手をすっと抜くと、右足を軸に左足を振り出す。仕込みブレードが半月かいてゴリラの腕を抉る。
回転の勢いそのまま、着地した左足を軸に、今度はフルンティングを抜き回す。
ゴリラの自慢だろう腹から胸筋にかけてがバカッと割れ、一部臓物が覗く。
『今、負けたと思ったろう』
言霊が早いか、視界中のチェーンがいっせいに引き締まる。ゴリラの絡めとられていた腕の多くが、八方に向かって引っ張られる。筋骨がむりやり剝がされる音と腱が引きちぎられるぱちんぷちんいう悲鳴、腐った血を撒き散らして、腕は霧の中に引き摺り込まれ、消える。
後ろに倒れるゴリラの陰、双頭のハーピーがとびだす。
俺が銃で左の頭を撃ち砕いたのは、ほとんど反射だった。
どっちの頭も新生児サイズだが、翼のはえた全長は中型犬ほどはある。
ハーピーは残った頭で罵詈雑言喚きながら逃げていき、俺はそのケツ穴めがけて2発目を、残った頭部めがけてとどめの3発目を撃った。
伝説の怪鳥は堕ちていく。
リアンがひゅぅと口笛をふく。フルンティングが、チェーンに巻かれてリアンの腰元におさまった。
「射撃精度エグ~。ありがとう、助かった」
振り向いたリアンの胸から腹にかけて、俺が撃ったハーピーの脳がべったりついていた。
俺は気を失えたらいいのにと思った。
リアンの右下から、頭部に一周目玉のついたカエルが跳ねかかってきて、リアンの拳に握りつぶされ、目玉の雨をボンネットに降らせる。目玉のいくつかは落下の衝撃でぐじゅっと潰れた。
俺は本当に気を失えたらいいのにと思った。
「伯父上がちんたらしてんのが気になる」
「手、拭いたら?」
「お前伯父上と話すなよ、悪霊みたいなひとだから」
「手からカエルの臓物はみ出てんだよ!!」
「英雄ニナリタクハナイカイ」
目玉のひとつが喋った。リアンが踏み潰した。
リアンが指揮者のように腕をひとふりすると、ジャア、と音をたてて、チェーンが残りの目玉をボンネットから流し落とす。
俺は顔にエンガチョって出てしまっていたと思う。
リアンがうんざりしたように肩をすくめ、臓物色の霧を無感動に眺めた。
「ふぅん、いい色に焼けてきた」
「What?」
リアンはメジャーリーガさながらの投球フォームで、カエルの残骸を投げ捨て、背後に迫っていた俺の頭サイズ巨大蠅にクリーンヒットさせた。
自慢の複眼を一部潰された蠅は、そのままチェーン蜘蛛の巣にひっつかまり、蜘蛛が獲物にするようにぐるぐる巻きにされ、破片になった。
「レヴィン。怪我ない?」
「相次ぐ破壊ショーで心は傷だらけだ。なんなんあいつら。もう完全にカタチが人間じゃねーじゃねぇか」
「悪いもんは性差を有利に使う。男は追い詰められたらやる気増すこともあっけど、女は追い詰められると大体弱るから、見た目でビビらす方が早い。人間にとっちゃ近年わかった特性でも、奴らにとっちゃ普遍の法則。どういう形状なら誰をビビらせられっか、奴らは本能的に戦略家だ」
「お前より俺の方がビビってんじゃん、どう見ても!」
「経験の違い」
プロになんて事言うんだ。
言い返そうと口を開いたが、言われてみればそうかも知れない。
異形の妖精に囲まれてきた国家公認非公式と、民間の幽霊退治屋では、相手にするものが違うのかも知れない。
俺たち民間が対峙するゴーストの多くは、欠損こそ多いが、概ね生前の形をしている。
「レヴィン。仕上げをする。ファイアいりゃ問題ないと思うけど、一応、目鼻口と、あったら傷口は覆って」
「待て、何する気だ。てか何体倒した!? いいか、チャイルド版エルフェンナイトによると、異形は13体で」
「二〇〇匹は潰した」
「盛るな!」
元気じゃん、と、リアンは嬉しそうに笑った。
その顔にバシッとひびがはいる。
俺の心臓が冷える。
何が起こった!?
ガラスを鈍器で突いたようなひびは、リアンの左頬骨から額にかけてはしり、所々で血の艶玉がひかり始めた。
おかまいなしに、リアンは俺に背を向け、朗々と命じた。
『おい世界!』
世界が緊張する。漂っているように見えた霧の粒子が、動きを止めた。
俺まで緊張して、ちょっと「ひぃ」とか息がもれたが、ここは戦場。車窓の外を警戒する。
化け物だらけの世界だが、そういえばこの霧。
思えば最初から、霧は、俺達を観察するように振舞ってる。
俺とリアンを分断したのも霧なら、俺を殺す意図がないから、車内に侵入してこなかったのも、霧。
遠く、符術師が聞き耳を立てる気配がした。
『流れるもんども、このウンフェルスの世にあらば、貴様こそ女怪の住処。呪われた湖!』
車を貫通していたチェーンが、きりきり巻き取られるように、リアンの方へ、前進する。
その突端は、水平に宙に浮き、どう見ても肉片と地にまみれて、なんかの腸を絡め取っていた。
そいつが俺の耳の横を通る間、俺は思わず鼻をつまんだ。
(前しか見てなかった。そうか。ファイアがカールーフで戦ってたように)
車体後方、俺の認識外でも、戦闘はあったんじゃないだろうか。
本当に二〇〇体撃破していたのかも知れない。
(だとしたら、本当に化け物と呼ぶべきは)
『フルンティングの若芽の毒で、雑魚の血肉の煮えたぎる!』
チェーンを両手にリアンが霧の中に突進して、視界から消える。
俺は言われたとおり手で口元を覆ったが、目は眼庇にとどめた。
シャリリリリリリ、チェーンの移動音だけが、リアンの生存を知らせる。
霧でなにも見えないが、当の霧自体がリアンを撃墜せんと渦巻くように流れ出した。
もしくは、もうとっくに、霧は言霊師の罠にかかって、もがいていたのかも知れない。
『ベーオウルフ』第一幕では、フルンティングに殺された水魔の血で湖は赤く染まり、女怪の毒血がそこに混ざって、湖は熱くわき、地獄の様相を呈す。
ボコ、と水面に泡立つような音がして、内臓色の霧がたわんだ。
(たわむ?)
霧が?
と思った時にはもう、霧は被膜状になり、空を覆って、ぬらつく表面には一面、気泡が浮いている。
気泡は凹凸を深め、すべて人面へと塗り替わっていく。
俺が集合体恐怖症だったら、気絶していたろう。
森も道路も空もなく、世界は一面、子供の泣きっ面したコモリガエルの背中になった。
頭髪はなく、ただただ、顔がある。中には憎々しげにリアンを睨み上げて、お子様には相応しくない言葉をきぃきぃ吐いている顔もあるが、彼らのほとんどは苦しげにうめくか、泣いていた。
一人ひとりの額から、片目から、片鼻から、口から、細く金色に輝くチェーンがのび、太陽から隔離された世界で、光源となっていた。
全てのチェーンの根本、蜘蛛の巣状になった中心に、リアンが君臨する。
リアンは右手にフルンティング、左手にチェーンの束を持ち、うんざりしたようにひとつひとつの顔を見ていた。
「お稚児趣味を貫けば、戦士の同情をかえると? さすが、我らダヌバンディアの長ですなぁ、伯父ぃい~~上ぇ~~」
「上ぇ~~」の辺りでもう、リアンはフルンティングをチェーン束に振り下ろしている。
チェーンは切れると同時、フルンティングの毒を身に走らせる。
金色は錆にとってかわられ、腐食を極めてボロボロ崩れゆく。
人面は引っこ抜かれるマンドレイク並みに叫んだかと思うと、錆が顔に触れた箇所から溶け崩れる。
異形空間の崩壊にともない、ピンと張っていたチェーンネットもたわみ、リアンの足場も崩れる。
リアンが着地するのは、腐った死者の血だまりだ。
天蓋化していた人面は溶け落ち、太陽の恩恵が戻るとともに、リアンに腐血と怨嗟の雨を降らす。
リアンはベオウルフの帰還時よろしく、敵の血で赤く染まりながら、一歩一歩、戻って来る。
もうどっからがリアンのひびで、どっから敵だったものなのか、見分けがつかない。
赤い雨はボンネットも打ったが、不思議と一滴も、車内には入って来ない。
「リアン、お前傷!」
「動くな~! 毒だからこの雨~!」
(そうなの!!?)
「お前は大丈夫なのかよ!」
「元々私のエーテルで出来てる毒なんで~」
(エーテルで)
リアンの、金粉のようなエーテルを思い出した。
リアンは当たり前のようにボンネットに飛び乗って、少し離れたところから、俺を覗き込む。
「レヴィンは怪我ないな」
「お前はひび入ってたけどな」
「エーテルの出口ってだけだ」
「そうなの!!?」
「砕いた肉片に、フルンティングの毒をまぶしてた。そのうち、フルンティングだけじゃきかなくなったんだろ。量が量だから。だから、ま、ちょっと裂けた」
「そういうもんなの!?」
リアンは含み笑いで肩をすくめた。
「翼人じゃないってこういうことだ」
俺は黙った。
こんだけ派手に広範囲で攻撃ができたって、自分に跳ね返ってくるような力の使い方しか、翼をなせない側には残されていない。
リアンが、貧相な羽をお粗末な鞭状に行使する俺を羨んだ理由が、なんとなくわかった。
俺なら、自分の丹精込めて維持してる顔に傷ができるような力の使い方は、万に一つもできない。
化け物のように振る舞えても、人間は人間でしかいられない。
赤い雨が小降りになってくる。
霧だったものが、斃れる。
「異形が砕ければ砕けるほど、霧そのものに毒が飛び散った。霧の色が変わったのは、毒のせい。
霧は車内には入って来なかったろう。伯父上のこった、固形のわかりやすい形だけで攻めてくるこたないと思ってたが、レヴィンを喪うこともしないはずだ」
「…………でも、まだ」
俺は言い淀んだ。
なんて言えばいいか、わからなかった。
スキァナン氏の首? お前の親父の頭?
「レヴィン。エグい射撃の腕と、SM女王ばりの鞭遣いを見込んで、援護を頼みたい」
「後半、いらんけど」
俺を締め付けて放さなかったシートベルトバックルから、カチ、とはずれる音がした。
「毒雨が完全にやんだら、父があらわれる」
俺は、のどに熱い塊が詰まって、なにも返せなかった。
リアンの目からは、なんの感情も読み取れない。
「というか、車体のうしろにずっと隠れてる」
「おめーの親父こえーよ!」
俺は思わず車体後方を振り返った。
トランクリッドに、ちいさな、浮腫んだ手が見える。
来ている。
「腑ぅ抉ってみたが、ダメだったなぁ。斃れなかった」
「おめーもこえーよ!」
さっき俺の耳横を過ぎていったチェーンの先、腸が絡んでいたのはそういうこと、
だったのかとリアンの方を向いて、俺は目を剥いた。
血もひびもフルンティングも消えている。
さっきまで真っ赤だったリアンが、損傷激しめのハイブランド服を着た、ハリウッドの爆破アクションちょっと浴びただけですみたいな俳優然として、ボンネットに立っていた。
「おま、えぇ、おまえ、なんした!?」
俺は思わずお国訛った。
リアンは俺を見下ろして、片頬だけ上げるリチャード・ドーキンスみたいな笑い方をした。
「世界のミミズは真っ二つにされても上半身しか再生しねぇ。でも日本には、体真っ二つにされても双方再生するミミズがいんだってよ」
「み、みみみみず殺法」
リアンは誇らかに頷いた。
俺はネーミングセンスに慄いた。
「あのくそ親父が本番なんだろうが。ミミズ殺法フルで戦うと主に神罰くらうから、フォロー頼む!」
そらどういうことだ、今までのアレはフルパワーじゃなかったってのか、とか問いたださんとした時、雨の最後の一滴が、ボンネットを打つ。
『見届けとけ、世界!』
リアンがカールーフに飛び上がる。
こいつはなんでこうも、相手の出方を見るとか、迎撃態勢をとるとか、待ちの戦法をとらないのか。
『我こそは防がれる者なきフラガラッハのあるじ! タスラムの轟烈で直系親族を射抜く者! サウィルダーナハにしてイルダーナハ、ルー・マク・エスリウ、長腕のルーである!』
「そんな大神持ち出すな罰当たり!」
俺は消臭剤ファイアを連れて、割れたフロントウィンドウから踊り出た。




