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Kanaan  作者: や
2章 本戦
39/66

口伝が悪いんじゃない。きみが悪いんでもない。ただ我々は日々うしない続けているので

「いや、いや待て。それじゃ結局これは現実なのか。カナンは。カナンだって俺の記憶から世界を構築してたろう」

「カナンはエンパスだ」


 エンパス。その単純さに、驚いて俺はリアンを見た。

 テレパス=テレパシストが相手の心を読んだり自分の思考を送ったりできるのはSFでおなじみだが、エンパスは、自分の感じ方や感情を、周囲に伝播させられる能力だ。

 エンパスの周囲にいる人間は、エンパスの感情に自分の感情を塗り替えられるが、それが他者からの干渉だとは気づかない。自発的に・自分が、そう考えた・感じたものと思う。だから、テレパスに比べてエンパスは発見されにくい。自我とエンパスの能力との境界が薄いのだ。


「エンパス。そんな、そんな単純なことなのか!?」

「単純だよ。やることグロいから悪霊だーって思うだろ。でも生前のカナンの記録を辿れば、あの現象の理解はたやすい。カナンは自分の感じたことを伝播できた、元々な。ま、能力ダダ漏れじゃ周りが困るし、そもそもカナンは戦士だったから。コントロールは秀逸だったんだろ。

 あいつは要するに、人間のこころの機微に元々敏かった。幽霊になって肉体って障壁がなくなって、相手のこころにまで突っ込んで来られるようになったのが、あれだ。

 ゆうてネズミの頭になってたこともあるっつーから、400年の間に、色々取り込んで混ざってはいるよなぁ」


 リアンが他人事みたいに言う横で、俺は真っ青になっていた。

 キリスト教圏ではみっちりぎっちり人間のかたちというものが決められていて、大昔はインターセクシャルってだけで悪魔の体だとか言われて不遇を受けたり男装した罪で救国の聖女が燃やされたりしているが、じゃあなんでそんなに生き物のかたちに拘ったのかといえば、支配の都合ももちろんあるが、要するにこういうことだ。

”混ざるはずのないものが混ざってたら人間に勝てる見込みはないからとりま警戒しろ”

 エジプトの神々、インドの神々、中国の神々、ちからの強い存在は、みな必ずしもひとの形をとらない。キリストだって主がひとがたとは言ってない、自分に似せて人間を作ったって言った事になってるだけだ。


「元々エーテル操作に長けて、色々混ざった悪霊か。聞いてはいたけど、まともにやったら人間は死ぬやつよなぁ……」

「予言の自己成就はやめようぜぇ。あんたの仕事は私を守ること、カナンと戦うことじゃねーべよ!!」


 だから大丈夫!! とばかりにリアンはサムズアップした手を突きつけてきた。俺は静かにその手を両手で包み、勢いよく親指を沈めてやった。


「いてぇな!!」

「俺は頭がいてぇよ」


 リアンがなんとか親指を立てようとするので、俺は今までのうらみつらみを込めて、絶対に親指なんか立てさせまいと、か細いが多分男の手首くらいは折れる技術を持ってる手を握り込んだ。

 リアンは全く痛くありませんよとでも言うように、そんな俺の努力を鼻でわらった。


「なーになに。混ざろうが混ざるまいが、それはこの階層から見たカナンの話だ。別の階層から見たらバラバラかもわかんないだろ。キマイラだって、ギリシャに来て化け物扱いだけど、元々季節と一年の象徴だろ。尾の毒蛇は冬、胴の羊が春で、頭の獅子は夏だっけ? 全部別のものだし夏と冬は少なくとも英国には一緒に来ない、一緒くただと思うから脅威なんだ。そら明日冬で明後日夏で今日が春だったら自律神経の脅威だわ。

 でも。一緒には。きません」

「そうか。ダヌバンディアはそういう考えなのか」


 強いはずだ。恐れるべきものを恐れるロジックもアルゴもプロトコールも、常人とはそもそも違うわけだから。だが。

 握った手に力がこもる。


「お前らの言い分はこうだろ。世界は階層構造だから、別の階層からアクセスすれば、カナンだって敵じゃないかも知れない。聖書でサムソンが力の源ロングヘアーを断髪されたら無力になったように、ちからと魂が別階層にあれば、混ざってたってこわくない、ひとつずつ潰せばいい。なぜなら自分らダーナ神族は別階層からアクセスできるから。

 ただな、世界階層説が正だとして、階層移動できないよな? 事実お前ら一族、行けないんだよね、ティルナノグ。でも翼人はいける、というか、正確には、行くだけの出力がある。だから翼人は大事にされてきた。そっちの認識に間違いはないな?」

「うんそう。人間はね、この世界でしか生きられないよね。自分の位置もわからないのに、別の階層に移ろうと思ったらそら、翼人の出力に頼るしかないわけだ。だからジリ貧になってったんだ、ダーナ神族は。口伝は曲がっていったし、アクセス情報は失われた。我々はカナンに滅ぼされるまで、それに気づかなかった。というか、気づかない程度には異界に干渉できたし、困ってなかったんだな。

 キリスト教が異教を狩るまでは、安泰だったんだよ。この世界が嫌になったら別の世界に逃げればいいや、くらいに思ってた。でも実際危機が迫ってみれば、どこにも逃げ場なんかなかった。

 だから、マデリン。カナンの双子の姉」


 思わぬタイミングで先祖の名前が出て、俺は怯んだ。手に込めていた力が弱まる。リアンはその一瞬を見もせず、けれど逃しもせず、するりと俺の両手から逃げて、逆に俺の片手を捉えた。

 びり、と感電するような痛みが走る。さっき茶で小さな火傷を作ったところだ。水膨れが始まっていたそこを、リアンの指が的確におさえつけ、わざと刺激するように指先で撫でている。

 このガキ、と思って睨みつければ、リアンは400年分の沈黙を思わせるような果てなきうろを思わせる真顔で、俺の目を見返していた。


「マデリンが空を飛ぶところを見られて、異端審問官に隠れ里が通報された時。ダーナ神族の末裔どもは、元凶になったマデリンを魔女審問に引き渡す事にした。異界に連れて行けないなら、翼人はいらなかった。それに激怒したのがカナンだ。

 わかるか」


 俺は、400年分の後ろめたさをあらわすまいと努力した。


「あんたの家にどう伝わってるか知らないけどさ。きっかけはそっちなんだよ。

 マデリンが、飛んでるとこを見られた」

「うちにだってそう伝わってるわ。でもお前らは子供を審問官に売った。いくら当時はそういう価値観じゃなかったつったってな、ティーンの責任をとるのが大人だろうが、お前らは寄ってたかって子供を放逐して、手を振りほどいて、最後には燃やしたんだ。

 そら俺はマデリンの直系で、すなわちカナンの血縁だよ。お前ら一族には怨敵も怨敵だろうよ、だけどな、マデリンは命乞いしてくれる親も親戚も殺されて」

「それは少し違う。彼女の親戚はご存命でこそないが、別の世界で安泰でいらっしゃるし、何名かはまたいづれかの階層に転生なさった」

「What!!?」


 俺の声は裏返った。


「さっきティルナノグで空飛んでらしただろう。あれだ。こちらにいた時は翼人ではなかったんだけどな、階層が変われば在り方も変わるからな。

 あぁほら。治ったよ」


 リアンが俺の火傷から指を上げた。正確には、火傷してた皮膚からだ。

 そこには水ぶくれも、熱をもった赤い跡もない。

 その代わりに、治癒系奇跡の霊能者特番で霊能者が治癒やなんかをした時に視える金粉が、0番の化粧筆でひと佩きしたように細く、まばらについていた。


「マデリンには、殺されたように見えたろうな。なんせ当時の族長が真っ先に異界に逃がそうとしたのは翼人の血統に近い方々からだった。大事にされてはいたんだよ、翼人。で、実際、彼らはご親戚は逃げられたんだよ。マデリンの出力で、常若の国への扉をひらけた。

 でも誰も、肉体は持って行けなかった」

「は、え!!?」


 リアンは俺から手を引いて、普通に茶を飲んだ。


「肉体持ってけなかったらさ、つまりそれって死亡だよな。そんなん逃げたことにカウントされんのかって、当時はほら、転生するから死んでもいっかーって価値観はもう古かったんだよ。ダーナ神族の末裔でも」

「え、は!!?」


 俺はどっから追及していいかわからなくなって、ハートのティーテーブルを真ん中から割る勢いで両手を天板につき、立ち上がってリアンの方に身を乗り出した。

 リアンは動じなかったが、俺が400年分の沈黙のように感じた真顔もなく、あるのはいつものひとをバカにしたようなアホづらだった。


「いや信じなくてもいいけどね。あんたはマデリンの子孫なんだから。でもこちらの交霊の結果はそうだ。別階層に行く時、必ずしも肉体ごと行けるわけではない。我々が失ったのは、異界に行く方法で、別階層へのアクセス情報で、そらつまり、異界に行くってのが死を意味しないって価値観の方だった。肉体は、この階層での在り方だからさ。異界に行った先祖が妖精だなんだになったって基本を忘れたわけじゃなかったろうが、それだとさ、肉体が妖精に変形したんだなぁとか思うじゃん。違うんだよ。肉体にそれほど価値を置かなかったから、異界に行きました、肉の体は死にましたっていうふうには、伝承に残らなかっただけで。

 肉体ごと別の階層に行けるのは、だから神様級にすげー事つか翼人級にしかできねぇ事だったんだよな。

 実際、ご親戚のみなさんも異界にいってすぐこっちに連絡してくれたんだけど、まーそこは時間の流れが違ってさ。あちらのすぐは、こちらの約1世紀だった。カナンはもう荒ぶってたし、たぶんマデリン死んでたんじゃないか。マデリンだけは交霊に成功しないからわかんないけど」

「待てそれ、俺の先祖が問い合わせたらもう100年経ってたってことか」

「さっき異界に行ったら肉体置いて来たみたいなんだけどー、届けらんないもんかねー。て問い合わせがきたんだって。ポルターガイストで。あちらさんも境界を渡ったら1秒前とは違う在り方で、びっくりしたろうし気の毒だよな」


 俺はいよいよどっから追及していいかわからなくなって、しばらく視線を泳がせて絶句した。

 のち、ひととして言うべき言葉をひりだした。


「先祖がすまん」


 リアンは苦く笑った。


「いや別にそこはお互い様っつーかさ。だからあの、マデリンとは交霊ができてないからさ、想像するしかなくて、わかるか」


 リアンは苦く笑って、そのまま苦虫を噛んだ。


「わかるか。14歳の女の子が、自分のちからで自分の故郷追い込んで、自分のちからで逃した相手は目の前でバタバタ死んでってさ。

 その時、どんな風に傷ついて、どの範囲まで自分のせいだと思って、どこまで自分を苦しめたか」


 俺は、この時初めて、リアンの、くっっっそ悪い性格の中にある、人間性、というものを、薄々勘付いてはいたけど認める価値を認めたくなくて明文化を避けていたものを、直視した。


「族長が指名したひとから、異界に逃したら肉体が死んだらさ、そら、族長指示で殺されたように見えるだろ。ましてマデリンがきっかけだったんだ。罰を与えられたようにも感じるだろ。

 そんなつもりじゃなくても、結果、確かに我々は、マデリンの親族とこころを殺して、カナンを混ざりものになるくらい貶めた」



 

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