退魔事務所ミリエルアンドパートナーズ(かぶ)
「お疲れレヴィン。レポート読んだ。接戦だったね」
「社長? まずは叱責を。レヴィンあなた。護衛対象の敵になりかけた件、ひいては憑かれちゃったら依頼人を殺す危険性もあった件、ふふ、だせぇこと。こほん。
それでちゃんと反省してるの?」
リモート会議画面で、副社長が社長を押しのけてカメラに寄った。副社長・ミリーの抱いてる猫が、画面にうつる俺をちょっかいかけたそうに見てくる。またどこから拾ったんだか、初めて見る猫だ。二人の背景の社長室では、キャットタワーで二匹の猫が運動会をしている。あっ今三匹目が加わった。
可愛くってため息が出るね。
「反省してます。申し訳ないと思ってるよ」
俺は会社支給のタブレット前にあぐらを組んで、ロンドンの夜風に吹かれた。涼しく、埃っぽい。
ロンドン塔周辺と違って、イーストエンンド、100年前は切り裂きジャックのテリトリーだったこの辺は、今なお昼夜あんまりあかるくない。麻薬の売人が隠れ蓑にするのにちょうど良さそうな暗さ。ボコボコにされた自称タフガイが、みっともないとこ見られずに安心できそうな明るさ。”俺たちにはどうせなにも変えられない。世界は変わらない”て住民の呪いが聞こえてきそうな静かさだ。
こんなとこに、お貴族一族ダヌバンディアの前線基地、現リアンの住居、そして今の俺のケツの下はある。
いくらコンバージョンフラットで同じ階に住人がいないつったって、このエリアで未成年女子の一人暮らしなんか周囲に知られた日にゃ、安全保障は北アイルランドの過激派と英国との和解条約よりあてにならない。
それでも前世紀に比べたらまだ治安は良くなってるんで、俺もこうして最新のりんごひとくちかじられてますよ社のアイテムで遠隔社内会議ができるわけだ。
「まぁま、ミリー。命がけで戦ったアソシエイトだよ」
「あのね。リアン嬢ってあたし達とも知り合いなのね? こぉんな戦い始まる前、リアンちゃんがSNSアカウント消す前は、相互フォローとかしてたわけ。いいねとか送り合ってたの。ひとえに我が社とダヌバンディアの繋がりの為よ、死なれたら困るの」
「は? そういうの後出しでいうのやめろよ。
つーかあいつはビジネス承知で付き合ってんの? お前ビジネスのために未成年騙してコネクション作るとか、やめろよ。あの年齢で友達つったら下手すりゃ世界の全てなんだぞ」
「あーら! 野生のダヌバンディアよぉ? 唾つけとかなきゃって思う団体はいくらでもあるの。
リアンちゃんだって、わけわかんない団体に目つけられるより、マリアちゃんの同級生の会社の方が信用できるし、いっこくらいこっちの業界バックに持ってた方が市井渡りやすかろ、て目算くらいあるわよぉ。それもなかったら貴族に向かない。ただのお花畑ちゃんね。
勿論、あたしはそんな子だなんて思ってないわぁ。オトモダチですもの」
かくも、大人の世界は、きったない。
俺はビジネスと人間性に関する憂いを、ため息に乗せて英国の夜に撒き散らした。
哀しいかな、英国非公認の公認霊的守護一族と横の関係があるってのは、この国のこの業界、ひいてはヨーロッパにおけるこの業界においちゃ、確実なアドバンテージだ。ブレグジット後はその構図も変わんのかな。
「だとしても後出しはやめろ、後出しは」
「アナタ、愛しのマリアちゃんの結婚式の話はあんまりにも、あんまり、にも! 聞きたがらないじゃない。
だから言わなかったの! そこで知り合ったから~」
よく考えればシドはマリアの高校の同級生、ミリーはシドの何なのかよくわからないが、結婚式に招かれたら同伴する仲だ。
社内資料によれば、マリアの結婚式で花嫁のヴェールを持った後、ケータリング代浮かすために給仕に混ぜ込まれた、というかそもそもマリッジブルーに片足突っ込んだマリアに代わって式とパーティの製作総指揮を務めたのが、リアンだった。マリアの人遣いに関する倫理観は、ゼロ時間労働を弾劾できない。
俺はそんな呪わしい結婚式もちろん欠席した。
初恋の女性が、ヴィクトリア女王がそうしたってだけで白が定番カラーになった超動きにくいワンピース着て(マリアのドレスは白でなく柔らかい桜色だったが)、ランウェイの栄光には遠く及ばないけどどの道より華やかな、輝かしい、幸せになりますようにって願いで粉飾された道を歩くのをみるマゾヒズム的趣味と寛容さと潔さは俺になく、欠席して身も世もなく泣きながら、夫になるアレックスをけなすつぶやきを乱発して垢BANされた。
あの頃俺は若かったっていうか思い返すと恥ずかしくて素直にぶん殴りたい。
「わかったその話は聞きたくないから結構だ。今回の件は反省してる。でもメリットもわかっただろ」
社長のシドが頷いた。
「レポートにあったね。きみはカナンには憑かれない。折角千里眼があるのに、ライヴヴューできなくて残念だ」
「ダヌバンディアなんか視た日にゃ目ぇ灼けんぞ。強すぎる光か暗すぎる闇だろ、あそこは」
「やってみはしたんだけどね、はは、レポートだと、リアン嬢が言霊出したあたりかな? いきなり強いエーテルにあてられて、危うく失明するところだった」
「二度とやるな。あんた目は商売道具だろ」
うちの利益の大半は、シドの千里眼がスノッブ連中から巻き上げる未来予知顧問料だ。
シドの千里眼、千里、がどっからどこまでなのかというと、認知しうる距離的範囲から時間的範囲。つまりある程度未来が視えるし過去もわかる。
あんまり見たくもないもんばっかり見えるので、シドはゴーグルを外さない。最近はVRゴーグルに変わりつつある。しかもなんか、ダンボール製のやつ。ネット検索大手の眼鏡より、視界が狭くていいんだそうだ。
「特定の人間に憑けない悪霊。なかなかないケースだ」
「たまたまかもわからないじゃなぁい、悪霊が自分の憑けない特定の人間と出会う確率なんて、ティンバーでベターハーフ見つけるより低率でしょお? 観測されてなくって記録がないだけかもよ?」
「ミリー。従業員が命がけでとってきたデータだよ。たまたまで片付けるのはどうかな」
「なんだシド。俺が敵に憑かれなかったのは想定外か。おれはてっきり、その辺も織り込み済みで仕事振られたんだとばかり」
シドは柔らかく頷いた。
「想定外だけど、可能性に賭けてはいたよ。きみのルーツがエネミーにとってなんらかの効果がありはしないかってね。
あとは単純に、きみが同族に会えればいいと思ったしね」
「俺とダヌバンディアさまを一緒にすんなよ。あっちは英国非公認の公認、こっちはアイルランド島から来たハイエナだぞ」
「そぉんなの。ダヌバンディアは今英国に二人しかいないのよ。今こそ我々が! ハイエナからライオンに! 非公認の公認になるチャンスよ。
エネミー・カナンだって、業界じゃぁあと5年は大丈夫だって思われてたじゃない。ブレグジットにここまで動揺してなければね。アタシは離脱派だから、何も問題ないわぁ。これからどんな国になってくのか、楽しみ!」
「俺はエラスムス(EU内ならどの大学で受講しても単位になる制度)で学位とったから残留派だよ。EUには恩がある」
「OK。政治的な話はやめようぜ」
俺は投票日は覚えてたけど俺が生きてんのが何年何月何日か忘れてたクチだ。やり直し投票の時も。期日前投票、大事。
「今日1日リアンに張り付いてたけど、今日のとこ異常はなかったな。昨日、いや日付的には今日か? とにかくレポートの戦闘後、俺たちと別れ際、カナン相当弱ってたからな。ブラン卿の鴉に喰われたんじゃねーの」
「でも、リアンちゃんがマリアちゃんのお家に帰ってないってことは、まだ戦いは終わってないって事じゃなぁい?
そもそもリアンちゃんは、どうやってカナンの動向を把握してるのかしらぁ。マリアちゃんの家を出てったのが先週でしょう? どうしてこの季節、この月、この日、敵の封印が解けるってわかったの? あと5年はもつはずのものよぉ。そもそも今回、これは偶然リアンちゃんの前にカナンが出てきたの、それともリアンちゃんがカナンの出現位置把握して、迎撃してるの? そもそも、カナンが欲しいのは翼人の妹ちゃんの方よね?」
「妹側に結界が張ってあるじゃん。術者が邪魔なら、カナンがリアンを狙って現れたんじゃねぇの? 5年前もそういう流れじゃなかったっけ、確か」
俺はたたんで尻ポケットに突っ込んでおいた資料を引っ張り出して、該当項目を確認しながら主張した。
「問題は、その辺をどうやって確認するかだね。
あいにくブラン卿は英国の王、国民の存在までは脅かさなかったみたいだ。カナンも英国民なんだろうね。まだ消滅してない。俺の千里眼ではレヴィン。きみ、今週中にはまた戦うよ」
「いやね。ここはブリテン。死んでも人権がある国」
俺は呻いた。
「OK、視えたってことは、ダヌバンディアとは別行動か。リアンがいない時に襲撃くらうってことか?」
「いや? 一緒にいるから部分的にしか視えないんじゃないかな。どうも眩しくてね、あんまり視えないんだよ」
「だから視るなよ。うっかり灼けるぞ。リアンな、あいつまじダヌバンディアだぞ」
「戦闘は数日ののち。問題は、その数日でカナンが回復してくるからこそ、その日襲撃があるんだろうって点だ。回復するって事は、カナンはどっかからエーテルを補給してくるって事。
ひとが、喰われるぞ」
「いいえ。それは問題じゃない。依頼されたのはリアン嬢の護衛で、カナンに襲われるひとみんなの護衛じゃない」
ミリエルの三日目のフランスパンみたいな口調に、野郎どもはため息をついた。
それはそうだけどさぁ。
ビジネス、ビジネス、ビジネス、ゴッドセイヴザ資本主義。
社長が口を開く。
「カナンは、憑いた対象のエーテルをまず吸って、攻撃してくる類だ。あとは包丁振り回してたあたり、単体ではポルターガイストも起こせないんじゃないかな? まずは憑依ありき。珍しいタイプでもないね。
だったらそもそも憑かせない、というのも、ひとつの戦い方だと思うよ」
「それをやって、この戦いはいつ終わるのよぅ。カナンがリザークレスを狙ってる、リアンちゃんがそれを阻む、アタシたちが関われるのはその間だけだわ。本件のクライアントは法人じゃないのよ、いつまでも顧問料を搾り取れる相手じゃないの。
言いたくないけど、リザークレスが最悪憑かれたって、リアンちゃんさえ守れればうちは勝ちよ。クレームにはなると思うけど、要するにリアンちゃんの戦いが終わればいいんだもの」
「ざっけんなそんなフリーライダーみたいな真似ができるかよ。マリアに縁切られるわ」
「まだマリアちゃんに未練があるの?」
「ちがっ、これは実家が近いのに気まずくなるのは近所づきあい的にどうかって大人の判断であって、いやいい何で俺が弁明しなきゃねぇんだ。お前は俺とマリアのことには口出しするな。
大体俺の評判にも関わるだろ。
俺からこれ以上仕事を取り上げんな、ただでさえモデルの仕事も親父の風評被害で契約更新やべぇんだ」
そして実はその風評でからかわれたため、先日パブで喧嘩騒ぎを起こしている。乱闘だったし相手も売れないモデル連中だったから、波風立ってないだけだ。目撃者は多数いた。パブに訴えられたら負ける。
事務所側は事務所同士で会合をした末、そもそも喧嘩を起こしたのがモデルだとばれなければ世間体的には問題ないのでは、てことで、俺の露出を禁じた。
おかげさまで俺は今ここにいられる。しばらくいられる。クソ。
「誰が憑かれるか、事前にわかればいいんじゃねぇの。除霊のち討伐、てのも戦い方だし」
「視た感じ、喰われるほうも、弱った悪霊がターゲットにするだけあって、それなりに強い霊能だよ。視ようとすると、はは、失明しそうになるね!」
「やめろ。視るな。俺の働きどころがなくなる」
「とはいえ補給燃料としては、悪くない選択だ」
「あら。社長に視えないってのは、悪くない選択どころか、相当な実力者じゃない」
「合戦場になる場所は、なんとなく視えるよ。そうだな」
シドが遠くの星を見るように、少し上を向いた。ダンボール製VRゴーグルのせいで目元は見えないが、「シド。社長。いいよ。やめろ目が灼ける」
「どこまでも続く白い壁」
それだけ言うと、シドはカメラの方を向いた。口角を持ち上げて、続ける。
「扉がたくさんある。個人宅ではないね。影のつきかたが人工照明しかないから、時刻は不明。その照明も、むき出しの蛍光灯だ。装飾的じゃない。つまり貴族の屋敷や高級ホテルなんかではないね」
「やだ、オフィスかしら。それとも安宿? 科学系のラボ? 製薬会社だったら悲惨ねぇ」
「はっきり見えるのは、レヴィン、きみが、拳銃を構える背中。と、銃口の先にとても暗いもの。暗いのは悪霊だろうね、ひとを喰って肥大して、俺には具体的形が見えないくらい、力をつけてきた」
俺は嫌な唾を飲んだ。
どこまでも続く白い壁。
公共の場所だろうか。それって可能性として、目撃者多数ってことだろ。そんな場所で銃構えるって、最悪なんじゃないのか。英国は銃所持アウトだ。警察だってちょっと前までは銃持ってなかったし。
(でも、公共地みたいな生命のある場所に、悪霊っておいそれと出てこられるもんだったっけな? 自然霊なら、まぁそこらじゅうにいるけど)
弱い悪霊は、そもそも溌剌とした生命力が嫌いだ。
「俺、銃所持の許可証持ち歩いた方がいいか?」
「銃所持は許可されてても、公の場で構えたらアウトじゃない? 意味なくなぁい?」
「合法かどうかは、生き残れてから考える戦いかな。顧問弁護士とは相談しておこう」
「ボーナスはずめよ」
「もみ消しでお金がかかったらそうもいかないよ」
じゃあ遺族年金をはずんでくれ。
「憑依対象を強い霊能者から一般市民に誘導できたら、戦況は変わるかしら。なるべく霊感がトンチンカンなタイプに憑いてもらったら、こちらが有利かも」
「やーめーろ! 悪霊に喰われたら最悪死ぬんだぞ! マジやめろよ! カナンがリザークレスを狙ってる、リアンがそれを阻む、俺らが関われるのはその間だけなんだろ!」
「死ぬ前に除霊すればいいわ」
「簡単に言うな。後遺症とかあんだろうがよ!」
この調子で、会議は進んだ。
俺はいちおう、ほんとに一応護衛対象に拒否られてる件を相談してみたが、リアンはクライアントじゃないから流していい、で終わった。そう言われるとは思ってた。
通話を切ったら、嫌な疲労を感じて倒れるように寝転んだ。
数日後にまたあの悪霊と対峙しなきゃいけないなんて、f ワードしか浮かばばい。
中東の兵士はこんな気持ちなんだろうか。いや向こうにはシドの未来予知がないわけだから、もっと張った気分なんじゃないのか。
だったらやっぱり、俺は戦争には反対だ。
今は21世紀、誰かを傷つけるのがタフネスだった時代は、せいぜい20世紀まででいいだろ。
(憑依対象の操作、ねぇ)
それって、これまでのリアンとの会話が全部事実だったら、ダヌバンディアが俺にしようとしたことだよな。
認知しうる距離的範囲から時間的範囲。
千里眼の可視範囲には未来も過去もあるが、あの情報局員の話は、高校でシドと出会ったばかりの頃、ぼやっと話した程度だ。オマーの爆破テロが絡むものは、記憶にも口にも、登らせたい登頂者じゃない。
でももっとちゃんとシドに頼んで、過去をみてもらっていたら、昨日の戦いはもっと有利に運べていたんだろうか。過去をほじくるのが趣味のカナンとの戦闘において、何か清算した方がいい過去を、俺はもっと持っているだろうか?
悪霊の退散方法は未だわかってない。
当然かも知れない。
悪霊もかつて生きてたひとりの人間だったなら、そこには彼や彼女の信仰・文化・ルーツ・好悪があって、なにが弱点かなんて千差万別。
心臓を潰せば人間が死ぬって共通ルールが、パンドラの箱の底の希望みたいにあるだけだ。
だから俺たちは心臓を狙う。
問題は、銃じゃ心臓より頭の方がでかくて見える分撃ちやすいってことだ。
本当に心臓を潰そうと思ったら、昨日か今日のリアンみたいに近接戦闘が相応しい。
「ヘイあんちゃん! お話は終わったかいぁ!!」
ばぁんと屋上に続く塔屋のドアが蹴り開けられて、俺は起きて戦闘体勢をとった。
(カナンは数日後まで現れないんじゃなかったのかよ!)
リアンだった。
盆と折りたたみテーブルを持っていて、腰に巻いたエプロンが、歴戦の給仕みを感じさせる。
「夜食もってきた。食うよな? 食ったら帰れよ、この辺危ねぇからよ。食器はそのままにしていいから2度と来んなな」
そう言いながら盆を懐から現れた風船カーバンクル、ファイアとかいうアレにのせて、がんっと折りたたみテーブルを広げる。
簡易食卓が整えられていく。湯気のあがるフライドポテトにとろとろした牛肉ブロックのワイン煮、何種類かのソースと、スクランブルエッグの乗ったサラダ。水素水ってラベリングされたボトルウォーター。
「なんでてめぇ俺がここにいるって知ってんの?」
いやそこはありがとうだろ、と思いながら、俺は言うべき言葉を言えなかった。
「マリアが依頼するようなれいのう会社? ていうの? それって十中八九シドだろ。あいつにVRゴーグル使うのやめさせろよな。携帯キャリア変えたのにメール来んだよ。IPアドレスっつーの? ああいうの特定してくんの。なんか、あんたがここにいるから餌を与えて下さいってさ。いい社長だなおい。ナフキン使う?」
それストーカー防止とかIT系の法律に引っ掛かるやつだ。しかも相手未成年。起訴されたら負ける。
「それは弊社の社長が申し訳ない」
今度は素直に謝れた。ひとのことだからな。俺のことじゃないから。
テーブルセッティングを終えたリアンは、いやいいけどさと手を振った。
「曲がりなりにもあんたがここにいんのってさー、私の責任もあんじゃん。それを飢えさせるのは違うよなって思ったし? ま、食ったら帰れよ、そんで二度と来んな。2回言ったからな」
リアンは満足そうに去って行った。俺はその背中と、湯気をあげる料理の間で視線を往復させた。
大変いい匂いがするが、お手製だろうか。
ポテトをつまむ。炭水化物、というモデルの天敵を前にして、俺はアメリカ式自己暗示を適用した。ポテトは野菜だから食っていい理論という。
アンチョビが効いてて、塩加減が絶妙だ。ケチャップがいらない。
手が止まらなくなる。
(育ちがいい奴のああいう物怖じしなさって、本当なんなんだろうな……)
でも、少しだけ、関係改善の希望が見えてくる。
消化のために血液が胃に集まって、体の中心があたたかくなる。
次第に、炭水化物効果で、指先までぽかぽかしてくる。
(うまくやれるかも知れない)
平らげたポテトの皿には、真ん中に(Fワード)OFF. の文字が印刷されてあった。
いやもう何もうまくはいかねーわ。




