4-30 天網恢恢疎にして漏らさず
地平線を抜け出したばかりの太陽が街を暖めるには今しばらく時間がかかる。
まだ冷たい風を切り、トーントーンと軽快に斑点柄の雲鼠がサーバと悠太を乗せて駆ける。
軍服に引き締められた腰に手を回す悠太の頭には、深緑の皮膚のカメレオンがしがみついている。
「きっかけを寄こしたのはそいつだ」
眼下を流れていく土の道から目を離し、悠太は頭上のカメレオンのような魔物、『鏡遠影』に意識を寄せる。
「鏡遠影の、子供?」
悠太たちが水晶林で調教し、力を借りている――『鏡遠影ファフニーナ』。
異世界で独自の進化を遂げたそのカメレオンは、悠太たちの世界で言うところの防犯カメラのような芸当ができる。
子供の鏡遠影が目にした映像が、親の胴体に映し出されるのである。
「そう、遠隔地を監視する鏡遠影……だが、その子供は貴様らが調教したあの家族の子ではない」
紅糸の長髪を靡かせるサーバが口にした言葉に不穏な予感を覚え、悠太は眉をひそめた。
「どういうことです?」
「勘を働かせろ。何故キリグイを今まで見つけることができなかった? 何故我々は鏡遠影の力を借りた?」
「それは……キリグイがサーバさんや傭兵さんたちの見回りルートを避けて襲撃してたからで……あ」
ハッとして上げた悠太の視線が、流し目の視線と交差した。
「貴様らが水晶林で管理人から聞いたという話によれば、鏡遠影を捕えていたのは我々だけではなかったはずだ。
あの密猟者どもが捕えた一組目の家族が……こいつというわけだな」
水晶林の管理人であるマイク・ファレスタ曰く、悠太たちが縛り上げたポーとチャーズという密猟者の兄弟は、以前に別の鏡遠影の家族を捕え、連れ去っている。
「そうか、鏡遠影の力を使えば、サーバさんたちの見回りルートも把握できる……?」
「ああ、そして今頃あれこれと対策を準備しているだろう密猟の依頼者こそが、霧喰事件の実行犯だ」
まっすぐに前を見据える視線の先に、積み上げられた鉄檻の群れが見えてきた。
「……さて、着いたな」
「……ここって」
――その監獄のような敷地に入る二人を、屋根の上から伺う人影が一つ。
白いローブから覗く双眸は、学ランの少年の頭から足先にかけてを冷淡に観察していた。
◇◇◇◇◇
雲鼠から降りて。
辿り着いたのは、七時街の中央に位置取る巨大な施設。
多くの住民たちが牧歌的な木造平屋の畜舎を構える中、この場所では動物園、あるいは監獄のように鉄檻で家畜を飼育している。
鉄檻はドーナツのように円形に配置されており、中央の広場から一望することで一人が多くの檻を監視できるようになっている。
一望監視施設。
悠太が以前にここを訪れた時、元の世界のテレビ特集で紹介していた収容施設と情景が重なったのを思い出した。
ザッザと靴音を進め、唸り声の鉄檻の間を抜けると、澄み渡った空の下、檻を一望できる黒土の大広場に出た。
中央の粗末な矢倉の監視塔がなければ、そこはまるで闘技場のようであった。
観客は周囲を囲む檻の中で不安にざわめく家畜たちである。
そして矢倉の下には、ぽつんと佇む男が一人。
ふくよかな腹を装飾豪華なジャケットで覆い、丸顔には立派な口髭、シルクハットを被っている。
「ドリマン、さん……」
悠太が呟くと、ドリマン・ルバーカスはズボンのポケットに片手を忍ばせて溜め息を一つ吐いた。
サーバは大広場に踏み入ってすぐに足を止め、悠太にも止まれと合図すると、少年の頭に乗せていたカメレオンを自分の肩へと導く。
「……おやサーバ様、こんな早くから視察ですかな。
朝は色々と忙しいので、できればそうですね、お昼頃までお引き取りいただきたいのですが」
顔はにこやか、声は爽やか。
以前、水晶林に向かう前に霧喰事件の聴取を行った時と変わらない様子の男へと、軍服の女は腕を組み詰問を浴びせる。
「忙しいと言うわりに他の働き手がいないようだが?
そういえば明け方、伝鳥どもがここから飛び立つのを見かけたが、従業員たちに何を伝えに向かったのだろうな?」
確信ありきの問いにドリマンの雰囲気が変わった。
「……たまには彼らにも休暇をと」
「貴様は労働力は使い潰すタイプだろう」
「心を入れ替えたのですよ……貴女に指導されたあの日からね」
「贅沢な腹は変わっていないがな。何か、実入りの良いサイドビジネスでも見つけたんじゃないのか?」
それからサーバは数拍を置いて、静かに言い放つ。
「例えば――霧喰事件の実行犯、とかな」
朝の澄んだ空気に響く声に、悠太はごくりと唾を呑み、ドリマンはシルクハットの鍔を抑えた。
「サーバ様、あまり勝手な話をなさらないでください。どこにそんな証拠が」
「証拠ならここにいるだろう。貴様がさっきからチラチラと様子を伺っているこの鏡遠影の子こそ、動かぬ証拠だ」
ドリマンは苦虫を噛み潰したような顔で押し黙った。
「こいつは我々が連れてきた家族より先に街中に放たれ、七時の街道を監視していた。
昨日の晩、我々が配置した場所とは異なる区画でこいつを見つけてな、それで気づいた。
犯人は、今回我々が使った方法を以前から使っていたのだ。
つまり我々の巡回するルートを監視して把握し、遠い位置の畜舎をキリグイに襲わせていたわけだ」
「……その話と私に何の関係が?」
「白々しい。牢獄のポーとチャーズを締め上げて吐かせた。
鏡遠影の一家族目の納品先は……『ミラージュ商会』。この商会は以前貴様に指導をした時と……」
「知りませんね!」
指導という因縁めいた言葉に、ドリマンは言葉を被せて割り込んだ。
「私は確かに商人ギルドにいくつか店を持っています、ですがそのような名前の店はない
以前に貴女から指導を受けた畜舎の名も『カナル畜舎』だ! まるで違う団体で……」
「そうだそれだ、カナル畜舎。
あの粗悪な畜舎で働いていたゴロツキ共が名簿に載った店……それがミラージュ商会だろう。実質同じメンバーの団体というわけだ」
ギリリと噛みしめた歯から二の句が途絶えた。
「組織の名前ならいくらでも変えようもあろうが、悪事に加担してくれるお友達はそう多くいなかったようだな」
「……知らない。私は感知していない」
「白を切るのはよせ。人払いまでして迎撃態勢は万端なのだろう?
その弱気な態度は隙でも探ろうという魂胆か?」
挑発するようなサーバに、ドリマンは主張の先を悠太に変えて、胸に手を当て叫んだ。
「違……私は本当に知らない! そこの少年!
君も聞いていただろう。私の家畜も被害を受けた! 私も被害者なんだ!」
「さ、サーバさん」
戸惑いの視線を向ける悠太の肩に手を回し、ぐいと引き寄せるとサーバは耳元でひそひそと囁く。
「どれだけ訴えようが深く調べれば必ず奴に辿り着く。それは奴も承知している……いいか、気を抜くな、隙を見せるな」
ゴンゴンと悠太の頭を拳で打つスキンシップは、どうやらドリマンから見てその隙として映った。
ポケットに忍ばせた隠し玉を引き抜き、男はサーバに向けて迎撃に出た。
「……は、馬鹿が食らえ!」
投げつけられたのは、禍々しい根に縛られた拍動する心臓。
これもまた、悠太に見覚えがあった。
『蝮女樹の呪珠』……縛った心臓の生前の姿を召喚する魔導具である。
悠太がサーバの名を叫び警鐘を鳴らすと、端正な口元が歪に白い歯を覗かせた。
「くく、尻尾を出したな?」
「キリグイよ時間を稼げ――『魔魂種牢』!」
サーバは悠太をぞんざいに突き飛ばすと腰の鞭を抜き、投げつけられた蝮女樹の呪珠を叩き落す。
土の地面に転がったその数珠に、緑のマナが纏わりついた。
「その魔導具……ピリカ獣の時の!?」
悠太が『蝮女樹の呪珠』を初めて目にしたのは、サーバが白馬の魔物を召喚して見せた時である。
「なるほど、どこから仕入れたか知らんが、やはり蝮女樹で魔物を呼び出していたか。これで説明がつく。
貴様もしくは貴様の手先が鏡遠影の情報を手に、巡回ルートから外れた畜舎に数珠を手に赴き、キリグイを召喚していたわけだな」
ずばり言い渡された推理。
ドリマンの顔が歪む。
しかしその表情が、推理が的中したことに対してではないことに、サーバも気づいた。
「……数珠が、技名に反応をしていない?」
魔導具は特定の技名に反応して魔法現象を引き起こす。
『蝮女樹の呪珠』であれば『魔魂種牢』と唱えてやれば、その心臓から魔物を、キリグイを召喚するはずである。
しかし地面に転がる禍々しい数珠に巻き付かれた心臓は、緑のマナを纏うものの何も召喚する気配がない。
「な、何故だ……何故キリグイが出ない! 今までこんなことは……」
「……粗末だな、充填時間が済んでいないとは」
魔導具は集歌をいちいち唱えずとも魔法現象を引き起こせるが、代わりに一度効果を使うと一定時間、マナを充填する時間を要する。
一晩おきであればキリグイを召喚できていた数珠も、翌朝すぐでは充填を終えられていないことは十分にあり得た。
懸念すべき隠し玉の空振りを見届け、サーバは一歩足を踏み出す。
「それにしても、今までこんなことは、か。言質として申し分ないな」
丸顔が悔し気に歪んで、片足を引いた。
今にも逃げ出しそうな男に向かって、悠太が声をあげた。
「ドリマンさん! 何で! どうしてあんなことしたんだ!」
少年の叫びに、ドリマンの身体がピクと強張った。
「あんたもあの夜、サーバさんの言葉は聞いてたろ!
家畜は財産だって! 悪戯に、無意味に殺されるのはギルドの名折れだって!
そう言ってるのを聞いてたってのにどうして……!」
襲撃を続けたのか、同じ調教師ギルドの仲間ではないのか。
それら青臭い正論が、男は大嫌いであった。
「……若造が」
男が足を止めたのは、自分より若く世間を知らない子供に諫められることが耐えられなかったからである。
男の性格を知っていたサーバはうんざりした様子で首を振った。
「どうしたもこうしたもない。あの男の行動原理は今も昔もまるで変わっていない――金だ」
◇◇◇◇◇
――ドリマン・ルバーカスは、辺境の抑圧された年功序列の中で育ってきた。
大して能力のない父親に怒鳴られながら仕事を教わり、父親と仲が良いだけの畜主に馬車馬のようにこき使われた。
その両方がやっと老いぼれて死んだ頃にはもう四十代。
ようやく自分が人を道具のように使える立場になったので、誰も彼もしこたまこき使ってやった。
人をこき使えば、その分楽をして金が手に入る。
金は年齢同様に力である。
あればあるほど、他者を思いのままにできる。
その真理に味を占め、辺境で畜産事業を好き放題に拡大していたところを、自分より二回りも若い女に文字通り踏みつけにされた。
白の軍服に軍帽、赤い髪のその女は、自分が築き上げた畜舎に向かって冷ややかに言った。
「――安く買い上げた辺境のボロ牧場、弱みに付け込んだ安い労働力、監督者は山賊あがりのゴロツキ、か。
食中毒の噂を聞いて調べてみれば随分と杜撰な管理をしているらしいなこのカナル畜舎というのは。
食用の牛や豚は疫病持ち、雲鼠もろくに調教されておらず野生の魔物と変わらない……これは、指導が必要だな」
歳さえ取れば、金さえあれば、好きに威張って良いのではないのか、実際に父親たちはそうやって好き放題してきて天寿を全うしたのに、何故自分だけ咎められなければならないのか。
鞭で打たれながら男は激しく憤っていた。
いつか、いつか復讐するために、その憤りを抱えたまま、反省するふりをしてきた。
そうして月日を過ごした。
「見事だドリマン、貴様の手腕には見どころがある。
徹底したコスト管理は、道を違えなければ質より量を重んずる辺境で役に立つ。いずれはその方面に事業を拡充させろ。期待している」
女は裏表のない性格であった。
懲罰を終えた自分に、過去の経緯に触れることなくそう提案してのけた。
その開けっ広げな人柄に触れる度……男は粘着質な復讐の火を募らせていった。
青二才が偉そうに、いずれ力が、金が集まった時には覚えていろ。
心中はずっと、それだけであった。
◇◇◇◇◇
張りのある肥えた頬が引くつきながら吊り上がり、歯並びの悪い笑みで白状した。
「――ぐふ、ふふふ、そうさ金だ、金だよ。悪いか。もうすぐで、もう少しこれを続けりゃデカい報酬がもらえるのに」
「報酬、ということは貴様も駒の一つに過ぎんというわけか。商談の相手はよくよく考えろ。どう考えても危ない相手だ」
「いいえ最高のビジネスパートナーですよ彼らは、前金と支度金に二百万リフだ。お陰様で密猟者を雇い鏡遠影も用意できた。後はノルマ達成さえすれば……あああ、もう少し、もう少しなんだ!
サーバ様、いや小娘! 私はこのビジネスを完遂させて多大な報酬を得なくてはならない! そして武力を買いつけ、必ずや貴様を貶め、手籠めにしてくれるわ!」
サーバはどこか落胆したようにフンと鼻を鳴らした。
「阿呆とは思っていたが、どうやら度を超えているようだな」
「……ビジネス」
怒りを押し殺して呟いたのは、篭手の拳を握りしめる少年であった。
「ビジネスで、自分の金のために、あんたは毎晩キリグイに、無関係の畜舎を襲わせてたのか」
純粋な悪意や吐き気のする外道には、この世界で何回か出会ってきた。
その度に覚える猛烈な怒りは、とても心地よいものではなくて、今すぐに解消したい感情であった。
「そうだ小僧、世間知らずな貴様にも教えてやろう。世の中は金だ。できるだけ苦労せず大金を掴むために……」
「謝れよ」
静かに放たれた言葉は、少年の鋭い視線と共にドリマンに届き、息を詰まらせる。
「てめぇの勝手な商売のためにうちの相棒が大怪我して、友達が泣いてんだ……まずは謝ってもらわないと、困る」
甘さの残る要求に反比例するかのような迫力は、ドリマンはおろか隣のサーバをも感心させる程であった。
「ふむ、悪くない闘気だ。そのままの勢いで……」
取り押さえてやれと、続けようとしたその時であった。
口を結んだサーバは咄嗟に腰を落とし、迎撃態勢を作った。
――それは酷く淀んだ殺気であった。
少年のものでも、ドリマンのものでもない気配が一帯に立ち込める。
サーバはひしめく重いプレッシャーの元を探り、鞭を引き絞り険しい視線を向けた。
厳しい視線の先、丁度三人の間――広場に音もなく降り立った白いローブの人影が、『蝮女樹の呪珠』を拾い上げた。
「何者だ」
彼女が言葉より先に手を出さないのは、白いローブの人物が手練れであると見抜いた証であった。
「あ~あ」
若い男の声。
声色には緊張感も敵意も感じ取れない。
「駄目でしょドリマンちゃん。
言われてるはずじゃんね? キリグイは指示がある時だけしか使っちゃダメってさ、ディマリオの旦那から」
軽薄な声でドリマンに歩み寄っていく男の背格好は悠太と同じ程度。
「ディ、ディマリオ様を知って……貴様は一体」
二人の間に知己はないようで、ドリマンは及び腰のまま立ちすくむ。
一方少年は無遠慮に近づいて、半ば強引にドリマンの左手を取り、拾った蝮女樹の呪珠を握らせる。
「はい落とし物、魔導具の御技はね、ちゃんと条件を満たして使わないとダメだぜ?」
「じ、条件? 充填時間のことか? いやしかし、昨日の夜までは数時間さえ置けばちゃんとキリグイを……」
召喚できていた。
しかし魔導具を手渡した少年はあっけらかんとドリマンの主張を否定する。
「そか、それも教えてねぇのね。あの人酷いなぁ」
目を三日月のようにした邪悪な笑みに、ドリマンは不信感を覚えた。
「何を……貴様何を知っている!」
「まあもうシミュも十分らしいし教えてあげてもいいんだけどさ」
そういうと少年は「よっ」と一足で跳躍し、なんと一瞬で広場を囲む鉄檻たちの上へと飛び乗った。
見上げるドリマンは大いに戸惑って、左手の魔導具を胸に抱いた。
少年はローブの腕を広げ、得意げに声を張った。
「教える義理もねぇから簡単にねー? その数珠に嵌められてる心臓はね、ただの牛さんの心臓。
だから『魔魂種牢』って唱えても魔物なんか出てこないのさ。そんで……」
おどけるように演説する白ローブの少年に、細眉を動かしたのはサーバであった。
「そうか、だとしたら……くそ、ドリマン! 呪珠を捨てろ! 今すぐだ!」
当然、現在敵対しているドリマンが捨てるはずもない。
ドリマンは檻の上の少年と軍服の女を交互に見て、脳を必死に回転させる。
その様子をあざ笑う少年は人差し指を立ててドリマンに微笑む。
「そんで使い道はね、『座標』みたいな感じと……協力者の処分用」
「処、分……?」
男の脳が追い付いていないことに満足した少年の唇が、残酷に、冷酷に魔導具のもう一つの技名を口にした。
「『蝮女樹の呪珠』にはもう一つの御技があるんよ――『魔実転生』ってね」
その禍々しい一言が、ドリマンの手に握られた魔導具に深緑の輝きを宿した。
「な、何だこれは、手に、貼り付いて!?」
ドリマンが指を開いたにも関わらず、魔導具が捨てられることはなかった。
心臓に絡みついていた数珠のような根が解け、それらはドリマンの左腕に絡みつき、突き立てられた。
「ぎゃああああ!? ごぷっ!?」
皮膚を食い破る痛みに悲鳴が上がる。
絶叫に開かれた口へと、大気中から緑の粒子が雪崩れ込んでいく。
「ドリマンさん!」
シルクハットが落ちた。
身体の変化はすぐに表れた。
男の丸い顔の後頭部が膨らんで、服が破れ、肩も、腹も、ぶるぶると震えながら膨張していく。
人としての形を、失っていく。
緑の光が際限なく彼の身体に詰め込まれていき、青空にぶくぶく巨大化する影が競り上がった。
「……こんな、こと」
「くそ、数珠の素材となる魔物……『蝮女樹エキドナ』は二つの能力を有した魔物だ……一つ目は眷属たる魔物を生み出す力、そしてもう一つが、その根を突き立てた相手を魔物にする力だ」
絶句する悠太の目の前で、肉の塊は巨大化を続けながら四つん這いになり、毛穴から油を垂らし、巨獣を形作っていった。
出来上がった魔物の寸胴な前脚が、土に落ちたシルクハットを踏み潰した。
視線を上げていくと、たるんだ胴に埋まった首には、巨大な豚の顔が付いている。
特筆すべきは、両肩から生えた牛と馬の顔、背に生えた鶏の羽、長くうねる鼠の尻尾。
複数の動物を縫い合わせたようなその三つ首の魔物は、悠太の元いた世界ではしばしば――『合成魔獣キマイラ』と呼ばれる。





