4-24 Search & Destroy
ずっと――そうずっと、間違ってきた。
子供の頃から……調子に乗るタイミングも、卑屈になるタイミングも。
それから、力の使い方も間違えた。
ついでに逃げ方も間違えたのだと思う。
だからずっと、今この時、自分が間違えていないか――それだけがひたすらに怖かった。
◇◇◇◇◇
ロウソクの灯りが、切り揃えられた銀髪を照らしていた。
俯いて前髪で顔を隠すブラン・シルヴァに、隣で整列する少年が囁いた。
「おいブラン……ブラン!」
はっとして首を向けると、学ランの少年が控えめな人差し指で正面を示す。
さらにその隣からは金色の横目を向ける少女の小声が聞こえた。
「ちょいブラン、上の空なのやめてよ。馬鹿鞭女、連帯責任とか好きそうなんだからさ」
呟きが示す方向――正面に視線を戻すと、木造の畜舎の中、ロウソクを支柱に乗せた柵と牛たちを背景に、白い軍服の女、サーバ・ベンディンガーが仁王立ちをしていた。
背後の牛たちは、女の苛立ちに怯えるように首を垂れ、ブルブル震えている。
上の空から意識が帰ってきて、ブランは背筋を伸ばし、ローブの裾をはねあげて敬礼した。
「ち、ちゃんと聞いていたのである!」
「まだ自分は何も話していないが?」
どうやら墓穴を掘った。
◇◇◇◇◇
――連帯責任の腕立てが終わった後。
首都を囲む高い壁の外側にまで広がる七時街の郊外は、月明かりに照らされていた。
鏡遠影ファフニーナの調教から丸二日――悠太たち三人はサーバに、彼女の所有という牛舎に召集されていた。
柵に囲まれた牛たちの手前、サーバの隣には、四つ足で静止する巨大カメレオンの姿がある。
彼女の子供たちの姿は見えず、その代わりに親の寸胴な身体には、子供たちの視界――いくつかの畜舎の映像が映し出されている。
「ではこれより諸君に『コードWIFI作戦』の概要を言い渡す!」
「WIFI……?」
「ウィズいけてるファフニーナ一家、だってさ」
「WIFI……」
「作戦開始の前に憎き『キリグイ』の特徴を整理する」
言いながら鞭を鳴らすと、畜舎に二頭の馬が蹄をカッポカッポ鳴らし入場してくる。
その口には長い巻紙が咥えられており、サーバの隣に来ると二頭が紙の両端を器用に噛んで持ちスクリーンのように広げた。
巨大な羊皮紙には、箇条書きと七時街の地図が描かれていた。
サーバが箇条書きを読み上げる。
――キリグイの特徴。
一つ、キリグイが現れるのは夜間、人の寝静まった畜舎。
二つ、キリグイが一晩で襲うのは家畜一頭のみ。
人を狙ったり家畜たちを根絶やしにすることはない。
三つ、畜舎内には大型の魔物の足跡が残されている。
しかし、畜舎から外に足跡は残されていない。
四つ、キリグイの姿は誰も見たことがない。
傭兵やサーバの警備など、人目のある畜舎には現れない。
「そして作戦の詳細だが、今回は最も厄介な四つ目の特徴を逆手に利用する。
自分と傭兵どもで壁内と郊外の一部を警戒する。
そしてあえて警備を置かない区画に、鏡遠影の子供を巡回させている。
奴がこちらの人間の動きを把握して出現しているとなれば、必ずそこに姿をさらけ出すはずだ」
言って顔を向けた先には、静かに佇むファフニーナの巨体がある。
子供の視界とリンクした映像が母親の胴体に映し出される特徴を活かし、彼女ら一家には防犯カメラの役割を担ってもらうこととなる。
「オーケー、ボクらがここで監視してて、キリグイが出てきたらぶっ飛ばしに行けばいいんだね?」
「ね、ネピテル殿……それは焦り過ぎでは」
拳を手に打ちつける少女の一方、ブランは慎重に意見を述べる。
「ここは無理せぬ方が……詳しくもわからぬまま現場に行っても逃げられてしまう可能性があるし。
今夜取り逃せば、キリグイは襲撃方法を変えてしまうかも知れぬ……だから今回は姿の確認だけに留めて……」
遮ったのは高圧的な声である。
「いいや小娘の認識で良い。姿を見つけ次第、現場に向かえ。自分への連絡は伝鳥を飛ばせ、夜行性のを用意してある」
ブランの意見に一理あると考えていた悠太は意外そうな顔でサーバを見る。
軍帽を脱いで赤い長髪を搔きあげたサーバが意図を明かした。
「一連の事件について、自分にはどうしてもキリグイがただの魔物とは思えんのだ。
徹底的に姿を隠し、獣らしくもない猟奇的な犯行を重ねることには、むしろ人為的な悪意が絡んでいると考える方が普通だ。
だから自分は、キリグイの動機に目を向けた。
考えてもみろ、家畜を毎夜一頭ずつ殺すことの何が楽しい?」
三人は各々首を捻り考えを巡らせるが、誰も答えを返せなかった。
「そうだ、自分も考えたが、異常者による奇行か、畜舎に恨みを持つ者の復讐か……だが可能性の中にこれと思うものはなかった」
そして彼女は軍帽を被り直すと、その鍔から覗く眼光を閃かせた。
「故に視点を変えた……例えば動機ではなく、目的があったとしたらどうだ」
「目的?」
動機はその物事を起こす心境や心理状態を指す。
対する目的は行動の狙いを指し……想いは考慮されない。
「ああ、現状は畜舎に甚大な損害もなく、人的被害もない。故に他のギルドも逢王議会も調査には非協力的だ。
この状況とキリグイの特徴を照らし合わせると……自分には奴が試行回数を稼ぐことに専念しているように見える」
勘のいいネピテルがピンと背を伸ばした。
「……何かの、練習をしてる?」
その言葉が悠太とブランにも理解をもたらした。
連日発生している家畜への襲撃は、別の襲撃の予行練習だというのである。
「そういうことだ。演習の後には必ず実践がある。
これだけ入念に回数を重ねたとなれば、相当な大ごとを引き起こそうとしているはずだ。
そして、演習がいつ実践に移されるかがわからん以上、悠長にしている余裕はない」
あくまで推察の域を出ない見解だが、三人が生唾を呑むには十分な説得力があった。
「結果的に取り逃すことになろうと、ここでキリグイの演習に一度土を付けられたなら、実践を遅らせられる可能性がある。
正体を暴くことができたなら尚良い……さて、そのための貴様らだ」
「いや探偵って」「そのために雇う」「やつじゃないと思う」との返しは鞭の音にかき消された。
「さぁSearch & Destroy――キリグイは現れ次第、討伐だ」





