4-16 俺たちゃ愉快な「Poachers」!
煌びやかに透きとおる水晶の林を駆ける、少女の影と魔物の巨影。
ちゃんと援護してよね! と、そう伝えたはずであった。
「ユータ! 右側の地形、木が少なくてひらけてる! 追いつかれたくないからステータス画面であいつの進路を制限して!」
ネピテル・ワイズチャーチは黒髪を振り乱しながら木々の間を縫い、冷静、的確な指示を飛ばす。
指示は届くことなく、追ってくる巨体のカメレオンは障害物の少ない右側へと回り込み、併走しながら連弾の火球を見舞う。
走る勢いそのままに、前宙、バック宙、ベリーロールで火球を躱し、最後の一発を双剣で受け流す。
「ようし凌いだ! ユータ! 次、あいつ水のビーム撃ってきそうだ! あのツタ出す技で首の動きを制限して!」
指示は届くことなく、木々を押し倒して立ち止まったカメレオンの口元から、青い粒子が雫のように零れ始めた。
それはゴプリと大量の水として吐き出され、やがて細まり、圧縮した水流のレーザーとなる。
地面を削りながら一直線にネピテルの足元へと迫る水流を、少女は前方の巨木の陰に飛び込んで回避し、間髪入れずに巨木を駆け上る。
横薙ぎに派生したレーザーが巨木の根本を両断して、倒木が確定した足場が傾いていく。
タン、と傾いていく足場を蹴って、次は細木に飛び移る。
細木が少女の身体を受け止め、体重にしなった。
地上が近くなると飛び降りる。
丁度同じタイミングでファフニーナの水のマナが途切れた。
「ようし凌いだ! ユータ! ユータ君!?
援護するって話どうなったのかな!? 全然役に立ってないけど! ついて来てるよね!?」
捕まらぬよう蛇行しながら叫ぶ少女に、背後から頼りない声が追いついた。
「おぉーい! はぁ、待て、ネピテル殿ぉ」
ヘロヘロ走りで木の幹に手を付きながら駆けてくる青年は、どうも少女より疲れているご様子である。
「ブラン! あいつは!? ユータは何やってんの!?」
少女が怒鳴りながら顔をひょいと下げると、そのすぐ上を極太で粘着質な舌が通過する。
「ゆ、ユータ殿、は……」
「ついて来てくれてると思ってたからすっごい格好つけて指示出しまくってたんだけど!
恥ずかしいんだけど! この虚無感どうしてくれんのさ、っとぉい!」
巨体が舌を縮めて繰り出すミサイルのような突進を交わし、少女は絶えず疾走する。
後方から何とか追いかける青年は、上がり切った声で何とか経緯を伝えようとした。
「ユータ殿は……声」
「声?」
「ま、迷っていたのだが、声の、おっさんの声の方に行く、と……!」
「意味がわからん!」
ファフニーナが振り向きざまに、舌で絡めとった倒木を振り抜き、投げつける。
ブーメランのように迫るそれをスライディングでやり過ごし、少女はひたすらに駆ける。
そしてようやく、ネピテルは煌めく林道の先に大きく開けたあの広場を見つける。
「あとさ……!」
そして陽だまりに向かってラストスパートをかけ、彼女は林道を逃げ切った。
「迷った上でおっさん選ばれたの何かむかつく!」
茂みを飛び越え、土の地面に降り立つ。
スピードを緩めることなく駆けると、後方の樹木が弾き飛んで巨体も広場に到達した。
◇◇◇◇◇
少女の金色の瞳が、弾む視界の広場をくまなく見渡し、この林の管理人だという中年兄弟の姿を探す。
兄弟によれば、この広場におびき出しさえすれば彼らが用意した『秘密兵器』とやらでファフニーナ調教を助けてくれる手はずであった。
視線を彷徨わせること数秒。
お揃いのデニムのオーバーオールを着た兄弟は、コテージ側の入り口で腕を上げ手招きをしていた。
「兄弟! 本当に連れてきたぜあいつら!」
「しかもでけぇ! こりゃ『災害級』はあるぜ! 兄貴、それじゃコイツで!」
「おうよ!」
掛け合いもそこそこにノッポの弟が両腕で構えたのは、六角の水晶の形をした軍配であった。
「ま、魔導具? とりあえず何でもいいや! さっさとやってくれ!」
ネピテルとファフニーナが広場の中央に達したのを見計らい、男が軍配を振り上げる。
すると夥しい量の橙色の粒子が溢れ出て、広場の上空に六角の陣を描いた。
「これは……」
少女の金の瞳と、魔物の大きな目玉が真上に煌めくそれらを見上げた時――技名は宣言された。
「さぁ『水晶亀の軍配』! 戦場を支配せよ――『甲爛闘技牢』!」
技名に呼応して、広場の上空を覆っていた橙色のマナが、一瞬にして全て消え去る。
それが消えたのではなく、透明なドーム状の水晶となって顕現し、落下してきていると気づいた時にはもう遅かった。
「……え、ちょっと!?」
――ズゥンと大地が揺れ、土埃が舞い、水晶のドームは広場を覆った。
その透明な牢獄、あるいは闘技場は、分厚い水晶の壁で鏡遠影ファフニーナを見事閉じ込めた。
……黒髪の少女ごと、である。
「は、え、どうなってんのさ馬鹿兄弟!?」
少女は狼狽しながら身を捻り、背後から伸びてくるファフニーナの舌を避けた。
あれだけ木々を薙ぎ倒していた強靭な舌は、ゴンと水晶の壁に弾かれた。
壁には傷一つなく、舌の粘液が残るのみである。
その壁の外側、軍配を下ろした兄弟の肩が震えた。
無精髭を撫でる指の上、兄弟の口元が黄ばんだ歯で半月の笑みを浮かべた。
「よーしミッションコンプリートだ兄弟よくやった」
「いやいや俺はアクターを務めただけだよ。兄貴の筋書きが冴えてたんだ。
まったくあの一瞬でよく考えたもんだ、頭の回転が雲鼠の滑車回しみたいだ」
「それにしても凄ぇやこの魔導具。あんだけ手こずったファフニーナが一発でお縄だぜ」
「ああ、商会の連中も人が悪いよな。この前もこいつを貸してくれりゃガキトカゲなんざ集めて人質にする必要もなかったのによ」
視線を交わしニヤつく兄弟の様子に、全てを悟った少女は舌打ちをした。
「お、それとスペシャルサンクスには礼を言わねぇとな……お嬢ちゃんよく頑張ったねぇ」
自分自身への憤りを覚えた。
どうも山田悠太とかいう少年に出会ってからの自分はどこか抜けている。
以前なら……独りだったあの頃なら、この程度の悪意などたやすく見抜けていたはずである。
「……そういやコテージの食器、一人分だったな……クソ、おじさんたち管理人じゃないね?」
「ご明察。俺はポー」
「俺はチャーズ。二人合わせて『ノームの密猟兄弟』とは俺たちのことさ」
少女は更に自身を責めた。
こんな馬鹿っぽい輩に良いように弄ばれていたとは。
苦虫を噛みつぶしたようなネピテルであるが、あまり悔いている余裕もない。
一緒に捕えられたファフニーナは、ドームの中でもまだ元気に少女を狙っている。
丸められていた尻尾が伸ばされ、鞭のようにしなって打ち込まれる。
「わお元気いっぱいだ、せいぜい頑張れや」
外野の他人事な挑発が癪にさわって、呼吸が乱れた。
「痛っ……!」
ギリギリで躱したはずの尾の先端が肩を掠め、二の腕に擦り傷が刻まれ、赤が滲む。
踏みとどまった脚の膝がカクっと一瞬だけ緩む。
どうも被弾の原因は気が散ったからだけではないようである。
「はは……全力疾走の後のこれはちょいきついや」
「さぁてお嬢ちゃんのおかげで鏡遠影は水晶の檻の中だ」
「この『水晶亀の軍配』の水晶はたっぷり五日は持つって話だ。
その間、ずっとお嬢ちゃんが耐え続けられるとは思わないが、まあせいぜい粘ってそいつを衰弱させておくれ」
これは少しヤバいなと呟いて、少女はファフニーナに向きなおり活路を探す。
そして巨体の後方、震えて立ち尽くす褐色に銀髪を見つけた。
「……いた! ブラン! 悪いけど余裕ないんだ! ユータ探してきて!」
「ネピテル殿……すまないがそれはできない」
金の瞳が絞られた。
青年のこの返しは予想していなかった。
まさか彼すらも裏切ったのかと過った直後、青年は腕を真横に伸ばし、手の平を中空にバンと打ちつけた。
「何故なら、余もドームの内側にいるからだ!」
駄目だこいつ。
脱力感が双剣に重みを与え、頬を冷や汗が伝う、息が上がる。
ネピテル・ワイズチャーチは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。





