4-14 What are you doing? hahaha!!
ガタゴトと――砂塵吹き付ける荒野を幌馬車に揺られる道中。
「ねぇユータ、こいつどうしたん? なんかずっと端っこで泣いててキモイんだけど」
夜な夜な七時街の畜舎を襲う謎の魔物――キリグイ。
その正体を求めて。
「思ったより学院寮が楽しみだったらしくてさ……それがまたこの移動だろ? んで今夜野宿だし」
防犯カメラよろしく襲撃の現場を抑えることができる能力を持つ魔物が、水晶林という場所にいるらしい。
「……やっと、やっとベッドで寝れると、安全な場所で寝れると、思っておったのに……また野宿……また魔物……ううう、何故このようなことに、余はアルバイトを探していただけなのに……」
縮こまるエルフの青年と、苦笑する学ランの少年、欠伸して横になる黒髪の少女を乗せて、馬車は荒野の道を行く。
そして昼夜が一回転を終えた頃、遠く切り立った山脈へと続く深緑の林の手前。
馬が到着のいななきをあげた。
◇◇◇◇◇
――コツだと? 相手が動く前に調教を叩き込む。それだけだ。
流石にそれだけで未知の魔物に挑めというのは不親切だとごねた。
――チッ、詳しい生態は現地の管理人に聞くといい。
とりあえず着いてからのことは現地スタッフに丸投げされたようである。
「――ってな感じでさ、雑な案内されてはるばるやって来たってのに、留守みたいだね」
馬車で首都を出発してから野宿を挟み、時間はあっという間に昼を過ぎた。
ネピテル・ワイズチャーチは包帯の巻かれた腕で目前の木の扉を叩き、返事がないことを確認すると首を捻る。
少女の両脇に立つ山田悠太とブラン・シルヴァは同じように首を捻って、黒ずんだ丸太で組まれたコテージを見上げた。
三人は依頼人の言葉の通り、林の管理人とやらがいるというコテージを訪れたのだが、あいにくタイミングが合わなかった。
少女のノックが無意味とわかり、手持ち無沙汰になったエルフの青年の指が、外れかけたドアノブに向かう。
ダメ元で扉を引くと、古ぼけた木板でできたそれは、ギィと軋んで呆気なく開いた。
「む、カギは、かかっていないのだな?」
流石にずけずけと踏み込むのも気が引けて、顔を半分だけ覗かせる。
雑多に散らかった様子の室内からは、湿気を孕んだ木の匂いがした。
「どなたか! どなたかおらぬか!」
返事はなく、ブランは尖った耳をピンと立てて気配を探るように、木造りの部屋にそろりと踏み入った。
特に仕切りもないだだっ広い部屋に誰もいないことは明らかであった。
続いて入った悠太はコテージ内を見回し、ランチョンマットの敷かれたテーブルに着目する。
「テーブルには朝か昼飯の食器、かな。片付けられてないけど……」
置かれていたのは飲みかけの木のカップに、食べかすのついた木の皿がワンセット。
「随分とまぁだらしない奴みたいだね、管理人ってのは。こういう汚れは早めに水につけておかないとなかなか取れないんだぞ」
やれやれと肩を竦める少女であるが、彼女が雇われ先で披露する皿洗いは、水を張った流しに適当に皿を投げ入れるだけの生活の知恵からかけ離れたものである。
悠太は特段ツッコミを入れることもせず、コテージの内部をぐるりと見渡す。
壁は丸太を積み重ねたもので、梁の組まれた天井は外見より高い。
だらしなく床に散らばる本やら服を避けてコテージの奥まで進んだ銀髪の青年は、大きな窓の外に広がる針葉樹の林を眺め、しげしげと首のチョーカーをなぞった。
「ふむ、林の管理人殿であるなら、見回りにでも出ているのかも知れんな」
ブランの赤い瞳は、窓越しの木々の間に走る一本の林道に目を付けた。
「それもそうか。じゃあ入れ違いにならない程度、少しだけ林に入ってみるか」
「どのみち散策するんだしね」
満場一致で若者たちは扉を閉めてコテージを出ると、すぐ脇の小道からまばらに木々の並ぶ林へと入っていった。
――荒野から風で流れてきた砂と枯れ葉と枯れ枝。
サクサクと鳴る林道の中で、悠太とブランは拍子抜けたような視線を木々に向ける。
「うーん、普通だ」
「うーむ、どこが水晶林なのだろうな?」
ロマンチストの男どもは『鏡遠影の水晶林』という特徴的な呼び名から、さぞかし美しいプリズムの光景が広がっていることを想像していた。
しかし由来を探せど、広がるのは何の変哲もない林だけである。
「何だよもう、資料にはもっとキラキラした感じで水晶の木のイラスト描いてあったのにな」
露骨に不満そうな少年に、先行する少女が溜め息をつく。
少女はまだここには『水晶樹』がないということを知っていた。
「ユータって図鑑とか絵だけ見て説明文読まないタイプだよね」
やれやれ解説でもしてやるかとばかりに自慢げに立てられた人差し指だったが、少女が何かに気づいて取り下げられる。
「水晶樹は――ん、何か聞こえる」
黒髪をかき分けて耳を出した少女が呟き、今度はシッと口元に指を立てる。
声は前方から。
どうも会話をしながら近づいてくるようで、段々と男の声がはっきりとしてきた。
「――だから俺はそこでこう言ってやったのさ」
声質は中年男性のもの。
姿は――林から視界の開けた広場にあった。
ノッポとチビの中年男性、お揃いのオーバーオールを着て、チビの方は肩にまさかりを担いでいた。
「――マイクお前そりゃモンキーゴブリンの真似か? ってな」
「ハハハ! 兄貴そいつぁ傑作だ。マイクの野郎泣きべそかいてママ呼んでたろ?」
「おいおい大自然の中の話だぜ? 呼んでも来るのはモンキーゴブリンのママだけだぜ」
「違いねぇや」
何やらホームドラマのような会話をしながら悠太たちに近づいてくる中年親父たち。
「それでよ……お?」
次のナイスジョークに入る前に、チビの男が悠太たち三人を見つけ、彼らは一瞬目を見開く。
悠太が会釈をして「すみません」と声をかけると顔を見合わせ、腕を広げて肩をすくめた。
「こりゃ珍しい。こんな湿気たクッキーしかない田舎に客人だ」
「それも三人も。予備のカビたクッキーも出さねぇとな」
言い回しはわかりにくいが、ひとまず歓迎はしてくれるようであった。
◇◇◇◇◇
「むぅ、本当にしけっておる……」
林で出会った兄弟と合流してコテージに戻った銀髪の青年は、シャリシャリとした舌ざわりのクッキーを眉を歪めて呑み込んだ。
兄弟は、コテージに戻ってすぐに雑にテーブルの上の食器を桶に投げ、部屋のいたるところをひっくり返して人数分の椅子と箱を用意した。
自分たちが座るのが椅子、悠太たちが座るのが木箱である。
ついでに皿に盛った何やら紫がかったクッキーを出してくれ、それをブランがひょいひょい食べている。
「あー……坊主、良い報せと悪い報せがある」
兄弟の太った方が目を逸らしつつ黄ばんだ歯を見せて問いかける。
クッキーを頬張りながら首を傾げる青年に、今度はノッポの弟が腕を広げてジョーク混じりに言った。
「良い報せはカビたクッキーを食おうと死にはしない。そんで悪い報せは……坊主が食ったのはそのカビたクッキーってことだ」
ぶはっと噴き出すエルフの青年の前に、太っちょの兄が湿気たクッキーの皿を並べた。
「普通は湿気た方から出すべきではないか!?」
悠太は「普通は湿気たのもカビたのも出さないんだけどな」と思うだけにとどめて、自己紹介から始めることにした。
そして、かくかくしかじかの後――二人は兄弟で水晶林の管理をしているのだと身分を明かした。
身長が低く腹の出ている方が兄のポー、身長が高くあばらが出てそうな方が弟のチャーズと名乗った。
そして悠太たちが首都で起きている霧喰事件についてを兄弟に伝えると、彼らは神妙な面持ちで顔を見合わせた。
「……なるほどなぁ、今首都じゃそんな事件が流行ってんだなぁ、知ってたかチャーズ?」
「いや初めてだポーの兄貴。キリグイなんておっかねぇな。こりゃド田舎で管理人やってて正解だったぜ」
「違ぇねぇ」
事の成り行きを聞いた兄弟は、またHAHAHAとホームドラマ風な笑い声をあげた。
「それで、俺たちはその霧喰事件を解決するために、この水晶林にいるっていう……何だっけ、あのカメレオン」
「カメレオンはユータ殿の世界での呼び方だな……確か名前は、『鏡遠影ファフニーナ』」
「こいつだね」
言いながらネピテルが取り出したギルド支給の皮装丁の本には、悠太の世界の動物園にいたような爬虫類――カメレオンによく似た魔物が描かれていた。
ギョロリとした丸い眼、巻き上げられた尻尾、寸胴な胴体に長い舌。
元の世界との違いはというと……対比として描かれる人間の絵がやけに小さいことである。
「……この絵、やっぱ原寸大なのかな……嫌だぞ俺、軽トラ大のカメレオンとか……」
爬虫類は苦手と言うほどでもないが、喜々として触れる自信はない。
「ボクたち、こいつを調教したいんだ」
「だが余たちはまだ生態に疎くてな、どうやったら会えるかお教え願えるだろうか?」
兄弟は腕組みしたそっくりな姿勢で険しい顔を突き合わせる。
「お目当てが『鏡遠影』ってなると少しばかり大変だな。バターナイフで薪割りするくらい大変だ」
「あいつぁおっかねぇんだ。なんたって火を吹く」
「水も吹く」
「風も吹くな」
コミカルな動きで交互に特徴を並べ立てる兄弟であるが、どうも大げさなジェスチャーが嘘っぽい。
「とてもお前さんらだけで手に負える相手じゃない」
「とんだ骨折り損になるぞ」
肩をすくめる仕草が小憎らしい。
そのせいで怒りの沸点が低い少女が机にダンと脚を乗せて指を突きつける。
「だぁもう! その変な掛け合いはいいから早く居場所教えなよ!
ボクがいるんだから骨折り損にはならないの! ほらさっさと言う! そのでかっ鼻もぎ取るぞ!」
もはや完全に机に乗り出し、指をそのまま直進させてポーの丸鼻にぐりぐりさせる少女。
風変わりな兄弟すらハンズアップして「おおおう……」と情けない声で悠太に助けを求める。
なので、とりあえず少年はテーブルの上の後ろ髪を引っ張って奇行少女を手元に戻した。
「痛た何すんだ馬鹿ユータ!」
騒ぐネピテルの口にしけたクッキーを三個突っ込み、黙らせる。
「んもぅ、まむぃ」
「な、なんと言っているのだ?」
「多分不味いって言ってる。とりあえずネピテル黙らせるにはこれが一番なんだ。
悪いけどブラン、なくなりそうになったらクッキー継ぎ足してってくれる?」
「……吐き出せば喋れそうだが?」
「食い意地張ってるから大丈夫」
「……お主ら、変だぞ?」
「大丈夫、きっと慣れる」
何やら諦めた表情の少年に、青年は未来の自分を見たような気がした。
ブランがネピテルに餌付けする横で、兄弟はようやくハンズアップしていた腕を下ろした。
「とんだじゃじゃ馬娘だ」
「ああまるでモンキーゴブリンのメスの……」
また茶番が始まる前に、悠太は口調を強めにして訴えを真面目に聞いてほしいとアピールした。
「あの! 街で毎日被害が出てて、早めに解決してあげたいんです。できれば勿体ぶらないで教えてくれませんか? その鏡遠影について」
全うかつ真摯なお願いは、兄弟が最も苦手とするところであった。
「ああ……うん、かまわないぞ少年、教えてあげよう。と言っても、別に俺たちゃ嘘はついてないぜ?」
「本当だ、本当に鏡遠影は火も水も風も操る魔物なんだ。しかも凶暴さが半端ない。だから、捕まえるったって一筋縄じゃいかねぇ」
「お前さんたち、首元のタグを見るにまだランク2程度の駆け出しだろ? そっちの兄ちゃんに至ってはタグすらつけてねぇただのモヤシときた」
「失敬な」
「そんなに強いんですか……? 何か、捕まえ方のコツとかは……」
少し不安になってきた悠太を前に兄弟は再び腕組みで考え込み、二人同時に電球マークを浮かべた。
「そうだな、じゃあこういうのはどうだ?」
「俺たちの秘密兵器を使おう。確か倉庫に眠ってたはずだ」
「秘密兵器?」
「口で説明するのは難しいし、準備にも時間がかかる。だからお前さんたちには陽動をお願いしたい」
「俺と兄貴がさっきの広場で秘密兵器を準備して待ってる。だからそこに鏡遠影を呼び込んでくれ」
「なるほど……それで捕まえられるんですか?」
「ああ、秘密兵器の威力は折り紙付きだ。どんな魔物もドスンと捕まえられる」
「そりゃもうズドンと一発だ」
胸を張る兄弟を前に、悠太とブランは視線を合わせ、細かく頷いた。
「わかりました。手伝ってもらっちゃってすみません。協力、お願いします」
「なぁに、いいってことよ」
「じゃねぇとそこのお嬢ちゃんに自慢の鼻をもがれちまうらしいしな」
兄弟の視線の先にはクッキーを頬張ったまま、依然ポーのだんごっ鼻を標的に指をニギニギ動かす少女。
「そりゃ不味い」
悠太はそう言って肩をすくめる。
不思議なもので、どうもこの仕草をするとHAHAHAと笑いたくなってくる。
結局ホームドラマな雰囲気に呑まれてひと笑いした後、兄弟はコテージの裏手から倉庫に向かい、三人は林の広場を進み、水晶林の更なる奥地へと足を踏み入れるのであった。
◇◇◇◇◇
人気もない水晶の樹々に囲まれた林の最奥。
プリズムする木漏れ日が錯綜する景色に、ブラウン管のテレビのような荒い映像が浮かんだ。
映像には林へと入っていく学ランの少年や黒髪の少女、銀髪のエルフが映っていて、一瞬暗転すると――何の変哲もない木の上の映像に切り替わった。





