4-13 セブンスシルエット⭐︎てぃーぱーてぃー
夜が明け、悠太たちは霧喰事件を追う為、調教師ギルドマスターから受けたクエスト――『水晶林の傾奇者』へと出発する。
一方その頃、喫茶店を貸し切って、テラス席に座る七つの人影が緊急非公式的に集まった。
料理人ギルドマスターが主催するその会合は――お茶会と呼ばれている。
「――いい天気になって良かったわ。さ、それじゃあ『お茶会』を始めましょうか。
改めて本日はお集りいただきありがとうございます……にしても本当によく集まったわねぇ……二、四……七人か、いつだかの月例会と同じ人数じゃない」
「みんなイト姐のお菓子食べに来たのにゃ! お茶会最高なのにゃ!」
「はあ、儂、こんなのがギルドマスターを務めてる事実に辟易とするのねん……」
「チッチッチ、でござるよティスア爺ちゃん。
月例会じゃどうか知らんが、このお茶会においちゃ拙者とサマにゃんが先輩でござる。デカい顔してもらっちゃ困るねぇ。あ、これ美味でござる」
「黙るのねん『アハディオ』君。
君はこのお茶会が、君たちのような月例会サボり組のために考えられたやむを得ない措置だってわかってる? わかってないね話聞かずにお菓子食べてるもんね」
「なぁアハディオ、食ってる時くらいその般若面、だっけか? 東方のお面、置いといたらどうだ? 食いづれぇだろ」
「何を言うでござるかサラっぴ」
「サラーサだ。サラっぴ呼ぶな」
「あの……」
「この漆黒のシノビ装束と純白の般若面は、極東を訪ねた時に買った拙者のアイデンティティでござる。
いくら素顔が見たいからってそう簡単にゃ外せないでござるな」
「いや別に素顔知ってるしこっちは構わねぇよ。食いづらそうと思っただけで」
「あのぅ……」
「おっとサマにゃん! そいつぁ拙者が最後にとっておいたルブレでござる。横取りは感心しねぇ」
「手をどけるのにゃアディオス」
「アハディオな」
「この世は諸行無常にゃ。弱肉は強食だしルブレはとても甘いのにゃ」
「ああそうでござるな、世間ってのはもっと甘くていい。
そうだ名案、ここは折半でござる、仲良く半分こしよ。拙者が同じ大きさに切ってやるから手を放すでござるんニャ」
「本当にゃ? わぁい! じゃあお願いするのにゃ!」
「馬鹿めまんまと策略にハマったでござる」
「あー! 食べたのにゃ! 半分こする約定だったのにゃ!」
「世間は甘くとも拙者は甘くないでござる、そしてルブレはやはり甘い」
「あのっ……」
「儂、こいつら本っ当に嫌いなのねん。会話を聞いてると頭がおかしくなりそうだよ」
「ほっほ、ティスアさんのとこの学院生は大人しすぎるくらいじゃからの、この元気を分けてやっても良いやも知れぬのう」
「悪い冗談なのねアシャラ老。この下品さが生徒に移ったら風紀が乱れるのねん」
「うわーん爺ちゃんアロハチャオがいじめるにゃ! ……あ、毛並みモフモフで癒し効果凄いにゃ、あふぅ」
「ほっほ、仕方のない子じゃの」
「頭痛いのねん……」
「あのあの……」
「何なのねんさっきから! 君、この前の月例の時もだけど、言いたいことははっきり言うのねん!」
「ひうっ、えぅ……」
「あーあ、爺さん泣かしやがった」
「泣かしたにゃ」
「引くわティスア爺ちゃん……君、冒険者ギルドのサブマス地味子ちゃんでござるね。
拙者、冒険者ギルドは嫌いだが、こんな地味な娘泣かしたりはしないでござる。
ほら涙拭くでござるよ、爺さん怖かったね、傭兵ギルドに鞍替えするでござるか? するでござるね?」
「あー! 勧誘ずるいのにゃ!
ミーのギルドに来るのにゃ! ティスティスみたいな怖いお爺ちゃんはいないのにゃ!
「……君らねん」
「えぅ、ち、違うん、です……怖いの、ティスアさん、じゃなくて……」
「んん? ここに爺さんより悪人面な奴いないでござるよ?」
「般若面で何言ってやがる」
「ひぅ、怖い、って、言うか……あの、ずっと……イトネンさんが、黙って、見てて……」
「……シャチちゃん、いいのよ。
いい歳して会話の席につけないのも、私語を慎めないのも、別に私は怒ってないの」
「やべ……」
「ただ早く、本題に入りたいのだけど?」
◇◇◇◇◇
「話はわかったのにゃ」
「拙者も、話わかったでござる」
「たんこぶ大丈夫か?」
「……ひう、つ、つまり、昨日イトネンさんのとこに泊まり込みたいって言ってきたその『ブラン・シルヴァ』さんという銀髪のエルフさんが、名を偽った違法入国者って可能性がある、んですか?」
「まぁね。ただ身分を偽っているだけなら他にも上手くやってる輩はいるだろうけど……少し気になったのは、ほら彼は、エルフだから」
「それも混ざり者ときてるわけだねん……なるほど『エルタルナ』の事件絡みの可能性があるね」
「ええ、私の方で昨日、簡単にカマをかけたのだけど、一応『グリューネ』という名前に反応があったわ。
流石にそれだけで特定するわけには行かないからギルドを方々巡らせたわけだけど、どういう印象だったかしら。サラーサはどうだった?」
「あー、あれそういう意図で寄こしたのな?
ユー坊がいきなり働かせろって連れてきたからおかしいと思ったんだ。間違っても鍛冶師にゃなれねぇタイプの輩だったしな。
まあ、俺の見立てじゃ、ありゃ相当金持ちのボンボンだね。体幹もフラフラだし筋肉も細い。それに、首に巻きつけてあったのは……そこら辺はアシャラが詳しいか」
「ふむ、そうじゃの。首に巻いておったのは『響鸚鵡の首輪』。
各集歌の歌い出しが技名となって、発動すると以後の集歌にマナが反応しなくなる魔導具じゃの。
……つまり魔法を使えなくなる魔導具じゃ。戦時中の国などは捕虜のためによく作っておるの」
「ひうっ、ほ、捕虜……?」
「そんなものを捕虜でもないのに付けてるでござるか? そやつは自由に出歩いてるんでござるな? 何故自分で外さぬのでござろうか?」
「自主的に外さないのなら、考えられる理由は一つなのねん。身分を隠すためだよ」
「ティスアさんと接触させられたのは幸運でした。どうでした?」
「別に儂でなくとも感づけるのねん。マナを集められなくなる『響鸚鵡の首輪』で欺けるのは、その者の集歌効率なのねん。
逆に言えば、ブラン・シルヴァは首輪のない状態で集歌を唱えれば、即座に個人を特定できるだけの集歌効率を有してる――例えば、そこの野良猫娘みたいにねん」
「ミーのことにゃ?」
「……えう、えっと、お話だけ聞いたことあるんですが、百年に一度くらいしか現れない珍しい異常集歌効率者……通称『天使』と呼ばれる大魔導師さんたち……ってひぁ!? サマーニャさんそうなんですか!?」
「そうにゃ。ミーはジナ何とかって呼ばれてるにゃ」
「あと一文字くらい頑張れでござるよ」
「ええ、サマーニャちゃんは『風の天使』ね。風の集歌に関しては、たったワンフレーズ歌っただけでティスアさん程度のフル詠唱を軽く超えるマナを集められるわ。それだけ強大な魔法を使える」
「魔導師ギルドのマスター捕まえてそういうこと言うのねん?」
「慰めるのにゃよしよし」
「屈辱だから止めるのねん」
「つーことはだ、あのモヤシ野郎も何かしらの天使の可能性があるって言いたいわけだよな。そうなると、大事件なわけだが?」
「そうね、ジナスは嫌が応もなく国同士のパワーバランスに影響を与える存在。
保有している国は他国に対して多方面でかなり強気に出られる。
今天使の力を保有してるのは……サマーニャちゃんのいるカージョナと、北で『水の天使』を有してるジェイクブ帝国だけ」
「最終兵器ミーにゃ」
「緊張感のない最終兵器だな」
「そういえばうちのお上たちはサマにゃん使って侵略とかせんのでござるか?」
「やりたいだろうけどねん。うちの『逢王議会』は良くも悪くも寄せ集めだから、どこの王も兵器活用の責任を取る自信がないのねん」
「……優しいんですね、いい国ですねサマーニャさん!」
「ミーはこの街が大好きにゃ!」
「話聞いてたのねん?」
◇◇◇◇◇
「――脱線気味だから話を戻すけど、仮にブラン・シルヴァが『天使』だとすると……少し厄介かもしれないわ」
「東の二国、『エルタルナ』と『スー・フェイ』じゃの」
「エルタルナにゃ?」
「スー・フェイ? すみません田舎娘で」
「ギルマスとサブマスの癖に不勉強が過ぎるよ」
「ひぅっ」
「まあまあティスアさん落ち着いて。
いいかしらサマーニャちゃんとシャチちゃん、このカージョン地方から東、リチア海を渡った先の肆飛地方を治めているのが『魔法国家スー・フェイ王国』。
その名の通り、魔法技術が進んだ国よ」
「で、同じ地方で長らく睨み合っているのが『エルフ国家エルタルナ』なのねん。
魔法適正的にはヒュームより優位に立てるエルフだけど、数的不利に晒されて今はこじんまりと山奥に収まってるようなのねん」
「拙者はスー・フェイの饅頭が好きでござる」
「俺はエルタルナのよもぎ餅だな、ちなみに弟は桜餅派だ」
「この通り両国ともにカージョンと国交があるわ。
そして――その冷戦中の二国の内、先日エルタルナで事件があった。確か里帰りした生徒さんからのお話よね? ティスアさん」
「そうねん、現場に居合わせたわけではないようだけど、どうも『首都エルタナ』の王宮でテロがあったようでね、城の半分以上が瓦解したと聞いているよ」
「ほお、一国の城を半壊とは」
「怪しいのはこの一件がまるで公になっていないことなのねん。
エルタルナは完全に黙秘、きっとスー・フェイの密偵が必死に嗅ぎまわってるよ」
「私も気になって密偵からヒアリングしたんだけど」
「なんで料理人ギルドが密偵なんざ飼ってんだ?」
「闇でござる、闇」
「こほん、その結果興味深い情報が入ったわ。事件後――エルタルナの第五王子の姿が消えたってね」
「……きな臭ぇな」
「さて、仮説を立てましょう? あくまで私の仮説」
「……ごくりにゃ」
「エルタルナの第五王子、王位継承の順位は決して高くないわ。
そんな彼が、『天使』の力に目覚めたとする。サマーニャちゃん、貴女が最初にその力を自覚した時、どうだった?」
「どうって、竜巻が言うこと聞かなくて街が飛んだにゃ」
「街って飛ぶでござるか?」
「あまり聞かんのう。じゃが事実じゃ」
「でももう今は大丈夫にゃ! 風は友達にゃ!」
「こんな感じで、初めて天使に覚醒した者は力を制御できない可能性がある。これがエルタルナの王宮で起きたとしましょう」
「……なるほどそれで王宮瓦解ねん。スー・フェイに聞かれるわけにはいかないから、情報漏洩に神経質にもなるのねん。まあ完全に防げるものでもないがね」
「それだけじゃないわ。カージョンは今のところ平和だからサマーニャちゃんを自由にしてるけど、大陸の覇権を懸けて争っている国では、そうもいかない」
「それこそ兵器として使いたがるはずじゃの」
「例えば、本人がそれを拒み、逃げ出したとしましょう」
「……おいおい」
「ふむ、亡命先に選ぶのは、海を越して西側、このカージョン地方になるかもねん?」
「更に絞り込むとすれば、多様な民族が集うこのカージョナじゃ。
逃げる側としても潜みやすく、そして追う側としても、最初に捜索をかける場所となるじゃろうな」
「つまりイトネン殿の言いたいことはこうでござるな?
その働き口を探してたブランってのがエルタルナの第五王子で、天使で、追われる身だと」
「そうなるわね。そう仮定しておくと、最悪のシナリオを想定できるのよ」
「ま、備えは大切じゃの」
「当然エルタルナは天使を取り戻したい。多分スー・フェイも、感づいて追っ手は放ってるかもね。表立って攻めるわけにはいかないから……少数精鋭で奪還者が入り込んでいる可能性がある」
「さっさと懐柔してそのブランっての引き込もうぜ。サマーニャと併せて天使二人で最強だ……って逢王議会なら言うかね」
「それは最悪の選択なのねん。これ以上『天使』を抱えたらエルタルナ、スー・フェイのみならず北のジェイクブを始め世界を敵に回すことになるのねん」
「では我関せず、エルタルナ内の問題として送還するかの?」
「それもNOだわ。うちにとっては今の睨み合った肆飛地方が都合いいの。エルタルナに渡って戦争になるのも、スー・フェイに渡って増長させるのも良くない」
「ミー眠くなってきたにゃ」
「帰りたいでござる」
「これくらいで情けないのねん。本当に人材大丈夫なのねん?」
「あ、あの……」
「で、イトネンとしてはどうすべきと思ってるんだ? ユー坊やネピ公みたいに子飼いにすんのか」
「うふ、私にその決定権はありませんよ。今日は共有まで、そこは次回の月例会で決めましょう。
今日決めてもらいたいのは、その間、暫定的に彼を置いてくれるギルドさんについてです」
「まぁ、我が魔導師ギルドが適任だろうねん。いいよ、ライチ女史から紹介があったのねん。無一文のようだけどそこは工面するのねん」
「あのぅ……」
「ありがとうティスアさん。良かったわ、あのユータ&ネピテルだけでも結構面倒だもの、流石にもう一人は引き取れないわ」
「じゃあまぁよ、とりあえず俺らのやることは、次の月例までにブランってのの処遇を考えつつ、街にうろつく追っ手に気を張っとくってとこか?」
「そうね、逢王議会にも、可能性の話まではしておいてもいいかしらね」
「あのっ、あのっ……」
「だから何なのねん! 言いたいことはすぐ言うのねん!」
「ひゃう!」
「どうしたでござる?」
「あの、えっと、その、ブランさんって、銀髪、なんですよね?」
「そうね」
「……ユータさんたちと、一緒なんですよね」
「まあ昨日は職探しに同行させたわ。確か調教師ギルドマスターに捕まってるって伝鳥があったから、今日は監視も彼女に任せてて……」
「……今朝、ユータさんクエスト受けましてですね」
「ユー坊冒険者だしな」
「一緒に出かけました」
「誰が」
「……ブランさんって銀髪さんも! 一緒に、出掛けました! 西の水晶林まで!」
「ぶふっ!?」
「イトネンちゃん吹き出さないでなのねん。汚いのねん」
「ご、ごめんなさい……あの子たち何で……!
今日明日はクエストで空けたシフト分、店で働くはずなのに……そう身体に教えたのに!」
「怖いでござる」
「ああもう、追っ手が心配よ。サマーニャちゃん追いかけてくれる? 今朝経ったならまだ道中のはず、貴女なら追いつけるでしょ」
「おおー、尾行にゃね! 承ったのにゃ! たゆたえ!」
「きゃっ!? 本当に、一言で凄い風のマナが……」
「行ってくるのにゃ! コール『風ノ衣』にゃ!
◇◇◇◇◇
「行ってしまったのう……じゃがイトネン、最悪を想定するにしろ、いささか決めつけすぎではないか?」
「かもな。まだそのブランってのがエルタルナの王子と決まったわけじゃないんだろ?」
「……ええ、そうだけど、それについては、少し確信してるというか、何というか、王子かなって」
「言葉を濁すとはらしくないのねん? その根拠は?」
「だって――だってあの子、自分のこと……『余』って呼んでたもの」
「あー……」





