4-9 畜舎の屋根から軍服を着た女が探偵になれと鞭を振るってきたので雷撃ったら誘拐された件
七時街――調教師ギルドが治める家畜たちの街。
夕暮れに漂う腐葉土の臭いと獣の臭い、響く鳴き声はメーモーヒヒーンにコケコッコー、等々。
バリエーション豊かな畜舎を構える街並みには、乗用から食用まで多岐に渡る家畜たちが飼育されている。
この街で――事態は急展開を迎えていた。
「ブ、ブランを放せ! あんた何考えてんだ!」
夕焼け空、悠太が見上げる先には、板張りの巨大畜舎の屋根に立つ白い人影。
その女は、牧歌的な背景にそぐわない白の軍服に身を包み、軍帽から真紅の糸のような髪を靡かせていた。
タイトスカートから伸びるタイツの足元には、彼女の持つ鞭に縛られた銀髪の青年が転がっている。
「くっ、こんなことをしても余は屈せぬぞ! 放せ! ほどけぇ! ごふっ!」
芋虫のように身体を逸らすブランをヒールで足蹴にすると、軍服女は白い歯を覗かせた。
「喚くな、貴様を雇ってやろうというのだ。
その貼り紙を見ていたということは働き口を探しているのだろう?
まさにWin-Winの関係だ異議などありようもないな」
「異議ありだ! 異議しかない! まずは踏まれていることに異議大ありだ!」
高圧的な声はどこまでも自分本位、傍若無人。
そして聞く耳持たずで踏みつけた獲物をヒールでいたぶる。
「ぐあ……た、確かに仕事は探しておったが、あの貼り紙に目を留めたのは物珍しさからだ!
余は、余は……探偵などになるつもりはない!」
響く絶叫。
あまりにもちぐはぐで膨大な量の情報を整理するため、悠太は広場に立つ掲示板へと貼り出された一枚の募集文を見返す。
全ては意識を取り戻したタンコブ少女を含めた一行が見つけた奇妙な貼り紙から始まった。
◇◇◇◇◇
――探偵求む。
害獣駆除業務。
成功報酬制。
三食豚小屋付き。
耳栓鼻栓貸与。
戦闘経験者優遇。
調教師ギルドマスター、サーバ・ベンディンガーより。
◇◇◇◇◇
――付け足すように「初心者歓迎」と書き添えてある。
「……読み返しても意味わかんねぇ。探偵に、何させるつもりなんだ……!」
害獣駆除など探偵の出る幕なのであろうか。
むしろこれこそ調教師ギルドの本分なのではないか。
「そもそも余は探偵ではないと何度も……!」
「ふん、探偵は足で稼ぐと聞く。なら足が付いているなら探偵でよかろう」
よかろうで済むらしいあたり、ずれている。
「そのような無茶な……! ユータ殿! ネピテル殿! た、助けてくれ!」
助けを求める声に呼応した、わけではないのだろうが、黒髪の少女の金の瞳が鈍く光った。
後頭部のタンコブは少しだけ小さくなってきた。
「白い軍服に赤い髪にずれた言動……ユータ、あいつで間違いないんだね?」
腰の黒い双剣に手をかけ、細めた眼光で睨むのは畜舎の上の女。
ブランには目もくれていない。
「いやまあそうだけど……ネピテルお前、入団祭の時のこと気にしてる?」
「あたりきしゃりきだ! あいつのせいでボクはランク1なんかに!」
「あの後のこと、話さなきゃよかったかな……」
否、結局しつこく付きまとわれ真相は聞き出されていたことであろう。
不機嫌の原因は――先日開催されたギルド入団祭。
悠太も参加した冒険者ギルドの出し物は、メダル争奪による入隊試験であった。
メダル一枚につきランク1。
メダルを多く保持したまま試験を通過すれば、手持ちのメダルの数だけ高いランクのクエストを受けられる。
黒髪の少女は自身の壮大な目的の為、膨大な数のメダルをかき集めていた。
しかし試験終了の直前、彼女は得物である魔王の剣の暴走に巻き込まれ、悠太との激闘の果てに気を失ってしまっていた。
だから後日、漁夫の利のタイミングで現れた軍服の女――調教師ギルドマスター・サーバ――がほとんどのメダルを奪い去っていったことを告げた時は酷く激昂していた。
その相手が今、目の前にいる。
少女は双剣を抜き、包帯の巻かれた腕を平行に突き出すと――ピリリと雷光を纏わせた。
縛られた銀髪の青年に寒気が走る。
「ちょ、ネピテル殿その御技は岩石魚に使った……」
頬をひくつかせるブランの方に向けて繰り出そうとしている技は、黒雷の大砲である。
「待てネピテル! 街中でそれは不味いって!」
「うっさいなもう邪魔すんな!」
止めようと両腕に手を伸ばすと、煩わしそうに振るわれた剣の柄が鳩尾に入る。
悠太は悶絶せざるを得なかった。
「大丈夫だって外さないよ。あの女もブランの奴捕まえたままじゃ満足に移動できないだろうし」
まず、待てと言った理由はそこじゃないということ。
次に、多分あの女は平気でブランを見捨てて避けるだろうということ。
最後にそもそもブランごと撃つなということ。
それらは鳩尾に響く痛みのせいで言葉にできない。
「ほう、魔導具か。例の魔王武器だな……ふむ、貴様も探偵になってみるか?」
言いながら足元のブランの鞭を固く結ぶと、女は軍服の腰からもう一巻きの鞭を取り出す。
「はぁ? そんなんで堪えられると思ってんの?」
「ひぃ……! そ、そなた! そのような鞭で余を守れるのか!? というかネピテル殿撃たないで……」
片や懇願、片や不敵な笑みを向けられた鞭が、だらりとテールを脱力させる。
「さあこんがり焼けた後で土下座でもしてもらおうか、貫け――」
刀身の間に弾ける黒雷が球体となり、今にも撃ち出される――刹那、視界の先で鞭がぶれた気がした。
「『砲雷』! って、あれっ?」
極太の黒雷は、方向を変え夕暮れの天空に向かって撃ち出された。
間の抜けた声を空に上げた少女の胴と腕は伸縮する鞭に捕縛され、双剣は身体ごと真上に向けられていた。
鞭を操る腕がもう一度ぶれると、次の瞬間に少女の身体は雁字搦めにされてブランの隣にまで引き寄せられた。
「くっそ何だ今の!? こら放せ馬鹿鞭女ぎゃふっ!?」
「捕縛完了」
足蹴にされた簀巻きが2人、女の足元に転がった。
切れ長な紫の瞳がサディスティックに見下して、そのまま悠太を映す。
「……ついでだ。貴様も、探偵になっておくか?」
今度は胸元から、三本目の鞭が出てきた。
「はは……一応、抵抗はしてみます」
――その数分後。
馬車道を引きずられる三名の哀れな供物と上機嫌な女が畜主たちに目撃されている。
こうして突如、ブラン・シルヴァとその他二名は、調教師ギルドの探偵として雇われることとなった。
用語設定
『武器職人ギルド』
ギルドマスターの『サーバ・ヴェルナー』が率いる職人集団。
剣から鎖鎌まで、オーダーメイドにてあらゆる要望に応えて武器の作成を行う。
主な卸先は傭兵ギルドや冒険者ギルド。
最近は魔導炉による大量生産も行い始めたが、命を預ける武器はやはり職人に打ってもらいたいとの声が多数ある。
そのため現在の魔導炉は生活金物の生産に主軸を置いている。
『魔導具ギルド』
ギルドマスターの『アシャラ老』が率いる研究機関。
強力な魔物の素材が引き起こす魔法現象を研究し、道具としての有意義な使い道を日々模索している。
カージョン連合国で流通する全ての武器利用可能な魔導具は、ギルドでその数と所持者を把握することとなっている。
最近のビッグニュースとして、炎と氷の魔物の素材から製造される加熱盤と冷却盤を利用した『魔導式蒸気機関』の確立に全研究者が沸き立った。
電気エネルギーに着目する研究者もいるが、『異界搾雷現象』に阻まれ研究は進んでいない。
『魔導師ギルド』
ギルドマスターの『ティスア・メイジャル』が率いる学術機関。
魔法の社会貢献を掲げ、マナや魔導陣を研究すると共に、広く魔法の使用方法を伝え広めている。
集歌効率の適正から女生徒が多いが、男子生徒も通っている。
力には相応の責任が発生することから、講義内容は魔法だけに留まらず、語学や数学、倫理学も網羅している。
カージョナの本院には全国より魔法適正がある者、卒業の実績を求める貴族が集う。
最近入学したとある魔法適正の乏しい女生徒が学術テストの上位を総なめにした事件は「赤毛の魔女の魔法」として後世に伝えられることとなる。
『調教師ギルド』
ギルドマスターの『サーバ・ベンディンガー』が率いる畜産農家団体。
食用から乗用まで、幅広い家畜を育て、時に躾けて出荷している。
料理人ギルドが振舞う料理の素材も、情報の主な伝達手段である伝鳥も、人を乗せる火馬や雲鼠も、大半はそれぞれの畜舎で育てられている。
最近では雲鼠を利用した宅配『ミルキー便』の需要が高まり、商人ギルドから発注が相次いでいる。
建国当初より規模が各段に大きくなっているギルドであり、やむを得ずカージョナを囲む壁の外に牧場を広げる畜主が増え、問題となっている。
いつもお読みいただきありがとうございます!
ご感想・ブックマークなどいだけますと幸いです! 今後ともよろしくお願い致します!





