4-7 御社の経営理念に感動したのでとりあえず潤滑油になりたい。
首都は円形の城壁に囲まれた内部を時計盤に見立て、十二の区画に分けている。
区画にはそれぞれカージョン連合が誇る十二のギルド本部が構えられており、仕事の斡旋、会合、事務手続きが行われている。
料理人ギルド本部兼ギルドマスターの店から追い出されてしまった青年は、一度断ったにも関わらず改めて職探しの手伝いを申し出てくれた悠太に深く感謝して合流した。
やはり大きな街に独りは心細かった。
「ゆ、ユーだ殿ぉ……余などのために、ずまぬぅ」
それはもう、涙して両手をひしと取り感謝するほど心細かった。
「わかったわかったって、もういいから早く行こうぜ。そろそろ周りの視線が痛いんだ」
二時街は主婦の目が多い。
ぐったり動かない少女を背負い、ローブの怪しい男に涙ながらに謝られている悠太には奇異の視線が集まっていた。
◇◇◇◇◇
奥様がたのひそひそ話から流れるように――まずは近場の三時街。
イトネンの店のある二時街からは並木道と水路を挟んで隣町となっている。
全体的に石造りの家の多いカージョナだが、三時街はとりわけ、柱や梁まで石積みの家屋が多い。
理由は三時街が武器職人の街であり、火災と延焼に一層の注意を払う必要があるからである。
数棟見られる立派な煙突の建物からは絶えず煙が立ち上っており、また露店ではギラギラと輝く剣や槍、金物製品が並んでいた。
『武器職人ギルド』の本部は、そんな物騒な商店街の中にでかでかと鎮座していた。
港倉庫のような、幅、奥行き共に大きな建物。
見上げるほど高い鉄扉は開放されており、内部の両壁際には、大量の炉が整然と並べられていた。
それぞれの炉ではトンテンカンと男たちが鉄を打ち鳴らし、豪快な笑いと激しい罵倒が飛び交っている。
熱気と活気の篭る回廊の最奥。
赤いバンダナを頭から外した女性が金髪を振り乱した。
そして切長の目が悠太たちを捉える。
「あ……? おー! ユー坊じゃねぇか! よく来たな! どうした?」
人情味溢れる姐御肌のかすれ声。
彼女は、武器職人ギルド大鍛師、『サラーサ・ヴェルナー』という。
――かくかくしかじかと数刻。
ひょろひょろがりがりのブラン・シルヴァの住み込みを交渉。
金床に分厚いブーツがドカリと乗せられた。
「無理だな」
「即答!?」
人情派からの無情な返答に悠太は声を上げ、ブランは耳を下げる。
ネピテルは気絶したままなのでたたき台の上にうつ伏せに置いておいた。
腰の双剣に鍛冶師たちが興味津々である。
小槌で肩を叩きながら踏ん反り返るサラーサは、その小槌を悠太に向けた。
「おいおい即答じゃねーぞ。ちゃんと魔法使えるかどうかは聞いたろうがよ。
マナすら集められないってんじゃ……まあ鍛冶屋界隈は無理だろうな。紹介してやれる店はねぇよ」
ブランの耳がまたも感情のままに垂れ下がる。
褐色の指が悔しさを押し殺すように首元のチョーカーを摘まんだ。
隣の悠太はギルドの入団祭の際、初対面にも関わらず度々自分を助けてくれたサラーサの世話焼きな面を知っているため、どうしても即断即決で断られたことを信じられなかった。
「ほらでも、どこか、それこそ猫の手でも借りたいようなお店があれば……それに、それに鍛冶に魔法って使わなきゃいけないんですか? ここの人たちで使ってる人、いないように見えるんですけど」
「別に魔法が必須とは言ってねぇよ。大体は見た目通りの肉体労働だからな」
「だったら魔法の使える使えないは……!」
関係ないじゃないですか――と続くはずだった言葉は「わかったわかった」と投げやりに遮られる。
サラーサは悠太に諦めの色が見えないことを悟り、金髪をくしゃくしゃにかき乱し、大きく溜め息、小槌を今度はブランに向けた。
「それ以前の問題なんだよ色々と。
いいか? ここの奴らも他の店も、大体の職人は普通に鞴で火ぃ作って型に流して鍛えて打ってる。どの工程も、火の調整ですらかなりの重労働だ。悪いが兄ちゃんの貧弱かつ働いた形跡もねぇ身体じゃ勤まらねぇ。
んで、体力ない奴らが鍛冶の世界で生きていくなら『魔導炉』で働くしかねぇ」
「ま、魔導炉……?」
「魔法の大火力でまとめて鉄溶かして金物量産するのさ。マナ集められねんじゃ無理だろ」
「う、確かに……」
「悪いがうちには短気な輩が多い。んな中に放り込んで、こいつがやってけると思うか?」
本人の目がある中肯定はできなかった。
だが即座に否定できなかった時点で、問いへの答えは決まったようなものであった。
二の句がつげなくなって、少々気まずい沈黙が訪れる。
「っていう事情をだ、真っ向から伝えたらそのガリガリ兄ちゃんのメンタル持たねぇだろうなと思って結果だけ伝えたわけだが、いやいやユー坊は酷だねぇ」
「え、あ、そうだったんで……え、俺のせい?」
我関せずな雰囲気で肩を竦めるサラーサの言葉にハッとして、悠太は隣の様子を伺う。
見るとブランの耳は銀色の横髪の中にすっぽり収まるほどに駄々下がりに意気消沈していた。
「あの、ブラン大丈夫か? 心、とか」
声をかけられた赤い瞳が焦点を合わせられないまま弱々しく悠太の方を向いた。
「大丈夫だ」
大丈夫ではない人の声色であった。
「余は肉体的にも精神的にも弱く魔法も使えない木偶の坊でありどこも雇う価値を見出せない男であるということは元より承知しておりそれでも一縷の望みに賭けたにも関わらず結果は変わらず……」
「しっかりしろ! 傷は浅いぞ!」
唇も動かさないまま弱音をとめどなく漏らす青年のメンタルは、どうやらガラスよりも脆い。
「な、駄目そうだろ? まあもうちょい鍛えたらもう一度来な。そん時はユー坊に連れられてじゃなく一人で来る度胸もあるといいな」
サバサバした態度で言うサラーサに礼だけ返して、悠太は落ち込むブランの手を引き、ネピテルを回収して炉の回廊を戻る。
「ああユー坊、どうしてもってんならアシャラの爺のとこ行ってみろ。
あそこは研究職だからな、熱意と知識次第で上手くいくかも知んねぇぜ」
最後の一言にもう一度礼をして、三人はギルドを後にした。
◇◇◇◇◇
三時街からカージョナの中心地へ。
街のシンボルでもある巨大な逢王宮を横目に通り過ぎれば西側の街並みが広がる。
魔導具ギルドのある十時街は、規則正しく正方形に区切られた敷地が並ぶ区画であった。
そのどれもが蔓の這った鉄柵に囲まれており、中を覗くことが難しい。
悠太やブランから見た第一印象は、怪しい研究区画。
柵の向こうからは視覚情報のかわりに刺激臭、あるいは獣の唸り声、あるいはケミカルな色の靄が溢れだしている。
『魔導具ギルド』の本部は、唯一柵の外から外観を伺える煉瓦造りの尖塔の中にあった。
中に通されてすぐに目に入ったのは、ホール中央にでかでかと置かれた大釜。
壁際をずらっと本棚が囲い、白衣を羽織った研究者たちが各々資料を漁ったりフラスコを爆発させたり高笑いしていたり。
異様な空気に怖気づいたブランが袖を握ってくる。
ネピテルは未だ白目を向いているので適当な実験台の上に置かせてもらった。
早速、腰の双剣に興味津々の所員たちが囲んで議論を交わし始めた。
獣頭の老人は、気配に気づくと大釜の前で鉄細工をいじる手を止めた。
「ほっほ、これはユータ君、今日はどうしたのかね? また篭手の調整かの?」
プードル顔から好々爺の声を向ける彼こそが、魔導具ギルド名誉博士『アシャラ』老であった。
――かくかくしかじかと交渉を数刻。
小柄な老人はボリュームのある眉の合間から鋭い眼光を覗かせた。
「無理じゃの」
「即答!?」
デジャヴな展開に早くもブランの耳はだだ下がりであった。
「人聞きの悪いことを言うでない。ちゃんと『ロリスの異界搾雷率の見解』を説明できるか聞いたじゃろ」
「またそんな一言の質問で……そもそも、あ」
そもそもその異界何たら率とは何なのかと返そうとして、思い留まる。
金髪のギルドマスターが言っていた。
――真っ向から伝えたらそのガリガリ兄ちゃんのメンタルが持たねぇだろうなと思って結果だけ伝えたわけだ。
つい先程の経験からすれば、悠太が深掘りしても余計にブランの心を傷付けるだけに終わってしまう可能性がある。
横目に伺うと青年の顔は、表情が固く感情が見えない。
「……はは、そうか、また無理、か」
そう呟いたあたり心のHPに余裕はない。
これはさっさと撤退するのが吉だと判断した悠太は引きつった笑顔を老人に向ける。
「そっか、忙しい中すいませんでした。じゃあブラン、次に……」
「よいか若いの。しっかり聞いておけ。異界搾雷率は今後の文明発展を担う最も重要な命題じゃ」
まさかの勝手に語るパターン。
それから老人が語る話は難解そのものであり、悠太は早々に理解を諦める。
「世界は魔導式蒸気機関の発明に沸き立ち浮かれまだ手をかけたばかりの舞台で既に足踏みをしとる、確かに業炎の持つ膨大なエネルギーは技術を各段に進歩させ、馬車や雲鼠の代わりに魔導車が操車される光景を想起させるが世界は更に膨大で瞬発力のあるエネルギーを知っておきながら目を背けたままじゃ。神の力に匹敵する至高の動力源……何かわかるかな?」
質問されたとだけわかった。
「わかりません」
悠太は反射的に授業で白羽の矢が立った時の固定フレーズを口にした。
「……か、皆目見当もつかぬ」
採用が掛かっているからかどうにか理解しようとしたブランも、白旗を上げた。
「天雷と魔雷に見られるように雷は膨大な仕事量と瞬発力を兼ね備えており、ワシ自ら神山でこの身に落雷を帯びた時確信したが、この現象を自在とすれば魔法すら凌駕するエネルギーの源となる。じゃが課題は山積、その最たるものが『異界搾雷率』であり天魔が雷をこの地に残さぬ原因を解明せんとする鍵じゃな、世界的科学者のロリスより提示された難題には多くの仮説も提出されておる、この命題は認知していて当然として各々の研究に没頭しておるのが、このギルドじゃ」
呆然とする二人の前で、アシャラは渋い声色をきつくした。
あたかも、これだけは聞いておけと強調するように。
「この程度の知識もないのでは論外じゃよ。
青年期にもなるエルフが、百年近く体格も知識も備えず何をしておった」
ブランがうっと胸を抑えた。
言葉の槍が深く刺さったらしい。
「その向上心の窺えなさが何よりの理由じゃの。まずは学ぶことじゃ。
なぁに、エルフとしてはまだ若いんじゃからこれから頑張れば……どうした?」
「……アシャラさん、好々爺に戻るタイミング遅いです」
立ったまま、銀髪も褐色も白くなってブランは気絶していた。
「うーむ、所謂ストレス耐性が蚊トンボ並みじゃな……ユータ君、この子の目標は衣食住の確保なんじゃろ?」
「はい、お金もないので何とか住めるところを探してあげたいんですが……」
それこそ捨て犬よろしく部屋に隠して住まわせることも視野に入れ始めた悠太に、アシャラは固まったブランをコツコツ突きながら提案する。
「まだこの子に社会は早いのかも知れんな。紹介状があるのなら魔導学院への入学を検討してみてはどうかの?」
偶然か必然か、悠太たちはイトネンが提案した街を巡ることになる。
次はこの十時街と隣りあい、魔導師ギルドの本部たる魔導学院のある九時街である。
「……職探しって、厳しいんだなぁ」
いずれ元の世界に帰った後、自分も経験するだろう困難に想いを馳せながら。
悠太は固まったブランとぐったりしたネピテルを引きずって、煉瓦造りの尖塔を後にするのであった。





