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4-6 Hello!! working day!!


 双剣でバッサバッサ枝葉をかき分ける少女と、スニーカー(異国の靴)で獣道を踏み締める少年、そして木の枝を杖におぼつかない足取りの青年。


 ――昼間、日差し照り付ける熱帯林を歩きながら。


「へぇ、『ブラン』はエルフの国から出稼ぎで来たんだな」


「ふーん、行く宛てないんだ? とりあえず首都(カージョナ)来れば?」


 おかしな二人組はカージョン連合国の名高い冒険者ギルドに所属する……末端の冒険者であった。

 どうやら地方の地形や生態の変化を見回る哨戒(しょうかい)クエストでこの熱帯林を訪れていたらしい。


 首都に招待してくれるというのは願ったり叶ったりの申し出であった。

 元より老兵には多様な種族が集まり差別意識の薄いカージョナ(西の首都)を目指すよう言われていた。


 ――夕刻、茜が照らす近くの漁村で、首都への便を待ちながら。


「帰りは火馬車(ひばしゃ)があるってさ。夜の出発でもいいだろ?」


 少年の名前は山田悠太(ヤマダ・ユータ)といった。

 黒髪と黒目、無個性な顔、ファーストネームはユータの方だという。

 極東(きょくとう)由来の名前の一部はそういうファミリーネームとファーストネームを入れ替えて読む構造になっていると聞いたことがある。


 (いわ)く異世界からの来訪者(らいほうしゃ)とのことで、この世界においては『ステータスガメン』なる()()()()()()()()()()()()を使うことができるそうであった。

 力の全容は本人にも把握できておらず、元の世界に帰る方法を探しているのだという。


 そういう妄想(もうそう)が好きな年頃なのだろうとも考えたが、岩石魚を止めたあの力や、道中聞かせてくれた異世界譚(日本の話)には十分な説得力があった。

 (しま)いには「先に村戻って馬車手配しておく」と言い残し、聞いたこともない『帰還(リターン)』なる魔法を唱えて目の前で忽然(こつぜん)と姿を消す始末。

 漁村で彼が出迎えてきた時は度肝(どぎも)を抜かれた。

 兎にも角にも何かと不思議な少年である。


 ――夜、火馬のたてがみが照らす夜道、月明りの透ける幌馬車(ほろばしゃ)に揺られながら。


「むにゃむにゃ……ボクもう食べれないってぇ……」


「み、耳を、痛い痛い痛い! 耳を(かじ)るな!」


 少女の名前はネピテル・ワイズチャーチといった。

 小柄な身体に長い黒髪、性格は純然たるクソガキ。

 多分、礼儀というものを知らない。

 ()()に対する態度云々(うんぬん)ではなく、初対面の人間への接し方から学ぶべきである。


 加えて性格も面倒くさく、こんな事態になっていなければまず交わることのない人種と感じていた。

 遠慮というものを全く知らず、こちらの触れてほしくない過去や経緯はずけずけと詮索(せんさく)する一方、自分の過去は「人には触れてほしくない過去ってのがあるのさ」とはぐらかす。

 その癖して青年が引き下がると「あれは五年前……」と(ひた)り出すのだから始末が悪い。


 いざ話を聞いてみると、彼女は五年前の『サタン侵攻』の立役者だという。

 疑わしいことこの上ないが、腰に下げる双剣の力は確かに魔王級のものであった。

 なお、双剣はあれだけの破壊力を持ちながらも弱体化しているらしく、大技を撃てるのは一日一回までになってしまったという。


 ――そして朝、青空の下、緑広がる平野の中。


 放射状に広がる街道(かいどう)が集束していく先、高い外壁と巨大な宮殿の首都(まち)が見えてきた。



◇◇◇◇◇



 カージョン連合国、首都カージョナ。

 カージョン地方の数ある小国の連合であるカージョンは、各国の主要産業をギルドとして持ち寄り、技術交流を深めることで繁栄してきた。

 その技術交流の中心地が、別名ギルド街とも呼ばれる首都カージョナである。


 名を連ねる小国には亜人国家も含まれることから、種族を重んじる文化が薄い。

 その為、他の地方に暮らす者たちからは種族間差別による迫害が少ない国と認識されている。


 ――巨大な門の下。

 検問の窓口に肘をつくふくよかな婦人が小皺(こじわ)の刻まれた目で、フードを被った青年を見上げた。

 

「はい次、アンタ、名前と紹介状」


 青年は逃避行用に(こしら)えた名前を、確かめるように口にした。


「余の名前は……ブランだ。『ブラン・シルヴァ』。エルタルナ領、ダナンより出稼ぎに参った」


 門番に案内された窓口でそう名乗り、老兵に偽造してもらった紹介状を提出する。

 窓口の婦人は紹介状の署名とフードに隠れた顔を興味なさげに眺めると、太い指先でフードを上げるよう指示する。

 逃亡中の身、顔を晒すことは躊躇(ためら)われたが、ここで疑われては元も子もないので銀髪と褐色(かっしょく)の顔、尖った耳を(さら)した。


 端正に整ったその輪郭(りんかく)とモデルのような細身の長身が風にそよぐと、婦人の(ほお)に赤みが差した。


「あららぁ……」


 その後の手続きは早かった。

 婦人は慣れた手つきで紹介状に割り印を押し、片割れを切り取って返してくれる。

 ウインクしながらコッペパンのような腕と指先で案内された先は――喧騒(けんそう)が行き交う石畳(いしだたみ)の街。


 皮の靴とハイヒールを履いた足が途切れることなく交錯し、その人波を馬車の車輪がかき分けて進む。

 活気にあふれた雰囲気は、青年の祖国(エルタルナ)の首都にも似通っていた。


「ふぅ、ここが、爺やの言っていたカージョナ、か」


 どうやら認可(にんか)は降りた。

 青年は数歩歩いて盛大な溜め息を吐いた。

 先に通過してもらっていた悠太とネピテルが街灯(がいとう)の前で手を上げ迎えてくれる。


「お、来た来た。こっちだブラン!」


「おーそーいー! ほらさっさと行くよ無一文!」


 少女は相変わらず無礼な物言いであるが、真実だけに言い返せない。

 持ち金は全て、船での襲撃で落としてしまった。

 入国理由の方便(ほうべん)であったはずの出稼ぎだが、衣食住(いしょくじゅう)確保のため、今や本当に働き口を探すことが急務である。


「余が、働く……働ける、だろうか」


 前を行く二人に聞かれないように呟く。

 労働経験などない青年であったが、四の五の言えない立場は理解していた。

 街までの道中、そんな彼へと最初に働き口を紹介したのが金色の瞳を持つ少女であった。


 ――ボクたちと一緒の店で働けば?


「……だが突然(うかが)って大丈夫だろうか?

 宿泊費分の働きはできるよう善処はするが……そもそも部屋の空きはあるのだろうか」


 働き口候補は宿屋で、名前は『星天(せいてん)薄亭(すすきてい)』という。


「まぁ昨日イトネンさんには伝鳥(ツィックル)を飛ばしてるけど、返事ないしなぁ」


「大丈夫だって。なんだかんだイトネンは甘いからさ。きっと置いてくれるって。いやぁ人助けって気分いいね!」


「……人手増やしてサボりたいんだろ」


 ボソリと呟いた悠太の脇腹が双剣の柄で小突かれた。

 二人はこの街で繰り広げられたというギルドの入団試験で破壊の限りを尽くし、多額の修理費(借金)を背負わされている。

 そしてこれから向かう宿屋で、彼らは返済のため冒険の片手間に働き、仮住まいをしているらしい。

 店は大衆食堂と複合されており、その食堂で働くことで宿代も免除されているという。


 青年も同じ扱いにあやかりたいという狙いがあった。


「ろーどーりょく! ろーどーりょく! てーしーた! けーらーい!」


 愕然(がくぜん)とする倫理観の歌を口ずさむ少女とは他人の振りをしつつ、三人は街の北東、時計盤で表せば二時の方角にある店を目指した。



◇◇◇◇◇



 金色の瞳と糸目が(にら)み合う。


「ダーメ。うちには置けません」


 モーニングとランチの合間の時間。

 糸目の店主は、非情にも青年の採用を切り捨てた。


「えー、いいでしょ! ちゃんと面倒見るからぁ」


「そういうことは自分の面倒をしっかり見れるようになってからになさい」


 ロングスカートの腰元に手を当て、つんと突き放す店主と食い下がるネピテルのやり取りを、悠太とブランはただ(なが)めることしかできない。


「……ええと、親子?」


「というか……()、捨て犬?」


 ブランの尖った耳は、扱いの不満と悲しみを表すかのように()れていた。

 どうやら感情は耳に表れるらしい。

 捨て犬とは良くいったものだと悠太は唸った。


「ケチィ! ボクら雇うのと一緒だろ! 役立たずが一人増えたって何も変わらないってー」


「何も変わらないなら役立たず増やしたくないわよ……」


 頭の悪い我が子に悩むが如く、イトネンは眉間(みけん)を抑えた。

 ブランの耳は更に下がった。

 未だにギャーギャーうるさいネピテルは相手にしないことにして、イトネンは眉間を揉んだまま青年に話しかける。


「まったくもう……ええと、シルヴァ君だったかしら」


 急に名を呼ばれた青年は、呼ばれ慣れていない名前が自分を指していると思い至らず、無言でネピテルを眺めていた。

 隣の悠太に肘で突かれ、首を傾げるイトネンの視線に気づき、ようやく話しかけられていることを理解する。


「あら? ブラン・シルヴァ君……でいいのよね?」


「え、あ、余? そう、余はブラン・シルヴァだ。何かなイトネン殿?」


 偽名に遅れた反応を取り(つくろ)うため、ブランはマネキンのように白い歯を見せた。


「……ええ、ブラン・シルヴァ君。

 悪いのだけど、うちはもう部屋に余裕がなくてね。(やく)た……新しい子は置いてあげられないのよ。

 手間だろうけど、他を当たってみてくれるかしら?」


 ブランは作り笑いの眉尻と耳を下げて、寂し気に(うなず)いた。


「……あいわかった。此方(こちら)こそ不躾(ぶしつけ)にすまなかった。他を当たることにしよう」


 断られたショックは優雅な礼で隠して、ブランは(きびす)を返した。

 耳はもうずっと下がっている。


「ユータ殿とネピテル殿にも世話になったな」


「ボクの家来……」


「もう行っちゃうのか? 俺たちまだ家探し手伝うよ」


「いや、いつまでも付き合わせられない……余などに、余なんか……」


 ブランは自暴自棄(じぼうじき)に視線を()らし、どんより(うつむ)き気味に去っていく。


 取り付く島がなく、悠太とネピテルは顔を見合わせるしかできなかった。

 その中、ウエスタンドアの出入り口にトボトボ進む後ろ姿へと、思案顔のイトネンが再度声をかけた。


「……あ、そうだ、グリューネ君?」


 フードを被ろうとした腕が止まり、歩幅が狭まったのは一瞬だけ。

 青年は、呼ばれた名前を()()()()()()()()()()()食堂を出ていった。


「はぁ? 誰さグリューネって」


 店主の隣、ネピテルが茶化すように半笑いで見上げた。


「あいつの名前ならブラン何たらでしょ? さっき名乗ってたのにもう忘れたの? やっぱ年取るとボケちゃっ」


 ノーモーションで拳が振り抜かれ、ネピテルが床にめり込んだ。

 頭のたんこぶから煙が上がっている。動かない。

 加害者は意にも介さず揺れるウエスタンドアをその糸目で見詰めていた。


「ね、ユータ君」


「ははっ!」


 敬礼で応える。

 本能が忠誠を誓った。


「今日のお店は休んでいいわ。

 かわりに今から彼の……ブラン・シルヴァ君の職と家探し、手伝ってあげてくれる?」


 悠太は意外そうに敬礼を解いた。


「ああ、ええ、そりゃいいですけど……俺、まだそこまでこの街詳しくないですよ?」


 悠太がこの街で冒険者ギルドに入って、一月半以上が経過している。

 役立つ店や金の勘定(かんじょう)は覚えたものの、本業の哨戒クエストは街を空けることが多く、あまり街の中の配置を覚える機会はなかった。


「詳しくなくても大丈夫よ。ギルマスに何人か知り合いいるでしょ?

 三時街のサラーサ、十時街のアシャラ老、七時街のサーバ」


 金髪姉御、プードル爺さん、軍服女王。


「まあ、サラーサさんとアシャラ爺さんなら何とか」


 その二人は少年がギルドに入団する過程で世話になり、話もしたことがあるので、頼み込みやすいと感じた。


「でもサーバさん……ってのは、あの人ですよね、鞭持った軍服の……」


 七時街のサーバという軍服女については、ギルド入団祭で襲われて以来であった。

 会話も交わしたことがないので、面識などあってないようなものである。


「気が進まないなら彼女は後回しでいいから、とにかく聞いて回ってみて頂戴。

 彼女たちなら大抵はギルド本部にいるし、話を通せば職も家も手配できるわ。

 あと、どうせ西側(ロクレイ)にも行くならライチちゃんにも声かけて、九時街の男子寮に空きがないか問い合わせてもらいなさいな」


「おお……了解です」


 糸目の店主は流石料理人ギルドのマスターをしているだけあって、指示を出し慣れている。

 悠太の身体は流れるように従った。

 決して足元に転がりピクリとも動かない少女の()()()()()のせいではない。


 亡骸(なきがら)もどきが猫のように()まみ上げられた。


「ついでに()()持ってって。ランチ始まったら邪魔だから」


 投げ渡されたネピテルを抱きとめる。

 未だぐったりしている。

 悠太はとりあえず足首を掴んで肩に背負い、食堂を出た。


 二時街の店通りを見渡すと、人波の中、遠くローブの青年の後ろ姿が見えた。

 背が高いので目立つ。

 担いだ少女の瀕死体が人通りをモーゼのように開いたので、追いつくのは簡単であった。



◇◇◇◇◇



 厨房に踏み入ったイトネンは、ブーツの足を下茹での窯に進ませつつ、片隅に寄りかかる巨体の亜人に声をかけた。


「さてと……犬、ちょっと良い?」


「御意」


 犬と呼ばれた獣人は、巨体を包む藍色の縮れ毛の上に、さらに藍色の作務衣(さむえ)(まと)っている。

 モコモコのプードル顔に宿る眼光には、歴戦の戦士の鋭さがあった。


「ギルマス全員に伝鳥(ツィックル)送っといて。()()()()()()()()()()()()()()()、って」


「御意」


 彼は主の(めい)に応えるべく、即座に素早い動きで、あるいはそそくさと逃げるように厨房を去ろうとする。


「あと」


 獣人の肩が跳ねた。


「ランチの準備は終わってるのよね? いくつかつまみ食いした痕跡あるけど」


「……御意」


「御意じゃないわ」


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