4-5 規格外ボーイ&魔王系ガール
岩石の外皮を持つ魔物の魚に追われながら。
疾走に揺れる視界の中、青年は必死に開かれたページの文字を追う。
――ジャッカル・バイソン曰く、次の通り。
基本的な食糧確保に飽きてきた君たちには、更に刺激的な食糧確保が必要となるであろう。
人は大自然の中で食料がなければ生きられないように、退屈の中ではスリルを得なければ生きていけないのである。
ここに、スリリングな応用的食糧確保の方法をいくつか記そう。
まずは、岩石魚の捕り方。
「またインチキ臭いなぁ……魔物なんか食べれないだろ」
「ネピテル!」
キリッと少女の名を呼び嗜めたのは、この教本のファンの少年であった。
「……今先生が語ってるのはスリルがあるかないかだ。食えるか食えないかは関係ない!」
「食料確保の話だよねこれ!?」
絶叫する黒髪の少女を心中で全肯定しながら、それでも他に頼る情報のない青年は本の続きをあがった息で読み上げる
「い、今はこれしかないのだ、やむを得ん――奴は屈強な岩の鎧を纏い、外部からの攻撃はほぼ通じない」
「流石の分析だジャッカル先生」
「見たまんまじゃん……!」
本を完全に崇拝し目をキラキラさせる少年と、普通にジト目で返す少女。
銀髪の青年はジト目派である。
藁にも縋る思いで読みはするが、再三裏切られた経験のせいでまるで期待感はなかった。
「――なのでまず……魔王級の武器を用意する」
ほら前提がおかしい。
「持ってるけどさ……」
「持ってるとな!?」
黒髪を弾ませながら少女は納得していない風な表情で、腰に携えた双剣を撫でる。
黒い鞘に納められたその武器からは、確かに禍々しいマナを感じた。
「流石先生だ! で、魔王の双剣用意した次はどうしたらいい!?」
少年に尋ねられるも、まさか読み進めることになるとは思わなかったので一瞬文字を見失う。
そのせいで本に意識が行き過ぎた。
疎かになった足元が砂に捕らわれる。
もしくは、ただ体力不足だっただけかも知れない。
「のわっ!?」
青年は派手に転倒し、顔を打つ。
「おい大丈夫か!?」
振り向いて手を差し伸べてくれた学ランの少年は、視線を後方に向けて警戒を促した。
釣られて振り向くと、もう岩の魚顔は寸でのところまで距離を詰めている。
「ひっ!」
腰が抜けた。本当に情けない。
「ちくしょ! なあ続き読んでくれ! 先生は何て言ってる!」
どうせ無茶なこと言っているに決まっている。
破れかぶれの青年は砂を被った教本に縋りつき、続く文章を絶叫した。
「奴の弱点は身体の内側だ! 口に魔王級の攻撃を叩き込むため! 頑張って口を開かせた状態で拘束するべし!」
だからどう口を開かせ、どう拘束しろと言うのだ!
「了解だ先生! 俺に任せろ!」
「了解とな!?」
砂を蹴り駆け出す少年は両手に篭手を装備しており、それらは魔導具のようではあるが、少女の双剣のような特別な力は感じない。
どうやって岩石魚を拘束するつもりであろうか。
考える間もなく、少年は猛進する魔物の前へと躍り出た。
「ダメだ! 無謀だ!」
岩石魚は特攻してきた餌にこれ幸いと食らいついた。
巨体を倒しながら、大口をガッパリと開けて迫る。
少年の身体が大口の範囲に収まり、後は噛み砕くのみという位置で、彼は両手を真横に広げた。
そして手の平を上顎と下顎に向けて、叫ぶ。
――それは、このゲームのような世界で少年だけが使うことのできる、ゲームに出てくるような力である。
「ステータス、とイクイップ、オープン!」
聞き馴染みのないかけ声。
マナが反応した様子もない。
恐らく魔法の類ではない。
しかしそのかけ声が何かを引き起こしたのは確かであった。
閉じようとしていた大口は、まるで見えない轡を噛まされたようにガキンと止まる。
「な、何をした、のだ?」
――それらのステータス画面たちは、世界の理を無視する代物である。
少年が念じるとその手の平から数センチ先に現れる。
少年以外の者には見えないが、確かにそこに存在する光の板。
板には光の文字で少年のHPや力、防御力、使用可能な魔法が記載されている。
だが最も異様な特徴は、それらの『画面』は現れた位置から動くことはなく、如何なる攻撃でも破壊することはできない点である。
とある世界では『バグ』や『仕様』と呼ばれるような悪用可能な特徴が、少年を今まで支えてきた。
少年は身を翻して大口の範囲から出る。
そのまま青年を抱えて射線を空けると、少女に白い歯を見せた。
魔物は、口を開くことも閉じることもできずに巨体をうねらせている。
「頼むぜネピテル」
「オーライ、ユータ」
名を呼ばれた少女は、腰を落とし、漆黒の双剣を平行に突き出して構える。
その刀身の間に、魔界由来であろう黒いマナが集束していき、黒雷の球を浮かべる。
そして、不敵な笑みが魔王級の技を唱える。
「貫け――『砲雷』!」
――まるで雷の大砲のようであった。
漆黒のマナがカッと閃く。
双剣を砲身とした極太の黒雷が、真正面から魔物を呑み込み、砂浜を半円に抉り取っていった。
正直、めちゃくちゃであった。
「……何なのだ、この者たちは」
マナも使わず魔物を止める少年、魔界の雷を操る少女。
かつて老兵から山ほど聞いた武勇伝の中にも、こんな奴らは出てこなかった。
雷鳴が轟き終わり、数秒も雷の中にいた岩石魚は、身体と大口から黒煙を上げて沈黙してしまった。
◇◇◇◇◇
――ジャッカル・バイソン曰く、次の通り。
人が何故大自然に挑むのか。
それは人を知る為である。
抗いようのない大いなる力の前でこそ、人は本気で愛する者を想い、仲間と助け合い、故郷を懐かしむ。
これから冒険者となる諸君には、是非とも市販品を手に持ち、これらかけがえのない経験を得てほしいと思う。
――浜辺で三人、開催したのは祝勝の宴。
魔物のついでに焼けた鹿肉に腹を膨らませて満足気に横たわる少年少女の傍ら、青年は木にもたれかかり、溜め息を吐く。
尤もらしいことを薄っぺらく書き連ねる教本を閉じ、串に通した鹿肉に舌鼓を打つ。
そしていつか再会する予定の老兵を想い、土産話を反芻するのであった。
「……爺や。余は、爺やも会ったことのない変な奴らに出会ったぞ」
これは、とある青年が王となる物語である。
用語設定
『初心者でも簡単! 誰でもできる冒険てほどき』著・ジャッカル・バイソン
通称「ジャッカル先生の『だぼどき』」。
歴戦の冒険者かつカリスマ性を備えた著者の実績を宣伝広告として、大々的に売り出された一作。
しかし手に取った読者のほとんどからは内容の稚拙さ、サバイバルとの無関係さにより世紀の駄作との評価が下されている。
一部に熱狂的なファンもついているものの、彼らがサバイバルに向かう時も、この本が持参されることはない。
『岩石魚ロークルカン』
今回の哨戒任務で報告された中型の魔物。
カージョン地方の東端、リチア海に面した熱帯雨林では初の生息確認となる。
潜伏時は頭部のみを地上に出し岩に擬態しており、振動と音を感知して獲物を捕食する。
身体に纏う岩はマナで構成されており、破壊しても即座に再生するため、外皮からの攻撃は好ましくない。
4章もこれから本格的に始動して参ります。
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