表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/166

4-3 熟練の冒険者ジャッカル・バイソン曰く

 さざ波が音を奏でる浜辺。

 快晴の日差しに照らされ――横たわる漂流者(ひょうりゅうしゃ)がいた。

 嵐の夜に従者の命と引き換えに生き延びた彼は、流れ着いたこの場所で不思議な出会いを果たすこととなる。


「ん、う……」


 強い日差しを受け、漂流者(ひょうりゅうしゃ)塩辛(しおから)白砂(はくさ)の香りにむせた。

 うつ伏せのその身を起こし、熱気の(こも)ったフードをめくる。

 青年はぱっつりと切り揃えられた銀髪を振るい、褐色(かっしょく)(ほお)に付着した砂を(ぬぐ)った。


 寝ぼけ眼で周囲を見渡せば――そこは人気(ひとけ)のない砂浜であった。

 目下の砂には美しい貝殻(かいがら)が散りばめられており、目線を上げれば鬱葱(うっそう)と茂る熱帯樹林(ねったいじゅりん)が広がっていた。

 そして、振り向けば、大らかに揺蕩(たゆた)う海が、さざめきを響かせ水平線まで続いていた。


「……爺、や」


 嵐の夜は跡形もなく明けてしまった、数少ない理解者を連れ去って。

 ぼんくらを自負(じふ)する青年であったが、直感的に、世話役の老兵の運命を悟った。


「一体……何なのだ……()などの命に、何の価値があるというのだ……あんな……」


 老兵の最期の剣戟(けんげき)が鮮明に思い出され、途端に目頭が熱くなる。

 しかし青年は、涙を(こら)え切った。


 男児なら泣くなと教えてくれたのは老兵である。

 (とが)める張本人がいないからと教えを簡単に破るのは(はばか)られた。


「違う。爺やは強いのだ。絶対、絶対に生きている。爺や、余は……必ずまた(まみ)えに行くぞ」


 途方に暮れないための方便(ほうべん)であっても、そう信じれば目的と支えを得ることができた。

 これもまた、老兵の教えである。


 ――闇に絶望するなかれ。

 闇とは目が見えないだけのことである。

 まずは自身の希望の火を灯せ。

 その火を手に他の火を探せ。

 やがて巡り合いが火を集め、闇を照らし、振り払うであろう。


「……まずは生きねばな」


 最後に一度だけ目頭を押さえて、青年は力強く前を向いた。



◇◇◇◇◇



 とは決意したものの。


「一体ここはどこなのか……?」


 腹の虫が鳴って。


「一体どれほど気を失っていたのか……」


 とにかく行動をしなければならない。


「腹具合は……以前五日ほど究極(レジェンダリー)恋愛(ピュアラブ)物語(ヒストリア)を読みふけった時と同じくらい」


 全二〇状確認をせねば」


 ――白浜に広げたのは、身に付けていた道具一式であった。


 ――その数、たった四つ。


 お金は、ない。

 襲撃の最中(さなか)に落としたらしい。


 割れた懐中時計(かいちゅうどけい)

 使い道はないが、王家由来の装飾品であるため、捨てるわけにはいかない。

 首にかけて(ふところ)へと隠した。


 鎖縛(さばく)された魔導書。

 ここまで逃がしてくれた老兵の苦労を無駄にするわけにはいかない。

 (ゆえ)使()()()()()()()()()()が、やはり捨てるわけにはいかない。

 腰のベルトへと(くく)りつけた。


 サバイバルナイフ。

 老兵が選んでくれた片刃でしっかりした造りのもの。

 使い道が多いことは知っているが、使ったことはない。


 そして――手帳大の教本。

 ジャッカル・バイソン著、『初心者でも簡単! 誰でもできる冒険てほどき』。

 かつて、老兵の勧めによりサバイバル教本を一つ購入した。

 まだ読んでいないがこの逃亡生活において助けになるのではと持ち歩いていたものである。


「ふ、ふふ、余、()えているぞ」


 サバイバル教本はこの状況にうってつけの一品である。

 早速ナイフ片手にページを開く。


 ジャッカル・バイソン曰く、次の通り。


 ――まず何よりも大事なことは食糧確保である。

 血と肉となるものがなければ未開(みかい)の大自然を生き抜くことはできない。


「うむ、(もっと)もだ」


 ――ここに、食糧確保の基本的な方法の三つとして、魚、鳥、鹿の()り方を(しる)そう。


「ふむ、簡単そうなものから見ていくかの。まずは、魚の獲り方とな」


 ――釣り。

 最も簡単な食糧確保の方法である。

 まず、市販(しはん)の釣り竿に(えさ)をつける。


「市販の、釣り竿……市販の?」


 最も簡単といえば、それはそうであろう。

 釣り竿を使った釣りであれば、青年でも数匹を釣り上げた経験がある。


 しかし今はその釣り竿がないのである。

 当然釣り具店もない。

 記されるべきは、釣り竿を用いない魚の獲り方、または釣り竿の作り方ではないのか。


 ページの隅から隅まで、くまなく探す。


「そういうことは……書かれていない、とな?」


 お勧めの竿は『カズマロッド-E211 カージョナモデル』らしいので、表紙を見直す。


「サバイバル、教本?」


 タイトルの触れ込みに疑問を感じつつも、青年は生来(せいらい)穏やかな性格であり、激昂(げきこう)することはなかった。

 気持ちを切り替え、次ページをめくる。


「ま、まあ、最も簡単という方法であったしな。次は、鳥の獲り方、か」


 ジャッカル・バイソン曰く、次の通り。


 ――鳥撃ち。

 難易度は高まるが、水辺が近くにない場合に有効な方法である。

 まず、市販の弓に矢を(つが)える。お勧めは……。


 温厚(おんこう)な青年は、本を砂浜に叩きつけた。


「何故だジャッカル・バイソン! 何故大自然の中に店を(かま)える!」


 肩をいからせて絶叫すると、その声は数回反響(はんきょう)し、さざ波に消える。

 ことごとく成熟した社会に依存するサバイバル教本の意義に腹が()えくり立つ。

 この怒りを分かち合う相手がいなくて、更に腹が立つ。

 腹が立つと、腹が減る。


 食料と怒りの矛先を探して、青年は視線を熱帯林へと向ける。

 ヤシのような単子葉(たんしよう)植物が(しげ)っている様子から、栄養価の高い野草も期待できそうであった。

 (さげす)んだ視線ではあるが、一応、砂浜に落ちた教本にもう一度視線をくれてやる。


「……食える野草くらいは、()せているのであろうな?」


 ――野草は苦くて美味しくない。食べない方が良い。


「ジャッカル・バイソン!」


 再び本は叩きつけられた。



◇◇◇◇◇



 青年は、熱帯林に入ることにした。

 ヤシの実のようなわかりやすい果実があれば、教本の知識に頼らずとも食料にありつけると考えたからである。

 右手のナイフで障害となる枝葉を切り落とし、左手のサバイバル教本で茂みをかき分ける。

 ローブは()れる上にあちこちに引っ掛かるので、風呂敷のようにまとめて首に巻いた。


「む、ここは……」


 そうして進むこと数分。

 青年は茂みの向こうに幅広の獣道を見つけた。

 足を踏み入れなかったのは、その獣道に原因不明の違和感を覚えたからである。


 茂みに隠れたまま様子を伺う。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()獣道に、それはいた。


「……鹿?」


 大きい。

 (ひづめ)から肩までの体高すら青年より高く、獣道の潰れた草を()む面長の頭部には、三つ又に分かれた太い角が生えている。

 灰色の体毛の上からでもわかる隆起(りゅうき)した野性の筋肉が、(あふ)れる生命力を示していた。


「……」


 一応、教本を開く。


 ――鹿狩り。まず始めに、頑張って鹿を倒す。

 その後の血抜きであるが……。


 閉じる。


 食料としては申し分ない。

 狩ることができれば数日の食料にも困らないであろう。


「だが……」


 手持ちはナイフと教本(役立たず)のみ。

 魔法も使うわけにはいかない。


 ナイフをあの首元にでも突き立てられれば良いのだろうが、それはあまりにも危険(リスキー)である。

 引きこもりがちな青年は体力に自信がなかった。

 こんなことになるまで、老兵の指南から逃げ続けた自分に心底愛想(あいそ)が尽きる。


 ――過ぎた獲物であった。

 青年が諦めて(きびす)を返そうとした――その時である。


「おりゃあああ! 食らえ馬鹿鹿(ばかじか)ぁ!」


 鹿の背後の茂みから、コマのように双剣と黒髪を振るい()びかかる少女がいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 教本がステキ過ぎる!! [一言] 漸くヒロイン(?)登場ですね。 ここから冒険が始まるっ?(疑問形)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ